あなたの願いが叶うなら シーザーとヒューゴ
──おかしな夢を見たもんだ。
昼下がりの図書館は静かだった。一人机に向かうシーザーに、ふと昨夜の夢が去来する。
美しく悲しげな黒髪の美女。目深のベールの向こう側から届く声、彼女の外見に相応しく涼やかで優しいそれは、シーザーに向かってこう告げたのだった。
「一つだけ、あなたの願いを叶えましょう。」
深く考えず口にした願い事は、遙か東方で活躍した稀代の名軍師の著した兵法書で、今では恐らくハルモニアの図書館にしか残ってないだろうと言われる珍書の入手だった。
それが、今、シーザーの目の前にある。つい先ほどディオスを引き連れやってきたハルモニアの神官将が置いていった物だ。
「読みたがっておられるとお聞きしたので。」
と、無造作に彼がそれを手渡したときの後ろの副官の様子を見れば、ハルモニアでもその兵法書は貴重書扱いされているのだとわかる。
偶然、ササライが本国からその本を持ってきていて、偶然、シーザーがそれを読みたがっているのを知り、気まぐれで貸してくれた。話がうますぎて作為的なものを感じてしまうのは、彼の職業意識からだろうか。ともあれ、彼の読みたかった本は目の前だ。
「まあ、これを読んだからといってなんかがおきるってわけでもなさそうだし。」
入手の経緯には引っかかる物を感じるが、それだけだ。
「せっかく貸してくれたんだし、読まなきゃ勿体ないよなあ。」
それよりなにより、彼はその本が読みたい。
手にとって、ページをめくる。次の瞬間から、シーザーはすっかり自分の懸念を忘れ去っていた。
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「……とまあ、昨日そんな夢を見たわけだ。おかげで死ぬほど読みたかった本も読めたし、俺って超ラッキーだよな。」
読み終えた本を片手に、珍しく興奮しているシーザーを前にしたヒューゴは首を傾げた。
「その夢…俺も見たかも。」
「へ?そうなのか?で、何を願ったんだ?」
「背が3センチ大きくなるようにって。」
言われてみれば、ヒューゴの背丈は昨日よりも伸びているような気がする。しかし、控えめすぎる願い事だった。大体、3センチくらいならば、ヒューゴの年齢では自然と伸びる大きさだ。
「……せめて10センチとか言えばよかったんじゃないのか?」
「うーん、それよりもシーザー、俺、今思ったんだけど。」
そういいかけて、ヒューゴは口ごもった。言おうかいわまいか、それを決めかねている少年をシーザーは促す。今日ならば、何が起こっても笑って受け止められる自信が、彼にはあった。
「何?何だよ?言ってみろって、ヒューゴ。」
「何でも願い事を叶えてくれるんだったら、戦争を終わらせるとか、真の紋章の解放をとめるとか、そういうことを願えばよかったなって。」
シーザーの幸福な気分は、一瞬で吹っ飛んでしまった。
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