モドル

■毒を食らわば皿までいこう 3

「ところで。」
 提案に乗ると決めれば話ははやい。とっとと時臣をとっ捕まえて、その儀式とやらを執り行ってしまおう。遠坂屋敷に穴熊を決め込んでいる時臣をおびき出すのは難しそうだが、それは後で考えるとして、まずはその儀式の手順を臓硯に確認しておくのが先決だ。
「そのパスを結ぶってのはどんな儀式なんだ?」
 大がかりな儀式なら間桐の家まで時臣を連れてこなければならないが、単純なものならばバーサーカーで押さえつけている間に、自分でも可能かもしれない。それによって随分と難易度は変わってくるだろう。
「ほ。それを知らずに承知するとは、貴様も妙なところで度胸があるわい。」
「戯言なんぞ聞いてる暇はない。とっとと手順を教えろ。難しい儀式なら間桐の屋敷まで時臣を連れてこなきゃならないんだからな。」
 何らおかしなことを言ったつもりは全くない。それなのに、返ってきたのは臓硯の大笑だ。
「呵呵呵呵々々!!別に間桐の屋敷まで戻らんでも儀式は行えるぞ!遠坂の小倅に寝室を借りればよいわ。」
「・・・何だって?」
 このあたりでようやく雁夜の背中にぞわぞわと這い上がってくるものがあった。決定的に何か間違ったような気がする、そんな予感。
「お主、儀式の方法を問うたの?教えてやろうさ。魔術師同士のパスの結び方は、相手のとの同衾じゃ。首尾よう、彼奴とそれを果たしてくるがいい、雁夜よ。」
 同衾?寝室?つまり、魔術師同士のパスの結び方は。雁夜がそれの意味するところを理解するのに、たっぷり三秒。自分が何をしなくちゃならないか、それを頭が受け入れるのにも三秒。殆ど蒼白の顔から更に血の気が引くのに更に三秒。その場で失神しなかった自分をほめてやりたいくらいだ。
「・・・をい、ジジイ。お前、俺に何をしろって言ったよ?」
「パスを結ぶ為に、遠坂のと臥所を共にせいと言うたわ。」
「とうとうボケたか?俺も時臣も男だ。」
「知っておるわ。よかったではないか、同性同士ならお互いの傷も浅くて済むじゃろ?」
「済むわけないだろーーーがっ!!!」
 間違っても子供ができるなんてことはないしのう、残念じゃ、とか訳の分らんことを楽しげに言ってくる臓硯に雁夜の怒りが爆発する。忘れかけてた刻印蟲の痛みがぶり返したが、この際気にしてはいられない。言うに事欠いてなんつーことをやらせようというのか、何が悲しく元恋敵を押し倒さねばならない?ふざけるにもほどがある。
「お主、先ほど条件をのむと言うたな?それをちょっと難しいことだったからというて、反故にしてもよいのか?桜を助けたいというお前の気持ちは所詮その程度か?」
「いや、だって、そんな条件だって思ってなかったから・・・つーか、それが身内にいうことかよ!?」
 雁夜には男と寝る趣味などない、葵さんならとにかく、何が悲しうて時臣なんぞとしなくちゃならない?第一、時臣が承知するわけがないし、無理矢理そんなことをしようものならこっちが犯罪者になってしまうではないか。聖杯を勝ち取るため、時臣を殺す、のは犯罪ではないのか、という良心の突っ込みを雁夜は華麗にスルーする。
「別にわしは無理にとは言わん。じゃが、桜には気の毒な話じゃな。聖杯を手に入れるよりもずっと早くあの蟲蔵から解放されるはずじゃったのにのぅ。」
「くっ・・・・・・・桜ちゃん・・・!」
 臓硯の詐術だ。気の毒もくそも、桜を蟲蔵に入れて調教しているのは臓硯本人である。間桐から逃げた負い目がある雁夜は、それに気付けない。蟲蔵に沈む桜の姿が脳裏に浮かぶ。葵の面影をうつした少女が、虚ろな瞳で雁夜を見つめている姿が。

――雁夜おじさん、お願い、私を助けて。お爺様の言うことを聞いて、遠坂のおじ様とパスを結んで下さい。

「さ、桜ちゃん、俺は・・・・・・・・・って、ジジイ!何、桜ちゃんの声真似してんだ!」
 悲しみに瞳を潤ませる桜の姿を妄想する雁夜の脇で、お願いポーズまでして妄想桜の声あてをしていた臓硯恐るべし。気色悪さとその破壊力は彼の使役する蟲のそれを遥かに凌ぐ。
「ほ、桜の心の代弁は気に入らんか。ならば、これはどうじゃ?」

――雁夜君、お願い、桜を助けて。私の為に、どうか桜を・・・。

 精神的破壊力は更に倍増する。葵になったつもりでくねくねと体をくねらせ、臓硯はノリノリだ。が、似てない上に人妻の色気を声音に乗せてくるので、もう目も当てられない状態だった。
「やめんか!!クソジジイ!!!」
 しわくちゃの年寄りが、幼女の声真似とか人妻の声真似とかあり得ないにもほどがある。いや、それ以前に葵の口真似など旦那が許しても雁夜が許すわけにはいかない。これ以上、臓硯に葵を穢させはしない。葵は、桜は雁夜が守るのだ。絶対に。
「わかったよ!時臣を押し倒してくればいいんだろう!」
 ムリゲー以外の何物でもない、間桐雁夜の宣言が蟲蔵に響き渡った。間桐雁夜、蟲蔵ダイブ宣言以来の、ついうっかりゆっちゃって人生踏み外しましたの2回目である。彼の辞書に、学習能力という文字はない、多分。


(2013/04/01)

※雁夜はあまり魔術的知識はないと思う。聖杯戦争も一時的な怒りで参加したんじゃないかと思ってる。じゃなきゃ、聖杯戦争を勝ち抜けるなんて思うわけがない。


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