このお仕事をしてきて苦労したこと、それはやっぱり家族や友達に隠し続けること。 ほとんどの友達は普通に働いていて、昼間は家にいない。それなのに 私には膨大な自由な時間。うらやましがられる一方で、どうして お金があるのかもつっこまれること多々ありました。 だからいつもお金がないを強調していたら、 「いいよ、どうせお金ないんでしょ。」と言っておごってもらう 始末。そのたびに心がズキっと痛んだのは本当。 どこかのお店でバイトをしているというと、「遊びにいくね」 「食べにいくよ」と言われ、いつも返事に困ったりお。 それでも本当の事を言わず、友達にも親にもうそばかりついてきた。 りおはどうしても、このお仕事をしていることは知られたくなかった んですね。ツーショットダイヤル=いかがわしい=援助交際 の図式が成り立っていて、ちっぽけなプライドが許さなかったの です。 友達はまだしも、家族に隠すにはもっと努力がいりました。 なにせ転送をかけていたときに、不意に帰ってこられて、 またそんな時に限って元気よく鳴る電話の呼び出し音。 「お相手につながりました〜」 のアナウンスが漏れないように、受話器を耳に押しつけ、 「え?どちらへおかけですか?違いますよ」 ガチャ の演技を何回 したことでしょう。 そして子機をもって自分の部屋へダッシュ!電話の転送設定解除。 今思えばよくやったぞ、自分よ。まだそれくらいはいいほう。 もっと最悪だったのは、自分の部屋にこもってやっていたテレフォンエッチ! もちろん演技100%です。不思議なもので、最初はできなかった これも数年も経てば、本を読みながらやテレビを見ながら、 脳と声は別々。 無意識にエッチな声でお相手ができていたんですね。その声をなんと 母親に聞かれていたなんて・・・。何かの喧嘩の拍子に、 「なによ、部屋でへんな声をだしていたじゃないの!」と 言われたことがあるのです。それを言われた日にはですよ。 しばらく母親の顔が見れませんでした、マジで。穴があったら入りたい どころの問題じゃなくて、一生母親とは顔を合わせられないと思った くらいでした。他にはリビングでテレビを見ていた母親とチャンネル 争いになったときに勝利してしまい、母親はテレビの続きを私の部屋に 見に行った時の事です。 ベッドの布団の下に、お仕事ノートを置いていた のをすっかり忘れていました。あわてて気づいて自分の部屋に行って みたけど、遅かった・・・。ぜ〜んぶ見られていました。 「なに、これ」の一言。年齢・身長・体重・電話番号。誰が見ても おかしなノートの書き込み。 あの時はなんて言い訳したのか覚えていなけど、しばらく気まずかった のは確かです。父親と兄弟にはばれそうになったことないのに、 いつもばれそうになるのは母親ばかり。今でも面と向かって聞いたこと ないけど、本当はりおのお仕事のことわかっていたのかもしれませんね。 他の苦労といえば、そうそう。なんといっても電話一つでのお仕事なので 電話が商売道具。下手な品質の物は買えません。一日何時間も毎日使っていたら、 消耗が早いのです。お仕事で某電機メーカーの人とつながって 聞いたはなしだけど、なんで数年間で壊れる物をつくるの!って 言ったら、 「少しくらい壊れるようにしておかないと、次に 買ってもらえないだろう」と言われたことがありました。 本当なんでしょうか。りおはいつもそこのメーカーの電話機を 買っていました。家の専有面積の割には、電話機の 多い家でしたね・・・。 相手の声が大きく聞こえないとお仕事やりにくいので、 電話機を買い換えるときは音質を重視(笑)。 これ重要! つないでみて音質が悪いと、返品に行ったり・・・。 ああ、今思えばこれだけでも家族に怪しまれる要因たっぷり。 他にも苦労はたくさんありましたが、すべてをお話し していたら数日はかかってしまうので、 あとは適当なご想像におまかせします。 |