モドル

■Black/Zero 魔法青年?編



「ラジカール雁ちゃん、参上!」
 きらりーん。
 私室でくつろぐ私の目の前に、珍妙な掛け声とポーズ、更には30歳目前の男性としてはあり得ない衣装で現れた男は、間桐雁夜という。
 我が妻、葵の幼なじみであり、始まりの御三家の一角、間桐の血をひく彼とは満更知らない仲でもない。だから、遠坂邸への彼の訪問は何ら問題はない。しかし、今日の彼の恰好は何か特殊な事情があるのか?
 フリル付きのニーハイ、胸元の大きくあいたワンピース、丸みを帯びたショートブーツも青を基調にまとめてあり、コスチュームとしては非常にバランスがとれたものだと言える。肩の意匠は恐らく羽がモチーフ。白のヘアバンドは、アホ毛を強調するためのアクセントか。ちょっぴりエッチなニーズにこたえるためか、お花のように大きく裾が開いたワンピース、四か所についているスリットが深すぎて太もも全開、ハイレグのインナーはもろ見えである。この点においてはいささかやりすぎだ。見えそうで見えない、そんなギリギリ微妙ゾーンが萌えというものではないだろうか。
 恰好と訪問の仕方はいただけないが、一応、客は客だ。それなりに遇しなければ遠坂家当主の名が廃る。一通りの観察を終えた私は、笑顔で雁夜に手を差しのべた。
「ようこそ、雁夜。来てくれてうれしいよ。出来れば次回からは連絡してくれると有難いのだけどね。」
「時臣・・・そんな冷静に対応されると、逆にすごく恥ずかしいんですけど?」
 ならなんで、そんな恰好で出てくるのだ。
「私は君の趣味に口出しするほど、無粋な人間ではないつもりだよ。」
「ち、違う!!これは俺の趣味じゃない!ジジイがだな!」
 真っ赤になって、雁夜は手をぶんぶんと振り回す。彼が動くたびにコスチュームからぴろりーん、だのきらりーん、だの摩訶不思議な効果音が発生していた。臓硯殿の段取りと言うことは、見た目はアレだが何らかのマジックアイテムなのだろう。どうでもいいが、あまり動かないでほしい。動きに合わせて下半身のスリット部から生足がはっきり見えてしまう。無駄毛処理してるだけマシとはいえ、見たくもないものを見せられるのは、私としても非常に苦痛である。
「臓硯殿の趣味なら、わざわざ君が着る必要はないだろう?」
 一般人と魔術師の感性の違い、というやつは、今まで幾度となく経験してきた。だから、雁夜の格好に対する感想も、冷静かつ正確な判断のもとに行なおうと思ったのである。もしかしたら、一般的な感覚でいうと、この雁夜の衣装はアリなのかもしれないではないか。ちなみに魔術師として判断を下すなら、精神汚染の恐れありと判定して、得意の炎で即時焼却処理である。
「違うってんだろ!!ジジイは最初、桜ちゃんにこの格好をさせるつもりだったんだ!こんな格好を桜ちゃんにさせられるわけないだろ!だから、桜ちゃんを助けるため、俺が代わりになったんだよ!」
 訳がわからない。今の雁夜の衣装は、胸元の空き具合は気になるが、桜が身に纏えばさぞや可愛らしくよく似合うことだろう。臓硯殿の判断こそが正しく、代わりに着るなどという雁夜の判断は最低最悪だ。知人の女装なんていう代物を、強制的に見せられる方の身にもなってほしい。
「まあ、それは横に置いておこう。で、君がそのキテレツな格好で遠坂家を訪問した理由は?」
「よくぞ聞いてくれた、時臣!」
 雁夜はもそもそ懐から、ひと振りの杖を取り出す。魔術礼装かと思ったが、ただの棒のようだ。それを手にした雁夜は、私の目の前でくるりんくるりんと回転する。衣装の効果音もそれに合わせてしゃらりーんと鳴った。もう、うわー(棒読み)という感想しかでてこない。
「赤いスーツを恥ずかしげもなく身にまとい、外出も滅多にしない。そーゆーイマイチ社交性の低い時臣をスナック感覚で助けるために、俺は間桐から派遣されてきた正義と平和の使者なんだ!」
 間桐は代々蟲使いだそうだが、これはあれだろうか。蟲を使役するのに失敗して、雁夜は脳みそを蟲に食われたとか、そういうオチでは。
「さあ、願い事を言ってみろ!」
「帰ってくれないか!!」
 私の拒絶は華麗にスルーされた。ぐわしと両手で私の肩を熱く掴み、雁夜の目は私のそれを覗き込んできらきらと輝いている。
「なんかあるだろ?!願い事!なあ、おい!」
「か、雁夜・・・頼むから落ち着いて・・・は、話し合わないか?」
「試しになんかゆえ!!俺が帰れないだろうが!」
 怖い。雁夜が怖い。魔術師といえども、己の理解の範疇を超えたものは恐ろしい。とっとと用件を済ませてお引き取り願わなければ、雁夜に何をされるかわからない。
「ね、願い事?どんなことでもいいのかい?」
「勿論!」
 雁夜は、嬉しそうに何度も頷く。正直なところ、どうして彼が楽しそうなのか、全く理解不可能である。
