■どっちが大事
「例えば、俺とナルトとイルカ先生と3人で海に行ったとするでしょ?」
「はい。」
カカシの、唐突で脈絡のないネタふりにもだいぶ慣れてきたイルカは、この程度ならもう何とも思わなくなってしまった。たとえそれが、深刻な顔でイルカの自宅にやってきたカカシが、いきなり切り出したものだったとしても、だ。
「で、突然の高波で俺とナルトが海に落っこちて、イルカ先生に同時に助けを求めたら、どちらを助けます?」
真面目な顔で何を言ってくるかと思ったら、全く意図のつかめない質問だ。しかも、なかなかレアなシチュエーションを展開している。溺れてるナルトはとにかく、溺れてるカカシはイメージしづらい。
「そりゃナルトを助けますよ。」
当然だ。かたや里一番の実力者、かたや半人前の下忍である。だのに、即答したイルカにカカシは恨みがましい視線を向けてくるのだ。
「イルカ先生、ひどい。俺が溺れ死んでもいいんですか?」
「溺れ死ぬって、上忍が何言ってるんです?俺がナルトを助けている間、立ち泳ぎでもなんでもして浮かんでればいいじゃないですか?」
「チャクラ切れで泳げません、先に助けてくれないと沈みます。」
「だって…カカシ先生を先に助けたら、ナルトが溺れちまいますよ。」
「ナルトを助けたら、俺が溺れます。」
イルカは段々腹が立ってきた。何故こんな不毛な会話をしないといけないのだ。いつも世話になっているカカシの相談に乗ることで、少しでも日頃の恩を返せるのではと思った自分が馬鹿だった。
「なにを馬鹿な…大体、逆に俺とナルトが同時に助けを求めたら、あなたどうするんですか?」
「そりゃ、イルカ先生を先に助けます。」
「俺はチャクラ切れだろうがなんだろうが、溺れません!先にナルトを助けてください、アンタ、上忍師でしょうが!」
「俺に助けてもらいたくないの?」
「そーゆー問題ではありません、もうこんな話やめましょうよ。」
一方的に話を打ち切ると、カカシは不満げな顔をした。が、イルカが夕食に誘えば、すぐに笑顔に変わる。つまりはさっきのカカシの質問はその程度のものだったということだろう。真面目に怒るのも馬鹿馬鹿しくなって、イルカは二人分の夕食の準備を始めた。
「今日の任務でね、サクラとナルトが同じタイミングで危なかったことがありましてね。」
が、話が終わったと思っていたのは、どうやらイルカだけだったようだ。慎ましい夕食の後で、またもや先ほどの話がカカシによって持ち出される。
「その時思ったんです。どっちを先に助けよう、ってね。」
「なるほど。」
恐らく。それがサスケとサクラだったなら、カカシは一瞬たりとも迷わなかったのに違いないのだ。
「で、さっきの話なんですが、俺とナルトが崖から今にも落ちそうな状況だったら、どちらを先に助けます?」
またもや復活してしまった話題に、正直イルカは勘弁してほしいとしか思わなかったが。こんなに執着するということは、カカシにとっては大事な話なんだろうと思いなおす。
「カカシ先生。同じことをお聞きしますけど、もし俺とナルトがその状況だったらどうしますか?」
「イルカ先生を助けます。」
「どうしてですか?」
「え。」
まさかそう返されるとは思ってもみなかったらしい。カカシは落ち着きなくイルカから目をそらす。つまりは、ナルトよりもイルカのほうが弱い存在と思われているということか。内勤の中忍の実力は、カカシにとってはその程度、なのだ。先ほどの怒りが蘇りかかったのを慌ててイルカはこらえた。
「カカシさんがナルトよりも俺を助けようとしたら、俺は自分で飛び降ります。」
「はい?」
「自分の生徒を…ナルトを自分のために犠牲にするなら死んだ方がマシです。」
イルカは100%本気だ。もし自分で飛び降りなくても、そんな状況でカカシがイルカを助け、結果ナルトが助からないような事態になったら、イルカはカカシを許せない。そして、ナルトを助けられなかった自分を許すこともできないだろう。
「でも、ね。イルカ先生。」
たとえ話で熱くなっているイルカに、カカシが苦笑いする。こんな話するんじゃなかった、そんな思いが笑顔に透けてみえる。
「ナルトを先に助けて先生が落ちちゃったら、ナルトは一生俺を許してくれませんよ。」
「…それは…あり得ますね。」
じゃあどうしたらいいのだ。どっちにしたって八方ふさがりではないか。知らず眉間にしわがよる。これは本気で解決策を考えねばならない。要は同時に二人を助ける方法を見つければいいのだ。何か方法が必ずあるはずだった。
「本当は、こんな話がしたかったわけじゃないんですけどねぇ…。」
長考モードに入ってしまったイルカの耳には、カカシの呟きは耳に入らない。寂しそうでもあり、楽しそうでもあり、かつ呆れているようにも見えるカカシの表情も、当然ながらイルカが目にすることはなかった。
カカシが、目指すゴールにたどり着くには、まだまだうんざりするほどの、長い長い道のりが必要なようである。
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