モドル

 
■マイクロトフが行く!!!!

 俺は悩んでいた。机に置かれた一冊のエロ本をマジマジと眺めつつ、 いつになく真剣に。誤解のないように先に言っておくが、 この本は俺が買った物ではない。風紀を乱すものとして、 俺が騎士に叙任されたばかりの青年からとりあげたのだが…。
 うーーーーむ。
 さっきから、俺は何回唸ったことか。何の変哲もないエロ本が、 これほどに俺を混乱させることになろうとは…。何故、 こんな風に俺が悩む羽目になったかというと、その本の表紙を 飾る全裸の女性の容姿は、俺の親友にして赤騎士団長、 カミューにそっくりだったのである。
 淡いブロンドに鳶色の瞳。蠱惑的で、どこか悪戯っぽい微笑。 見れば見るほどそっくりだ。カミューと付き合って十数年、 この俺が言うのだから間違いない。
 しかし、カミューに実は生き別れの姉がいたとか、 双子の妹がいたとかいう話は聞いていないし。
 俺は、煽情的なポーズのその女性を穴があくほど見つめてみた。
 やっぱり、どう見たってカミューにそっくりだ。これは一体どういうことなんだろう。 その時、俺の頭の中に天啓の如く閃いたものがあった。つまり、この女性はカミュー その人かもしれないということ。マチルダ騎士団の双璧の一人にして、 心の友カミューは、実は男装の麗人だったのか!?
 まさか?いや、そんなことはありえない。とは言いきれないのが辛い。 なんてったって、カミューは男にしておくのが勿体無いほど綺麗だし。 まさか、まさかと思いながら、カミューは実は女性という認識が じわじわと俺のなかで浸透していく。もしかして、 俺は女性とずっと一緒に時を過ごしたということ??
…きっかり3秒後、俺は鼻血を吹く羽目になった。


 その夜、俺は例によってカミューの部屋を訪ねた。 突然の俺の訪問に慣れているカミューは、驚きもせずに俺を迎えてくれる。 そのカミューの美しい顔を、俺はじっとみつめた。
 カミュー、お前は本当に女性なのか?俺はいったいどうしたらいいんだ。
「…マイクロトフ??私の顔に何かついているかい?」
 カミューは不思議そうな顔をする。眉を顰め、少し首を傾げるカミュー。 男にしておくのが惜しいほど端正な顔立ち…だが、やはり俺にはカミューが 女性かどうかよく分からない。軍服は、カミューの体をしっかりとガードしていて、 俺にカミューのラインを窺わせてくれないのだ。ここは、不本意ながらカミューに 服を脱いでもらうしかないかもしれない。しかし、一体何て言えばいい? 上手い方法も見つからず、俺はとりあえず実力行使に出ることにした。
 俺は、黙ったままカミューの軍服のカラーの合わせ目に手をかける。
「カミュー…」
 カミューは俺の意図がわからずに、不安そうに俺の顔と腕に視線を さ迷わせるばかりで。俺はそんなカミューの胸元をチェックしようと 掴んだ腕に力を込めた…と思ったら、入れすぎてカミューの服のボタンが一気に弾け飛ぶ。
 カミューの白い肌が、俺の目の前に晒される。
「マ、マイクロトフ!何を!」
 そんなカミューに構わずに、俺はカミューの胸のあたりに目を凝らしてみた。
…よく分からない…。カミューが両腕で胸をしっかり抱えてしまっている。ぱっと見、 そんなにグラマーには見えないが、あの写真の女性も胸のほうはいささか貧弱だったために、 俺には二人が同一人物かどうか分からない。 やはり、下を確認する方が確実なのだろうか・・・。
「カミュー!」
 俺の呼びかけに、カミューは怯えた目つきで後ずさる。 無惨にも破れた軍服で身を隠そうとする姿は、その手のことには疎い俺でも、 ぐっとくるものがあった。相手が俺で本当によかった、ほかの男なら、 カミューが男だろうがなんだろうが襲われていたことだろう。
マチルダ騎士団の赤騎士団長の服を脱がすような度胸のある奴・・・ まあ、俺の他にはいないだろうな。
「私に近寄るな!」
 カミューはじりじりと後ろへ下がりながら、そう叫ぶ。 そんなこと言われたって、近寄らないと、俺の疑問は解決しないのだ。 俺はじりじりとカミューににじり寄っていった。
「カミュー、何で逃げるんだ?」
「!何を言っている!この状況で逃げない奴の方がどうかしてるだろう!?」
 じりじり、じりじり。 
とうとう、カミューは部屋の奥まで追いつめられた。 しかも、なんとも都合よくカミューの背後にはベッドがある。 あそこでカミューを押し倒してしまえば、下を確認するのも簡単だ。 パッパッと脱がして、チャッチャッと確認してしまおう、うむ。
「カミュー。」
 俺はカミューに飛びかかるように、ベッドの上に押し倒した。 俺を押しのけようと腕を突っぱねるカミューの胸元は、露わになって俺の目をいる。 死にものぐるいで暴れるカミューを、俺はベッドに押さえつけた。 なんとなく本来の目的を失っているような気がするのは、気のせいだろうか。 これではまるで、俺がカミューを襲っているみたいではないか。
いや、みたいじゃなくて、本当にそうなんじゃ・・・・??
「マイクっ・・・!!」
 こんな状態を誰かに見られたらやばい。俺は反射的にカミューの口を塞いだ。 顔を朱に染めて、目の端にうっすらと涙をためている半裸のカミューを 押さえつけている俺・・・なんだか、やっぱり間違っているような気が。 俺は別にカミューをどうこうしたいというわけではなく、 単にカミューが女か男かを確認したいだけであって、 それ以上に深い意味はないはず、なんだが。でも、なんていうか、その・・・。
「カミュー、もう少しだけ辛抱してくれ。」
 考えていても仕方がない。とにかく、当初の目的だけでも達成すべきだな、うん。 俺はそう思うことにして、カミューのベルトに手をかけた。 カミューはもう抵抗する力も失ったのか、俺の体の下でぐったりとしている。 罪悪感を覚えつつ、俺はカミューの下半身を、一気に剥いこうと、腕に力を…。
「この、クソ馬鹿っっっ!!!!」
 俺に組み敷かれて観念したはずのカミューの左膝が上がり、 勢いをつけて俺の股ぐらを蹴り飛ばす。不意をつかれたのと、 所謂、男にしか判らない、その耐えがたい痛みにベッドから 転がり落ちる俺に蔑みの視線を落とすカミューの体。 原形をとどめない軍服にわずかに覆われたその胸で、 確かに彼は自分と同じ男性だと俺は確信した。そう、だが、 その理解は少々遅すぎたようで…。


