■君のためにできること
「ヴォルクルスを倒しても、特に何も変わらないんだなあ。」
復興されつつあるラングランの王都、それを遠目に見守りながら、テリウスは独り言ちた。人々の活気は、確かに近年失われていたものではあったけれども、暗黒神ヴォルクルスが消滅した褒美にしては安すぎる。もっと何かが起こってもいいはずだ、と思うのだ。もっと劇的な、お話の中の出来事のような、素敵な何か。命がけで邪神と戦った立場としては、それくらいのコトは欲しい。そんな彼の気持ちを見透かしたように、傍らの青年は言った。
「ヴォルクルスを倒したからといって、人間自身が変わるわけではありませんからね。」
「それじゃあ、何も変わらないってこと?」
「そんなことはありませんよ。」
その青年、かつてはラングランの王位継承者、クリストフ・グラン・マグソート。ラギアスを出て、邪神ヴォルクルスの使徒であった時は、白河愁と名乗っていたその青年は、昔の彼を知る者ならば想像もつかぬような柔らかい微笑みを浮かべていた。
「神代の時代から溜め込まれていた邪気が、これでかなり浄化されたはずです。人々は多少なりとも抑圧感から解放されていると思いますよ。犯罪の件数も減るでしょうしね。」
「ふーーーん、そうかなあ。」
そう言われて見やれば、確かに世界を覆っていたはずの瘴気を感じないような気がする。悪魔で,”そんな気がする”だけの話だが。
「ま、いいけどね、別に。僕には関係ないし。」
小さく肩をすくめた。彼にとって、そんなことは本当にどうでもよかったのだ。神代の邪神と戦ったのは、見知らぬ誰かのためじゃない。彼はそんな正義の英雄じゃない。テリウスが戦いに参加したのは、自分がどこまでやれるか試してみたかったから。そして。
何がそんなにおもしろいのか知らないが、さっきからずっと飽きもせずにラングランの人々を眺めているクリストフを、テリウスはちらりと盗み見た。
――もう少し、僕のことを構ってくれたっていいと思うけどなあ。
最近、クリストフはテリウスのことをちっとも相手にしてくれない。ヴォルクルスを倒してからは特に。別に四六時中一緒にいて欲しいなんて微塵も思わないけれど、時々話をしてくれるとか、そうしてくれても決して罰は当たらないと思う。でも、構ってくれないから寂しいなんて、なんだか自分だけがそう思っているみたいで、クリストフは自分のことなんて何とも思ってなくて、ただ、自分だけが情けなく従兄にまとわりついているみたいで余計にイヤだ。でも、クリストフはああいう性格だから、イヤだったらはっきりイヤだと言うだろうし。そう考えると、自分は決して嫌われている訳じゃあないってことで。
そこまでまとまったところで、テリウスははっと我に返った。冷静になって考えると、これはかなり赤面ものだ。と、思った瞬間、本当に顔が熱くなる。
――これじゃあ、まるで僕がクリストフのことを好きみたいじゃないか。
好き?勿論、僕はクリストフのことが好きだ。かっこよくて、優しい従兄。姉さんがクリストフに夢中になるのもわかる。僕だって女の子だったら、きっと彼を好きになってただろうし。でも、僕は男だから、僕の好きはそういう好きじゃない。一緒にいると安心したり、話が出来ると嬉しくなったり。そう感じるのに特別の意味はない、と思いたい。でも、まさか、もしかして?
「テリウス、さっきから一体なにをやってるんです?」
「え?え…っと。」
一人で顔を赤らめたり、青くしたり、のテリウスを、クリストフが不思議そうにのぞき込む。優しい瞳に見つめられて、テリウスは飛び上がった。
そんなはずはない、そんなはずはないんだけど、でも・・・やっぱり、どうしよう。
「…なんでもない。」
「変な子ですね。調子が悪いのなら早めに言うんですよ?」
まだまだ先は長いんですからね、と言いかけて、ああ、とクリストフは続けた。
「勿論、私についてくるなら、の話です。セニアたちの所に戻るのも選択肢の一つですから。」
思いも寄らないことを言われて、テリウスは面食らう。今更、どんな顔して王宮に戻れっていうんだろう。背教者についていき、王位継承の権利を捨ててしまったテリウスを、例えセニアが受け入れてくれたとしても、他の廷臣たちが快く思わないことくらい、容易に想像がつく。ましてや、もうラングランの王制は崩壊してしまっていて、王族の血筋を残すことの意味も消えてしまっているのだ。
それに、テリウス自身が王宮に帰ることをこれっぽっちも望んでいない。テリウスはクリストフと一緒にいたかった。一度でいいから、彼と同じ景色を、同じ高さで感じてみたい。じゃなければ、どうして彼についていこうなんて思うだろう。
――口で言わないとわかんないのかな。クリストフって頭がいいのか悪いのか、時々わからないときがあるよ、ったく。
「…僕はね、クリストフ。」
流されるままに生きてきて、自分から行動することが、なんだかとても恐ろしいことのように感じていたあの時に。
「自分のやることを、もう、ちゃんと決めてるんだよ。」
初めて、テリウス自身を認め、選択肢を与えてくれた従兄にどれほど感謝しているか、きっと彼は知らないだろうけれども。せめて、この思いを形にして彼に返すことができるまでは。
「クリストフが行く道を見届けたいから、僕は君についていくんだ。」
そう、テリウスが宣言すると、クリストフはひどく驚いたように、目を瞬かせた。だけど、すぐに諦めたように肩をすくめて、言った。
「好きになさい。」
それは、決してテリウスを受け入れてくれる言葉ではなかったが、彼にはそれでも十分だった。それに、テリウスはようやくわかった。どんな形にせよ、自分がこの従兄のことを好きだということ、彼のために何かしたいということ。”自分自身のためにやりたいこと”じゃないけれど、でもこれは”自分自身の意思”で決めたことなのだ。
――よく考えれば、これって我ながら大進歩なんだよね。これもクリストフのおかげかな。
何でもできて、どこへでもいけるような気がして、テリウスはくすくすと笑い出す。何もかもが始まったばかり。全てはみんな新しい。そんな彼の頭上に、ラングランの空は果てしなく広がっていた。
(2001/12/25)
※SRWのテリウス王子の話。テリウスは、クリストフに対してはわりと態度がよいみたい。他の人の前では、めちゃくちゃ生意気なのに。きっと小さい頃に遊んでもらった・・・とかなにか理由があるに違いないと私は思ってるのですが。・・・SSとまったく関係ないコメントでごめんなさい。 |