■手のひらの未来
古城の地下は、なるほど人に知られずに考え事をするにはもってこいの場所だった。奇妙な司書、アイクから聞き出したこの場所にシーザーがやってきたのは初めてだったが、意外と居心地よさそうだ。洞窟の奥に、畳敷き六畳間、ちゃぶ台、本棚つき、というのも趣味に合う。
「いっそ提灯でももってくればよかったかな。」
蝋燭をおいて、いそいそと畳に寝転がった。大の字になって寝ていても、アップル女史の叱責をくらうこともない。できれば、このまま一眠り…。
―…って、何しにここにきたんだよ、俺は。
自然と昼寝モードに入る寸前に我に返ったシーザーの視界に、地下三階の天井が重たい色でのしかかってくる。
先ほどのブラス城での戦、ティント軍やカマロ騎士団の援軍を得て、からくもハルモニアを追い払ったが、正直この状態では、ハルモニアと渡り合うことなど、到底不可能だ。
炎の英雄というシンボルを得て、グラスランドの民をまとめることはできた。だけど、現状ではハルモニアの辺境部隊と戦い続けることは難しい。
自分の引いたくじは、はずれだ。それは判っている。グラスランドに手を貸すよりも、ハルモニアに食い込んでより大きな力を得ること。それが一番いいやり方だ。アルベルトの言うことは、悔しいけれどいつでも正しい。道が一つでないことを証明したかったのに、こんなところでくじけてどうするんだろう、俺。
ためいきが岩肌に吸われていった。
軍師がこんな姿をみせていたら、部隊の指揮に関わるから。一人で考えをまとめられるこの場所で、なんとか解決策を見つけださなければ。ハルモニア軍に勝てなくてもいい、負けずにすむ方法を。できれば、むこうから退却してくれるとありがたい。さらには、不可侵条約の更新のおまけつきで…。
―無理だ。どう考えたって、無理なもんは無理。
支離滅裂もここに極まった感がある。アルベルトに大見得を切った手前、なんとしてもこちらに負けがこないように計らいたかったが、まさかハルモニアがここまで辺境に軍を送り込んでくるとは予想外もいいところだ。”予想外”があるってことが、つまりは自分の限界なのだろうか。このままではアルベルトに負ける。自分だけじゃなく、多くの人たちを巻き込んでしまう。それだけは、なんとしても。
体を起こして、暗い洞窟奥に目をやった。誰も見えない、答えも見あたらない。背後ではシーザーを追い立てるように、燭火が焦れていた。
「……………で、いつまでそこにいるつもりなんだ?」
その声で、闇の向こうの影が動いた。現れたのが、先だって炎の紋章を継いだばかりのカラヤの少年なのを見て取っても、シーザーは例の如く肩をすくめただけだ。
「人の後をつけるのはいい趣味とはいえないな、ヒューゴ。」
「別に、後をつけたわけじゃない。」
足音もたてずに、ヒューゴが近づいてきた。さすが草原の民だけあって身が軽い…などと考えているうちに、ヒューゴは六畳間まで踏み込んで、シーザーの傍に座り込む。真っ正面から覗き込まれると、弱気な自分が見透かされそうだ。嬉しくない。
「何?」
「えっと…。」
トーマスならとにかく、口ごもるヒューゴは珍しい。それでも、促すとすぐに次のセリフが出た。
「シーザー、もしかして、なんか悩んでないか?」
あまりにもストレートな問いに、脱力した。残念ながら、悩んでる?の問いに素直に、”イエス”といえるほど、純朴に育ってはいない。
「特に悩みはないつもりだけどね。」
「夜中に一人でこんなとこにきて、ため息ついて…。」
「単なる趣味。」
「………。」
ヒューゴがシーザーの言葉をこれっぽちも信じていないのは明白で。不審を隠そうともしないヒューゴに、シーザーは段々苛つきはじめていた。詮索される縁もゆかりもない、ましてや相手は年下だ。
「…俺、シーザーがよくわかんないんだけど…。」
そう簡単に判られてたまるか、俺は軍師なんだから。
「ハルモニアに勝ったのに、なんかシーザー、ずっとヘンだ。グラスランドが一つになって、全部これからなのに、シーザーは前よりもずっと難しい顔をしてる。だから、もしかしてなにか…。」
「あのなあ。」
シーザーの訳もないイライラは、唐突に頂点に達してしまった。普段なら適当なセリフで相手を煙に巻いて、それでお終いにできる会話が、今日に限ってはどうしようもないほどに神経に障る。やばいと思うより先に、言葉が口から飛び出した。
「…お前、何様のつもりなわけ?人の後つけて、頼んでもないのにわざわざ心配しているふりなんかして。炎の英雄だから、みんなのことを気にかけないといけないって思ってんなら、お生憎様。俺はお前に構ってほしくなんてないし、心配されるなんて真っ平だ。」
十七年間生きてきて、こんなにひどい言葉を他人に投げたのは生まれて初めてだ。八つ当たりだと判っていても、感情に任せて吐き出すことは快い。
「お前に心配して欲しいやつらなんて、ほかに掃いて捨てるほどいるだろうから、そっちにまわったらどうだ。俺のことなんて放っておいてくれよ。俺は…俺はお前なんていらない。」
「……。」
ヒューゴは、ただ黙ってシーザーのことをみていた。泣きもせず、傷ついた様子も見せず、何も言わずに。目をそらしたのも、泣きたくなったのもシーザーの方だ。
謝らなければ。こんなことをいうつもりはなかったって、そう言わなくては。どうしてヒューゴは何も言わない?なんで俺は、惨めったらしく俯いてなきゃならないんだ?
