■赤頭巾ちゃん 気をつけて 俺は森の中をてくてくと歩いていた。道は緩やかに蛇行しながら、 森の奥へ奥へと続いている。俺は真昼の森を、ひたすら歩いていた。 病気のおばあちゃんに、お母さんの手作りクッキーを届けるお使いを はたすために。 ・・・ってあれ?えっ?なんで、俺が森にお使いなんぞ をしないといけないんだ?しかも、今の俺の格好ときたら・・・白 いエプロンに赤い頭巾。おまけに赤いワンピースときてる。右手には 、クッキー入りの手提げかご。青騎士団長の制服の上 から、赤いワンピースだぞ?!ちょ、ちょっと待て!どう考えても無理 があるぞ、おい! こ、こんな姿をカミューにでも見られたら、一時間爆笑し続け 、更には顔を見るたびに俺をからかってくるに決まっている。見かけに よらず、カミューは性格が悪いのだ。他人の前では猫を被っているくせ に、時々ひどく俺をいじめてくる。 そのたびに俺は赤面するほどに、狼狽する羽目になるのだ。 さて、ここまできて、俺にもようやく自分のおかれた立場というものが認識できた。 赤い頭巾。赤いワンピース。お見舞いクッキー入りのかご。病気 のおばあちゃん家にお見舞いというシチュエーション。かつて子供で あった人なら、誰でも知ってるであろうおとぎ話。 赤頭巾ちゃん・・・ なにがどうなったのか知らないが、俺は今、童話の世界にいて、し かも赤頭巾ちゃんの役をあてられているらしい。っていうか、これは きっと夢だ。うん、夢に決まっている。 そう考えると、妙に気持ち が落ち着いた。夢なら何があったって不思議じゃない。それなら、青騎士団長として、潔くこの夢 にのってやろう。俺は、この上なく騎士らしくそう思った。 騎士の誇りにかけて、最高の赤頭巾ちゃんを演じてみせる!何時 いかなる時でも、無意味に熱い俺は、そう誓ったのであった。 ・・・ところで、赤頭巾ちゃんって次にどうなるんだったろうか?? かごを指に引っかけて、俺があてもなく森の奥へとずんずん進んでいく と、道の先にいかにもメルヘンな一軒家が現れた。流石、夢だ。強引な ストーリー展開でありながら、それに矛盾を感じさせないのは大したも のだな。まあ、童話なんてもともと矛盾だらけなものではあるが、 しゃべるオオカミだの、オオカミに飲み込まれても生きている赤頭巾だの。 そもそも、オオカミが出現する危険な森に、小さ な女の子を一人でお使いに行かせる母親もどうかと俺は思う。 いささか、憮然としてしまった俺ははっと我に返る。童話の設定にいち ゃもんつけても仕方あるまい。さっさとオオカミに 食べられて、猟師のおじさんの助けを待つことにしよう。 俺は敵に一発で破られそうな、可愛らしくはある けれど耐久性に問題あり、な扉をノックする。 「おばあちゃん、赤頭巾がお見舞いにきました・・・(裏声)」 こ、これ以上の屈辱はあるまい。青騎士団長ともあろうものがっ!!! しかし、俺は先ほど騎士の紋章に誓ったのだ。最高の赤頭巾を演じてみ せると・・・ああ、自分の性格が恨めしい。 俺のノックに、すぐに返事があった。 「おはいりなさい。」 笑いを含んだ、聞き覚えのある声。・・・一瞬、俺は踵を返して逃げ 出したい気分になった。本能が、俺に帰れと告げている。しかし、騎士 の誓いを破ることはできない。俺はイヤな予感を払うように首を振 ると、家に足を踏み入れた。 「やあ、マイクロトフ。」 「カ、カミュー!!??」 そうなのだ。部屋の中央にでんと据えられた大きなベッド、いわ ゆるダブルベッドというサイズのものだろう。そのベッドのなかで、半 身を起こしてこっちを見ているのは・・・何を隠そう、我が親友にして 赤騎士団長、カミューその人だった。