モドル
■受難の前日

「クラウス、面白いものを買ってきたぞ!」
 シードが一抱えもある紙袋を持って部屋に入ってきたときから、クラウスはいやな予感がしていたのである。
「一体…何を買ってこられたのですか?」
 袋を抱えたまま足で扉を閉めるシードに、クラウスは顔を曇らせる。そんな彼に気付かず、シードはどかどかと近づいてきた。えらく上機嫌だ。
「お前を喜ばせるものだよ。お店の人に選んでもらったんだ。」
「??」
「まあ、みてみろよ。」
 楽しげに袋の中のものを取り出すシード。机の上に並べられた品々をみて、クラウスは言葉を失った。
 本、蝋燭、薬瓶…とここまでは許そう。ロープ、皮製の拘束具…これ以上は放送禁止用語になるであろう。次から次へと並べられるの数々。驚愕に目を見張るクラウスに、シードはこの上なく嬉しそうにいうのである。
「嬉しいだろ?」
 シードのあまりといえばあまりなお言葉に、クラウスの顔が赤くなり、そしてまた青くなる。シードに少々楽観的な部分、悪く言えば物事を考えない傾向があるのは知っていたが、今回ばかりは笑ってすませない。知らなくてやっているなら、まだよし。判っててやってるなら、もうこれ以上付き合えない。
 そんなクラウスに、尚もシードはにこにこと言い募るではないか。
「これを使えば、お前が喜ぶって店の親父がいってたぞ。」
 一体、シードはどんな店に買い物に行ったと…。
「な、クラウス、これ使ってみようぜ、ちゃんと説明書も貰ってきたし。」
 使ってみようぜって…。シードは本気で言ってるんだろうか?無神経にも手にはその道具を持って、へろへろしている恋人に、クラウスは本気で怒りを覚えだした。
「クラウス?」
シードがクラウスの顔を覗き込む。
「なんだよ、さっきから変な顔して、嬉しくないのか?せっかく買ってきたのに。」
 ブチッ。
 そのときのクラウスの感情を、一言で例えるならこれが相応しい。
「シード。」
 恋人の顔を見つめ直したクラウスは、極上の微笑みを浮かべ。そして。

「どうしたんだ、シード?頬に何かついてるぞ?」
 判っているくせに、わざとらしくそう言ってくるクルガンを不機嫌に睨み付けてやりながら、シードは会議の席に座った。同盟軍との戦闘を明後日にひかえた第2軍の作戦会議である。とはいうものの、作戦会議とは名ばかりの、ソロン・ジーのくだらない演説会になるのがパターンで、シードにしてみれば、ばれないように居眠りをする特技を発揮する場でもあった。
 会議の時間まで、まだ十分ほど間がある。クルガンは、自席に座るなり机に突っ伏したシードの赤髪を突付きながら、
「で、今回は何をして、クラウスを怒らせたんだ?」
 やることなすことそのまんまなシードの行動がクラウスを怒らせたのは、今回が初めてではない。が、ここまで判りやすいのは初めてだ。シードの頬にはっきりと残っている手形を思い出して、クルガンはくすりと笑う。子供のように拗ねているシードの髪の毛を軽く撫でてやると、シードがぼそぼそと話し出した。
「この間、恋人を喜ばせるプレゼントを売っている店の話をきいてよぅ…。」
「ふむ。」
 給料日、早速シードはその店に行き、そこの店主の勧めのままに色々買い込んだらしい。それをクラウスに渡した途端、平手打ちされた上に部屋を追い出されたというのだ。
「プレゼントなんて初めてだから、俺、かなり気を使ったつもりなのに、いきなり殴られたんだぜ。ホント、わけわかんねえよ…。」
 シードのため息は、いつもの彼からは考えられぬほど重かった。思わずクルガンも姿勢を正す。こいつはからかっている場合ではないようだ。
「おまえは何をプレゼントしたんだ?」
「しらねえよ、店の親父が勧めるのを全部買ったからな。」
「…そんな適当な。」
「だって、何送ったらいいか判んねえし。」
 自分の知らないものを、恋人へのプレゼントに選ぶとは…クルガンには時々シードが理解不能だ。
「……。」
 そろそろ会議の時間らしい。第2軍の諸将たちやソロン・ジーが部屋に入ってくるのを目の端で捕らえながら、クルガンはシードに尚も尋ねた。
「一体、どこで買い物したんだ?」
「ボルタッ○商店。」
「な…!」
 絶句するクルガンに、シードは顔を上げる。捨てられた子犬のような目をしたシードに、クルガンはかける言葉が見つけられなかった。クラウスの怒りの理由を、どのように説明すればいいのか。いえる訳がない。シードが買い物したというその店は、ハイランドで唯一の”大人の玩具”の専門店だなんていうことは。