「な、ならば、根源への到達を、遠坂の悲願を叶えてくれ。」
 口から出た願い事は、実のところ深く考えたものではない。だが、これは我ながら素晴らしい願い事なのではないだろうか。根源へと至ることが可能ならば、手段は問わない。優雅とは言えないが、例え家訓を捨てても得るものは大きすぎるほどだ。
「それがお前の願い事?・・・時臣、お前はそれでいいのか?」
「何が?」
 さっきまでのハイテンションはどこ吹く風の雁夜の質問の意図が、私にはよくわからない。いいもなにも、根源への到達は遠坂家代々の目標であり、魔術師の存在意義でもある。善し悪しを問うものではない。
「今、お前の願い事を叶え、根源への到達を達成させるのは簡単だ。だが、それでお前が悲願をかなえたところで何になる?目標とは全力でぶつかってこそ、そうして努力でそれを得てこそ、意味があるもんじゃないのか?今ここで、俺が願いをかなえたとして、お前はそれをご先祖様に胸を張って報告できるか?できないだろう?何の苦労もせず、何の代償も払わず、ただ与えられるものなんて碌なものじゃない。分かっているはずだぞ、時臣。今、安易に願い事をかなえたとしても、お前のためにはならないと俺は思っている。己を律し、努力でそれを勝ち取るのがお前の生き方じゃあなかったのか?いや、少なくとも俺の知っている遠坂時臣は、そういう男だったはずだ!そうだろう、時臣!?」
「・・・・・・・・・・雁夜、別に無理なら無理でそう言ってくれれば、私は気にしないのだが・・・。」
「じゃあ、はっきり言うけど無理だ。魔法青年にも出来ることと出来ないことがあるんだよ。大体、そんなんで根源の渦に到達できたら、まずジジイが願ってるだろ。」
 ごもっとも。根源への到達は全ての魔術師の宿願でもある。他家の魔術師がそこに到達するのを手助けするなど、ナンセンスだ。そんなご都合主義な、うまい話が転がっているはずもない。
「そうか。だが、そうなると特に願い事と言われても。」
「何かあるだろ?なにか不満とか、希望とか。ふつ―あるだろ?」
「家庭は円満だし、子供にも恵まれている。遠坂の魔術を誰に継がせるかについては迷っているけれども、それは願い事ではないからね。」
 愛する妻に、可愛い娘たち。これ以上望むべくもなく恵まれた家庭だと思っている。葵の横顔と凛の笑顔、そして今は間桐の養女となった桜の小さな手を思い出す。雁夜に叶えてほしい希望が思いつかないということは、つまり私はいま幸せだということなのだろう。折角の申し出を断るのは心苦しくはあるけれど。雁夜にそれを告げると、何故だか知らないが凄まじく嫌そうな顔をされた。
「・・・・リア充爆発しちまえ。」
「何か言ったかね、雁夜?」
 リア充?雁夜の使う言葉は、私には少々難解すぎるようだ。
「何でもないよ。そうだな・・・そういや、時臣、お前の宝石魔術って基本使い捨てだろ?」
「使い捨て・・・って、まあそうだね。籠められた魔力を消費すれば宝石は壊れてしまうから。」
「なら、宝石はいくらあっても困らないよな、よし、じゃあそんな時臣に、ラジカル雁ちゃんからプレゼントだ!それっ!」
 雁夜は魔法の杖、ならぬただの棒を一振りした。それから、懐からスイカ大に膨らんだカバンを取り出す。杖を振ることに意味があるのか?とか、あんなに大きなカバンをどうやって懐にいれてたんだ?とか、そんなことは思っていても決して言ってはいけない。
「見ろよ、時臣!」
 雁夜がカバンを開けると、そこには目に眩しい宝石の数々。ルビーとダイヤをあしらったネックレス、小粒のブルートパーズで飾ったリング、等々えとせとらエトセトラ。それらがカバンの中にびっしりと、数えきれないくらい詰まっている。原石は一つもなく、すべて加工されているのが残念だが、それにしたってこれだけの数はなかなかお目にかかれない。これが、魔法青年の力?間桐の魔術か?一体雁夜はどうやってこれを??
「!!!これは確かに助かるが・・・。」
「だろ?よし、俺はお前の願いを叶えたからな、これでお役御免だから!じゃあな、時臣!」
 願い事を叶えなければ帰れない、と雁夜が言っていたのは本当だったらしい。お役御免、と宣言した雁夜の姿が、少しずつ薄れ始めている。あの服に籠められた魔術ということか。御老体の魔術も未だ健在、間桐侮りがたし、だ。だが、待てよ。よく考えれば、魔術では宝石を作ることはできない。とすると、この宝石は?まさに消えようとしている雁夜の姿に、私は呼びかけた。
「雁夜!こんなに沢山の宝石、一体どこで見つけてきたんだ!?」
「そりゃ、新都の宝石店に決まってるだろー・・・。」
「え?」
 その言葉を残して、雁夜の姿は消えうせる。呆然とする私の耳に、耳障りなサイレンが飛び込んできた。

