■召喚ミステイク アサシン編
「我ら百の貌を持つハサン・サッバーハ。アサシンクラスとして召喚に応じました。」(80人同時音声)
間桐邸の地下奥底の蟲蔵に響き渡るアサシン達の声。通常なら、蟲たちのわさわさぎりぎりくちゅくちゅ、とか雁夜の時臣への恨み節等など大きい音では間違っても聞きたくないようなものしかBGMになってなかったので気付かなかったが、この蟲蔵はかなり音響がよかった。無論、製作者はそのような意図をもって作ったわけではない。
アサシンの言上は雁夜の右耳にガンガン響く、はっきり言って五月蠅い。そして更にもう一つ、召喚と同時に発生した大問題。
蟲蔵の広さはおよそ16平方メートル。ほぼ正四角形なので4メートル四方で想像してもらえればよい。していただけただろうか。では、そのスペースに80人+2人の人間を配置してみよう。結果、暗くて湿った蟲蔵は、人いきれで不快指数が一気に急上昇。アサシンの殆どは腰布だけの肌露出がデフォルトであるため、押し合いへしあい素肌のふれあいで更に気色悪さ増大である。名高き蟲使いだが、無理やりな延命魔術のため背丈が縮んでしまった臓硯などは、アサシンだらけとなった蟲蔵の中、完全に埋もれてしまっている。雁夜もグラマラスなアサシンに胸を押し付けられて、息も絶え絶えであった。今まで恋人らしい恋人もいなかった雁夜にとってはかなり刺激の強い経験なのだろう。まことしやかに囁かれている、間桐の次男坊はもうすぐ魔法使い、という噂もこの反応からするとかなり信ぴょう性がある話だ。ともあれ、このままラッシュ時の阪急京都線状態では埒が明かない。なんとかしなければ、臓硯は圧迫死、雁夜は大人の事情で全年齢向け物語から強制排除、になりかねない。いやいや、雁夜は遠坂葵に一途な純愛を捧げているのである、そんな事態は雁夜のアイデンティティが許さない。とにもかくにも、一人残して契約だけでもさっさと済ませてしまわねば。蟲による苦しみとはまた別種の苦しみの元、間桐雁夜は声をあげた。
「アサシン、一番優秀なハサン以外は霊体に戻れ!」
これによって、一番リーダー格のアサシンのみが現界するはず、と思った雁夜は考えが甘い。
「我こそ最も優れたるハサンにございます。」
「いや、私こそその名前に相応しき存在。」
「私にもその資格はありまする。」
「お主ごときにあるのなら、私にないわけがあるまい。」
「戯言を。マスターの言葉は私に向けられているに決まっている。」
我こそが最優たるハサンであると主張するアサシン達の口争い開始。80人一斉口争いが、蟲蔵中を縦横無尽に響き渡る。事態は一層悪化してしまった。雁夜の鼓膜と下半身も限界だ。狭い蟲蔵に満ちるハサンの熱気でのぼせそうな己を雁夜は叱咤する。ここで倒れたら臓硯の二の舞、圧死体2つ目確定である。
さっきの命令は方向性を間違えていた。アサシンはみな己が最優を主張して譲らない、ならば逆を張ればいい。
「なら、最弱のハサンのみが現界しろ!」
雁夜の言葉と同時に、蟲蔵いっぱいにひしめいていたアサシンの姿が一斉に消えた。後に残されたのは、ペシャンコになった臓硯と雁夜のみ。
自分が召喚したサーヴァントのせいで、危うく命を無くしかけた。次の命令はよくよく考えて下さねば。優れたアサシン指名で呼び出すのはNGだ、間違いなく全員現界するだろう。かといって、最低アサシン指定で呼び出せば誰一人として出てくるまい。アサシン自身の能力で指定するとマズイことになるのは雁夜も学習した。ならば、個々人の好みとか考え方による指定にすればいい。
例えば、チューリップが好きな人ーとか。青色が好きな人ーとか。そういう指定なら少なくとも80人一斉現界にはならないはずだ。
さて。どんな呼びかけにしようか。雁夜は首をかしげる。個人的にはチューリップが云々でも別にかまわない。人数が絞れさえすれば。だけど、もう少しひねりが欲しい。たとえば、そう。マスターに対する評価で絞ってみようか。先行きを占う、いい指針になるかもしれない。全員はでてこないだろうが、半分でも現界してくれれば幸先がいい。
傍らでつぶれたままの臓硯に呵責ない一蹴りを入れると、雁夜は声を上げた。
「俺が、聖杯戦争を勝ち抜けると思うハサンは現界していい!」
・・・・・。
アサシンは、誰ひとりとして現れなかった。
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