■二律背反 やだ。いやだ。やめて。気持ち悪い!いやだ!やめてください! 自分の中に割り込んでくるものに、異物感を感じるより先にまず感覚が拒絶する。体を強張らせて必死で防御することも、もはや無駄と分かってはいても。 「クラウス…力を抜け。」 あやすように、目尻に溜まった涙を背後から抱きしめてくるルカになめとられた。力を抜けといわれても、そう簡単にできるわけがない。クラウスには、こういう行為をまだ許容できないのだから。ルカのなすがままに任せればいいということを頭で理解はできても、それを実行するには今まで自分が培ってきたモラルの再構築が必要で。早い話が、そう簡単にルカを受け入れることなどできないのだ。 首を振った拍子にまた涙が出てきた。自分が心底情けなく感じる。こんなことで。たかがこんなことで自分が、他人に対して無防備になってしまうことが許せない。 ため息と共に、ルカはクラウスの体から手を引いた。これ以上やっても、クラウスに自分を受け入れさせることなどできまい。 ルカから解放されると同時に、クラウスは申し訳程度に残された衣服の裾をかきあわせて、ルカの腕の下から逃げ出した。とはいえ、ベッドから逃げ出してはいないので、結局はルカの手の中と変わらない。ベッドに座り込んで、ルカとの距離をとるクラウスに、 「あのなあ…クラウス。」 ルカは半身を起こして、クラウスを見ている。心底、呆れたという様子を隠さないルカの口調に、クラウスは唇を噛む。 「おまえ、俺に抱かれたのは初めてじゃないだろう?」 その通りだった。これが初めてじゃない。 「いい加減、少しは慣れろ。」 そんなこと言われたって、そんなに簡単にできれば苦労はない。しかも、生理的に受け付けないのを一体どうしろというのだ。 「おい…」 俯くクラウスに、ルカが手を伸ばす。その手がクラウスの膝にそっと触れた。正確には指先だけが、軽く触れている。これ以上やると逃げられるギリギリを、ルカはちゃんと知っているのだ。 「俺のこと、そんなに嫌か?」 意外なセリフにクラウスは顔を上げた。何とも複雑な表情をルカはしている。寂しそうにも見え、苦笑しているようにも見え、怒っているようにも見えた。きっと、どれもルカの本心だろう。 私はルカ様のことが嫌いなのだろうか?? クラウスは考える。こういう風に体を繋ぐ関係だ、ということを除いて考えてみる。 私なんか比べものにならないほど、武術に長けていて、私よりも行動力があって。私にはないものをたくさん持っているハイランドの皇太子。自分の忠誠は、今は国王アガレス陛下に捧げられているが、いずれそれは王位を継ぐであろうルカ様に捧げられるだろう。 そんなことをどんどん考えてみた。 ルカは黙り込んだクラウスを、珍しいものでも見るみたいにじっと見つめる。 「嫌…じゃありません。」 いやじゃない。ルカのことがいやというわけではない。 「…ただ、こういうことは私に向いてないんです。」 「向いてない、ねえ。」 膝に触れていたルカの指が伸びる。手が膝頭を包み込んで、暖かかい感触は動かない。 「向いてないわりには、おまえの抱き心地はいいんだが。」 しれっとすごいことを口にされて、クラウスは頬が熱くなった。でも、クラウスが言いたいのはそういうことではない。自分は男同士のこういう関係を受け入れる自信がないということを、一体どうやったらルカに伝えられるだろう。 対するルカのほうも、実は途方にくれていた。第一、途中で嫌だから止めてくれといわれて、はいそうですか、と止めて収まるものではない。今だって相手がクラウスじゃなかったら、四の五の言わさず、無理やりやっているところだ。そこのところが、この青年には分かっているのだろうか。 相変わらず、俯いたままのクラウスをちらりと見やった。服の隙間から覗いている肩口や頬にかかる黒髪の誘惑には、抗いがたいものがある。彼が意識する、しないに関わらず、クラウスには劣情を刺激する何かがあるのだ。抵抗するクラウスを無理やり凌辱する様を思い浮かべると、ルカの下半身が猛る。 彼の体をくみふして、己の欲望を遂げる。そのとき、この青年はどんな風に鳴くだろう。苦悶と快楽にゆがむクラウスの、その表情。だが、ルカは慌てて自分の妄想をうち消した。これ以上は洒落にならない。理性の箍の外れぬうちに、クラウスを帰さねば。 「…クラウス、もういいから服を着ろ。」 「え?」 「今日はもう無理なんだろう?なら、今夜はやめておこう。」 苦笑いしつつ、クラウスから手を離した。