モドル

■君の一番目



 ちらりと時計をうかがえば、日付が変わるまであとわずかだ。ちゃぶ台の向こう側、イルカはカカシの存在をまったく忘れたかの如く、俯いて赤ペンを走らせている。どうせかわいいアカデミーの生徒たちの答案の採点だか、連絡簿のメッセージだか、とにかくカカシには全く関係のないことに懸命なのだ。恋人?と一緒に過ごしてるっていうのに、このイルカの態度ときたらどうだろう。普通なら愛想尽かされたって文句は言えないところだ。せめて、ごめんなさい、すぐ終わりますからくらいは言ってほしい。更には、頬を染めて、終わったら恋人っぽいことをしましょうとか言ってくれたら、もう最高…。己の妄想に流されかかったところで、カカシはすぐに我に返る。
 ないない、あり得ない。そんな夢みたいな展開は、イルカに限って100%ない。下手したら、カカシよりナルトが大事、生徒が大事と言いかねない人だ。
 午前零時まで、あと一分少々。
「ごめんなさい、カカシ先生。もう少しで終わりますから。」
「いーえ、頑張ってるイルカ先生を見てるだけで、十分楽しいですからv」
 半分嘘だ。流石にすぐに見抜かれたらしい。ふいにイルカの顔が上がって、困り顔が見えた。待ってもらう方が辛いのかもしれない、特に彼のような人の場合には。
「もし泊られるつもりでしたら、先、寝ててもらっても構いませんよ?」
「えーー、イルカ先生と一緒に布団に入りたいなぁ、俺。」
「……そういう冗談を言う人は、とっとと自分の家に帰って下さい。」
「すいません、嘘です。一人の家は寂しいです。泊めてください、お願いします。」
 ここで追い出されてはたまらないと、カカシは大仰に頭を下げてみせた。いつも寝るだけの侘しい我が家でより、恋人の(ここが重要。)家で過ごす一夜のほうがずっと良い。たとえ、その恋人が自分よりも生徒たちに夢中だったとしても。
 願わくば、イルカがせめて自分の半分でも同じように思ってくれればよいのに。またもやお仕事に戻ってしまった彼の頭上、ひょこひょこ動く尻尾から目をそらし、カカシは時計の針を眼で追った。
 後、十秒。
 日付が変わる前に、イルカが仕事を終えるのはたぶん無理だろう。ちゃぶ台の向こうから、カカシは指を伸ばしてイルカの頭をつついた。

六秒、五秒…。

 イルカはカカシを見てくれたけど、それでも赤ペンを手放さない。
「どうしたんですか?急に。」
「んー。もうすぐ日付が変わるから。」
 あと数秒で、5/26。カカシがおめでとうといったなら、彼はどんな笑顔を見せてくれるだろうか。

四秒、三秒…。

 ぼぼぼん。ばふっ、ばぼん。

 秒読みを遮る闖入者。見つめあう?二人の真ん前、白い煙が膨れ上がりはじけた。
 不意を突かれてカカシはのけぞる。上忍の癖にと笑うなかれ。殺気がなければ、流石の元暗部とて気配を感じるのは難しい。だが、イルカは平然と煙に手を差し伸べた。

「イルカ先生!?」
「大丈夫ですよ。これは式です。」
 式だと?こんな隠密行動への嫌がらせみたいなのが、式?どこの素人がこんなみっともないのを送ってきたのだ。
カカシの疑問はすぐに解けた。
イルカの伸ばした両手が、煙に触れた瞬間、手のひらの上にはおよそ可愛いとは言い難く、何とも形容しがたい―敢えてたとえるならば、みっともなくへしゃげたヒヨコというか、黄色い綿ぼこりに目と嘴をつけただけ、みたいな―物が現れたのだ。
へしゃげたヒヨコは、ぷるぷると体を震わせて、
「誕生日、おめでとうってばよ!!イルカ先生!!」
 間違いたくても間違い様がない、自称未来の火影、木の葉の里の問題児の声が部屋いっぱいに響き渡った。
「今年も里に帰れなさそうだけど、俺っち元気でやってるってばよ!帰ってきたら、また一楽のラーメン奢ってくれよな!」
「はは、ばーか。たまには俺に奢れ。」
 役目を果たし終えた式はイルカの手の中、煙のごとく消え去る。消えてしまった式の感触をおって、優しく微笑むイルカの姿を見て、カカシはまたしても自分があのナルトに先を越されたのだと、知った。

 本当は、一番最初におめでとうと言いたかったのだ。
 日付が変わった瞬間に、イルカを祝福する。
 彼はきっとほんの少しだけ驚いて。そしてカカシに笑ってくれるはずだった。
 ナルトが掻っ攫っていったあの笑顔は、本当はカカシに向けられるはずだったのに。
 ナルトめ…帰ってきたら覚えてろよ。
 写輪眼にかけて、この恨み晴らさずにおくものか。

「カカシ先生?」
「言いませんよ、誕生日おめでとうなんて。」 
 ここまで段取りしたのに二番目なんて真っ平だ。
「あーー。えーっとすいません。俺、気付かなくて。」
 だって仕事が…とか、俺、鈍いからはっきり言ってもらわないと…とかイルカはもごもご。ここまで言えば流石の鈍感先生も、カカシの意図に気付いてしまったのだろう。そして、何故か責任を感じているのだ。イルカが悪いわけでもなんでもないというのに。
 イルカの困った顔は嫌いではないけれど、困らせたいわけでは決してない。そうだ。おめでとうの一番目は逃したが、何か他の一番目を得ればいいのだ。
「イルカ先生。」
「はい。」
 ちょいちょいと手招けば、ちゃぶ台を挟んだまま、イルカは無警戒に体をぐいと乗り出してくる。
 相も変わらず、隙だらけ。これでは何をされても文句は言えまい。
無造作に、カカシはイルカに口づけた。いつまでたっても物慣ない、素直な先生の顔が赤くなる前に、もう一度その口をふさぐ。
「一番目のおめでとうは、ナルトに譲りますよ。俺は一番目のキスを頂きます。」
「一番目も二番目も関係ないでしょう。俺にそんなことをするなんて、あなたくらいです。」
 既に真っ赤になった顔をそむけて、そんな可愛げのないことを言ってくるものだから。
「じゃあ、キス以上のことの一番目も今から…」
 お断りですと、素気無いイルカ先生の反応は予想済みのもので。じゃあその代わりに、とカカシは三度目のキスをした。



(2011/07/03)

オンリーカカイルリンク様イルカ先生誕生日企画への投稿作品にしようとしてボツになったもの。

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