ちなみにカミューはおばあちゃん の格好、つまり寝間着をまとっていない。ふと目をやると、ビッグサイズの ネグリジェがサイドテーブルにきちんと畳まれておいてあった。ちっ、あれ を着ているカミューの姿を目撃できていたら、俺にもカミューをいじめるネタができたのに。 「マイクロトフ・・・じゃなくて赤頭巾ちゃん、お見舞いにきてくれたのかい?」 カミューは赤騎士団長の軍服姿で、俺の方を見てにっこり微笑 んだ。ワンピースを脱いでおいて正解だった。カミューが俺 のことを敢えて”赤頭巾ちゃん” と呼んだのは、絶対に嫌がらせ入ってるぞ、くそっ。 「お土産。」 俺は無愛想にカミューの方に手提げかごをつきだし、布団の上に置いた。 カミューは、俺の機嫌が悪いのもどこ吹く風で、 「”赤頭巾ちゃん”?どうして、そんなに機嫌が悪いのかな?」 「カミュー、いい加減にしてくれ。」 だんだん腹が立ってきた。今度、カミューが俺のことを赤頭巾と呼んだ ら、なんとしても夢から覚めてやる!!俺が本気なのを 見てとると、カミューは小さく肩をすくめた。 「分かったよ、マイクロトフ。ストーリーを妨げるようなことはもう言わない。」 「ああ。」 とはいうものの・・・俺は赤頭巾のセリフをちゃんと覚えているわけでは ないのだった。次の展開は何だったろう?確か、赤頭巾はおばあちゃん家に行 って、オオカミに食べられて・・・???ちょっと待てよ。オオカミに食べら れる???そういえば、た、確か赤頭巾が家に行ったときには、もうすでに おばあちゃんはオオカミの腹の中だったような気が・・・。 と、いうことは??俺は今までカミューはおばあちゃんの役、と思いこん でいたのだが、ストーリー展開からいうとカミュ ーの役は、おばあちゃんじゃなくて、オオカミか? 「カミュー・・・おばあちゃんの役は誰だ・・・?」 カミューは無造作にベッドの脇を指さした。今まで俺のたっている 場所からは死角になっていて見えなか ったその場所へと、俺はベッドを回り込んで見に行く。 「!!!ゴ、ゴルドー様っ!!!??」 そこには、白騎士団長の巨体がごろんと無造作に転がっていた。 雪のごとく清らかな軍服を鮮やかに血に染めて。 背中に突き立てられたナイフによる出血多量死・・・というところか。 傷からはなおも血が流れているようで、白い軍服を染める赤は、どんど ん広がっている。ど、童話にこんな血塗れなシーンが存在していいのだ ろうか?!いくら夢だからってなにも殺さなくても。これじゃあ、猟師 がきても助けることは不可能だ。まあ、殺ってしまったものは仕方ある まい。どうせ夢だから、と冷静に俺はそう思い、そして、俺はゴルドー 様の肥大した体を見やり、納得した。 だから、ネグリジェがビッグサイズだったのか、と。 「まあ、おばあちゃんもオオカミに食べられる 設定だったからな、こういうのもアリだろう?」 カミューは平然としている。夢だからって、カミュー、やりた い放題だな。気持ちはわからんでもないが。 「しかし・・・ゴルドー様は我らが主だし・・・」 「他人のことより、自分のことを心配したらどうだ?」 ゴルドーの死体からカミューに目を移した俺が見たのは、邪悪に笑 むカミューの姿だった。 うっ・・・そうか、俺もこれからカミューに食べられてしまう運命だったのだ 。食べられるって、やはりかなり痛いのだろうな。敵に切られるのとどっちが痛 いだろう?いくら夢でも痛いのは勘弁してほしいんだが・・・。 「カミュー・・・できればあまり痛くしないでくれないか?」 返事はカミューの極上の笑顔。この笑顔が曲者だ。今まで俺は何 度となくこの笑顔に騙されてきた。カミューがこういう風 に微笑むとき、それは大概、何か企んでいるときなのだ。 