■召喚ミステイク アーチャー編
「我を呼び出したのは貴様か、雑種。」
目の前に現れた男は、眩いばかりの黄金の甲冑を纏った偉丈夫であった。皮肉げに唇を歪ませてはいるものの、原初の英雄王に相応しいカリスマに圧倒される。いきなり雑種呼ばわりとは、なんつーサーヴァントだと流石の雁夜も思ったり思わなかったり、だがモブ顔半脇役の彼には眼前の男に逆らうほどの度胸はない。
「ほほぅ、なんともあり得ぬほどの運の強さよの、雁夜。」
雁夜の傍ら、臓硯は英雄王を引き当てた息子の幸運に密かに舌を巻く。御三家が三騎士クラスの召喚優先権を持つとはいえ、今回の間桐の駒は魔術師としては余りにも未熟。臓硯としては、下位クラスでも召喚を危ぶんでいたところであった。それが、アーチャー。しかも英雄王ギルガメッシュを引き当てるとは。雁夜の、いや間桐の悪運、未だ尽きまじ。聖杯変質の疑いはあるが、日和見を撤回し本腰を入れることを考えねばなるまい。外道の魔術師は、取らぬ狸のなんとやらか、何百年もの宿願ようやく叶う、と萎んだ面の皮を邪悪な笑みで歪ませた。
「何とも薄汚い場所に我を呼んでくれたものよ。おまけに魔術師と呼ぶにもおこがましい輩がマスターとはな。」
つくづく我は運がない、とはギルガメッシュの愚痴であった。臓硯の類など、今までならギルガメッシュの周りに存在することすら許さなかったのだろう。蛆虫でも見るような目つきでギルガメッシュは目を逸らす。蟲使いの老妖は慣れているのか、その視線にも全く気にとめた様子はなかった。何せ彼の英霊は、平行世界の某家の赤い当主様に、うっかり「この戦い、我々の勝利だ。」などと死亡フラグ臭漂うセリフを吐かせてしまう程の能力を誇る、バビロニアの慢心王ならぬ最強のサーヴァントなのである。間桐の裏ボス臓硯も、相手の多少の非礼は目をつぶってもいいと思っていた。それを許せるだけの実力を、このカードは持っている。
――これほどの手札を引くとはな。これならわしが召喚すべきだったか。
などと臓硯が思うこと自体、彼が常の冷静さを失っている証拠だ。
さて、聖杯戦争の行方を楽観視する父親の隣、雁夜は一人疎外感を深めていた。
魔術師などとおこがましい、と言われたのもそれなりにショックだったが、そもそも彼は派手なもの、豪奢なものが苦手なのだ。遠坂ほどではないにしても間桐も一応は不労所得で食っていけるほどの財産持ち、にも関わらず、間桐の次男雁夜はその地味な見た目そのままの一般人である。聖杯戦争への参加も、魔術師たちの永遠の憧れ、聖杯ゲットだぜ、などではない。岡惚れしている人妻に笑顔を取り戻すため、彼女の奪われた子供を取り戻し、あわよくば彼女の旦那から雁夜に傾いてもらおうという、なんというかこうこじんまりした願い事だった。そんな願でもがっつり令呪が宿ったりするあたり、聖杯ミステリーというか、選択の根拠が見えないというか、である。そんなこじんまりとした彼であるので、ギルガメッシュの如くきらびやかなサーヴァントを前に気後れどころの話ではなかった。
――金の鎧なんて趣味が悪すぎだろーが。何様か知らないけど、態度でかいし。だから魔術師は嫌いなんだよ。
口に出せば命が危ういことは雁夜も分かっているのだ。無表情を装いながら、心の中で言いたい放題。ちなみにサーヴァントは魔術師ではないのだが、彼にとってこの際どうでもよいようだ。
――俺のことを馬鹿にしてるみたいだし、こんなの俺で制御できるのかよ。他のサーヴァントに変えてくれないかな。
俺の乏しい魔力でも制御できるような、もう少し扱いやすそうなサーヴァントがよかったな。まだ俺名前を名乗ってないから、契約は成立してないよな。今から変更返品できないかな。令呪使ったらサーヴァント戻せるんじゃないかな。それからまた召喚し直せばいいんじゃないかな。令呪はまだ3つあるし、一つくらい使っても大丈夫だよな。
なんとかなるよな、の見切り発車で聖杯戦争に参加して、寿命の大半を参加料として徴収された痛い経験は、雁夜にとって何の学習にもなってないようだ。雁夜がこっそりとギルガメッシュ返品を令呪に願うのは、これから10秒後の話である。
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