モドル

■スレチガウ


「本当にすいません、俺なんかに付き合ってもらっちゃって。」
「いえ、別に構わないですよ。嫌だったら断ってますから。」
 先ほどから何度となく、同じような台詞を繰り返しているのはわかっていた。でも、仕方がないだろう。今、イルカは行きつけの居酒屋にいて、ししゃもと卵焼きを頼んで、ビールを一杯。ここまではいつも通り。なのだが。
 会話が途切れて、手持無沙汰。ちらと隣を伺えば、写輪眼の男は焼き魚をつついていたりする。
―なんで俺、カカシ先生と飲んでんだよーーっ。
 決して口には出せないイルカの心の叫び。しかし、実は誘ったのはこちらからなのだ。一応イルカにも言い分はある。近年、誕生日の恒例はナルトと一緒に一楽のラーメン−しかもナルトの奢り−だったものだから、ついそのつもりで予定を組んでいたのだとか。まさか、当日ナルトに遠方任務が入るとは思ってなかったとか。こんなときに限ってイルカだけに残業が入って、同僚を誘い損ねただとか。誕生日に一人ですごすのも嫌だっただとか、門を出たところで、タイミングよくカカシと会ったとか、エトセトラエトセトラ。
 誘ったのはいいものの、共通の話題が七班のことしかなく、会話がうまく続かない。誘っておいてこれでは、いくらなんでも失礼だ。
―これはもう、飲むしかないな。
 上忍相手の遠慮は、アルコールの力でふっとばすしかない。元が寡黙なカカシもカカシで、酒が入ればその重い口も少しはほぐれてくるだろう。
「カカシ先生、飲んでください、今日は俺、おごりますから!」
 わざとらしくカカシの肩を音を立ててたたくと、彼の片目がぱちくりと瞬いた。

「そういえば、イルカ先生。今日、誕生日だそうですね。」
 いくら飲んでも酔った気配を見せないカカシがぽつりとそんなことを言ったのは、杯を重ねてからどれくらいたってからだったろうか。
「あはは、ナルトからの情報ですか?」
「まァそんなところです。」
「誕生日はいつもあいつと一楽に行ってましたからね、どんだけラーメン好きなんだか、って。」
 誕生日に教え子と二人でラーメン…どんだけ寂しい奴だ俺は。とか内なるイルカの声をさっくり無視して、誤魔かすようにビールを一口。
「誕生日に、俺なんかと飲んでていいんですか?彼女とか、目当ての女性でも誘えばいいのに。」
「は、はは。いや俺、彼女いないですし。好きな人とかも今のところ・・・。」
 自分で言うと、寂しさ倍増だ。ようように話してくれると思ったら、カカシは痛いところばかりついてくる。確かにいい年して、彼女どころかいい感じの女友達もいないってのもマズいような気がするイルカである。
 そもそもイルカは女性に慕われた覚えがないのだ。アカデミーの教師という職業が駄目なのか?給与もよいわけではないし、地味だ。いや、別に女にもてたいとか、職業に不満があるわけではなくて。
ぐるぐるぐるぐるぐる。
 考えているうちに、わけがわからなくなった。というわけで、またビールに手を出す。
「俺なんかより、カカシ先生はどうなんですか?」
「俺ですか?まあ、ここでイルカ先生と飲んでますってことで、推してしるべしでしょ。」
 そう言って、カカシは笑った。カカシの笑顔。珍しいどころではない、初めてみた。
「……。」
 しかし。上忍なのに、里の英雄なのに、なんて優しい笑顔をするのだろうか。この人がもてないなんて、木の葉の女性は見る目がない。だいたいカカシは木の葉の里で一二を争う実力の持ち主で、性格も…いや、性格はよく知らない。が、きっと良い人なのだ、ナルトたちがあんなに慕っているのだから。
 だいぶ酔いが回っているようだ、思考は取り留めのない方向へとどんどん転がっていく。
 顔…顔。口布をとったカカシの顔を、イルカが見たのも今日が初めて?だったような気がするが、まぁ、かっこいいんじゃないだろうか。
―少なくとも俺よりもいい男だよな、ちぇ。
 この人に彼女がいないんだから、俺に彼女がいなくても仕方がない。カカシの顔を穴があくほどのまじまじ見つめた上で、イルカはそう結論づけた。なんとなく満足する。手元のビール瓶は既に空になってた。
「カカシ先生、ビールと何か頼み…」
「イルカ先生。」
「はい。」
 カカシがイルカを見ていた。額あてが外れて、写輪眼がイルカを捕える。色違いの双眸。素顔のカカシは、まるで見知らぬ人のようだ。
「ナルトを遠方任務にだしたの、俺だったらどうしますか?」
 知らないカカシは、イルカが思いもよらなかった言葉を吐く。
「…はい?」
「七班の書類、今日大量に俺が先生に回したの、わざとだったら?」
「…え?」
「校門で先生が出てくるの、隠れて待ってたんですって言ったらどう思いますか?」
「は…え…?」
 いつもナルトと過ごす一楽での誕生日、急に回ってきた書類のせいで残業、アカデミーを出た途端に鉢合わせしたカカシ。
 全部自分が仕組んだことだと、そうカカシが言っている。それは、理解した。でも、そんなことをして一体何の得がある?わけがわからない。答えを求めて、視線をあちこちに向けてみたが、どこにもヒントがないのだ。
 もしかして、あれか?ナルトのことで何か相談があるとか、ナルトの面倒みきれないとか、ナルトを甘やかすなとか、ナルトにどんな教育をしてきたんだとか…。
「えーっと、ナルトのことで俺に何か…?」 
 みるみる曇る写輪眼の色。ハズレたようだ。でも、ナルト以外でカカシ先生が俺に用事なんて…一体何?眉間にしわをよせ、うなってみたところでわからないものはわからないのだ。カカシの顔はどんどん悲しげになっていくし、正直自分がひどく悪いことをしているような気分になる。

 悩みつづけるイルカの隣を、カカシのため息が通り過ぎた。

「……やっぱりナルトが一番なんですね。」
「え?」
「まあ、予想してましたから、いまさらショックでもなんでもないですけど。」
「???」
「頭上げてください、イルカ先生。俺は誕生日おめでとうと言いたかっただけで、ナルトのことで先生に難癖付けるためにわざわざ飲みになんて行きません。」
 どれだけ俺を性格悪い奴と思ってるんですか、と言われて、イルカは素直にすいませんと頭を下げる。
「誕生日おめでとうございます、イルカ先生。」
「ありがとうございます。」
 にこりと笑うカカシだったので、思わずイルカもつられた。
 里の英雄だのなんだの言われてて、とっつきにくい印象があったけど実際に触れてみると、意外と気さくでいい人なのだ。ナルト達もカカシ先生のことを慕っているようだし、第一印象って当てにならない。俺なんかのことも気にかけてくれるってことは、面倒見も良いんだろう。ナルト達は本当によい上忍師にあたってよかったなあ。みんなで仲良くやっていけそうじゃないか。
「イルカ先生、今度また御飯でも一緒にどうですか?」
「いいですね、次はナルト達と一緒に。」
 ナルト達と一緒の、賑やかな食事を想像して俺は笑う。なのに、カカシ先生の笑顔がひきつったのはどうしてなんだろう??



(2011/07/03)

オンリーカカイルリンク様イルカ先生誕生日企画への投稿作品でした。

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