■子供のホントと大人の嘘 〜耳に届いた詩声〜 半ばやけくそで呷ったビールはいったい何本目だっけ?アルコールに侵食された私の頭ん中、まともに考えようなんてどだい無理な話だ。私は今、酔いたい気分で、食料庫にも部屋にも沢山の酒があった。だから、飲んでいる。たまにはこんな日があったっていいじゃない。 勢いのつき過ぎたアルコールが気管に流れ込む。むせかえった拍子に飲みさしのビールは床にぶちまけられて一巻の終わりになってしまった。肌に張り付くタンクトップとアルコールの匂いが気持ち悪い。興ざめるってのはきっとこんな感じ?でも、もう何もかもがどうでもよくなってしまった。色んなことがありすぎて、どうしたらいいのかわからない。 ごろりとその場に寝そべった拍子に蹴り飛ばしちゃったらしく、空き缶がからんからんと気持ちのよい音をたててとんでいった。 ビールの空き缶の中で転がっている私。こんな私をみたら、あの説教魔はどんな顔するだろうか?説教室に半日…いや、半日じゃすまないかも。 くすくすと笑い出した私を、お月様がぼんやりと照らし出す。いつのまにかグランガランは雲の上に出ていた。 死者は月にいくという。だとしたら、私の父も母も、そしてあの青年もきっとそこにいるんだ。 私のことを好きだといった。デートしようと笑ってた。笑うとますます子供みたいに見えた、ザッシュ。死んでしまった男。リューネたちの目の前で、体は機体ごとふっとび、欠片も残らなかった。最期の言葉は、死への恐怖でも、父親への恨み言でもなく、約束が守れないことへの謝罪だけだった。 デートなんて、いくらでもしてあげたのに。 あんな人生はいや。あたしはあんな風に死ぬのは、イヤだ…。 「もういい加減にしたらどうだ?」 遠い彼方から降ってきたこの声を、あたしは無視をする。目もあけてやらない。 「未成年のくせに酔っ払ってごろ寝なんて…。」 『噂をすれば影』なんていうけど、考えただけで出てくるなんて、まるでゴキブリ並なのね。一人になりたいときに限って出てくる、お節介な男。 「あんたに命令される覚え…なんてないんだから…。どっかいっちゃってよ…。」 うー、舌が上手く回らない。この口うるさい体育教師に、言いたいことをいえないのは悔しい。ので、あたしはかわりに座り込んだままの姿勢で、ヤンロンの顔をにらみつけてやった。偉そうにあたしを見下ろすあいつが、心底あきれた表情をしている。 「自分の限界をわきまえずに飲むなんて、子供のすることだ。」 ああ、そうですとも。あんたにしてみりゃ、あたしは子供よ。当たり前じゃないの。 「それに、女の酔っぱらいなんてみれたもんじゃないぞ。第一、みっともない。」 うるさい、うるさい、うるさいっ、うるさいっ!!!何よ、何よ、偉そうに。あんたにあたしの何が判るっての? イヤな男。第一印象は当てにならないっていうけど、あんたの場合は当てはまらない。初めてあったときから、ろくな男じゃないって思ってたんだから。 立ち上がって、あいつの頬をはってやりたかったのに。ちっとも体に力が入らない。やっぱ、ちょっと飲み過ぎたのかもしれない。眉間にたて皺を寄せてるヤンロンの顔が、ぐにゃりと歪んだ。気づけば、あたし以外の世界はその形をなくして、ぐらぐらと揺れている。 これは、本格的にやばいかもしれない。揺れているのは周りじゃなくてあたしの方だ。 支えるものを探して、闇雲に手を伸ばした私にそっと寄り添ってくれたのは、 「リューネ様、お酒の飲み過ぎはお体に触ります。」 説教好きの体育教師の使い魔、ランシャオだった。誰かさんと違って優しい風水獣を、あたしは両手で抱きしめた。夜に凍えた体に、ランシャオの温みが心地よい。 「ごめん、ランシャオ。苦しくない?」 「いいえ、大丈夫です、リューネ様。」 面白くなさそうな顔して、あいつはあたしを見てる。 ヘン、自分の使い魔があたしに優しいのが気に入らない訳?馬鹿じゃないの?ううん、絶対に馬鹿に決まってる。 自分の仲間が死んで、悲しくて、忘れたくてお酒を飲むのも許せないくらい、頭が固いの?偉そうな顔して、人の心も判らない奴なんて最低なんだから…。 「リューネ様・・・ご主人様は、そのような方ではありません。」 「へっ・・・?」 ランシャオの寂しそうな声を聞き、あたしは我に帰った。 ・・・やば・・・もしかして、あたし、声に出してた・・とか? 腕の中のランシャオは今にも――使い魔に涙腺があるかどうかは知らないけど――泣き出しそうな目をしてる。 「ザッシュ様が亡くなられてからリューネ様のご様子がおかしいと、ご主人様はずっとご心配なされていたのです。今夜だってリューネ様がお部屋にいらっしゃらないので、グランガラン中を探していらっしゃったのですよ。」 あたしは、ヤンロンの顔を、みた。多分、あたしはかなりの間抜け面を奴にさらしていたと思う。だって、信じられないんだもの。 あたしを心配して探してた?ヤンロンが?あたしを? いつもいつもいつもいつも、あたしのことをガサツだのお転婆だの好き勝手に言い倒して、子ども扱いして、説教ばっかりだったんだよ?それなのに。 視線の先のヤンロンは、ばつ悪げに目をそらし、誰いうとなく呟く。 「僕はどうやら思い違いをしていたようだ。おまえはマサキが好きなんだとばかり思っていたよ。」 え???あれ?その通りなんだけど・・・。 