モドル

 ■僕の目指す場所 〜道化師の溜息〜

 ツメタイ。アナタノカラダハ、ドコマデイッテモ。
 クリストフの口付けがテリウスを覆う。愛の言葉を囁きながら、どこか義務的なクリストフの行為。しかし、心がなくとも、情事に慣れた青年の動きは、無駄なく的確にテリウスを追い詰める。ズボンと下着をひき下ろされ、剥き出しになった内股に青年の舌が這う。その生暖かい感触から逃げ出したくて、テリウスはもがいた。だけど、どれだけ暴れてもクリストフの腕からは逃れられない。寧ろ、もがけばもがくほど、深みにはまっていくような気がする。
「っぁ…!」
 その部分に、クリストフの手が添えられたとき。びくりと体が震えて、声が転がりでた。自分以外に触られる、というのが、これほど刺激的なものとは思いもしなかったテリウスの、いまだ未発達なそこでクリストフの両手がゆっくりと動き出す。それに合わせて、テリウスの体が痙攣する。口を塞ぎ、声をこらえようとするテリウスの儚い抵抗も、クリストフの前で脆く崩れつつあった。ゆっくりと、しかし確実に追い上げていくクリストフの動き。駄目、駄目と思いつつも、執拗にやってくる快楽の波にテリウスはとうとう陥落した。
「…ひぁ!」
 あ…と思ったときには、下半身から熱が体中に拡散する。テリウスの中心を包み込むクリストフの両手に絡みついている白濁の液体。その独特の臭気から、思わずテリウスは目をそらす。

 同性に、しかも尊敬していた従兄に、簡単にいかされてた自分がひどく情けない。が、従兄は屈辱に打ち震える暇を、彼に与えてくれなかった。

「…もぅ…やめよぅ?…ねぇ?」
 言葉はのどの奥に張り付いて、からまる。怖かった。これから何が始まるのか。何をされるのか。ぼんやりと想像がついているだけに。

 機械的に纏っている服を脱ぎ捨てていくクリストフは、まるでテリウスの言葉が耳に入っていないかのようで。一枚、一枚と放られるたびに、テリウスの前に露になるクリストフの裸身。一見、学者タイプの従兄が、実は無駄なく鍛え上げられた肉体を持っていることに気がついたテリウスは、今の現状を忘れて、僕もやっぱり体を鍛えておこう、などと暢気なことを考えてしまう。

 が、その能天気さも、クリストフが再度彼の上に圧し掛かってきたときに、どっかへ吹き飛んでしまった。

 相変わらずの無言のまま、テリウスに口付ける。息もできないくらい激しく、舌が口腔を犯す。うー、と無様なうめき声と一緒に、情けなさに涙がでてきた。
 こんなはずじゃなかったのに、こんな風にしたいんじゃないのに。気を抜けば子供じみた我侭が飛び出しそうで、それがまた彼には不本意で、口惜しくて、涙のネタになってしまうのだ。長すぎる口付けから解放されて、しゃくりあげだしたテリウスにクリストフがため息をつく。
「何も…泣くことはないと思いますよ。」
「そんなこと…言われても…。」
「ここまできてやっぱり嫌だ、とか?それとも、怖くなったからまた今度とか?実は本当にされるとは思ってなかった、とか?」
「う…。」
 テリウスの考えは読まれていた。しかも完璧に。
「テリウス、あなたが自分で望んだんです。私は強制はしないといいました。イエスノーは判断に任せる、と言いました。あなたは自分がなんと返事をしたか、それも忘れてしまったのですか?」
 そして、恐るべきことに、クリストフはかなり怒っている。笑顔の端整さには、いよいよ磨きがかかり、口調も滅多にないほど優しい。それがクリストフの自制心による、所謂ポーズであることが、テリウスにはよく判っていた。
「…忘れてない…です。だ、だけど…。」
「泣いて暴れても気にせずに、あなたを抱くことは簡単なんですよ。でも、それは私の主義に反しますし、あなたも楽しめないでしょうから…。」
 楽しめなくてもいい、とぶんぶん首を振る。
「で、どうするんです?やりますか、それともやめときますか?」
 ここでもしNOと言えば、クリストフは二度とテリウスをみなくなるだろう。口を聞いてもらえなかったり、無視したり、そんなあからさまな拒絶よりももっと残酷な方法で、クリストフはテリウスの存在を抹殺してしまう。
 選択権があるなんて方便だ。テリウスにはクリストフがどうしたって必要で、クリストフにとってはそうでない以上、テリウスには他に方法がない。クリストフを受け入れる以外にどうしようもできないではないか。

 半泣きでこくりと頷くテリウスの耳元で、クリストフが囁く。
「大丈夫。大丈夫ですよ、テリウス。私はサディストじゃありませんから。」
 大丈夫、そう囁きながら、テリウスの下肢に手が伸びる。太ももを捕まえて、そのまま肩で押し上げた。腰が浮いて不安定な体勢になったテリウスが足をばたつかせるのにも構わず、クリストフはテリウスの中に入る。