「…”心配しているふり”じゃない。」
「え?」
「本当に、心配なんだ。俺…だって、シーザーのことが好きだから。」
思いも寄らぬ暖かい声と、差し出された好意に驚いたシーザーの視線の先で、ヒューゴが微笑む。でも、それは一瞬だった。とん、と軽く身を起こすと、ヒューゴはシーザーに背を向ける。伸ばそうとした手がふと躊躇ったすきに、あっという間に視界から少年の姿は消えた。
自分の才能の限界や、今後の展望、兄との確執。それがみんな吹っ飛んでしまった。ヒューゴの、あの一言で。
そして、爆弾を投下されて、一人地下に残された軍師殿は。
「えーと。」
なす術なく−−あったとしても、とても使う気分にはなれずに−−畳の上に倒れ込む。洞窟の圧迫感はいつのまにか消えていて、今度こそ誰にも妨げられない時間を得た。だけど、正直、何も考えたくない。逃避だといわれても構わない。
―明日、考えよう。明日になれば、なんとかなるさ。
夢のない眠りは、あっという間にやってきた。彼の望み通りに。
■ ■
―で、もう二週間だぞ。二週間。
シーザーには大きすぎる会議室の机には、様々な報告書が山と積まれて彼の確認を待っているが、それに手をつける気分になれない。指先で机をはじきながら、彼の考えることといったら、自分の失態とヒューゴの言葉ばかりだ。
戦いならば、答えは二つ。勝つか負けるか。だけど、こんな時はどうしたらいいんだろう。謝りに行こうにも、そのときヒューゴに答えを求められたら、自分はなんと答えればいい?ヒューゴのことは嫌いじゃないし、好きだけれども、その好きは果たしてヒューゴの言う好きと一緒なのだろうか。いや、そもそも自分の好きはどんな”好き”なんだ?
何もかもが曖昧模糊として、ちっともはっきりしない。それをそのままにするのは、シーザーを好みではなかった。
そんなこんなで二週間。かなり無為に過ごしてしまったような気がする。書類はたまるし、答えも出ない。案外、自分は無能な人間なのかもしれない、シーザーの精神状態は下降線を描く一方だ。
が、落ち込んでいる最中にも書類は増える。今もまた、ビュッデヒュッケの城主殿が一抱えの紙の束を机の上に置いた。
「シーザーさん、本当に大丈夫ですか?」
この会話を交わすのも、今日で何度目だろう。いい加減うんざりして、シーザーは手を振った。
「大丈夫…っても説得力ないよなあ、今の俺の状態じゃあ。」
シーザーの言葉に、トーマスは困った顔で首を傾げる。
「あの…何か悩みがあるのなら…自分一人で考えていないで人に相談した方がいいって、母が言ってました。例え解決方法がみつからなくっても、口にするだけで気が軽くなることもあるし。」
「いや、解決方法は判ってるんだけどな。まずは謝ること。だけどさ…。」
弱気な発言はシーザーとしては不本意だが、トーマスには言いやすかった。育ちのよい風貌の城主にほだされたのかもしれない。
「なあ、ちょっときいてみるんだけど。」
戦術ならば絶対に他人に聞いたりはしないぞ、せめてそう思いながら。
「相手のことを好きだって口にするのって、どういうコトなんだと思う?いや…誰かを好きってどんな気持ちなんだ?」
トーマスの大きな瞳が丸くなる。
「……誰かに言われたんですか?」
叱られた子供のようになって頷く自分の姿はかなり情けない、と思う。
「で、返事をしてない。でも、相手が好きかどうかよくわからない?」
「いや、好きだけどさ。」
「ええっと、僕には難しいことはよくわかりませんけど…好きならそれでいいんじゃないでしょうか。」
「そーかなあ。」
「…多分…。」
相談する相手を間違えたかもしれない。よくよく考えれば、こちら方面でトーマスがシーザー以上の経験がある可能性は低いのだ。
城主殿は首を左に右に傾げながら、
「…問題は、自分が相手をどう思っているか、だと思うんです。まずはそれを確かめないと。」
「つまり、一回相手と話し合う必要があるわけだな。」
「そうです。」
嬉しげに拍手までしてくれたおかげで、危なっかしい書類の塔が崩壊寸前にまで追いつめられる。慌てて塔の補強に取りかかるシーザーを横目に、トーマスは一人で納得して何度も頷いた。天の邪鬼なシーザーとしては、それくらい誰にでも思いつくだろう、と言ってやりたかったが、それではあまりに大人げないではないか。