「まさか、ザッシュとは・・・かなり意外だが、今のお前をみると信じざるをえない。」 って、ちょっと待って・・・なんだか、すごく思ってもみないことを言われてるような・・・。 「だが、酒に逃げるのはよくないぞ。」 「ちょっと・・・ヤンロン。」 アルコールのせいで思考力殆ど0のあたしは、ようやくヤンロンの勘違いが判ってしまった。この堅物体育教師はあたしが本当はザッシュのことが好きで、んで、好きな相手が死んじゃったあたしが、悲しさを忘れるためにお酒を呷ってるって思ってる…わけ? ヤンロンがくそ真面目な顔をしてればしてるほど、あたしはこみ上げてくる笑いを堪えるのに必死だった。 どこに目をつけてるのかなあ、この人は。どこをどうみたら、あたしとザッシュって組み合わせ・・・マサキとあたしならとにかく・・・になるのよ。ザッシュなんて一方的にあたしにデート申し込んできただけじゃない、ザッシュはあたしのこと好きだったかもしれないけど、あたしは・・・あたしの好きなのは。 「・・・・・・。」 ”一方的に好き”か。あたしも人のこと言えないけどね。 「リューネ?」 ザッシュはいい人だった。馬鹿みたいに真面目で、父親の言うことに逆らったのは、きっとあのときが初めてだっただろう。 馬鹿な男、あんたの父親は、息子へと武器を向けることも、命を奪うこともちっとも躊躇わなかったよ。大義という名の野望へ、あんたを生贄にしてしまった。 あんたは父親が好きで、最後の最後まで、恨み言一つ口にしなかったけど。ごめんね、あんたがよくてもあたしは許せない。力によって全てを得ようとする愚かな男。あたしの父親に似た男。あんたは間違ったんだ、それを、あたしが証明してあげる。力によって得たものが、他の力の前でどんなに脆いものなのか。あたしの全てをかけて証明してあげる。 「リューネ。」 不意に暖かいものに包まれて、いつの間にやらあたしは抱きしめられていることに気がつく。ランシャオを腕に抱いたあたしは、そのままヤンロンの胸の中にいた。 「な・・・んっ・・・?」 「そんな顔をするな。」 温もりの気色悪さに、あたしはもがく。心臓がばくばくいいだし、体中が熱くなった。素面のときにこんなことされたら、問答無用で張り飛ばした上に二度と娑婆に出られないような面にしてやるのに。 あたしは酔ってるんだ。力が出ない。好きでもない奴に抱きしめられて抵抗できないなんて、こんな屈辱…黙って受け入れてるなんて。 「子供が、そんな顔をするんじゃない。」 ヤンロンの手があたしの頭を撫でている。子ども扱いは嫌い…なのに、耳元で囁く声は、どこか懐かしい大人の声音だった。それはするりとあたしの中に入ってきて、あたしを動けなくさせてしまう。 勝手に何でも決めちゃって、あたしの言うことなんてちっとも聞いてくれないのに、それなのに、あたしは結局最後は従ってしまうのだ。身勝手な父親の、独りよがりの言葉に。 「…ズルイ…。」 「ん?」 「大人はずるい。いつもそうやって…。」 地球を守るために、ヴァルシオーネに乗ったわけじゃない。勇者になりたくて、戦ったんじゃない。パイロットの訓練だって本当は嫌いだった。学校だっていっていたかった。お母さんとお父さんが離婚するのが、寂しくないわけがなかった。 でも、父親は娘がヴァルシオンのパイロットになることを望んだでしょう? 娘が必要なんじゃなくて、自分の夢を手伝ってくれる子供が必要だったから。それを自分は知っていた。 だから、頑張ったのだ。父の期待に答えるために。必要とされたかったから。褒めて欲しかったから。 それなのに。父は息子を殺した。自分に逆らった子供を殺してしまった。 ザッシュが死んだとき、あたしは心からカークスを憎んだ。ザッシュを可哀想だと思った。それは、ザッシュの運命は、もしかしたらそのままあたしの運命だったかもしれなかったからだ。 あたしは父親が好きだった。それを父親は一番最悪な方法で裏切ったんだ。だから、カークスはあたしが殺す。絶対にあたしが。だけど、どうしてだろ。ヤンロンの声。どこかで聞いたような気がする。暖かくて優しくて、あたしの名前を呼んでいる。そっちへ行くな、といっているような気がする。思い出したくて思い出せなくて。 もどかしくてあたしは、ヤンロンに抱かれて、ただ呆然としているしかなかった。 「大丈夫だから…もういい。」 何も知らないくせに、そんなことを言う。あたしの嫌いな大人の一人の癖に、まるであたしを判っていてくれている、そう錯覚してしまいそうなことを言う。けれども、それを受け入れてしまったほうが、きっと楽になれることをあたしは知っていた。 ――ダイジョウブ、ヨクヤッタ。 あたしはずっとずっと待っていた。何の役にも立たない、ちゃちな慰めの言葉だけれど。認めたくないけど、親父に、そう言ってもらいたかった。 多分、そのときに、あたしは、この説教真魔のことを、ほんの少しだけ、嫌いじゃなくなった、んだと思う。…多分。 |
(2002/04/04)
※…ヤンロン×リューネというとことん公式に逆らったカップリングですが、実は魔装機神での私の一押しノーマルカップリングなのです。駄目かなあ、リューネには年上の男の人のほうが合うと思うんだが。マサキ×リューネも微笑ましくて好きではあるのですが、こっちは私がやらなくても他の方がやっていらしゃるので。(^^)