■夢を見る方法 夜は何時だって優しく、私の体を抱いてくれている。月は、 何時だって私を見つめてくれている。夢のように、私の中を時が通り 過ぎても、何も変わらずにいてくれるのは月と夜だけだ。昼の太陽 のあからさまさは、何時だって私をいたたまれなくするから。 湖畔の朽ちかけた桟橋に、危なげに体を預けて。素足が跳ね飛ばす水し ぶきの色を私は楽しんでいる。月の光を受けて、きらきらと輝いては消えて いくそれに魅せられて、私はその行為に夢中になっていた。パシャパシャ… 水音だけが楽しげに辺りをゆらす。最早住むものを失って久しい古城で、私 は憑かれたようにずっとそうしていた。 かつて、ここには町があった。多くの人々の生活が、そこにはあって。 私もその中の一人として、暮らしていた。戦争という特殊な環境の中で、 導かれるように集った人々。戦いにはつきものである、死というもの。裏切 りやそして多くの悲しみもあった。しかし、ささやかな人の幸せというも のが、そこには確かに存在していて…。 足が一際、大きく水を跳ね上げた。それを最後にして、私は足を湖に預ける。 夜に満たされた湖水はとても冷たい。だけど、私の体はもっと冷たいのだ。 だって、私はニンゲンじゃないから。ニンゲンじゃないから、みんなと同じ 様に時を過ごすことも、共にその時を終えることもできなかった。 あの人の側にいたいと、私は心からそう願ったのに。 夜の湖の色は、あなたの瞳を思い出させる。優しくて、冷たくて、 本当のことを教えてくれない。私の思い出は、みんな湖の底に沈めて。 誰にも知られることなく眠らせておこう。そして、ここに来るたびに湖に 問うてみるのだ。 「ねえ、あなた。幸せでしたか?」 いつも優しかった人。微笑んで、私のことを受け入れてくれた人。 手を伸ばせばいつでも触れあえそうなほどに近くにいた人だのに、 とても遠くに感じていて。あなたの前では、遠い昔になくしたもの が取り戻せそうな気すらしていた。 過去を振り返るのは、幸せでない証拠なのかもしれない。でも、 私の好きだった人はもう過去にしか存在していない人だもの。 ずっと一緒にいたかった。同じ時を過ごして、同じものを感じて。 そんな夢を見てた。そんな私のエゴに付き合って、あなたは一人寂しく 死んでいったのね。私はあなたに何もあげられなかったのに。 人としての喜びも幸せも、何もかも。 振り返れば、幻のように。閉じられた過去が蘇る。仲間の笑顔、私の姿、 そして、はにかんで私を見つめる青年の、声。 「シエラさん…?」 いつもうかがうみたいにこぼす私の名前。呼び捨てになるまで、 どれだけ時間がかかったことだろう。私はまるで、初めて恋を知った 小さな女の子のように、何もできなくて、ただあなたのことだけを見つめていた。 頬が冷たい。泣いているの?私?何故、泣いているの?感傷なんて、 何の価値もないのに。だけど、あふれる涙は止めどなくて。 唇が、あなたの名前を紡ぐ。呼んでも届きはしない、その名前を。風に運ばれて、 湖に散らされて、跡形もなく消えてしまう言葉。 それでも、私はあなたの名前を呼んでいる。 あなたが好きだと、言えばよかった… モドル |