「それでは。」
自己解決した城主殿はぺこりと頭を下げ、 ”悩みが解決したところで、書類は今日中に片づけて下さいね。”とそういい残して部屋をでていった。
”一体どこで解決したんだ?”とか、本当は仕事がこれ以上遅れないために、あんなことをいっただけじゃないのかとか、言いたいことは多々あるが。
二週間分の書類の山に囲まれたシーザーは、ふと呟いた。
「今日中?」
■ ■
ノックしても返事がない。守衛の姿もない。扉に鍵もかかってない。
―カラヤ・クランには防犯って言葉がないのかね。
トーマスの解決策に納得させられたのかどうかよくわからないが、彼に背中を押されたのは事実だ。とにかく謝らなければ、これからヒューゴと顔を合わせられない。本当はすぐにでもヒューゴと話したかったが、二週間分の仕事を片づけるのは、いくらシーザーでもそれなりに時間はかかるのだ。ようやく終わって気づいてみれば、城内はすっかり寝静まって、部屋を訪ねたのも真夜中近く。ノックして返事がない時点で、本当は帰るべきだったのだろうけども。ノブに触れたら簡単に開いたし、ここまで来たのに帰るのもなんだか間抜けだとかなんとか、自分で理由を付けてみた。
明かりの消えた部屋にそっと足を入れる。後ろ手に閉めたドアに、ご丁寧にも鍵をかけたのは単に誰かに見つかりたくなかったからだ。
―明かりが消えてるのに、起きているわけないよな。
当然、ヒューゴはベッドで気持ちよさげな寝息を立てている。一体、何しに来たのか、自分でやっていて訳が分からない。色々勿体つけているけれど、本当のところ面と向かって謝るのが怖いのかもしれなかった。どうにも最近、後ろ向きだ。
安らかに眠る少年の顔を見下ろしつつ、またもやシーザーはため息をもらした。
彼の寝顔が幼ければ幼いほど、自分がとてつもなく酷いことをしてしまってような気がする。
「…ごめんな、ヒューゴ。俺、あのとき酷いこと言った。」
勿論、ちゃんと改めて謝るつもりだったが、相手には届かないのを承知で今、吐き出してしまいたい。
「俺、あのときちょっと自信をなくしてたからさ、ヒューゴにそれがばれるの、いやだったんだ。一応、色々…祖父さんの名前とか使っちゃったしな。今更、やっぱりお手上げです、なんていえないし。どうしたらいいのかわからなくて。」
迷っている自分を見られたくなかった。でも、あのとき、本当は助けが欲しいと思っていたことが、今なら素直に認められる。
「でも…心配してくれて、嬉しかったよ。俺…もっと頑張らなきゃ、だって、俺、お前の軍師だもんな。」
答えてくれるのは、ヒューゴの整った寝息だけ。子供っぽい寝顔に安心して、シーザーは彼の額に手をおいた。もう一つ、答えなければならないことがある。
「あの…ヒューゴ…俺…さ。」
唇が乾いて、上手く言葉が出てこない。何度となく躊躇った後、シーザーはゆっくりと口を開いた。
「……………いい加減に狸寝入りはやめてくれ。」
「…どうして判った?」
ついさっきまで確かに眠っていたはずのヒューゴの、その目が薄闇の中で笑う。全く悪びれてないから、シーザーとしても怒りようがない。
「寝てる割に、呼吸が整いすぎなんだよ。」
「あ、そうか。」
「俺がいるのに、いつ気がついたんだ?」
「シーザーが部屋に入ってすぐ。カラヤの人間は、そういうのに敏感なんだ。」
ということは、あの情けない告白も全部聞かれていたというわけだ。どうせ謝るつもりだったから構わないといえないこともないけれど、ばつが悪いことにはかわりない。とっとと退散した方がいいかもしれない。額に触れたままの手を、さり気なく離そうとする。その手をヒューゴが捕まえた。
「ヒューゴ?」
「俺、言ったよ。シーザーが好きだって、言った。」
見つめられているのが判って、なんだか居心地が悪かった。ヒューゴはそれきり何も言わない。”話し合え”とのトーマスの忠告が頭をぐるぐる回ったけれど、それだけだった。触れあっている部分に熱を感じる。これは、自分の手が?それともヒューゴの?
