モドル

■夢オチ。  間桐雁夜 再び

 扉の向こう側、葵さんの姿が見える。声をかけようかと一瞬迷ってやめた。このまま彼女の姿を見ていたい。だって、ベッドで体を起している彼女は、その腕に抱いている子供をあやすのに夢中で俺には気付いてない。そのまま気付かれないようにそっと俺は彼女に近づく。母の顔をしている葵さんを、出来るだけ驚かさないように小声でそっと名を呼んだ。
「葵さん。」
「雁夜君。」
 顔を上げ、俺の名を呼ぶ葵さんは、一児の母となった今でも変わらず美しい。産後の面やつれのせいか、儚さも増して葵さんはより魅力的だった。静かに俺を見つめる視線は優しさと、そして愛情に溢れている。勿論、俺に対しての、だ。葵さんに抱かれていた子供が、「私に対しても!」とでも言いたげにキイと鳴いた。キイ?その声に違和感を感じるが、まあ細かいことは気にしない。
「もう、葵さん。”雁夜君”だなんて、そんな他人行儀な呼び方しないでよ。」
「ふふ、ごめんなさい。あなた。なら、私もいつまでも”葵さん”じゃ寂しいわ。」
 そうだよな、俺たちはふ、夫婦なんだから、呼び捨てにしたって構わないよな。葵さんを名前で呼び捨て、名前で・・・。
「あ、あ、あおい・・・・。」
「はい、あなた。」
「葵。」
「もう、どうしたの?あなた。」
 ・・・・・・・。
 幸せだ。俺は世界で一番幸せな男だ。もう今この瞬間に死んでもいいくらいだ。ずっと好きだった葵さんと結婚できて、可愛い子供まで生まれて。こっそり右手で左手の甲を抓ってみた。痛みがある。夢じゃない、夢じゃないんだ。これは本当の話なんだ。俺の願いはもう叶ってたんだ。
 葵さんの腕に抱かれている俺の子供が、むずがって体を揺すっている。キイ、とまた鳴いた。
「あなた、ねえ、この子を抱いてやって。」
 葵さんが差し出すベビー服の小さな子供を、恐る恐る腕に引き取る。先がとんがってつるりとした頭に、丸々とした体。体の色は緑色だし、口は大きく裂けていて、のこぎりみたいなギザギザ歯がみっちり。うーーん、なんて可愛い・・・んだろう????
「・・・葵さん。」
「可愛いでしょ、私とあなたの子供よ。」
 天使の如く微笑む葵さんと、俺の腕でキイキイと喜んで身悶えるそれ。その姿かたちはどうみても。いや、どう逆さにひっくり返しても。

―――蟲っ!!!!!!


ガバッ!!

 またもや俺は飛び起きた。二回目ともなると慣れてくるが、やっぱり間桐の俺の部屋だ。夢だった、確かにもう少しマシな夢が見たいと思ったが。多少はマシになっているのは認めるが。どうして葵さんと俺の子が蟲なんだよ。オチが酷過ぎだろ。こんな夢ならもういらない。もしやこれってクソジジイの嫌がらせかよ。いやまさか、そこまで暇じゃないと思いたい。大体、俺はこれからジジイに聖杯を取らせるために戦争に参加するのだ。それなのに、その駒の体力を削るような馬鹿な真似・・・絶対しないとは言い切れないのがあの妖怪のおそるべきところだ。
 次の眠りは夢のないそれであることを祈りつつ、俺はもそりとベッドに再び潜り込んだ。現実でロクな目に合わないのに、どうして夢の中でもうまくいかないんだ。不条理だ、時臣のせいだ、ジジイのせいだ、そんなことを考えているうちにまた俺は眠りの中に引き込まれてしまった。勿論、夢のない眠りへと。

(2012/06/23)

※タイトルどおりです。雁夜可哀想(笑)


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