「で、お前はそれを見て、もしや私が女じゃないかと思った、と、そう言うんだな?」
 神妙に頷く俺の前で、カミューは天使もかくやと思えるような微笑みを浮かべていた。 その問題のエロ本の表紙を俺の前でへろへろと振り、 カミューは表紙を飾る女性のヌード写真に一瞥をくれると、
「私の方が美人だな。」
 冷笑し、無造作にゴミ箱に放り込む。部屋着のカミュー (軍服は俺がおシャカにしてしまった。)から、俺は殺気を感じ取って身震いした。

 これじゃあ、蛇の生殺しだ。いっそユーライアを 喉元に突きつけられた方がまだマシ…。

「すまん、俺が本当に馬鹿だった、許してくれ、カミュー。」
 股が痛いやら、情けないやら、そんな思いを内に秘め、 俺は数えるのもイヤになるくらい繰り返した謝罪の言葉を口にした。 ベッドに腰掛け、頭をたれている俺は、客観的に見ても反省している ように見えるに違いない。勿論、俺は本当に真剣に反省しているが。 いくらカミューが怒っているからといって、俺のこの真摯な態度が通じないはずもない、 と信じたい。だが、それも自分のしたことを振り返ると、 誠意を通じさせる自信がなくなってしまう。俺がカミューの立場なら、 そいつは即刻あの世行きか、少なくとも全治六ヶ月の重傷くらいにはしているだろう。
 恐る恐る上目遣いにカミューを窺うと、 俺を見ていたであろうカミューとばっちり目があう。 どうやら、カミューは俺が一人悶々としているのを観察していたようだ。
「…お前もだいぶ反省したようだし、今回は許してやってもいいよ、マイクロトフ。」
「本当か!カミュー!」
「ただし、条件がある!」
 喜色満面の俺に、カミューはぐいっと指を突きつけた。 勢い込んで、立ち上がりかけた俺の体、またベッドに座り込む。
「まず、私の軍服、マントを弁償してくれること。」
「ああ、勿論。」
 俺は何度もこくこくと頷いた。これでカミューに許してもらえるなら、 軍服の弁償くらい安いものだ。幸い、俺には多少の貯金もあるし、 それをはたけばなんとかなるだろう。
「ちなみに、一万ポッチだからな。」
「!!!!」
 い、一万ポッチ?俺の半年分の給料とほぼ同額? う、嘘だろう?俺の頭の中で、預金通帳の残高がみるみるゼロになっていく。 しかも、足りないではないか。体中の血液が一気に冷えた。 新しい馬具、ダンスニーの鍛えなおし、ブーツの修理…給料日後の ささやかなお買い物の予定は、あっという間に遥か彼方である。
「分割払いでも構わないよ、マイクロトフ。」
「お願いする・・・」
 そう提案するカミューの肩は、必死に笑いを堪えているのだった。 長い付き合いだ、相手が面白がっていることがはっきりと判ったけど、 今回ばかりは俺が悪い。カミューのからかいくらい・・・ 辛抱できずして何が騎士か、と俺は思うことにした。そうでも思わなきゃやっていけない。
「それと・・・お前の一番大事なものを私にくれること。」
「え?」
「え?じゃないだろう?大事なもの、だよ。ないのかい?」
・・・・大事なもの、ダイジナモノ・・・うむむむ、大事なもの・・・?
「悩む事はないだろう。一番なくしたくないもの、それが大事なものじゃないのかな?」
 ああ、それなら判りやすい。俺が一番なくしたくないもの。それは・・・
「先に言っとくけどね。騎士の誇りとか、 そういう形のないものは駄目だよ。第一、私が貰えるものじゃないと、 意味が無いだろう。」
