ノアへ。
んー、なんだろうなあ、これ。
ゼロット将軍が俺に言ったんだ。
手紙はもう書いたのか?って。
イリアの騎士になったら大抵みんな書いてる
あの手紙、俺はまだ書いてなかったから。
だから、今書いてるんだけど、
うーん、やっぱり何をかいていいのか
判らないんだなぁ。
だって、この手紙をおまえが読むときは
俺は死んでるからなあ。
そう思うと、ますます何を書いたら
いいのか判らなくなるよ。
俺はもういないのに、俺からの手紙を
おまえが読んでいるなんて
なんだかおかしいだろ?
うーん……そうだなぁ。
あ、そういえば、俺が見た夢で、
おまえに一つだけ話してないやつがあるなあ。
戦争がみんな終わる夢。
世界が平和になって、
イリアに春がきて、
花が咲いて、
戦争に行かなくても
みんな幸せに暮らせてる、
そんな、夢。
いやなことがあったときは
これを思い出してた。
いつかきっとは考えるだけ無駄
なのは判ってる。俺たちは傭兵だからなあ。
死ぬのが怖い訳じゃないけど、
もしかしたらこれから世界がどんどん変わっていって
夢でみた景色が現実になるかもしれないと
思うとちょっと残念だ。でも、仕方がないから
仕方がないよな。
ああ、もう書くことがなくなったから
この辺でやめとこう。
じゃあな。
トレック
□■□
見慣れた友の右上がりの文。だらしない彼に似合わない整った字。
伝令天馬騎士は、この手紙を抱えて一体いくつの
冬を越したのだろうか。
封筒の色も黄ばんで、角は折れて。宛名人の自分の名だけが
年を取り忘れてしまったかのように、はっきりみえる。
「…馬鹿…野郎…。」
ノアへ、とただそれだけ書かれた封筒が霞む。
「こんな…今更…書いて…どうするんだよ…。」
馬に乗りながら夢をみるつもりで、トレックが落馬したときのことや、休暇中に釣りに出かけたこと。思い出すことといったら、笑えるような出来事ばかりだっていうのに。
何考えてるのかわからなくて、いつも寝てばかり。だけど、どんなに戦場で窮地に立たされても、決して慌てることも諦めることもなかった。あれほど頼りない奴はいなかったし、あれほど頼りになる奴はいなかった。
大切な、一番大切な友達だった。
”まあ、仕方ないなあ”と自分の死をも他人事な口振りで、きっとトレックは言うのだ。困った顔も、悲しい顔も、きっとしない。それはそうあるべきことで、変えられないどうしようもないことだからと、あっさりと。
それがトレックだと、ノアもイリアのみんなもそう思っていた。何考えているのか判らない奴だと。
古ぼけた手紙は、ノアが少し力を入れただけで、悲鳴を上げて形を変えた。
トレックからの手紙は、最後の彼の夢。寝てばかり、何も考えてない、そんな風に思われていた彼の、大切で、あり得ない、そして、何より素敵な、夢の欠片。
「馬鹿野郎が…。」
一度あふれてしまった涙は、止まらない。
「こういうのは…生きてるうちにきかせとくもんだろう…。」
雪の降り止まぬイリアの空の下、何処かの戦場で死んだ友のことだけを思って。ノアは、一人で泣いた。
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