ああ、逃げ出してしまいたい。自分が赤頭巾でさえなかったら、とっく の昔に無理矢理目を覚ましていたろうに。俺の何でも騎 士の誇りに誓う癖は、やはり改めた方がいいかもしれん。 カミューが笑顔のままに、俺を手招きする。耽美なカミュ ーの姿が、今の俺には地獄の使者に見える・・・。 よろよろとベッドに近づいた俺の腕をとるカミュー。ぐいっとその 手を引かれて、俺の体はあっという間にベッドの中だ。 「大丈夫だ、マイクロトフ。優しくするから・・・」 俺にのしかかる体勢で、カミューは優しく囁いた。優しくされたって 、痛いものは痛いんじゃないだろうか。俺はカミューの顔をぼんやりと見つめて 、そう思った。間近で見るカミューはやはり綺麗だ。こ いつが男だなんて、神様もとんだミステイクじゃないか・・・。 「マイクロトフ・・・」 カミューの顔がゆっくり俺に近づいてくる。 食べられてしまう・・・頭からがぶりと飲み込まれてしまうのだ。それとも 、がじがじと囓られてしまうのだろうか?できれば、前者の方にしてほしい・ ・・その方があんまり痛くなさそうだし・・・。それにしたって、俺なんか食 っても美味しくないと思うんだがなあ・・・カミューはグルメだから、ストー リー上やむを得ず俺を食わなきゃならないことを、さぞや不本意に思っているだ ろう・・・すまん、カミュー・・・ 恨むんなら、俺じゃなく・・・作者を恨んでくれ・・・。 息を肌で感じるくらい、カミューは俺の寸前にいる。俺はついに目を閉じた。 柔らかくて熱い感触が、俺の唇を覆っている。 息苦しさを感じる。思考が停止して何も考えられない・・・ 何が起こったのか分からない。キスされた、と俺が理解したのは、カ ミューの唇から解放されてからだ。 「どうしたんだい、マイクロトフ?」 いつも通りのカミュー。優雅で綺麗でつかみ所がない。そして、今カミ ューは俺に何をした??あれは、いわゆる男女間で行われるキスというや つではないだろうか?なんで、カミューが俺にキスするんだろう ??・・・・・・キスされた?!俺がカミューにぃ?! 「い、今、お、俺にな・・何を?!」 「何って・・・キスだろう?」 そっかーーーキスかーーーなーーんだーそうだったのかーーー驚いたーーーー あはは・・はは・・・・は・・・は・・・・ じゃなくてええええ!!!!キスだとぉーーー!!! 「カ、カミュー・・・キスって・・・キスって??!!」 カミューが微笑む。天使のように、可愛く、悪戯っぽく。 「もう一回、して欲しいのかい?」 俺が首を横に振るより、カミューが俺に口付ける方が早かった。 さっきのキスよりもずっと濃厚なやつで、俺は思わず赤面してしまう。しかも、俺 が無抵抗なのをいいことに、し、舌まで・・・ち、畜生・・・。 俺のファーストキスの相手がカミューだなんて・・・。もうすでにこれは夢 だ、という事実は俺の頭からどっかへ行ってしまっていた。 いつか、彼女ができたらやろうと思っていたのに・・・思い続けて、も う26歳になってしまったが・・・それにしたって、初めてのキス がカミューだなんて、神様あんまりだあああーーーーー。 ショックに打ち震える俺に構わず、カミューは嬉々として俺の服 を脱がし始めた。俺はファーストキス強奪事 件のショック覚めやらずで、何が何やら・・・思考が働かない。 「カ、カミュー?つかぬことをお伺いするが、何をしているんだ?」 「おまえを食べるための準備だよ。」 「服を脱がす必要はないと思うんだが・・・」 俺の言葉。この時点で何も気がつかなかったことが、俺の敗因である。 「マイクロトフ・・・」 絡み付くようなカミューの視線。