 クルガンのアドバイス、”とにかく早く謝れ”を何度も反芻しながら、シードはクラウスの部屋へと向かっていた。
「なんだよ、クルガンの奴・・・智将って言われてるんだから、もっと気のきいたアドバイスをくれたっていいのに…。」
 自分がクラウスに何をしたのか、全く理解できていないシードは文句たらたらだ。それでも、クラウスを怒らせたままなのはいやなのである。謝ればクラウスはきっとシードのことを許してくれるだろう。ならば、謝った方が早い。
――なんてったって、俺はクラウスのことが好きだからな。
 素晴らしく身勝手な結論に達したところで、クラウスの部屋の前にたどり着いた。ルルノイエの一角にある小さな扉が、今回ばかりは何倍もの大きさに感じられる。
 多分、まだクラウスは怒っている。それは間違いない。
 あの綺麗な顔で冷たく微笑まれて、残酷な言葉をくらうことくらいは覚悟しなければ。そして、その後二、三日は口をきいてもらえなくなるのだ。

−−やっぱ、やめとこうかな。

 だが、ここで逃げ出せば、針の筵が二、三日ですまないことは明白である。人間、諦めが肝心だ。覚悟を決めたシードは、思いっきり深呼吸すると、扉を勢いつけて開けた。

「クラウス!」

 いつもの場所でいつものように書類に目を落としているクラウスは、シードを完璧に無視する。思いっきり出鼻をくじかれてしまったものの、ここでひくわけにはいかないのだ。ずかずかとクラウスに近づくと、机の上に両手をつく。

ばん。

 軽くおいたつもりが、思いのほか大きな音をたててしまったけれど、そんなことは些細なことだ。それに、クラウスはやっぱりシードを無視したまま。顔も上げてくれないではないか。

「クラウス!」

「…耳ならちゃんとついてますから、一度呼ばれれば聞こえています。」
 書類を繰りながら、シードに一瞥をもくれずに。クラウスはやっぱり怒っている。さっきの勢いはどこへやら、途端に弱気に負けてしまいそうになるシードはそれでも、

「く、クラウス。あの…さっきのことなんだけどさ。」
「………。」
「…すまん。俺が悪かった。」
「……………。」
「悪気はないから許してくれ、とはいわねぇけど。でも、喜んで欲しかったってのはホントだからな。」
 ちょっと調子に乗りすぎたのだって、クラウスがきっと喜んでくれるだろうと確信していたからだ。無反応な恋人の黒髪を見つめながら、シードはあの店の店主と、”恋人が喜ぶものを売っている店”の情報をくれた同僚に対し、文句の一つでも言ってやりたい気分になってきた。勿論、八つ当たりなのは承知の上だ。
「許してくれとは言わないけど、あやまっとかないと俺の気が済まねぇから。ごめん。」
「……。」
 許してもらえなかったら、仕方がない。でも、シードはクラウスのことが好きなのだ。こんなことで喧嘩するなんて、嫌だ。

「…わかりました。」
「へ?何が?」
「怒ってるだけ損、ってことがです。」
 顔を上げたクラウスは、怒っているようでもあり、困っているようでもあり、笑っているようでもあった。もう怒ってない?
「…それって許すってことか?」
「好きにとってください。」
 言葉は相変わらずに冷たかったけれど、その色はもうすっかり和らいでいる。許してもらえたのだ。あのアイテムが何故にクラウスを怒らせたのか、その疑問もあっという間にシードの頭の中から飛んでいった。恋人の機嫌が直ったのだ。もうそれでいいじゃないか。
 おずおずとクラウスの顎に手を伸ばしても、クラウスは逃げない。だから、シードは仲直りの証拠のつもりで、クラウスに唇を寄せる。それがふれあう寸前、
「一つ提案してもいいですか?」
「ん?」
「あれ、せっかくもらったのだから、私がシードに使うってのはどうでしょうか?」
 笑みと一緒にそう言われ、シードは少々戸惑った。店主からも同僚からも、”恋人に使えば喜ぶ”ときいている。つまり、相手を喜ばせるものなのだ。ならば、クラウスが自分に使ってもよい、ということになる。ならば。
「ああ、構わないぜ。」
 花のように笑うクラウスに唇を重ねるシードは、安堵と幸せの中にいた。微笑みの意味を考えずに、クラウスにイエスを与えたことを、シードが後で死ぬほど後悔することになるのは、またこれからの話だった。

(2002/09/23)


※道具ネタって一回やってみたかったのですが、 根性なしな私はやばいシーンを軒並みカットしてしまいました。 そしたら、オチが180度変わってしまった…何故だろう。



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