■軍師を喜ばせる方法

「誕生日ぱーてぃ、ですか?」
 クラウスの言葉に、何が嬉しいのやらにこにこ笑って。まるで犬のようにぶんぶんと首を振るのは、我ら同盟軍がリーダー殿であった。今日も今日とて、激務の合間をかいくぐるようにクラウスとのおやつタイム。その真っ最中に、なんの前置き無しの
「シュウさんの誕生日が明後日だから、みんなでパーティしたいんだけど。」
とくれば、クラウスでなくてもビックリする。しかも、軍師の誕生日パーティだと?
「一体、どこでシュウ殿の誕生日を知ったんですか?」
「リッチモンドさんに調べてもらったんだよ。」
 なるほど、探偵も誕生日を調べてくれなんていう依頼をよくもきいてくれたもんだ。もしやシュウに直接誕生日を聞いたのだろうか?とクラウスは感心した。
「ねえ、クラウスさん、どうかな。シュウさんの誕生日パーティ。駄目かな?」
「ええっと。そうですねー。」
 誕生日パーティを開いてもらって喜んでいるシュウの姿など、クラウスには全く想像もつかないものであったが、ここでリーダーの願いを無下に断るのも気が悪い。こんなにも一途に、ただシュウに喜んでもらいたい一心なのだ、この少年は。
 とはいえ、同盟軍の台所事情も楽ではない。それに、そんなことにお金を使ったらそれこそ軍師に何と言われるか。
「一応戦時下ですから、パーティはやめませんか?」
「うーん、そうかあ、そんなことしてる場合じゃないかあ。」
「それよりも…。」

 
「ストップ!」
 シーナが手をクラウスの顔の真ん前に突つけた。
「嫌な予感がするから、俺、もうこれ以上ききたくない。」
 クラウスは黙って、シーナの手をずらし、
「で、それで私はリーダー殿に言ったんです。」
 友の言葉を全く無視して先を続けた。
「お前、俺のいうこと…。」
「パーティは無理だから、みんなでそれぞれプレゼントをしましょう、って。勿論、シーナも参加して下さいますよね?」
「嫌だ。」
 シーナ曰く、女性に効果抜群の微笑みを浮かべて一言。が、当然同性であるクラウスには通じなかった。
「そうですよね、私もシーナなら賛成して下さると思ってました。明日がシュウ殿の誕生日ですから、明日の夜までに執務室に持ってきて下さいね。」
「ていうか、嫌だって。」
「リーダー殿には、シーナが喜んで参加すると言っていたと伝えておきますから。」
「クラウス、おまえ人の話を聞けよ。」
「いやです。」
 その返事でシーナはクラウスの考えをしる。依頼と銘打っておきながら、この男ははなっからシーナを勘定に入れているのだ。無論、シーナの意思など斟酌するつもりはないらしい。
「おまえ、段々シュウに似てきてない?」
 シーナの言葉を、クラウスは満面の笑顔で聞き流した。

「というわけで、よろしくお願いいたしますね、ビクトールさん、フリックさん、ハンフリーさん。」
「え?」
 レオナの酒場で、例の如く気持ちよく酒を酌み交わす元反乱軍の三羽がらす。義理人情にはあついし、腕っ節は滅法強いが、頭の回転はすこうし遅かった。
「ちょっと待てクラウス、今の話で何をよろしくされたのか、もう一度説明してくれないか。」
 それでも、三人組の中ではオデッサが絡まない限りは最も冷静な男、フリックは至極当然の疑問を口にする。
「ですから、もうすぐシュウ殿の誕生日ですので、みなさんプレゼントを準備していただけますか?」
 何で俺たちが?三人が三人とも同じ顔をするのも当然だ。
「リーダー殿のご希望ですから。」
 そうか、だったら仕方ないな、と思ったのは、実は三人の中でビクトールだけであった。
「なんで、俺たちがシュウ軍師のプレゼントを用意しないといけないんだ?」
 ハンフリーの言葉に、そうだそうだ、オデッサのならとにかく、とよく判らない同意をするのはフリックだ。
「えーっと、いつも頑張って働いているシュウ殿に、みなさんからの気持ちを…。」
 自分でいってて説得力がないのが判るので、クラウスとしても力説できないのがつらい。”頑張って働いている”のは、何もシュウだけではないのだ。もごもごと口ごもるクラウスに、胡乱な顔を投げかける三人組。
事態は、軍師にとって非常に不利な展開になりつつある、のである。
「あら、なにか楽しそうなお話をされてません?」
 突然降ってきたこの声が、婉然と微笑む白い少女が、話の流れをねじ曲げるまでは。


 前職が商人だったわけだし、シュウにしてもお金が嫌いなわけではない。お金は大事だ。ないよりはあったほうがよい。であるからして、彼も人並みにはお金に対する執着心を持っている。
だが、この状況は。
「誕生日おめでとうございます。」
 先ほどからこの言葉と共に入れ替わり立ち替わり訪れる本拠地の住民たちが、笑顔と共に彼に手渡すのが、何故にご祝儀袋─無論、金額はまちまちである。─であるのか。少々のことでは動じないシュウの心も、これにはちょっぴり傷ついた。吝嗇をアピールしたつもりも、兵士たちへの給料をケチったつもりもない。ビクトールの酒代に苦情を言ったことはあるけれども、実際、一時期彼の飲み代は凄まじかったのだ、それでケチとか守銭奴などと思われてるのだとしたらあまりにも報われないじゃあないか。
 しかも。傍らで筆ペンを握っていそいそとご祝儀袋の宛名書きをするクラウスの姿を恨めしげにみやるシュウである。シュウのことを一番判ってくれているであろう副軍師のクラウスからして、シュウが喜んでくれるに違いないと信じて疑わない様子で祝儀袋に新札を詰めている。ご丁寧にも袋の後ろには、漢数字で金額まで書き込んであった。

「はい、シュウ殿、お誕生日おめでとうございます。」
 
 引きつった笑顔で祝儀袋を受けとったシュウの目に、裏書きの参千ポッチという文字が目に入る。クラウスの給料のほぼ半月分だった。喜ぶべきだ、喜ぶべきなのだ。己の誕生日を本拠地のみんなが覚えていてくれて、しかもプレゼントまでもらえるのだから。しかし、この全身を覆う脱力感というか、空しさというか、この感覚はなんだろう。
 ご祝儀袋のかさは刻一刻と増えていく。軍師の資産は、今日一日でだいぶ増えた。だが、あまり嬉しくないと思ってしまうのは贅沢なのだろうか。


「というわけで、シエラさん。おかげでシュウ殿にも喜んでいただけたようです。ありがとうございました。」
師の思いを知るか知らざるか。ある意味、世間知らずな副軍師クラウスは、義務を果たし終えたことに一安心していた。シュウの様子を”喜んでいた”と解釈するあたり、軍師としてはあまりにも観察力に欠けていると思われるが、クラウスの役に立てたことを単純に嬉しく思うシエラにはどうでもいいことなのだ。そう、この笑顔のためならば。うっとりとクラウスを見つめるシエラである。恐喝すれすれのお願いで、酒場の三羽がらすに無理矢理プレゼントを贈らせたことや、その他諸々の本拠地の住民へのあれこれは彼女のなかではすっかり忘れ去られていた。恋する乙女(?)にとって、重要なのは好きな人にどう思われるか、だけであって、その他有象無象はどうでもいいのである。



モドル