モドル

■軍師を笑わせる方法■

「シュウ殿の笑った顔…ですか?」
 いつものように自室で書類の整理をしていた時に、我が軍のリーダー殿に、 無邪気に問いかけられて、私は困ってしまってしまいました。リーダーはいつも難しい顔 をして考え込んでいる、我が師とも仰ぐ稀代の軍師殿の体調を案じていらっしゃるようです。 あんなにいつもムッとした様子では、健康に良くない。なんとかして笑わせてあげたい、と。 笑う角には、福来たるといいますから、それは私も納得しました。が、…リーダーの優しい気持ちは 私にもよく分かります…でも、シュウ殿がいつも不機嫌なのって、そうそうなんとかできるもの なのでしょうか?そりゃあ、私だっていつもムッツリされるより、笑顔でお話しできれば有り難いですが 。不機嫌なシュウ殿に「クラウス。」と一言、呼びつけられることを想像するだけで、 背筋がゾッとしますから。しかし、シュウ殿の笑顔ねえ…これは今まで私が取り組んだ中で、 一番の難題かもしれない。ビクトールさんをお上品にするとか、ザムザさんのでかい態度を 矯正するとか、そっちの方が簡単なような気がします。リーダーの望みを叶えてあげたいのは 山々なんですが、私には荷が勝ちすぎるかも…?
 私の目の前に、ちょっと首を傾け、私の出方をうかがっているリーダーの大きな瞳があります。 そんな目で見られたら、頑張ってみようかな?って気になっちゃうじゃないですか。 私はふっと息を吐いて、リーダーに微笑みかけました。
「わかりました。一緒に考えてみましょう。」

                    ☆

「で、なんで俺までが呼ばれるわけ?」
 往生際悪くぶつぶつ言っているのは、トラン共和国大統領の一人息子、シーナ。 生まれも育ちもいいはずが、テーブルに足はかけるは、口調は乱暴だわで、育ちの好さは ちっとも滲み出ていない。できれば、私の部屋では大人しくしておいてほしいものです。 愚痴るシーナに、
「あなたは色々人生経験を積んでいらっしゃるでしょう?」
 そりゃ、ハイランドで本漬け生活してた軍師よりはね、というシーナの皮肉を聞き流して、 私は言葉を続けます。
「面白いこともいっぱいご存じですし…人を一人笑わせる方法くらい知っていらっしゃるかな? と思って。」
 シーナは天を仰いで、盛大にため息をつきました。そうそう、さっさと諦めてとっとと私に 協力する気になってください。でないと、いつまでたっても解放しませんからね。
「くすぐるとか」
「却下。」
「漫才でもやれば…」
「却下。やるんならシーナが一人でやってください。」
「笑い茸。」
「却下、意外と貧困な発想ですね?経験豊富と豪語されている割に。」
 シーナの口からでてくる、子供でも考えつくような拙策に、私は正直なところがっかりです。 だいたい、そんな方法を使ったら、あとでどんな報復があるか、考えるだに恐ろしい…シーナはそこの ところをちっとも分かっていない。それとも、どうせ他人事だから、とでも思っているのでしょうか? 言っておきますが、万が一そんな状況になったなら、私はシーナに責任を負わせるのを躊躇いませんよ。
「あのなーーー、だいたいなんで俺が、シュウを笑わせる方法を考えないといけないわけ? 関係ないじゃん、俺には。」
「…アップルさんに、シーナの今までの女性経験について事細かに報告してもいいんですよ?」
「き…汚い…」
 なんとでも言ってください。今回に限っては、私も目的達成のためには手段を選ぶつもり はありませんから。シュウ殿のもとで学ばせていただくようになってから、軍師には頭の良さだけ ではなく、時には非情に徹せられるだけの性格の悪さが必要なのだと、私はその身をもって学んだのです。 真の軍師として、私は時に鬼になることを誓いました。そして、今日はその第一歩なのです。
「おまえら…」
 シーナと私との掛け合い漫才に、心底呆れた口調で割り込んできたのは、フリックさんです。 戦士の村出身のフリックさんは、門の紋章戦争の後、傭兵として様々な経験をされたとお聞き していましたし、面倒見の良さは折り紙付き。まして、リーダーの望みとくれば、絶対に手を貸して くれるだろうという私の予想はドンぴしゃだったようです。フリックさんは、頭痛を堪えるかのように 額に手を当てると、
「おまえら本気でシュウを笑わせようって考えてんのか、それとも、それをネタにストレス 発散させたいのか、どっちだ?」
「笑わせようと思って…!」
 シーナと私の声は見事にはもりました。あれ?シーナがなんで?目と目があって、シーナ がにやりと笑うのが、私は信じられない。
「ま、面白そうだし。それに、リーダー直々のお望みだしな。」
「それじゃあ、まあ、協力してやってみるか。」
 フリックさんが、宣言します。こうして、我々の"シュウ殿を笑わせる 計画"は馬鹿馬鹿しくも静かに、幕を開けたのでした。


