■ 剣

 シーナの剣は、父親のものだった。トランを出るときに、無断で借りてきたものだったから、実家に帰ればシーナがえらい目にあうことは必須だ。シーナがこの剣を拝借したのは、単にトラン共和国の大統領の剣を持っていれば、道中の安全が増すんじゃないかと思っただけなわけで、その動機が父親にばれれば、さらにえらい目にあうことは必定だったので、流石にそれは口にしない。
 デュナン城の中庭で、ぼんやりとベンチに座る。なんとなくキリンジを鞘から抜いてみた。日光の下で、その刃は白く輝く。シーナの家に代々伝わる名剣で、それはつまり何人もの人間を斬り殺してきたということで、手入れがいいからわからないものの、真っ白でいかにも清らかな剣の光は大嘘で、本当は多くの人の血を吸っている剣なのだ。トランの戦争でシーナが使っていた剣よりもずっと重く、切れ味も数倍よいのは、もうシーナは経験済みだった。貿易商を本業としながら、父親はこんな剣呑な剣を振り回してきていたのだ。正直、シーナがこの剣を使えるのは十分が限界だ。今の彼には、おもすぎる。

「いい剣ですね、シーナ。」
「俺のじゃないけどね。」
 シーナは声の主をみもしないで、そう答えた。声を聞けば、だれだかはすぐ判る。ましてや友の声だ。
「オヤジからお借りしたんだよ。」
「”お借りした”んですか、なるほど。」
 クラウスは、刃に照り返す光にまぶしげに目をすがめる。
「俺にはおもすぎるんだけどね、実際。オヤジはよくもまあ、こんな重いばっかのやつを振り回してたよなあ、って思うわ、俺。」
「私も、その気持ちはわかるような気がします。でも…。」
 キリンジを鞘に収めるシーナの動作を見守り、
「シーナならば、おもくなくなると思います。」
「クラウスも、だろ。」
 そういわれ、初めてクラウスは自分の持つ父の剣に気がついた、ふりをした。
「そうでしょうか。」
「俺がそうなるなら、お前もそうだよ。」
「そうですね。」
 シーナはクラウスの剣を、自分の剣よりもずっとおもそうだと思ったけれど、クラウスが嬉しそうに笑っていたので、それを言うのはやめておくことにした。

(2006/05/01)


※数年前に無料配布の個人誌に載せたモノです。あのときは突貫工事だったなあ(涙)

モドル