■休憩時間
深夜の執務室に、紙を滑るペンの音だけが耳につく。頭を付き合わせて書類と格闘している軍師が二人、傍らでは書類をまとめている文官数人。
さほど仕事がたまっているようにも見えない。期限が近いようにもみえない。それなのに、皆一様に鬼気迫る表情で、事務に勤しんでいるのはなんとも不思議な光景だ。
俯いたまま、書類にペンを走らせていたクラウスがふいに顔を上げる。
「シュウ殿…そろそろ一休みなされたらいかがです?」
そういいつつも、自分は片時も手を休めない彼であった。
「俺はまだやれる。ジェス、フリード、おまえたち疲れただろうから、一服するといい。」
にべもなくそう返事をしたシュウは、傍らの二人を振り返った。都市同盟の有能な事務官二人は、そろって首を振る。
「私もまだ大丈夫ですよ。」
自分にふられるよりも先に、フィッチャーが横から口を挟んだ。
「…アップルはどうしたんだ?」
落ちてきた髪をうざったげにかき上げつつ、シュウが呟く。彼がかくも苛立ちを表に出すのは珍しいことだ。
「先だって、ナナミ殿と一緒に休まれました。」
「そうか。」
”逃げたな…。”
クラウスの答えにみな同じ思いを抱いたがそれだけだった。逃げ出したいのは誰もが同じだ。ただその度胸がないだけで。
誰かがそっとため息をついて、そしてまた再び仕事が再開された。
執務室のサイドテーブルにちょこんと置かれた料理の香りは否が応でも彼らの周りを漂う。「夜食にしてね。」と置いていってくれた少女の気持ちは有り難い。
有り難いのだが…できれば気持ちだけ受け取りたかった。
”一休みして一服する”
その度胸を持たない文官連中の夜は、今日もまた疲労とともに過ぎていくのである。
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