                    ☆

(語り手 フリックに交代)
 さてもさても、クラウスは厄介な依頼を受けたもんだとつくづく思う。シュウが笑う、 しかも、例の底意地の悪そうなにやり笑いじゃなくて、ナナミのような健やかな笑いだってんだから… そりゃあ、ビクトールが拒食症になるより可能性が低いんじゃないか?まあ、リーダーに 頼まれちゃあ断れないっていうのも分からないでもない。実際、俺がクラウスの立場でも 同じ選択をしていたろうしな。仕方ない、年長者の俺がちょっとと手伝ってやろう。まずは、 情報集めがセオリーだ。ならば、向かう場所は一つしかない。

 いかにもいかにもな低音をBGMに、よれたトレンチコートの男は俺に背中を向け、 小気味よく、右手でコインを弾こうと…する前に、クラウスに止められた。
「リッチモンドさん、急ぎの用事なんで、格好つけるのは後にしていただけます?」
 今のは、酷いツッコミだと俺も思う。ハードボイルドダンディなリッチモンドは、 背を向けたまま、いきなりしゃがみこんで床に"の"の字を書き出した。あーあ、 俺は知ーらない。
「おいおい、クラウス。今のは言い過ぎだと思うぞ。」
「毎回毎回、鬱陶しいんです。」
 リッチモンドの指が、速度をあげる。なんていうことをいうのだ!この子は!!
「だいたい探偵のくせして、ロクな情報を調べてきてくれないじゃないですか。」
 …そ、それはそうかも。
「初回の捜査で分かることっていったら、年とか兵種とか…そんなどうでもいいことばかり。 しかも、お金取ってですよ。」
 正論だ。確かに巷の探偵の方が、リッチモンドよりいい仕事をしそうな気がする。
「しかも、調べてくれることをこっちが決められるわけじゃないし、勝手にリッチモンド さんが調べてくるのを私たちは聞くだけ。そんなのじゃ、探偵って言えません。」
 クラウス、それは冤罪だ。リッチモンドの調査がお定まりなのは、別に奴のせいでは…。 そう、敢えて言うなら神の御意志と言うか…ねえ?
「クラウス、おまえがそう言いたい気持ちはよく分かる。だが、いくら役に立たないとか 無駄飯食いとか思っていても、それを口にするのはよくないぞ。」
 俺は、冷静にクラウスをなだめようとした。ここは人生の先輩として、世間の理をちゃん と教えてやらないと…。
「それに、リッチモンドはちゃんと仕事をしようと努力しているじゃないか。いくらその 努力がから回りしているにしても。都市同盟への貢献度はゼロに等しいとしても、だ。歩く 粗大ゴミとか、夢見がちなおっさんだなんて、口が裂けても言っては駄目だ。」
 クラウスとシーナは、目を丸くして俺の話を聞いている。分かってくれた…のかな?
 クラウスが、おずおずと口を開いた。
「…フリックさん、私の言葉のなかであなたが言った言葉よりも酷い言葉はなかったと 思うのですが…」
 ニヤリと笑って、シーナが、
「…リッチモンドってば、あんたの言葉を聞いて泣きながら走っていっちまったぜ?」
……………し、しまったぁぁぁぁぁぁ!!!


