モドル

■夢オチ。  間桐雁夜編

 昔からずっとずっと好きだった幼馴染は、俺の前で俯き頬を染め、
「雁夜君、私ね、好きな人がいるの。」
 その優しき唇が語るにはあまりにも残酷な言葉で、俺を絶望へと叩き落した。葵さんに好きな人が・・・相手はもしかして俺?なんてドリームを信じるほど俺は身の程知らずではない。間桐の醜い魔術に愛する人を巻き込みたくない一心で俺が二の足を踏んでいるうちに、とうとう葵さんが誰かに取られてしまう日が来てしまったのだ。
「雁夜君?どうしたの?」
「え、いや・・・なんでもないけど。そう、葵さん、そうなんだ。」
 ショックのあまり、涙が出そうになったけど頑張って堪える。俺は男だ、彼女が俺のことを好きになってくれなかったくらいで、泣いてはいけない。それにしたって、相手は誰だ?まさか、まさかとは思うが、まさかあの男じゃあないだろうな。もし、あの男だったら、俺はどうしたらいいんだ。
「葵さん、あの、その、葵さんの好きな人ってもしかして。」
 遠坂時臣。魔術師然とした男の、常に落ち着き払ったあの物腰を思い出す。日頃から俺に劣等感しか与えなかった時臣に、葵さんまで掻っ攫われるなんて、神が許しても俺は許さない。
 失恋のショックを気振りも見せず、俺は人畜無害スマイルで葵さんに問いかける。
「遠坂時臣・・・だったり?」
 あいつだけは、あいつだけは頼むから勘弁してほしい。他の奴だったら誰だっていい。例え鶴野だと言われても、受け入れてみせる。勿論、鶴野が相手だったら、全身全霊を込めて邪魔するのは確定事項だ。葵さんを蟲蔵に入れないために、俺は断腸の思いで彼女に告白するのを諦めたってのに、そもそも鶴野が相手だったら何で俺が諦めないといけないんだ。
「あら?うふふ、いいえ、時臣さんじゃないわ。」
 小さく首をかしげた葵さんは、予想外の相手の名前に驚いたようにしか見えない。そうすると、葵さんの思い人は時臣じゃないのか?一体誰なんだ?まさか本当に鶴野か?相手の名前を知りたくない。でも、知らないままなのはもっと嫌だ。
「じゃあ、誰なんだろう?俺の知らない人?」
「いいえ、雁夜君もよく知っている人よ。」
 まさか。血の気が引くとはこのことだ。全身の血が音を立てて足元へと集まる。先ほどのあり得ない想像が、現実となって俺を飲み込もうと迫ってきていた。本当に、鶴野、なのか。鶴野の整った横顔がよぎる。どうして、どうしてなんだ、鶴野みたいな女ったらしのどこがいいんだ、あいつに君を幸せにできるはずがない、俺はずっとずっと君の事を思ってきたのに!
「へ、へえ。誰だろ、俺・・・見当もつかないよ・・。」
 もし本当に鶴野なら、なんとしても二人の仲を裂いてやる。鶴野なんかに葵さんを渡すものか。
 鶴野への嫉妬と、理不尽な運命への怒りで眩暈がする。恋する乙女である葵さんは、俺の心中など知る由もなく、可憐に恥じらいながら、俺にその相手の名前をそっと打ち明けた。
「雁夜君、驚かないでね。私、おじ様のこと・・・臓硯様のことが好きなの。」
「な、なんだってーーー!!!」
 予想外どころの話ではない。驚いた、どころではすまない。


――――年の差何百歳あると思ってるんだよ、葵さん!!!!


ガバッ!

 飛び起きた俺の目に映るのは見慣れた景色。間桐の屋敷、俺の部屋。夢だった。夢だったんだ。夢でよかった。なんたる夢、なんつー悪夢だ。今この瞬間も心臓はバクバクフルスロットルだし、体は汗びっしょりだ。 葵さんが臓硯と・・・なんて、夢でも御免こうむる。それだったら、まだ時臣と恋人同士のほうがマシだ。俺は再びベッドに倒れ込み、布団を頭から引っ被る。次に見る夢は、もう少し幸せな夢がいい、なんてささやかな希望を抱きながら。

(2012/06/23)

※タイトルどおりです。夢の中くらいいい思いをさせてあげたいところではありますが。無理でした。


モドル