モドル

■毒を食らわば皿までいこう 4

 とまあ、遠坂邸の真ん前で、今までの経緯をひとしきり思い起こした間桐雁夜である。思い出さない方がよかったのだ、深く考えれば考えるほど己の無謀さに足が重くなるのだから。
 嗚呼なんで俺ってば、あんな条件受けちまったんだ!そうは思えど、後悔先に立たず、覆水盆に返らず、である。ここまできたら退却は無く。行けるところまで突っ走るしか道は無い。突っ走った結果、断られる可能性どころかそのまま戦闘に突入パターンが99%以上とはいえ、もしかしたらうまくいくかもしれないではないか。
――それはそれで嬉しくないけどな。
 目的がアレである以上、バーサーカーに手伝ってもらってという選択肢は雁夜の中から消えた。ことこの手の事に関して、無理矢理というのは雁夜の主義ではない。そうなると、とれる方法はかなり限られてきてしまう。もう一つの重要事項である、時臣を押し倒してそれからどうするかについては、後で考えることにしよう。寧ろ、あまり考えたくない。イメージトレーニングは葵想定でしたことはあったが、時臣相手でやったことなど当然無かった。深く考えるな、間桐雁夜よ。考えたら動けなくなること請負だ。それより前向きに方法を検討した方が、だいぶんに建設的だろう。
――要は、どうもちかけるか、だ。
 そびえる洋館を仰ぎ見、客間で気障ったらしく紅茶なんかを飲んでいたりするであろう遠坂時臣の姿を思い浮かべつつ、雁夜は思考をめぐらせる。遠坂時臣をどうやったら押し倒せるのか、そう、可能な限り平和的な方法で。
――やっぱアレか?ずっとお前のことが好きだったんだ的な。
 告白と同時にベッドインはエロゲーならよくあるシチュエーションだが、現実的にはどうなんだろう。雁夜は自分が時臣に告白するシーンを思い描いてみた。そう、こんな風に。


■ ■

 きらきらと輝く真夏の太陽の下で。海辺を走る時臣を雁夜が追いかけていたりするわけだ。設定がゲームだから、当然十代の頃の二人で、これまた当然のようにお互い水着姿である。広がる海は鮮やかなエメラルドグリーン、一体どこの南国なのか。少なくとも冬木にこんなスペシャルビーチはない。設定の甘さはこの際気にするべからず、シチュエーションが大事なのだ。真夏の海辺で、水着で二人っきりの追いかけっこ。悪くない。王道の展開だと思う。主演が雁夜と時臣でさえなければ。


 波打ち際、水しぶきを蹴立て、雁夜は走っている。いくら素足とはいえ、水を含んだ砂はやわらかく、走りにくいことこの上ない。文系の雁夜にとってはつらい話ではあったが、そんなことは言ってはおれない。だって、時臣が前にいる。手を伸ばせば、すぐに届きそうな距離で。
「待てよ、時臣!おい!」
「はは、雁夜、この程度で息切れなんて運動不足だよ。」 
 そういう時臣は呼吸一つ乱さず、あくまで優雅でさわやかに雁夜の前を行くのだ。運動が得意だとは聞いてないから、絶対に魔術でドーピングしているに違いない。走っても走っても、時臣の背中は近づかなかった。
「ほんと待てよ!畜生!」
 時臣を捕まえなければならない。捕まえたい。捕まえて、そして今日こそ思いのたけを伝えるのだ。そう心に決めて誘った海であるというのに、肝心の時臣に逃げられた。どうして自分のやることなすこと、こうもうまくいかないのだ。
 逃げる背中、どんどん距離が開いていく。このままでは本当に見失ってしまう。何もできずに終わってしまう、それじゃあ何も変わらない、それだけは嫌だ。だから、雁夜は振り返らない背中に向けてあらん限りの声で叫んだ。
「時臣・・・!行くな!俺、お前の事が・・・!好きなんだよ!!」


■■

「グハァッ!!」
 ここまで脳内再生するのが限界であった。全身鳥肌の上に、刻印蟲が拒絶反応を起こし、盛大に吐血する。突然の喀血に口元を押さえる余裕すらなく、遠坂邸の門扉にべっとり赤黒いものが飛んだ。B級ホラー映画さながらのそれは、雁夜の血+刻印蟲のごった煮である。ご近所様に見られたら、遠坂邸で一体何が?と余計な詮索をされることだろう。
――ざまあみろ、時臣。おばさんたちの井戸端会議のネタにされてしまえ!
 瀕死の状態でも時臣への悪口を忘れない、ある意味雁夜はゆるぎない。そんな彼は気付いていなかったが、実際このネタで井戸端会議の犠牲者になるのは時臣より葵の可能性が高い。
 ともあれ、血を吐いたおかげか多少は冷静になれた。よくよく考えなくてもゲーム的シチュエーションでパスを結ぶのは無理がある。告白即そういう関係になるなんてのは、ある種のファンタジー。中学生の妄想だ。第一、なんで雁夜の方が時臣のことを好きで、こっちから告白しなきゃならないんだ。逆ならとにかく。いや、逆だったらいいという問題でもないが。この案を実行したら、雁夜が拒絶反応による貧血で死んでしまう。もっとましな方法はいくらだってあるに違いなかった。そうだ、時臣だって鬼ではないのだから、誠意を持って泣き落しをすれば話が通じるんじゃないだろうか。通じなかったら時臣の炎でウェルダンに、すっかり焼かれて骨も残るまい。焼死は蟲に食い尽されるよりは楽な死に方、のような気がする。
 ・・・楽な死に方?本当にそうなのか?
「・・・・行きたくない。」
 間桐雁夜、この言葉も本日何度めだろうか。いくら頭をひねったところでよい考えが浮かぶはずもないのだ。交渉するったって雁夜は時臣相手に切れるカードを一枚も持ってない。直球勝負で、「桜ちゃんの為に、俺とベッドを共にしてください。」などと言おうものなら、時臣でなくても相手の頭がおかしくなったと思うに違いない。遠坂の当主様なら、さぞや辛辣なお言葉で雁夜のことを貶めてくださるだろう。時臣の冷たいまなざしを想像するだけで、泣きたくなってくる。そりゃあまあ、条件をのんだのは自分だが、遠坂とのパスを望んだのは臓硯なのに。雁夜が悪いわけでもなんでもないというのに。だってそうだろう。雁夜は桜を助けたいから、時臣とパスを結べという臓硯の言葉にうなづいたのだ。桜の為でなきゃ、誰が葵さんのいない夜の遠坂邸なんかにやってきて、「時臣、俺をパスを結べ!」なんていうものか。つまり、雁夜がこんな羽目に陥ったのは、桜を間桐にやった時臣のせいなわけだ。だから、時臣は雁夜にパスを結べと強要されても当然なのである。雁夜は悪くないのだ。間違ってない。正しいのである。


 ・・・・無理がありすぎる、そう雁夜の中でささやくのはまたもや良心の声である。スルーすることにした。この論理で押し通さないと遠坂邸へと入ることすらできなくなる。
 はりぼて論理武装した雁夜は、とうとう遠坂邸の門扉に手をかける。が、遠坂の敷地内に一歩踏みだしたというのに、この期に及んで未だ、時臣が留守だったらいいな、と思っていた。往生際の悪いこと甚だしかった。



(2013/04/22)

※行きたくないやろなあ(笑)


モドル