■マイクロトフの腕相撲

「あー、モンスターが斬りたい…」
「そうだね、ストレスが溜まるよー。」
 なんとも物騒なセリフがポンポンと飛び出す。アニタとバレリアの二人組 はお酒を飲み飲みクダを巻いている。どうやら パーティメンバーに加えて貰えなくて欲求不満らしい。
「なんでだよー。私たち使えるのにーーー!」
 アニタがグラスのウィスキーを、一気に飲み干した。 もう、四杯目である。
「どうやらリーダーに女性は前線に立つべきではない、と意見した奴がい るらしいよ。」
 バレリアも四杯目だ。しかし、口調は素面に近い。 呂律が回らなくなっているアニタとは大違いだ。
「誰だーーーそんなことゆったバカはーーー責任者出て来いーーー!」
「あれだよ。」
 そんな二人の傍らで、酒を口に運んでいたオウランが、黙って指で指し示す。
そこにいたのは…。

「今日は流石に疲れたな…」
「マイクロトフ、あまり飲み過ぎるなよ。」
 ビール一杯しか口にしていない相手に対して、随分なカミューの言い様だが、 ビール一本でぶっ倒れるマイクロトフである。カミューの心配もあながち 的外れではあるまい。ちなみにカミューは水割り片手にご満悦のご様子。自慢じゃないが、 彼はマチルダ騎士団ではうわばみでならしていたのだ。
「お前を担いで部屋に帰るなんて、もうごめん…?おや、何か御用ですか、レディー?」
 ふらふらと二人のテーブルに近づいてきたアニタに気付いたのは、 カミューのほうが先だった。彼女の後ろからバレリアとオウランが続く。 アニタがよろけつつもテーブルに激しく両手を置いた。マイクロトフがぎょっと目を丸くし、 カミューは、一瞬だけ眉をしかめる。
「あんたがーよけぇなことをいうからー、パーティメンバァに入れなくなってぇ…!」
 何が何だか、分からない。後ろにいたバレリアが後を引き継いで、
「そちらのお兄さんが、女性を前線に立たせるなって目安箱に入れたせいで、 私たち戦闘はパーティメンバーから外されたのさ。」
 ああ、とカミューは納得した。そういえば、こちらの 女性方はみんなSレンジだった。それにしたって、リーダーはあのマイクロトフの、 あまりに現実味に欠いた、いかにもマイクロトフらしい投書を本当に実行したのか。 と、素直を絵に 描いたようなリーダーの姿を、カミューは想像してみる。
「しかし…女性が危険な戦場に出ない方がいいと私は思いますが?」
 そうそう、とカミューの言葉にマイクロトフは頷く。 オウランの表情が険悪とも言えるくらいに、怖くなった。
「あんたら…もしかして、私たちより自分らの方が強いって思って るんじゃないだろうね?」
「無論、女性は男性よりもか弱いものと決まっている!」
 カミューが止める間もなく、マイクロトフは即答した。 あちゃぁと頭を抱えるカミューと自分の言葉の正しさを疑わないマイクロトフを囲んで、 Sレンジの女性陣はそろって険悪状態。
「フウン…女性はか弱いもの、ねえ…」
 押さえた口調のバレリアさん、妙に無表情なのが恐怖を誘う。
「どれだけ…自分が強いと思っているんだい?」
 酔いも覚めたか、アニタは軽侮の色をありありと浮かべて。
「…そんなに自信があるのなら、私たちと勝負してみなよ。」
 いつも大人のオウランも、今回ばかりは怒っている。マイクロトフのセリフは 用心棒としての彼女のプライドを酷く傷つけたらしかった。
「勝負といわれても、女性と剣を交えるわけには…」
「剣で戦うだけが、勝負じゃあないだろう。」
「??」
 面食らうマイクロトフの前で、オウランはテーブルの上に肘をつく。 カミューが、あ、という顔をした。
「腕相撲だって立派な勝負だよ。」
「…受けて立とう。」
 ここで断れば男が廃る。マイクロトフの迷いは、ほんの一瞬の間だけ。 勿論、彼の頭には自分の敗北なんていう言葉はない。マチルダ騎士団の団 長の一人である自分が、まさか女性に膝を屈するなど思いもよらないのである。 かくて、騎士の誇りをかけた腕相撲勝負が、酒場のギャラリーの見守る中、 馬鹿馬鹿しくも幕を開けたのであった。

