■召喚ミステイク セイバー編
「問おう、あなたが私のマスターか?」
少女と見紛うばかりの容姿に勝利の剣を携え、輝く円陣の中、すくと立つ青年は、雁夜の目をまっすぐに見据えてそう問うた。白銀輝く甲冑に湖の乙女の恩寵を受けしエクスカリバー、セイバークラスとして最も望ましい最高の英霊、誉れ高き騎士王。聖杯戦争に誇りも栄誉も求めてはいなかった雁夜ですら、その姿に高揚感を覚えずにはいられない。サーヴァントで最も優れているとされる、セイバークラス。これを召喚できたということは、運命が俺に勝利を約束してくれたのも同然、そう雁夜が思ったとしても誰がその思いあがりを責められようか。
「そうだ、俺の名は間桐雁夜。貴方のマスターだ。」
「ならば、契約を結ぶ前に、一つ確認したいことがある。」
涼やかな青い瞳が、雁夜を静かに見つめた。聖杯戦争におけるマスターの覚悟を問われるのか、はたまた勝利の暁に与えられる対価の確認なのか。思わず身構えた雁夜に、騎士王の声が凛と響く。
「雁夜の家の御飯は、美味しいのでしょうか?」
「え?」
騎士王の目は、期待に満ちて雁夜の答えを待ち構えている。聖杯戦争にご飯の味は100%無関係だ。今、それを聞くところか?とツッコミたいが、こうもストレートに期待されると、人間なかなか無下に扱えるものではない。
「いかがですか、雁夜?」
「あー、まあ、不味くはないと思うけど、な。その、当主が日本好きだから和食中心だけど。」
重ねて問われて、素直に答えてしまった。一応上流階級に属しているものの、実のところ雁夜の舌は小市民そのもの。生協のケチャップもデルモンテも一緒くたの安上がりで、ことに味に関しては全く役に立たないのだが。
「和食ですか?」
小首をかしげて思案する青年に、訳もなく申し訳ない気分になるのは何故だろう。
ウェールズの王に和食ってのはNGか?やっぱりフィッシュ&チップス準備すべき?山本さんイギリス料理なんて作れるのかな?
馴染みの家政婦さんの得意料理は、確か里芋の煮っ転がしだった。外人さんには少々難易度が高いんじゃないだろうか。
折角来てもらったんだから、なるべく希望は叶えてあげなければと思うこと自体が、そもそも本来の目的からずれていることに、どうにも雁夜は気付かない。
「イギリス料理はちょっと無理かもだな。和食は大丈夫?」
「初めて食します。では、楽しみにしてますね、雁夜。」
「はあ。」
何しに来たんだよ、騎士王。楽しみにしてますね、って俺が作るの?いや、そりゃ自炊経験ありますから作れますけどね、男料理なら。王様に食べさせるような上等なのなんて作ったことないぞ、俺。
麻痺の残る半身でどれだけ料理を頑張れるか。ちょっと待て、マスターとしての頑張りどころはそこではないぞ。なのだが、やっぱり雁夜は気付かない。
――イギリス人に和食って舌に合うのかよ。
――和食とはいかなる味なのでしょうか。
心中不安でいっぱいの雁夜と、未知の味への期待で胸いっぱいの騎士王様は、全く違う思惑を抱きつつもしっかりと握手を交わしたのだった。
|