モドル

■日常茶飯事


「大事なお話があるんです。」
 普段は殆ど口も聞かない、クラウスという青年からそう言われたマイクロトフである。
「はい。」
 と、例によっていつも通りにきちんと返事をしたものの、これでは返事になっていないと思いなおして、
「今はちょっと手が放せないので、今夜、噴水の前でということでよろしいでしょうか?」
 と答えた。すると、クラウス殿は子供のように嬉しそうに首を何度も縦に振る。
「それでは、今夜お待ちしております!」
 ぱたぱたと元気よくかけさるその背中を見送りながら、俺は能天気に首をかしげた。クラウス殿が、怖いくらいの真剣な眼差しだったのを思い出す。
 よっぽど何か困ったことがあるんだなあ、俺なんかで役に立てるんだろうか、と。あとから考えると、そのとき何も気付かず、カミューに相談してみようともしなかった自分が恨めしい。


「あなたのことが・・・好きなんです。」
 語尾が羞恥に震え、俯いた項が桜色に染まっているのが見えた。そして、恋心を打ち明けられるという、男にとっては非常に美味しいシチュエーションに遭遇した幸運な男であるべき俺こと元青騎士団長マイクロトフは。

――同盟軍の副軍師、クラウスを目の前にして――

 見事に硬直していた。

 な。な、な、な、な、なななななな〜〜〜〜〜〜?????俺?俺を?俺が??何だって?何だって?今、何だって〜〜〜??

 空耳だ。空耳に違いない。いや、きっと空耳だ。空耳のはずだ。うん、そうだ。誰かそうだといってくれ。

 認めたくない現実というやつは、いつでも突然目の前に突きつけられてしまうものだ。俺が遭遇しているこの事態も、まさにそうである。クラウス殿が嫌いというわけではなく、いや寧ろあの若さで軍師として立派に責務を果たしていることは尊敬に値するものだし、貴族の生まれということだがそれを鼻にかけることもない。好きか嫌いかといわれれば、好きだと答える、と思う。

が。

 その”好きか嫌いか”の判断は悪魔で友人、知人レベルでのもの。LIKEとLOVEは似てるけれども、中身はえらいこと違うのだ。いや、そもそも同性相手への好きか嫌いかなんて、LIKEに決まっているじゃないか。


 夜の公園、噴水前。街灯の淡い光にのみ、照らし出される水飛沫と。ある意味、ムード抜群ともいえないこともないシチュエーションで向かい合う俺とクラウス殿。何も知らない者が見れば、逢引ともとられかねないロケーション。拙いことに、ピコ殿が爪弾く恋歌まで流れてくる。

ヤバイ。非常にやばい。こんなところを誰かに見られたら…。

 クラウス殿には申し訳ないが、俺にはそっちの気はないのだ。それに、彼の気持ちは若者にありがちな麻疹のようなものに決まっている。俺は大人として、彼を傷つけない言葉で諭す義務があるのだ。うむ。

 何か言わねばならない。クラウス殿が決定的な言葉を吐く前に。「好きです」はかなり決定的であったが、俺は往生際が悪いのだ。
「クラウス殿、俺は…。」
「マイクロトフ殿は、私のことがお嫌いですか?」
 うっ…。そんな潤んだ瞳で見つめないでくれ。どぎまぎするじゃあないか。それでなくても、クラウス殿は綺麗だ。ハイランドに存命でいらっしゃる母君は、国でも名立たる美人だと聞く。その母に似ているという彼もまた、そこらへんの女性が裸足で逃げ出すほどの容姿の持ち主で、正直なところ、見つめられた俺は情けないほど動揺していた。女性なのか?と勘違いしたい外見なのである。一緒に風呂に入った記憶さえなかったら…などと思わず危険なことを考えてしまうくらいに。
 元々、クラウス殿のことが嫌いなわけじゃない。ただ、そういう対象として考えられないだけで…。

「いや…別に嫌いというわけではありません。」
 ただ、俺には男性を恋愛対象にする趣味がないだけで…と続けるより先に、クラウス殿は満面の笑顔になって、
「でしたら、最初はお友達になっていただけませんか?マイクロトフ殿の決心がつくまでお待ちしますから。」
 えーーーっと…。
「駄目でしょうか?」
 憂いを含んだクラウス殿は、更に更に艶っぽく。なんだか俺は自分が酷い悪人のような気がしてきた。
 クラウス殿のいうところの“決心”が何なのかイマイチよく判らないが、”お友達”になるくらいならいいのかな?
 俺はあまり使ったことのない脳みそをフル回転させて、悩みに悩んだ末…。



