■君の名前
「ジョルディ。」
俺のことを、名前で呼ぶ奴は滅多にない。
ナンパな響きのするその名前があまり好きではなかった俺は、周りに階級で呼ばせるように強いていたような気もする。だから、俺のことをそう呼ぶような命知らずはそうそういないはずなのだ。
「ジョルディってば。」
そう。俺の前で罪のない笑顔を浮かべる、このカラヤ族の青年以外は。
「耳はついてる、聞こえてるさ。」
「七回も呼んだ。でも、ちっとも気づかないからさ。」
笑うと幼い頃の印象が戻ってくるから、時々”炎の英雄”であることを忘れそうになる。
「本名で呼んだら、すぐに返事してくれた。よっぽど嫌いなんだね、自分の名前。」
「軍人には似合わない名前だからな。」
「そうかな、俺は軍曹の名前好きだよ。」
「気軽に言ってくれる。」
”ジョルディ”の名の、ダッククランでの意味をしれば、いくらヒューゴだってそうそう気軽には名前で呼びはしないだろうし、あまつさえその名前が好きだなどとはいわないだろうが、その由来を俺はヒューゴに教えるつもりはなかった。
「だって、軍曹の名前だもの。」
「なんだ、そりゃ。」
「軍曹の名前だから。だから、”ジョルディ”っていい名前だよ。」
変わらぬ笑顔で、だからきっと、この言葉にはそれ以上の意味はなく。俺は複雑な思いのまま、次のセリフを失った。それきり、黙って二人で歩く。グラスランドの草原は、空と繋がって雲を遠くへと運んでいく。どこまでもどこまでも。戦い終わって初めて気がつく、大切な日常。ダッククランへと向けて、ヒューゴと通い慣れた道を行く。
長年の教育係もようようにお役ご免で、第二の故郷になりつつあったカラヤの村に別れを告げて、ダッククランへ向かう道のりは、俺が思っていたよりもずっとあっさりしたもんだった。そりゃそうだ。隣村どうし、鼻から終いの別れになるわけでもなし、あおうと思えばいつでも会える。いつまでもずっと、子守役もないもんだ。ヒューゴはもう十五。立派な大人だ。俺がいなくたって、もうすっかり一人で立派にやっていける。
俺が傍にいる理由なんて、とうの昔になくなってた。
「ヒューゴ…。」
「軍曹、俺、軍曹のことジョルディって呼んでいいよね?」
「……。」
「軍曹?」
「…そうだな、お前なら構わないよ。」
”ジョルディ”というその名前。
ダッククランの民ならば、幼い頃に一度は耳にしたことのあるお伽話。
人間に恋をしたダッククランの青年の名からとられた自分の名前。叶わぬ思いとしりながら、愚かなその道を選んだジョルディをどうしても好きになれない本当の理由を、俺はちゃんと判っていたのかもしれなかった。
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