■ムササビと俺
「あなたがオレンジ軍のリーダー殿…ですよね?」
ふ、不覚…思わず、騎士らしからぬ口調になってしまった…それというのも、オレンジ軍のリーダーと思われる人物が、俺の想像を超えた人物だったからだ。つぶらな瞳、小柄な体躯、紅いマントを身にまとっている。まあ、そこまでは許そう。全身は短い茶毛に覆われ、尻尾は上品にお尻の上で巻かれている。こ、これはどう見たって…
驚愕する俺に無邪気に首を傾げ、リーダーはのたまった。
「ムーーームムッ?」
どう見たってこれはムササビだ。誰がなんといおうとムササビにしか見えん。それとも、俺の目がおかしくなったのか?何故、部下達は何も言わないのだ。思わず、後ろにいる青騎士の一人に尋ねてみた。
「どう思う、あのオレンジ軍のリーダーを?」
「はっ、まだ少年のようですが、いい目をしておられます。」
少年??いい目??お、俺にはムササビの目がいいのか悪いのかなんて分からんぞ…
めまいと頭痛が同時に襲ってきた。とりあえず、ゴルドー様にはリーダーをロックアックスに案内するように言われている。とっととこの役目をはたして、今日は早めに休もう。俺はどうやら疲れているらしい…
その夜、俺はこっそりとカミューの部屋を訪ねた。勿論、カミューにあのリーダーがどう見えるか聞くためだ。軽くノックすると、すぐに返事があった。俺はカミューの部屋に入る。カミューは室内着に着替えていて、寝酒を口にしているところだった。俺と違ってお洒落なカミューは、軍服のままつい寝てしまったなどという経験はないのだろうな、ふとそんな感想を抱く。
「どうした、マイクロトフ?こんな時間に珍しいな?」
「いや…カミュー…実は少し聞いてもらいたいことがあるんだ…」
俺は、今更ながら聞くべきかそうすべきでないか迷った。そもそも、オレンジ軍のリーダーってムササビなのか?などとどんな顔して聞いたらいいんだ?カミューの前でうつむいてゴチョゴチョ言っている俺に、カミューは何を思ったのか、
「…そうか、マイクロトフ。分かってくれたんだな…やっと…」
カミューはツッとたちあがると、俺に近づいてきた。??分かってくれた??一体何をだ??カミューの手がそっと俺の肩に置かれ、俺を見つめるカミューの目は何やら艶っぽい。な、何だかいやな予感が、勘違いされている気がすごくする。
「マイクロトフ…」
カミューはそのまま俺の体を引き寄せると、唇を俺の顔に近づけ…
「わああああああ!!ちょっと、ちょっと待ったああ!!」
身の危険を感じて、慌ててじたばたする俺に、カミューは優しく囁く。
「大丈夫だよ、マイクロトフ。そんなに怯えなくてもいい。私に任せて…」
違う!!!そういう問題じゃないんだ!!!俺は!俺は!別にカミューとそうゆう関係になりたいから今夜ここに来たんじゃなくてえええ!!
「違う!!カミュー!俺はあのオレンジ軍のリーダーがムササビかどうか聞きたかっただけなんだ!!」
シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。
く、空気が重い…カミューは茫然自失といった体で俺を見ている。
…きっかり五秒後にカミューが口を開いた。
「で…オレンジ軍のリーダーがムササビかどうか聞きたくて、おまえはこんな夜更けに私の部屋に来たと。そういうことだな?」
こくり。素直に俺は頷いた。…やばい。付き合いが長いから分かるが、カミューはマジで怒っている。
…誤解を招くような態度をとった俺も悪いが、あそこで抵抗しなかったら、そのままいってしまっていただろうし…いくら男色が騎士団のセオリーとはいえ、やはり心の準備は必要だと俺は思うわけで……い、いや、そういう問題じゃなくて…やはり性欲を満たすためだけの関係は俺には許容することは……お、俺は一体どうすればいいんだ!!!
友情と騎士のつとめと、なんだかよく分からないもの間のジレンマに苦しむ俺の前で、カミューは小さくため息をつくと、グラスにワインを注いで俺に差し出した。
「まあ、落ち着け。マイクロトフ。」
「すまん…カミュー。」
「いいさ。どうもうまくいきすぎると思ったよ。」
グラスを受け取って、一気に流し込む。口当たりのよさの割に、アルコール度は高いらしい。顔が赤らみ、のどに焼け付くような感覚が残る。空になったグラスを俺の手からさらうと、カミューは自分の分を注いで同じように一気に飲み干した。…悔しいことにカミューの顔は素面と変わらない。カミューと飲みくらべはするまい、密かに俺は心に誓った。
「おまえはムササビに見えないか?」
「残念ながら、そんな楽しいものにはみえないな。」
カミューは楽しげに笑いながらそういった。面白がられているようだ…友達甲斐のないやつだ。俺は結構悩んでいるんだぞ。
「マイクロトフ、よく考えて見ろ。あの少年は、既に何回かハイランドとの戦闘を経験して勝っているんだぞ。ムササビにそんな知能があると思うか?」
頭のいいムササビだっているかもしれないじゃないか…と、俺は口にしなかった。苦しすぎる反論だ。カミューにまた馬鹿にされてしまう。黙り込んだ俺の肩をぽんと叩くと、
「疲れてるんだよ、マイクロトフ。ここの所、国境地域はずっと緊張していたからな。気を休める暇もなかったんだろう?今夜一晩ゆっくり休めば、頭もすっきりするさ。」
「そうだな…ありがとう。カミュー。」
素直に頭を下げた俺に、カミューは
「今度、こんな夜更けに私の部屋に来たら…もう抵抗したって途中でやめないからな。」
うっ……聞かなかったことにしよう……
次の日の朝。俺は定刻通り五時に目覚めた。まだ日は昇っていないが、朝の澄んだ空気が心地よい。気持ちのよい、いい朝だ。今日はいいことがあるような気がする。昨日のことは、忙しくて疲れていた俺の見た悪い夢だったのだ。
ロックアックス城の中庭で、大きく伸びをして朝のトレーニングにとりかかろうとした俺の目の前を、すぅーーーと何やら紅いものが横切った。ま、まさか…とは思うが…いや、見なかったことにした方がいいような気がする。うん、見なかったことにしよう。俺は何も見ていない。紅いマントのムササビなんて、俺は見ていない…
「ムムッムーーーーーームッムッムーーーーッ。」
スーーッと紅いマントをまとったムササビが、中庭に見事な着地を決めた。俺の方を見ている。誉めてほしいのだろうか……こわばった笑いを顔にはりつかせて、俺は拍手をしてみた。
「ムムムーーーーッ。」
…ムササビは嬉しそうだ。……駄目だ。やはり俺にはムササビにしか見えない。こいつが人間だなんて、何かの間違いに決まっている。ああ、カミュー。カミュー、頼む!俺を助けてくれ……!!
そして結局。紆余曲折の末に俺とカミューはオレンジ軍にいる。やはり、リーダーがムササビに見えるのは俺だけのようだ。俺も色々悩んだが、よくよく考えると、俺が気にしなければいいという結論に落ち着いた。だって、俺にしかムササビに見えないのだから、それでなんら支障はないわけだ。ようやく、俺にもカミューのような臨機応変さが身についた、ような気がする。問題があるとすれば、俺にはリーダーからの命令がムササビ語にしか聞こえないということだけだが。まあ、カミューがいてくれるからなんとかなるだろう…とりあえず、この戦いが終わったらムササビのいない国へ行こう、と俺は心に誓っている……
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