■君の髪に花を飾ろう


「フリック・・・」
 俺の名前を呼ぶ彼女の声はいつもと違って、あまりにも弱々しげで。 腕の中にいる彼女がまるで手の届かない遠くに行ってしまうような気がして。 俺は強く彼女を抱きしめる。
「フリック、痛い。」
「あ、ごめん。」
 慌てて力を緩めると、今度は彼女の方から俺の胸にもたれてきた。 俺の胸に長い髪がまとわりつく。相手の体温を直に感じてはじめて、 俺は自分がさっきまで彼女と抱き合っていた実感がわいている。
「オデッサ・・・」
 俺の剣の名前。そして、愛する人の名前でもある。はじめて会ったときから、心奪われた女性だ。
「何?フリック。」
 オデッサは俺の胸にぴったりと耳を付けて、鼓動を確かめてる。 心臓の音が安心を感じさせることは、俺も知っていた。
「この戦争が終わったら、どうする?」
「そんなこと・・・考えたこともなかったわ。」
 この上なくオデッサらしい答えだった。いつも前だけを見つめ、 信念を持って行動する彼女のことだから、戦争が終わってからのことなんて 本当に何も考えてはいないのだろう。けど、そうためらいなく言われると、 少し寂しくもあった。
「じゃあ、俺が一つ提案してやるよ。」
「戦争が終わったら、私が何をするかを?」
「そうさ。」
 精一杯真面目に、俺は答えたものだった。実は内心の不安は限界を突破しつつ あったにもかかわらず、出来るだけさりげなく、
「俺と一緒になる、っていうのはどうだい?」
 沈黙はほんの一瞬。俺の胸に顔を伏せた、オデッサの肩が震えている。 感激のあまり、泣いている・・・わけはない。笑いを堪えているのだ。 押し殺した笑い声が、俺の耳にも聞こえてくる。
「ごめん、フリック。」
 ひとしきり笑って、目尻に溜まった涙をオデッサが拭う頃には、 俺の機嫌はかなりマイナスになっていた。
「もういい。」
 小心者な俺がどんな思いでああいったのかも知らないで、あんなに笑うことはないじゃないか。 俺は本当におまえに惚れているのに。
「本当に、ごめんなさい。」
 オデッサは半身をおこして、俺の顔を見下ろしている。さっきまでとはうってかわった寂しそうな、 泣き出しそうな表情で俺を見ていた。彼女の指が俺の頬をたどり、瞳がゆっくりと俺に近づく。
「・・・でも、そうなったらいいわね。」
 キスの瞬間、囁きが耳に届いた。
 離れたくなくて、放したくなくて、やるせなくなるのは君だけだ。今の時間以外は、 オデッサは俺だけのものじゃないんだから。だから、もっと彼女を感じていよう。
「も一回、してもいいか?」
 真顔の俺から目をそらし、オデッサは顔を赤らめさえして、一言だけ。
「そんなこと聞かないで。」

モドル