「へーーーーーーーーぇ。で、お前はクラウス殿と“お友達”になったわけだ。」
「まぁな。」
 なにがなんだかわからないけれども、カミューは頗る機嫌が悪かった。本人は気付いてないかもしれないが、笑顔が滅茶苦茶怖い。こういうときのカミューには逆らわない方がいい。逆らおうものなら、情け容赦ない毒舌で精神的にとことん追い詰められるのは目に見えている。
 カミューは果実酒を二人分用意して、片方を俺に黙って差し出してくれた。ちなみに、グラスも酒も俺のものだ。でも、怖くて突っ込めない。
「カミュー、もしかして怒ってるのか?」
「怒る?何故、私が?どうしてそんなことを思うのかな?マイクロトフは私を怒らせるようなことをしたのかい?してないんだろう?なら、私が怒るはずがないじゃないか。」
 …やっぱり怒ってるぢゃないか。俺は何かまずいことをしたんだろーか。
 グラスを一気にあけたカミューは、
「マイクロトフ、お前、“お友達になりましょう”の意味をちゃんと判ってるんだろうな?」
 俺の思いもよらないことを言う。
「お友達…ってお友達だろ?俺の親友はお前だし、フリック殿やタイ・ホー殿も友達だ。あとは…。」
「もういい。それ以上、言わなくていい。お前がわかってないことは、よっく判ったから。」
 友達に他に意味があるとは、俺は全く知らなかったぞ。むむ、なんだ?その可哀想な人を見るような目は。
「いいか、マイクロトフ。“お友達になりたい”ってことは、できればそれ以上の関係になりたいけれども、最初はお友達からはじめましょう、ってことなんだぞ。少なくとも、クラウス殿はそう考えているはずだ。無責任に「友達からならOK」なんて言ってどうするんだ、お前は!」
「な、じゃ、じゃあ、クラウス殿にあなたとは友達にすらなりたくないって言えばよかったのか!」
「そーいう問題じゃないだろう!!大体、お前は単細胞すぎるんだ。いつもいつも、もういい大人なんだから、もうちょっと考えて行動しろ!」
 子供じゃあるまいし、カミューにそこまでいわれないかんいわれはないぞ。俺は確かに世間知らずで、カミューの方が何倍も世の中を知っている。けど、俺だってちょっとは成長してるし、考えもある。
「俺だってちゃんと考えてる!」
「考えてないだろ!」
「なんで、いちいちカミューは俺のことに口を出すんだ!俺がクラウス殿とどうなろうが、カミューに関係ないだろう!」
「…………あるさ。」
 なんで急に静かになるんだ?カミューの目は据わっている。気付けば、ボトルはすでに空っぽだった。
「か、かみゅー?」
「おまえが女に惚れるのなら、私だって黙って祝福してやろうと思っていたさ。でも…何が悲しくって男がお前に手を出してるのを黙って見ていなきゃならないんだ…私だって…私だって、おまえのことがずっと好きだったのに…!!」

 ちゅどーーーーん。

 そう、例えるならあれだ。熱源追尾式大陸横断弾道核ミサイルに直撃をくらった上に、自爆テロに巻き込まれて瀕死の重傷を負い、沈没寸前の漁船で大陸脱出を図ったのはいいが、巡視船に怪しまれて轟沈されたような…。
 俺の目の前で、顔を赤らめるカミューは真剣そのものだった。反則だ、アンフェアだ。俺は断じてやり直しを要求する。
 いくらカミューが親友でも、女装したら俺なんかころっと騙されてしまう女顔でも。だけど、傍にいて欲しいときはいつも黙って手を貸してくれるほどいい奴で…って、何を考えてるんだ、俺は!!
 ああ、今日は厄日だ。天中殺だ。俺は前世で致命的な悪事をおこなったんだろーか。
 気付けば、カミューは俺を期待の眼差しで見つめているではないか。やはり、カミューの熱い思いに答えないと駄目なんだろうなあ。ううううう、神様、あなたは最近俺に冷たすぎる。言いたくない、言いたくない。だが、言わねば死ぬよりも恐ろしい運命が俺を待っている。渋々、俺は口を開いた。
「と、友達からでいいか?」

(2002/04/30)

※う、しまった。これではクラウスが脇役やんけ〜(^^;)


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