                     ☆


(語り手交代、シーナ君)
 てなわけで、フリック(強調)のせいで、リッチモンドの行方は分からなくなってしまった。 言っとくけど、俺のせいじゃない。しかし、意外とリッチモンドって、神経細かったんだな、 探偵のくせに。あんなんで仕事をやっていけるのかね。ま、俺には関係ないけど。とにかく、 フリックのせいで、(更に強調)シュウの弱点とか笑いのツボとかを探る手段を一つ失ってしまった。 さて…ここは、クラウスの頭脳に頼る…よりも、紋章の力の方が信頼が置けるよな。クラウスには 悪いけどさ。

「と、いうわけなんだ、ジーンさん。」
 俺は今、本拠地の中で最も信頼がおけて、最もナイスバディな紋章師のところにきている。 ちょうど客のひいたときらしく、彼女は突然訪問した俺を、いつものごとくミステリアスな微笑で 迎えてくれた。前の戦争のときから思っていたが、ここまで完璧に近い美女にはなかなかお目に かかれない。こんな美人とお知り合いになれるなら、何回、宿星ってやつに選ばれてもいいや、 とか思いつつ。俺は得意の話術を駆使して、ジーンさんにお願いしてみることにした。俺の持ちかけた 難題に、彼女は困惑するかのように落ちつかなげに足を組みかえる。

…深くスリットの入った彼女の衣服は、俺に素晴らしい眺めを提供してくれた。なんというか、 見えそうで見えないところがまた男心をくすぐるというか。これじゃあ下手な下着はつけられないから、 もしかして下も何もつけてないんだろうか。それに、きゅっと締まった腰から臀部にかけてのラインや、 大きすぎず小さすぎずの形のいい胸とか、まさに絶景だ。いや〜俺ってなんてラッキー。
「シーナ君…?」
 なんていうか、大人の女性っていいよなあ。色々教えてもらいたいもんだよなあ。できれば、 夜のお相手もお願いしたいけど、多分無理だろうなあ。
「シーナ君。」
 ジーンさんは苦笑いを浮かべ、俺を見ている。やば…もしかして、俺、なんか口に出しちゃっ たとか?
「ごめんなさい、紋章の力というものは何でも叶えてくれるものじゃないの。」
 俺の心配は杞憂だったようで、ジーンさんは紋章で人を笑わせることができないことを、 ただ申し訳なく思っているようだった。美女を困らせてしまうなんて、俺の主義に反するじゃないか。
「いいんですよ、ジーンさん。大体、あの性悪軍師を笑わせようなんて、能天気なことを口にする 副軍師が悪いんです。」
「あ…でも、シーナ君。」
 優しいジーンさんは、なおもいいつのろうとするので、俺はそれを制し、
「どうしても笑わせたきゃ、自分でなんでも考えりゃいいのに。他人にも手伝わせようだなんて、 彼は軍師の風上にも置けません。俺が彼にちゃんと言いますよ。」
 ジーンさんの手を握らんばかりの、いや実は勢いに乗じてしっかり握ってたりしてたんだが、 これくらいは許してもらえるだろう。とにかく、俺は一世一代の熱弁を披露していた。俺だって、 やるときはやるのだ。ただし、美女の前でならという条件付で。
「へえ、ちゃんとなんていうんですか?」
「勿論、あの鉄面皮軍師を笑わせようなんて、頭が沸いたとしか思えない考えを捨てるよう…。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「に…なんていうわけないじゃないか、クラウス。」
 俺の笑顔は、背後で仁王立ちしているクラウスには全く通用していない。しまった、やっぱり ちゃんと男性用の微笑みも準備しとくべきだった〜。俺の後悔、全く先に立たず。もしその男性向け の微笑を教えてもらうんなら、やっぱカミューかな、それともフリックかな?なーーんて馬鹿なこと を考えながら、俺はにやにや笑いのまま、クラウスに手を振った。


