■軍師の心得

 黒髪を五月蠅げにかき上げたその人の眼は、とても酷薄な輝きを帯びていて。それはとても私を不安にさせました。高名な軍師、マッシュ=シルバーバーグから教えを受けたということですが、軍師というにはどうも…生臭さが抜けきれていないような…若輩者の私がこんな感想を抱くことは不遜なのでしょうが…。いえ、軍師たるものがエゴイストであってはいけないとか、清廉潔白、滅私の精神であるべきだなどという精神論を語るつもりはありません。それに、私たち親子にはもう、選択肢は残されていないのですから。

 アガレス皇帝がルカ様に殺され、第三軍はその半数以上が敵の捕虜となった今となっては、己の身はすべて敵に委ねるしかなく。私は父キバと共に同盟軍に迎え入れられることになりました。生涯の忠誠を誓ったアガレス様が亡くなられたのですから、ハイランドを裏切ることにそれほど抵抗があったわけではありません。
 ですが、自分が、副軍師として下につくことになったシュウ軍師の最初の一言を聞いた瞬間に、私は己の選択の間違いの可能性を必死で考える羽目になったのでした。

その、どこか軍師らしからぬ空気を持っているシュウ軍師は、私にずかずかと近づくと無遠慮な視線を向けました。値踏みされているように感じたのは気のせいかもしれませんし、彼としては悪気はなかったのかもしれません。元々、ここへくる前はラダトの町で交易をされていたらしいですので、一種の職業病もあるでしょう。
 散々人を観察した後、ようやく彼は口を開きました。

「あんさんがクラウスはんでっか?わてはここの軍師シュウいいますんや。今日からあんさんの上司っつーことになりますな。わては部下には厳しくする主義やさかい。これからびしびしやらせていただきまっせ。ま、これからあんじょうよろしく頼みますわ。」

「………え。」

 絶句。
 一応。一応、私は敗北を知った時から、いかなる運命をも覚悟を決めていたつもりでした。ですが、こういうタイプの上司に仕えることになるなんて予想外、というより、同盟軍の軍師がこんなキャラクターだったなんて。しかも、その彼が率いる軍にハイランドが負けたなんて、人並みの愛国心を持ち合わせている私としてはショックを隠し切れません。
「”え”と、ちゃいまっしゃろ。”はい”でっしゃろ?わてはあんさんの上司なんでっせ。」
「あ、え…あ、はい。シュウ殿…申し訳有りません。」
 あわてて謝罪する私に、シュウ殿は満足そうに微笑みました。いえ、微笑むというよりは、にやりと言った方がしっくりきます。笑うと細目がつり上がり、少々前歯が出っ張るのが非常に印象的でした。遙か東方にあるという日本に住む”しょーにん”という人種が、確かそんな外見的特徴を持っていたような。シュウ殿はその血をひいているのかもしれません。
 と、学術的思考に身を任せる私をおいておいて、シュウ殿は滔々と部下の心得を語っておられたようです。残念ながら、殆ど聞いておりませんでしたが。
 ひとしきりぶちまけたあとシュウ殿はまたまた例の微笑みを浮かべ、
「………と、まあこんな感じですわ。で、これからが大事な話になりますんやけど。」
 ぐいと顔を近づけられて、私は思わずひいてしまいます。さ、さすがにいきなりのドアップは厳しいでしょう。せめて、一ヶ月慣れてからじゃないと……。
「あんさん、金はいくらもってますんや?」
「え?」
「え?ちゃいますやろ!はい、でんがな!さっきもゆうたがな。もう!ハイランドの軍師さんはみんなそないのんびりなんでっか?!」
「あ、はい。」
「だから、金。金や。なんぼもっとんのや?」
 シュウ殿は相当いらついていらっしゃるようでしたが、私はもう何がなんだか。どうして私の所持金が関係有るのでしょうか。ですが、私は今や同盟軍の一人、シュウ殿は私の上司なのです。問われるがままに所持金の額を伝えると、また例の微笑みが私に向けられました。今度は、あまりショックを受けませんでした。意外と私は順応性の高い人間だったらしいです。
「それ、わてがあずかっときまひょ。」
「え…いえ、何故ですか?」
「同盟軍での決まりなんですわ。部下のお金は上司のもの、上司のお金は上司のものって。」
 それって根本的に間違ってるんじゃ…そう突っ込む暇も与えず、私の所持金はシュウ殿に奪われてしまいました。しかし、それに怒りを憶える気力もすでに尽き果てて、もうどうでもいいと思っていたことも確かです。
「ええでっか、わてはあんさんが憎うて、こんなことするんとちゃいまっせ。同盟軍の決まり事やさかいに、しぶしぶやっとんでっせ。わてをうらみなはんなや。」
 言い訳のように、そう付け加えるシュウ殿の言葉に、”しぶしぶちゃうやん!”と心の中で突っ込む私。口に出さなかったのは、単に面倒くさかったからです。

 かつて私は血の気の多すぎたり、何考えてるのか全く判らない同僚や優柔不断だったり、堪え性が足りなくてすぐに人を豚呼ばわりする戦好きの上司に不満を抱いたことがありました。ですが、今の私の現状に比べれば、かつての私の職場環境はなんと恵まれていたことか。 愚かにも私は初めてそれに気がつきました。後悔先に立たずとはまさにこのことを指すのでしょう。これから、私はシュウ殿を上司として、同盟軍で働かねばなりません。しかも、給料は”同盟軍のきまり”と建前に、シュウ殿に全額着服されること請負です。
 自分のことを不幸だと思ったことは、今まで一度も経験したことのない私ですが、今日このときばかりはそう思わずにはいられませんでした。
 そして、もう一つ私が懸念するのは…。シュウ殿のあの個性的な話し方。もし、あれが私にうつってしまったら、そのとき私が耐えきれるかどうか…。

(2002/07/07)


※七良海久亮さんからのキリ番リクエストです。今回は軍師師弟コンビでいかせていただきました。 FD保存時は「浪速シュウ軍師」っちうタイトルにしていた話ですが…と、とりあえず、シュウ兄さんファンと久亮さん に謝っておいて、私めは逃亡を図りたいと思います。キリバンリクエストありがとうございましたぁ〜(脱兎)

モドル