俺には自分の置かれている立場が、 どれだけ危険なのかがまだ理解できていない。カミューにのしかか られて、ただひたすらこれからどうなるんだろうという不安を抱えて、 胸を痛めているばかり。このごに及んで、まだ食べ られるって痛いのかな?と考えていたんだから、笑える話だ。 「怖いのなら、目を閉じてるといい・・・」 カミューの囁きに、俺は素直に従った。ああ、もう脱線は いいから、カミュー、早く俺をひと思いに食べてくれ・・・。 目を閉じる。不思議なことに、それによって他の感覚が鋭敏になるよう な気がする。暗闇の中で、俺はカミューを待っていた。 耳朶に感じる熱い息。体を強張らせる俺を嗜めるように、首筋の辺りを柔らか いものが這う。想像してたのと、なにかが・・・違う・・・? 「おまえが好きだよ、マイクロトフ。」 カミューの声もいつもと違う。まるで、恋人への睦言みたいに聞こえる・・・ また、キスが降ってくる。唇だけでなくて、指先から胸まで。丹念 に俺の体を辿るカミューの唇が熱くて、なんだか変な気分になってきた 。俺は、危うく口から漏れそうになる声をかみ殺す。 「ふ・・・っ・・・」 変だ。絶対に変だ。頭が働かない。体中が熱い。カミュー が触れれば、触れるほど、俺の感覚はどんどん鋭さをまして いく。カミューにキスされて、触れられる毎に、俺の体が無 意識のうちに反応する。そして、カミューの手が俺の腰へ と・・ベルトを外そうとしている!!と気付いた瞬間。俺 の思考力が一気に回復した。天啓のごときひらめき。カミューがやって るのは、俺を頭から食べようということではなくて・・・ 「カミュー!!」 俺は慌てて身を起こそうと、じたばたと暴れてみた。しかし!!! 「無駄だよ、マイクロトフ。」 両手はカミューの手に押さえられてるし、下半身はカミューに乗っ かられている。冷酷に微笑むカミュ ーが、悪魔にすら見える。無駄とは知りつつ、俺は叫んだ。 「カミュー!!俺に何をするつもりだ!!」 「おまえを食べるに決まってるじゃないか。」 何を今更・・・とカミューの顔は言っている。違う、違うぞ。おまえの言う 食べると俺の言う 食べるっていうのは、根本的に意味が違う。 「初めてだから不安かい?大丈夫、マイクロトフは何もしなくてもいいんだよ。」 カミューの笑顔に眩暈を感じる。そういう問題ではない。そうじ ゃなくて、カミュー。俺の言いたいのはだなあ・・・。 とかなんとかやってるうちに、カミューは行動を再開した。ズ、ズボンを脱が されたら、もうお終いだ。今や俺の運命は崖っぷちである。 「ちょっと、ちょっと待て!カミュー!落ち着いて話し合おう!な?!」 「赤騎士団長の権限によって、却下。」 ・・・こ、こんな時でも階級が邪魔をするのか!!やばい・・・ 俺の決死の抵抗もそろそろ限界に近づいている! 「!もうすぐ、猟師が来るんだぞ!!そうしたら 、オオカミは撃ち殺されるんだ!早く逃げないと!!」 ベルト争奪戦を俺と繰り広げていたカミューの動きが、止まった。 あ、もしかして成功したのか?俺は助かったのか?しかし、俺の わずかな希望は、カミューの次の一言によってうち砕かれた。 「心配しなくてもいいんだよ、猟師の役は二役で私がやってるから。」 真っ白になってしまった俺の耳に、カミューの声が届く。 「だから、二人の時間はまだまだある・・・。たっぷり可愛がってあげる。」 俺にはそのセリフが、死の宣告のように聞こえていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 誰でもいいから、助けてくれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!! |