ぴーぽーぴーぽーぴーぽーぴーぽー。


んで。


「まじかーるメイド、時臣君、参上っ!!」
 縁側に座って、どら焼きを緑茶で頂くおやつタイム。その、俺の貴重な癒しの時間は、無粋な闖入者によって奪われた。
 俺の目の前に現れたメイド服。そう、まごうことなきメイドである。鉄壁の防御力を誇る黒のロングスタイル、そのメイド服は禁欲的なまでにクラシカル、且つ王道。葵さんがそれを着て名前を呼んでくれるというのならば、例え全財産をはたいたとしても、俺は決して惜しいとは思うまい。
 だがしかし。それを身に纏って現れたのは、愛しの葵さんではなく。ルビー輝くマジカルステッキを片手にした、遠坂時臣その人だった。全身メイド服、おまけにメイドカチューシャまで完全装備。俺は時臣の格好を上から下まで観察し、結果、桜ちゃんが折角入れてくれた緑茶をこぼしてしまった。
「!!と、と、時臣っ!!!???何だ、その恰好はっ!!??」
「君に言われたくないよ、雁夜。先日は素敵なプレゼントをありがとう。遠坂の当主として、頂きっぱなしでは心苦しいのでね、是非お返しをと思って訪問させていただいた。さあ、雁夜、願い事を言ってくれたまえ。私の魔術は少なくとも君の操るそれよりは役に立つと思うが?」
 優雅でソフトな表現にはなっているが、早い話がお礼参りにやってきた、とそういうことか。畜生、日本の警察は何やってんだ。あそこまでお膳立てしてやったのに、ちゃんと捕まえとけよ、役立たず!以上、何の役にも立たない俺の心の愚痴である。
「時臣、お前その衣装をどうやって手に入れた?!」
「マジックアイテムの入手経路を明かすほど、愚か者だと思ってもらっては困るね、雁夜。どうかな、これは昨日の君の格好よりだいぶマシだろう?くくく。」
 優雅をかなぐり捨てつつある時臣は、悪役モード全開だ。これはマズイ。非常にマズイ。俺の魔法の杖はただの棒だが、時臣の持つマジカルステッキはゼルレッチ保証付き、マジモンの魔術礼装である。あんなものを一振りされた日には、本気で何が起こるやら。
「さあ、願い事を言うがいい!」
 炎のマジカルメイドを前にして、俺の言うべき、というより言うことのできるセリフはこれしか思いつかない。
「とっとと帰れ!」
「断る!」
 

(2012/04/29)

※ブラックラグーンの巻末漫画とのWパロディでした。


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