「………。」
いい加減、往生際が悪いし、優柔不断なのを自覚した。炎の英雄様は、俺なんかのどこを好きになったんだろう。シルバーバーグの血をひいているというだけの、駆け出しのひよっこ。本当に自分は馬鹿だと思う。心配されるのが嬉しくて、情けないとこみられるのがイヤな相手ってのが、どんな相手なのか、こんなに追い込まれてから判るなんて、どれだけ間抜けだったら気が済むのやら。
シーザーは大きくため息をついた。そして、覆い被さるようにヒューゴを抱きしめて、今までの復讐も込めて思いっきり熱っぽく囁いてやる。
「俺は、お前の軍師だって言っただろ。」
腕の中のヒューゴが、小さく笑って、シーザーの肩に手を回した。
「………。」
そしてそのまま、なんとはなしに間があいた時間が流れる。少々不自然な姿勢のまま、シーザーは考えてみた。ちゃんと謝ったし、ヒューゴの問いにも答えた。だけど、ヒューゴの手が離れないのは何故だ。
「おい。」
「……。」
返事のかわりに、ますますシーザーの肩に回っている手に力が入る。今が真夜中で、ここがヒューゴの寝室で、二人がお互いに好きあっていることを確認したから、その次は?それを考える必要はない。
自分に抱きすくめられたヒューゴが笑うのをみ、それに吸い寄せられるように唇を重ねた。技巧もへったくれもない無骨なキスで、物語みたいなかっこよさもスマートさも何もなかったけど、それでもお互いの精一杯だ。
口付けの隙に、片手でヒューゴの服をたくし上げる。ヒューゴが狼狽えるのが判っても、止めてやろうとは思わなかった。構わずに、露出した肌に指をはわせていく。鍛えられて無駄のない体は、手のひらにしっとりとした手触りを残した。
「ん……ふっ。」
キスが解けた暗がりの中、ヒューゴが声を押し殺す。シーザーの指が胸の飾りに触れると、その体が一気に強張った。その反応は、シーザーの行動を止める。
―…やっぱ、初めて…だよなあ。
疑問符をつけるまでもないのは、ヒューゴのぎこちなさからみても明らかだ。かくいうシーザーの経験も、片手にも満たない数なのである。ましてや、同性を押し倒すなんてのはヒューゴが初めてだ。
どうしよう、と悩んだ末に、胸への愛撫を諦めて、ヒューゴの体を俯せた。邪魔な下着は膝のあたりまで引き落とす。そのまま首筋にキスを落としながら、そっとヒューゴの中心を握り込んだ。
「…ん…あぁ…。」
鼻にかかる、甘い吐息が漏れた。その反応に勇気づけられて、絡めた手をゆっくりと動かす。素直な反応が返ってくるのが嬉しくて、夢中になってシーザーはその作業に没頭した。
「んっ…あ…あ、あ………っ…ふ…っ。」
未経験の体は、快楽に翻弄されることしか知らない。喘ぎ声を止められず、床の上で無防備に震えるヒューゴの姿は、それだけでシーザーの理性を吹っ飛ばしてしまいそうだ。
ヤバい、と思う。ヒューゴは初めてだから、最後までいかなくても構わないと思っていたのだけど、このままでは自分の方が辛抱がきかなくなる可能性が高い。いや、既に、そうなっている。
自分の体の変化についていけないヒューゴの、その双丘を割ってやる。
「…!?」
シーザーの意図が分からないヒューゴに構わないで、無造作にその蕾に指を入れた。
「っ…シーザー?…んっ…!」
思いも寄らない場所を探られて、ヒューゴは当惑の色を隠せない。
「…え…あ…?っん?…ぅあ…。」
その場所をシーザーが探り当てた途端に、反応が変わった。
かき回される苦痛とは明らかに違うと思わせる所がある。ヒューゴの反応を手がかりに、シーザーは執拗にそこを嬲った。
「やっ……ぁ……あっ……あん!」
無意識に腰が浮き沈みを始める。小刻みに震えながらわき上がるものを堪えるヒューゴの姿は、どう見たって誘っているとしか思えない。
シーザーもまた、下半身に熱いものが集中するのを感じた。もう本当に限界に近い。