 う、うううううううう。やっぱりカミューは意地が悪い。
 俺は使い慣れない頭を使って、一生懸命考える。大切なもの、 なくしたくないもの。ダンスニー…大切だけど、一番なくしたくないものじゃあない。
俺が悩む姿をカミューは笑っているに違いないので、俺はカミューを見ないことにした。
むむむむ、大切で、なくしたくなくて、そして、それは、そういうもので。
 その時だった。悩みに悩む俺に、天啓のように一つの考えが浮かんだのだ。
「俺の、一番大切で、なくしたくないもの。」
 そうだ、なんでこんな簡単な答えに気づかなかったのか。 だが、口にするのはちょっと…。
「…俺の…は…ーだ。」
「?なんだって?よく聞こえない。」
 その言葉に促され、俺は半分やけくそで叫んだ。
「俺の大切なものは、カミュー、お前だよって言った!!!」
 夜、静謐のロックアックス城に、響き渡る俺の大声。 すわ、一大事かとカミューの部屋に駆けつける騎士団員たちの足音。
「カミュー様!何かあったのですか!?」
「なにやら、叫び声が聞こえましたが?!」
 息せき切らして、カミューの部屋になだれ込んできた騎士たちに、 俺は目をぱちぱちと瞬かせた。そんなに・・・俺の声は大きかったか? しかも、赤騎士たちの行動のすばやい事、俺が声を出してから二分も かかってないではないか。むう、青騎士たちも暢気にはしていられないな、 などと俺が考えている間に、カミューは心配ないよ、という風に赤騎士たちに手を振り、
「大丈夫だ、マイクロトフがちょっと興奮しただけだから。」
・・・か、カミュー。そんな適当な説明ってあるのか?第一、 そんな理由では誰も・・・。
「あ、そうでしたか。」
「我々の早合点でしたな。」
 だが、それで納得して和やか〜に部屋を立ち去る赤騎士たち。 って、それで納得されてしまう俺って一体・・・。
「さて。」
 赤騎士たちが立ち去って、再びカミューと二人きりになった。 徐にカミューは俺に満面の微笑を向け、そして、言った。
「マイクロトフ、一万ポッチの弁償費はナシでいい。」
「へっ?」
 なんでいきなり??訳がわからない。それに、 何故かカミューの機嫌はかなりよくなっているのだ。 赤騎士たちの対応が満足いくものだったからかな? その気持ちなら理解はできるが、でもなんだかそうじゃないような気がする。
「だが、カミュー・・・軍服はどうするんだ?」
「いいんだよ、もっといいものをもらったから。」
「そうか?」
ふふ、と笑うカミューは、やっぱり女性のように魅力的で、 俺は今回こんな羽目に陥った原因も忘れて、思わず見入ってしまった。 親友が思わずときめいてしまうほど綺麗な男性だというのも、 それはそれで苦労があるのだなあ、今まで意識した事なんてなかったけど。
「私も、お前が一番大切だよ、マイクロトフ。」
 そして、このカミューの一言の意味も、そういった苦労の1つかもしれない。 少なくとも、カミューの言葉と俺の言葉の間には、 天と地ほどの差があると思うんだが。微笑んで俺を見つめるカミューの視線、 それがいつもの眼差しと違った光を帯びているように思えるのは俺の気のせいか?
 ・・・あれ??あれれ?なんでそもそもこんなことになったんだっけ??・・・



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