 審判役に抜擢されたカミューは、その端正な顔に憂いの表情を浮かべていた。 彼はマイクロトフのように、あの3人組を甘く見ることはできない。それぞれ 女性でありながら、数々の戦場を潜り抜けてきたつわもの揃いなのだ。ゆっち ゃあなんだが、マイクロトフよりも よっぽど修羅場を経験してきているはず。それにしたって…
――どうして、マイクロトフはああも挑発にのりやすいのだか…
 これだから、カミューはマイクロトフから目が離せない。自分がいて もマイクロトフは何をしだすか分からないのだ。これで、自分が彼から 目を離したら…それこそ 考えるだに恐ろしい出来事が待っているような気がする。
 心中、重い気分なカミューの目の前で、腕相撲勝負が始まらんとしていた。
――少々、痛い目を見た方が、性格改善になるかもな。
 カミューのこの述懐は、開き直りに限りなく近い。

 まあ…結果は…敢えて語る必要もないとは思うのだが…。 ここで語らねば片手落ちであるからして …マイクロトフには誠に気の毒な結果となった…というか。

 まさかの三連敗、である。勝ち誇る女性陣の前で、マイクロトフは がっくりと膝をつく。今や、マイクロトフのプライドは崩壊寸前だ。 マチルダ騎士団の青騎士団長ともあろうものが、こんな公衆の面前で。 しかも、女性に…。いくら腕相撲とはいえ、勝負は勝負。
…騎士道不覚悟…騎士失格…もはや騎士と名乗ることさえおこがましい…。
 ぐーらぐーらとマイクロトフの頭の中には、ブラックな考えばかりが回っていた。
――俺は…!俺は!俺はぁぁぁぁ!!!
 ああ、もうまっさかさまなマイクロトフ。思いこみの激しさでは人に負けたことはない。
――このような恥辱を受けては、騎士失格!!!!!俺は、俺はもう!騎士たる資格なし!!!!
 果てしなく落ちこむマイクロトフを、アニタが更に奈落に突き落とした。
「…意外と…手応えがなかったよ。」
 高笑いとともに酒場を立ち去る3人組。無責任な ギャラリーの感想がマイクロトフをぐさぐさと突き刺す。
「あっけないじゃねえか…」
「マチルダ騎士団ってたいしたことないのね…」
「オウランさんってかっこいい…」
 たまらなくなって、酒場を逃げ出す ように走り出したマイクロトフ。慌ててカミューが後を追う。

「マイクロトフ!おい!」
「止めないでくれ、カミュー!!俺には、もう騎士の資格がない!!」
 片腕をカミューに掴まれて、マイクロトフは子供のようにぶんぶんと首を振る。
――…ていうか、お前マチルダを抜けた時に、騎士の紋章を捨てただろうが…
 ああもう、全く世話の焼ける…。マイクロト フの世話に慣れまくった自分を、妙に悲しく感じながら、
「…マイクロトフ、私にはちゃんと分かっているよ。」
 お前の単純な頭の中は全部、ね。どうやったら、落ちこみから回復するかも知ってるよ。 放っておいてもいいんだが、そうするのは後味が悪いから…。
「おまえは、騎士として女性に恥をかかせないように振舞っていたんだろ。」
 ああ、自分で口にしてて嘘臭い。良心の痛みも呵責もとっくに感じまくって 慣れているのが、またカミューのため息を誘う。
「カミュー…。」
「おまえは騎士に相応しいよ。」
 私ってば…なんて…嘘つきなんだ…ああ、自己嫌悪…。
そんなカミューの気持ちもいざ知らず、いつものようにカミュー の言葉で落ちこみから回復したマイクロトフ。 そんな彼の様子を見ながら、カミューは密かにまた、ため息。
 マイクロトフが、手がかからなくなるのは一体何時になることやら。 そもそもそんな日が果たしてくるのであろうか。
―――だとしたら、私は一生マイクロトフのフォロー役??
 恐ろしい…。だが、否定しきれないのがつらい。なにせ、このマイクロトフである。
 嫌すぎる想像に、カミューの気分はひたすらブルーになるばかり。


モドル