シーツを握りしめた両手に、そっと自分のものを重ねた。丹念に解したつもりの蕾は、それでも指を抜くとすぐに扉を閉じてしまう。そこに、屹立する自分のものを押しあてた。
「ヒューゴ、ごめん。力ぬいて。」
快感に翻弄されるヒューゴに果たしてその言葉が届いていたかどうか。
一瞬、躊躇った後、シーザーはヒューゴの中に腰を埋める。
「くっ…。」
「あ…ぐっ、やっ…あああああぁぁぁぁ!!!」
無意識にヒューゴの体が上へと逃れようとするのを、体全体で押さえつけ、一気に奥へと押し入る。
「っく!ああぅ!!」
嬌声にはほど遠い、声を殺すこともできずにヒューゴが苦痛を訴える。だが、途中で止めるのは返って痛みを長引かせるだけなのを、シーザーは知っているのだ。”知っている?”イヤな記憶が片隅を掠める。それを無視して、ヒューゴの唇を塞いだ。少しでも気を逸らしたくて、すっかり萎えてしまったヒューゴ自身にもう一度指を絡める。扱いてやると徐々に力を取り戻すそれと一緒に、ヒューゴの強張りも僅かに解けた。
その隙に腰を引き、そしてまた貫く。相手を傷つけているのが判るのに、それでも止められない。このままでは自分のやっていることは、同じことになってしまう。あいつと同じなどと、死んでも認めたくないのに。
「ん…ふあっ……ん、あ…。」
辛抱強く指を絡めると、ようやく声に苦痛以外の色が見える。ヒューゴから零れた液が、シーザーの手をつたい、シーツにシミを描いた。
一旦体が開けば、もう後はなし崩しだ。断続的に突き上げれば、泣いているかのようなヒューゴの声。入るときは、僅かに切なげに。それでもでていくときには、引き留めるかのように中がシーザーを締め付ける。意識がどっかに行ってしまいそうだ。ヒューゴの体を気遣える気持ちが目減りしていくのがわかる。思う様に抱いてみたい、危険な感情が頭の中をよぎった。
「ヒューゴ…!」
褐色の背中にキスをしながら、夢中になってヒューゴを抱く。嬌声が濡れた音と混じって部屋に満ちた。お互い、もう人の耳を気にしている余裕もなく追い立てられる。
「ん…あぁ!は、や…っ……あん!!…あぁっ!!」
手の中のヒューゴが、大きく震えて吐精した。脱力したヒューゴの体。だが、中は、一層力をましてシーザーを捕らえて逃がさない。
抜け出そうとした瞬間に、脳天から一気に何かが落ちてくる。あ、と思ったときには、ヒューゴの背に己の精が飛び散った。
■ ■
窓の外、夜が追い払われて、空気の色が変わっていく。夜が逃げ始めている。
夜明けまで後二時間…まあそれくらいの時刻だ。そろそろ部屋を出ていかなければならない時間がやってくる。だるさの残る体を横たえて、シーザーはそれでも動く気になれなかった。
腕の中で、誰言うとなくヒューゴが囁く。
「…炎の英雄の記憶、俺、ちょっとだけ見えた。ハルモニアと本当に戦争になって、勝てるかどうか判らなくなった…。炎の運び手も沢山死んだ。彼は最初は戦争を始めるつもりは全くなかったから、どうしたらいいのか判らないって、そう思ってた…。」
「そうか…。」
五十年も昔の、かつてのグラスランドの英雄もまた、多少なりとも自分と同じ思いを抱いていたのだとしたら、少しぐらいは弱気な自分を受け入れてもいいかもしれない。
闇の中にかざしてみた自分の手は、まだまだ小さくて頼りないから、できることもきっと限られてるのだろう。ならば、できることに最善を尽くすしかない。
「ヒューゴ。」
「んー…?」
恋人は、いつの間にやら半分眠りの中だ。左手が預かる、ヒューゴの頭がじわじわとその重さを増していく。
横目でうかがった少年の顔は、やっぱり子供だった。シーザー自身がそうであるように。
そのことがシーザーを焦らせることは、もうなくなるだろうと思う。だからこそ。
―この手で手に入れられるだけの勝利が欲しい、こいつのために。
そんなことを考えた夜明け前。シーザーは静かに目を閉じた。
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