「や…やっぱ、いやだっ!!クリスト…っ…あああ…あぅ!」
 拒絶の言葉も、クリストフの愛撫の前に甘くとろけ落ちる。指で丹念に解されたテリウスの蕾は、あっけなくクリストフを飲み込んだ。
仰け反ったテリウスの喉元に、クリストフは舌を這わせる。その生暖かい動きにつれて、びくびくとテリウスは体を震わせた。体の力を抜かないと辛いだけだと悟れば、自然と相手を受け入れやすい体勢を取るようになる。抵抗をやめたテリウスの奥へと、クリストフはゆっくりと己を押し込む。
「そう…力をぬいて…。」
 テリウスがゆっくりと息をはくのにあわせて、クリストフは一番深い場所到達する。
「ぁ!・・やぁっ!・・っぁ・・いや!いやぁっ…!」
 いったん、テリウスの中からひかれたクリストフ自身がまた彼の中に打ち込まれる。クリストフの耳には全く青年の訴えが届いておらぬかのように、情け容赦のない動きがテリウスを押しつぶした。深奥をクリストフが貫くたびに、ぐちゅぐちゅと聞くに堪えぬ卑猥な音が響く。
「んっ・・・あ…っん!…あっ…あぅ・・・!」
 喘ぎ声が他人のものみたいに、遠くに聞こえる。体中でクリストフが脈打って、テリウスの全てを支配しつくす。中で動いているリアルな形が、はっきりと判って、テリウスは身悶えた。苦しいとか、熱いとか、気持ち悪いとか、そんな風にしか思えない。早く抜いて欲しい、そればかりを祈った。

「ん…んんっ…は…ぁ…っ…!」

 嫌なのに、気持ち悪いのに、テリウスの中で変な感じがする。繋がっている部分の感覚がなくなって、とろけ落ちる。まるで、女になったみたいな…そう思った瞬間に、体の中を電流のような衝撃が走った。

 クリストフが動くたびに、テリウスはどんどんおかしくなる。貫かれながら、胸を嬲られて感じたのは、もはや気色悪さでなく快楽だった。

「動かないでっ・・・あ・・・はぅ…やだっ・・・・動かないでぇぇ…!」

 背筋がぞくぞくするような声があがる。クリストフを拒んで、きゅっと締まってくるテリウスの中を、更に勢いをつけて突き上げると、テリウスの声は更に余裕がなくなった。

 先ほどの生意気そうな表情はすっかり影をひそめ、クリストフの与える快楽に体を震わせている顔は、かなりそそる。

「…お願いだからぁぁっ・・・も…もぅ…ああああぁ…やだぁぁ…!!」
 可愛らしい鳴き声をあげる唇を吸い上げ、激しく中を穿つ。テリウスには悪いが、クリストフもそろそろ限界だった。キスでテリウスを封じて、スパートをかける。仰け反る体を圧し掛かるようにして押さえつけ、ひたすら腰を打ちつけた。
「く・・・っ。」
「…ぁあああぁっ!」
 腹部でテリウスのものが弾けるのを追いかけて、クリストフも心置きなく己を中で解放した。



 外界から殆ど切り離された幼年時代を送ったテリウスではあったが、その性的志向は至ってノーマルなものだった。可愛らしい王宮の女官に心ときめかせた経験はあっても、同性にそのような思いを抱いたことは断じてない。ましてや、同性と行う性行為なんて、テリウスの狭い世間からは思いもよらない未知の世界であり、自分がその対象になるなんてことは今まで想像したこともなかったのだ。勿論、元々適当な、よく言えば柔軟な思考を有すテリウスは、その同性同士の性行為についても頭ごなしに嫌悪感を示す、ことはない。

クリストフが相手じゃなきゃ、誰がこんなことするもんか。

結局は、そうなのだ。

 気持ちいいから、退屈だから、楽しいから、「する」のではない。

クリストフがそう望むから、拒まない。

テリウスは知っている。

自分がどんなにクリストフを必要としているか。必要とされたいか。

 でも。もしかしたら、クリストフでなくてもいいのかもしれない。

 あのとき、あの場所から自分を連れだしてくれる相手なら誰でも。



――はーーーー、僕ってなんか…女々しいというか…なんだかなあ。

 ベッドの中で悶々とするテリウスの隣では、同じく半裸のクリストフが眠っている。あれから、サフィーネたちに内緒で何度となく一緒に寝た。その度の自分の嬌態を思い出すと、自己嫌悪で死にそうになる。

――別に嫌ってわけじゃなくて、単に恥ずかしいだけなんだけどさ。

 体だけの関係ってやつに傷つくほど、テリウスはウブじゃない。寧ろ、恋愛状態に陥ることのほうが怖い。
 クリストフのことは好きだ。でも、それは愛とか恋とかじゃない。それだけはテリウスにも判っている。だから、あまりこれに染まりすぎるのも困るのだ。

――男としかできない体になっちゃったら、クリストフはどう責任とるつもりなんだろ、ったく。

 平然として、”じゃあ、ずっと私の傍にいればいいでしょう?”とか言いそうだ。嫌だ。それは御免蒙りたい。第一、体がもたない。
 嫌な想像に、またもや枕に顔をうずめた。こんなことを考えていたらドツボにはまりそうだ。
 明日、考えよう。明日にはなんとかいい考えも浮かぶだろう。

 これからさきかなり長い間、クリストフと一緒に行動することになろうとは、このときのテリウスには思いもよらず。ましてや、行くところがクリストフのとこしかなくなっちゃいましたーなんて洒落にならない状況に自分が追いやられようとは、想像もしていない。やっぱり能天気なテリウスの、嬉しくない状況が改善されるのは、まだまだ先の話だった。

(2002/04/05)


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