■いつもの話
「て、天真君、そんなぶすっとしないで…。」
不機嫌を絵に描いたような顔の天真を、あかねはなだめようと必死だ。怨霊を目の前にしたときも、アクラムと対峙したときだって、彼女はこんなに狼狽しなかった。そんなあかねに天真も多少は良心の痛みを感じてはいる。が。
「おやおや、天真。神子の八葉、青龍の片割れともあろうものが、神子殿のお願いを無視するとはいただけないね。」
そんなささやかな天真の良心の痛みもあっという間にどこかへと飛んでいってしまうのだ。不機嫌の原因は一体誰のせいだと思っているのやら。当然の如くにあかねの傍にたち、さりげなーく彼女の肩に手をおく美丈夫は、天真の剣呑な視線を受け流して、余裕の微笑みを浮かべてみせた。
「なんでてめぇまでここにいるんだ?」
今日はあかねと二人ででかけるのだ。今まで怨霊だの鬼だので二人っきりの時間などなかったけれど、ようように落ち着いて二人で出かけることができる…はずだったのに。朝一番に土御門の館にあかねを迎えにきたつもりが、先を越されているとは不覚だった。夜勤あけか、朝帰りか知らないがしどけない雰囲気を漂わせた青年が自分よりも先にあかねを訪れていた事実を知ったときの天真の衝撃ときたら、言葉ではとても言い表せない。
「神子を守る八葉が、神子殿の傍にいるのは当然だろう?鬼から彼女を守るのが我らの役目なのだから。」
「へん。鬼よりも誰かさんの方が百倍も危険じゃねえか。」
「どういう意味なのかよくわからないがね、天真。」
零れんばかりの微笑みを浮かべた少将殿は、悔しいがかなりのいい男だ。
「私は、女性にはこの上なく優しい男だと思っているのだけれど?」
「誰かまわず女性に優しいってのが問題なんだよ!」
「ほう、それでは神子殿だけを口説くのなら天真は許してくれるのかな?」
「なんだと!!あかねに手を出してみやがれ!俺は絶対にゆるさねえからな!!」
「おやおや…。」
口元に扇を当てて笑う様も絵になる少将殿と、朝っぱらから頭に血をのぼせている天真と。言い争いは泥沼化しつつあった。
それを見守るあかねはというと。
「はーーーー。もう二人ともいい加減にして欲しいなあ。」
天真は天真で、もっと大人になって欲しい。友雅は友雅で、天真を煽るような行動は慎んで欲しい。お互いに判っててやってるだけに、余計にたちが悪いとあかねは思った。
「こんなにいい天気なのになあ。」
あかねの心は曇り空だ。二人のやりとりは未だに続いている。終わりそうにない。こんなとき、常に冷静な陰陽師はいつもの言葉を吐くのだろうけれども。
「問題あり、だよ。泰明さん。」
ため息一つ。心優しき龍神の神子殿は、途方にくれるばかり。当分、彼女の悩みは無くなりそうにない。
|