モドル

告白

「何故だ!何故にゴルドー様は、我らに退却を命じられたのだ!」
 マイクロトフの激昂に、青騎士はびくり、と首をすくめる。ミューズから退却し、その結果、ミューズが陥落したとの報を受けてから、マイクロトフの血圧は上がりっぱなしであった。だが、マイクロトフの怒るのも道理だ。勝てる戦だったのだ。あの時、上からの退却命令さえなかったら、ハイランドにみすみすミューズを落とされることはなかったかもしれぬ。いや、決して落とされなかったに違いない。口惜しさは時が経つにつれて苛立ちにかわる。騎士として主君の命には逆らえない、だから、余計に腹が立つ。ロックアックスに戻り、ゴルドーに復命したものの、内心面白からぬマイクロトフは、鬱屈する思いをそのまま口にする。真面目で融通の利かない青騎士団長のことを面白くなく思っている連中の耳に入れば、格好の失脚材料とされかねないような危険な発言を連発するマイクロトフを、なんとか落ち着かせようと青騎士たちは先ほどから努力はしているのだが、感情におぼれるマイクロトフの耳に部下たちの嘆願は届こうはずもなく、逆に火に油を注ぐことになるか、怒鳴られてすごすごと退散するか、いずれにしろ青騎士団長を落ち着かせることなどできるはずもない。つい先ほども、青騎士副団長が這這の体でマイクロトフの部屋を逃げ出した。イライラと部屋を歩き回るマイクロトフを前にして、部屋付きの青騎士も怯えきって口も利けない有様だ。そんな部下の様子も、マイクロトフは全く気づいてもない。
「ゴルドー様は、一体何をお考えになっておられるのだ!」
 マイクロトフの声を合図にしたかのように、タイミングよくドアが開いた。
「マイクロトフ、部屋の外まで声が聞こえているよ?」
 マイクロトフがその声に振り向くのと、カミューに静かに促された青騎士が、転げるように部屋を飛び出すのとは、ほとんど同時だった。親友の姿を認めたマイクロトフの目が、わずかに和らぐ。戦場で彼が安心して背中を預けられる相手であるカミューならば、きっと自分の気持ちもわかってくれるに違いない、そんな思いもあった。
「カミュー!」
「そんなに大きな声を出すもんじゃない、マイクロトフ。」
 マイクロトフを優しくいなしながら、カミューは心中、苦笑していた。マイクロトフの考えていることが、表情に透けて見える。素直で実直なマイクロトフは、カミューも自分と同じ考えだと疑いもしないのだ。ゴルドーに楯突いているという意識だってないに違いない。
「マイクロトフ、ちょっと落ち着いて座ったらどうだ。」
 カミューがそういうと、それでも素直にそれに従うマイクロトフ。どかっとベッドの上に腰を下ろした。カミューを見つめる視線が、子供っぽく拗ねている。
「カミューも、俺に我慢しろと言いに来たのか?」
「そうだな…それもあるけれど、マイクロトフの考えを聞きに来たのさ。」
 考え??聞きなれない単語に、マイクロトフは瞬きした。
「例えば…騎士として主に対する態度について、とかね。」
「……」
 マイクロトフは何か言おうとして口を開けはしたけれど、言葉にならず黙り込んだ。
マイクロトフだって馬鹿ではない。カミューの言いたいことくらい分かっているのだ。
「なあ、マイクロトフ?」
 カミューはマイクロトフに近づいて、彼の目の前に立った。マイクロトフが見上げれば、彼はいつもと変わらぬ微笑を返す。
「ミューズが落とされたのは、お前一人のせいじゃないんだよ?」
「わかっている。」
「主君の命令には、騎士として従わないといけないだろう?」
「…わかってる。」
「青騎士団員が、みなお前を心から案じているのも知っているね?」
「…わかってる!」
 分かっていても出来ない、そう言ってしまえるマイクロトフが、どれだけ稀有な存在か。気付いてないのは本人だけだろう。カミューは、マイクロトフの頭にそっと手を置いた。
「……だから、私はお前のことが好きなんだ。」
「わかって…え?」
 きっと、何を言われたのかよく分かっていまい。不思議そうにカミューを見上げるマイクロトフの髪から手を離して、
「お前はお前のままでいいよ、って言ったのさ。」
 マイクロトフの両手を取ると、ぐいっと引っ張る。難なく立ち上がらせられるマイクロトフに、カミューはまた微笑かけた。
 何れにしろ、マチルダ騎士団が盟約を破ったことは、何かしらゴルドーの立場に影響を及ぼすに違いないのだ。熟した柿が枝を離れるように、いずれやってくるゴルドーの終わりがカミューには見える気すらする。だから、そのときが来るまでは。
 腑に落ちない表情をしたままのマイクロトフと目が合う。
「大丈夫だよ、マイク。」
 お前は何も案じなくていい。そのときが来るまでは、絶対に私はお前のことを守ってやるから。
 言葉にできないカミューの思いは、いつもマイクロトフにだけ向けられている。その意味に、カミュー自身もきっと気づいていないに違いない。
 自分が怒っていたことも忘れて、マイクロトフはカミューをマジマジと見つめた。どこかしら危険な微笑みを浮かべる親友に、恐怖に似たものを感じながら。

(2002/11/03)

※かなり昔にサイトに上げていた物を再度アップ第2弾。(笑)

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