                       ☆


(さてさて、みなさんが漫才をくりひろげた、次の日。)
 シュウ軍師の朝は早い。本拠地に早起きが得意な青騎士団長が来るまでは、一番早く起きていた のは彼だったことから、そのことが窺える。日が昇るより前に起きだして、今日の仕事のチェックから 本拠地の見回りまで…。おおよそ軍師の仕事ではないのでは、と思えるようなところまでカバーしている。 人のチェックでは安心出来ないものだから、自分でやっているわけだ。みんなにバレてないから いいようなものの、やっていることは嫁の仕事をチェックするお姑と行動と変わらない。
 今日も日が昇る前に目覚めた彼は、例によって例のごとく、本拠地の詳細なるチェック を始めた。
 だが、今朝、執務室に一番乗りしたのは、シュウではなかった。
「おはようございます、シュウ殿。」
 いつも通りのクラウス、と、
「お目覚めですか、シュウ兄さん。」
 これまた、いつものアップル。ちなみに朝の四時半である。
「!?」
 さすがの鉄血軍師殿もこれには驚いた。もしかして、今日は己が失念している 行事の日かなにかだろうか、とも思った。
「・・・どうしたんだ、こんな朝早くに。」
「そうですか?でも、シュウ兄さんはいつもこの時間に起きてるんでしょう?」
 アップルの言葉は正しい。だが…朝の四時半に、執務室に文官が勢ぞろいしているなんて どう考えたって異常だ。しかも、フリード・Yやジェスの姿も見えている。
「……」
「シュウ殿は連日の激務でお疲れでしょう?仕事は我々で片付けますから、 どうぞ休んでいてください。」
 フリードがシュウに椅子を勧めると、すかさずクラウスが紅茶の盆を持ってやって来る。 至れり尽せりだ…半ば流されてしまったシュウは、勧められるままに椅子に腰掛け、クラウスの 紅茶を味わう。こんな風に落ち着いた時間を過ごすなんて、一体何日ぶりだろうか…。
アップルやジェスが地図を前に、言葉を交わしている。クラウスは書類に目を通しながら、 左へ右へと分別し、それをフリードがどこかへ持っていく。シュウの目の前で仕事はみるみるうち に片付いていく。シュウがいなくても、何の滞りもなく、いつもどおりの業務が流れて…。
 そこでようやくシュウは気がついた。
自分がいなくとも、全く彼らは困っていない、ということに。
――もしやこれは…!
 相手を持ち上げておいて、油断したところをぐっさり…てなパターンの高等戦術??いや、 この場合は違う。人間、相手に罪悪感を抱いている場合、妙に優しくなったりするものだ。 相手に喜んでもらうことで、免罪符を貰っているつもりになるわけだが…まさか!
 強ばった微笑みを浮かべつつ、シュウはあらためて辺りを見回した。クラウス、 アップル、ジェスにフリード、フィッチャーの面々。シュウが居なくても、仕事は滞らない事実。 つまり、これは…。
 同盟軍正軍師の頭の中を、恐ろしい単語が葬送の鐘音とともに流れさる。

――まさか、まさか、この私が、”リストラ”対象っっ!!!!

 シュウ、29歳。今まさに人生の危機であった。合掌。


                   ☆


 クラウスが入れてくれた紅茶を飲み干して、リーダー殿は実に幸せそうな微笑みを浮かべ、
「シュウさん、笑ってたね?」
「そうですね。」
 多少の疑問は残るものの、クラウスはそう答えた。笑わせるネタが見つからなかったので、 働き過ぎの軍師殿に一日休んでもらうことにしたのだ。作戦もなにもあったもんじゃない。 単に休暇をセッティングしただけだったのだが。それにあの笑顔というには、あまりに不自然な 彼の表情は…。
 ハイランドの貴族として生まれ、なるべくして軍人となったクラウスの頭の中には、 ”失業”だの”リストラ”だのといった言葉はない。よって、彼がシュウの誤解に気づく こともなかった。

――シュウ殿は責任感の強い方だから、きっと他人に働かせて自分が休むことに罪悪感を 感じていらっしゃったんでしょう。
 クラウスのシュウへの尊敬度が無意味に上がる。
「ねえ、クラウスさん。」
「はい、なんでしょうか?」
「ありがとう、僕の無理を聞いてくれて。」
「いいえ、おやすいご用ですよ。」
 リ−ダーの微笑みに、クラウスも同様に微笑み返す。空になってしまった彼のティーカップに、 おかわりを注ぎながら、
「シュウ殿がいつも笑って下さるように、我々文官一同も頑張りますから。」
「うん、僕も頑張るよ。」
 一日や二日休んでもらうくらいで、シュウ殿の笑顔が見られるなら文官総出で残業+2時間 なんて安いものだ。ましてや、こんなにリーダー殿に喜んでもらえるのなら。
 ”休んでもらっている”はずの正軍師殿が、自室で己の必要性の確保のために、一人悶々と 悩んでいることをなぞ、クラウスもリーダーも知る由もなく。
「シュウ殿には月に一回、休暇をとってもらいましょう。」
「あ、それっていいと思う!」
 心優しき二人の、幸せな計画は、またしてもシュウの寿命を縮めてしまう仕儀に相成るので あったが、それはまた別のお話になるのである。


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