慌てて服を身につけ、ベッドから降りたクラウスに 「ジョウイをここへ呼んでこい。」 夜はまだ長い。このままでは、とても眠れるはずもなかった。ジョウイならきっとルカの呼び出しにも答えるだろう。 <ま、寝首をかかれないように注意を払う必要はあるが…> と、クラウスが動かないのに、ルカは気づいた。 「?どうした、クラウス?ジョウイの部屋は知ってるんだろう?」 「え…あ、はい、聞いてます。」 「なら、早く行って来てくれ。」 「……」 クラウスは物言いたげに口を開け…たが、何も言えずに首を振った。こんなクラウスは初めてみたような気がする。まさか、とは思うが…鎌を掛けるつもりで 「なんだ、クラウス。ジョウイに嫉妬しているのか?」 「…」 クラウスが息をのむのがわかった。踵を返して、クラウスがベッドから逃げ去ろうとする。だが、ルカがクラウスを捕らえる方が早かった。先ほど解放された男の腕に、またクラウスは抱き捕らえられる。 「俺が…ジョウイを抱くのがイヤか?」 熱っぽく耳元で囁くルカの声は、もはや己の勝利を確信しきっていた。クラウスの答えが、イエスでもノーでも構わない。腕に取り戻した恋人を、今夜はもう離すつもりなんぞ毛頭なかった。 「俺に、抱かれたい?」 黙って、自分の胸に顔を埋める青年の、細い頤に指をかけ、上向ける。そのクラウスの、何より雄弁な瞳の色に答えて、ルカは彼に口付けた。 「ああっ…あんっ…ん…ぁぅ…やあっ……ん!」 男の律動に合わせて、クラウスも腰を揺らせる。獣の体勢でルカを受け入れる青年の背に額を押し当てて、ルカはいつもよりも執拗にクラウスを貪った。波打つシーツの中、男に与えられる快楽でクラウスは何度となく上り詰め、先ほどのルカの妄想通りに鳴く。クラウス自身の体液と繋がった部分から漏れる液体が、シーツに滴り、ルカが青年の中を往復するたびに、濡れた音とそのシミが広がっていく。 「クラウス…!」 いつも優秀な軍師ぶりからはとても想像できない。この青年の鳴き声がどんなにイイか。彼の体が、どんなに男を狂わせるか。とりすました軍師の夜の顔は、そこらの娼婦では相手にならぬほどの媚態を秘めていた。肌に触れる男の手に震える様や、感じた時に漏らす吐息の色。どれもこれもが、ルカの嗜虐性と征服欲を呼び覚ましてやまない。決して、乱暴に抱きたいわけではないのに、クラウスを痛めつけるような抱き方をしてしまうのは、ルカのせいばかりではないのだ。 青年の中は、男が出て行くときにはまるで引き止めるかのように締め付けてくれるので、ルカは暴発を踏みとどまるのにかなりの努力を強いられる羽目になっていた。 「相変わらず・・お前の体は、イイな。」 息を吹き込むよう、そう耳元で囁いてやる。その言葉にひととき理性を呼び覚まされ、ぴくりと体を震わせるクラウス。だが、それは次の瞬間、またルカに飲み込まれ、流されてしまう。 「あぁ…んぅ・・は…ぁ、ルカ様…動か…ないで……ぁぁ!・・・」 愛らしく懇願するクラウスの、その言葉とは裏腹に、彼の体はルカ自身をもっと欲しがって動いている。それを指摘しても決してクラウスは認めようとはしないだろうから…黙ってルカはクラウスの望みに答える。更に勢いを増すルカによって、狂わんばかりの快楽がクラウスに降りかかる。貫かれ、嬲られて、天国と地獄を味合わされて。それでも、ルカを求めて、クラウスは鳴く。終わらない狂乱と快楽の中、夜は更けていくのであった。 夜を徹しての情事の後、ルカの腕の中から出た青年の顔には、自分の面影を欠片も残っていないように見える。まるで何事もなかったように、床に散らされた服を身に纏ったクラウスと、先ほどまでルカが散々苛んだクラウス。この落差が、ルカにクラウスへの執着を生じさせている。いくら美しくても簡単に手に入るものはつまらない。誰にもなびかぬ花を手折ること、それこそルカの望みだ。クラウスはそれに相応しい。 ベッドから出れば、うってかわってクールな軍師の顔を取り戻す青年。いつまでたってもルカを受け入れないように思われた彼の体に、ルカの存在が残っていることが確認できただけでも収穫だ。身繕いを終えたクラウスが、ルカに一礼して部屋を出ていこうとする。いつものように。 「それでは、ルカ様。失礼いたします。」 ベッドの中で、霰もない格好のまま、ルカもまたいつも通りに。 「また、お前を呼ぶぞ。」 「ご随意に。」 静かに閉ざされた扉の中。夜明け前の部屋に一人残されたルカは、小さく笑った。クラウスの、冷たく冴え渡った横顔を密かに思い起こしながら。 |