【懐かしい歌へ】

小謡30集
<「高砂」や「鶴亀」など口ずさみたいもの>

謡曲は江戸時代、一般庶民の間に広まった。
身だしなみの一つとさえ位置づけられ、
謡曲の一部分を取り出して祝儀や遊興の場で謡われた。
そうした短い一節を小謡(コウタイ)という。

<総目次> <謡曲の解説> <小謡の本文>

1 総目次

No面No謡曲名 読み方    時間出だし
01A01高砂  たかさご   0:55四海波静かにて…
02A02高砂  たかさご   1:07高砂やこの浦舟に…
03A03鶴亀  つるかめ   1:32庭の砂は金銀の…
04A04羽衣  はごろも   1:50迦陵類迦のなれなれし…
05A05吉野天人よしのてんにん1:57見もせぬ人や花の友…
06A06江口  えぐち    2:46川舟を泊めて…
07A07船弁慶 ふなべんけい 1:24波風も静を留め…
08A08住吉詣 すみよしまいり2:00玉襷かけも離れぬ…
09A09橋弁慶 はしべんけい 1:16面白の気色やな…
10A10融   とおる    1:50実にやいにしへも…
11A11淡路  あわじ    0:44国富み民も豊かに…
12A12養老  ようろう   1:10老をだに養はば…
13A13竹生島 ちくぶじま  0:51緑樹影沈んで…
14A14猩々  しょうじょう 0:55酔に伏したる…
15A15嵐山  あらしやま  0:37光もかがやく…
16A16鉢木  はちのき   3:20常世御教書賜わりて…
17A17田村  たむら    3:12ただ頼め…
18B01鞍馬天狗くらまてんぐ 2:15花咲かば…
19B02桜川  さくらがわ  3:07常よりも…
20B03弱法師 よろぼうし  3:05花をさえ…
21B04紅葉狩 もみじがり  2:25一河の流れを…
22B05三井寺 みいでら   1:48たぐいなき…
23B06難波  なにわ    0:59この音楽に…
24B07老松  おいまつ   1:05齢を授くる…
25B08小鍛冶 こかじ    1:27天下第一の…
26B09草紙洗 そうしあらい 3:14日影に見ゆる…
27B10岩船  いわふね   1:03宝のみふねを…
28B11葛城  かずらぎ   2:42肩上の笠には…
29B12小袖曽我こそでそが  3:32舞のかざしの…
30B13羅生門 らしょうもん 1:17伴ひ語らふ…

2 謡曲の解説 倉田喜弘

平成の今日、能楽はかつてない繁栄を謳歌している。どの能楽堂もスケジュールがぎっしりと詰まり、能会はいつも超満員である。室町幕府三代将軍足利義満の時代、能は今日とほぼ同じ形式になったから、ざっと六百年の歴史を持っている。

能楽堂へ行くと、ひざの上へ置いた本に見入っている人がいる。その本は謡本といって、能の歌とせりふが記されている。この声楽部分を謡曲、あるいは謡という。わたくしたちが習うときには、能のように囃子(大鼓、小鼓、太鼓、笛)は入らないので、素謡という場合もある。

謡曲は江戸時代、一般庶民の間に広まった。身だしなみの一つとさえ位置づけられ、謡曲の一部分を取り出して祝儀や遊興の場で謡われた。そうした短い一節を小謡という。このCDは小謡ばかりを集めた珍しいもので、冒頭の「高砂」や「鶴亀」は、結婚披露の席上、きまって謡われた。

小謡は江戸庶民の常識といってもよい。あなたも一つ、覚えたらどうだろう。日本の音楽はすべてそうだが、単に聴くだけではなく、自分でやってみると楽しさが倍加するものである。

3 小謡の本文

01 ●高砂

四海波静かにて 国も治まる時つ風 枝を鳴らさぬ御代なれや 逢ひに相生の 松こそめでたけれ げにや仰ぎても言もおろかやかかる世に 住める民とてゆたかなる 君のめぐみぞありがたき 君のめぐみぞありがたき

02 ●高砂

高砂や この浦舟に帆をあげて この浦舟に帆をあげて 月もろともに出汐の 波の淡路の島陰や 遠く鳴尾の沖すぎて はや住の江に着きにけり はや住の江に着きにけり

03 ●鶴亀

庭の砂は金銀の 庭の砂は金銀の 玉をつらねて敷妙の 五百重の錦や瑠璃の枢 シャ(石篇に車)コウ(石篇に…木の上はサンズイ)<博友社の「漢和大字典」1032頁-@玉に次ぐ一種の美石A蛤の一種、殻は磨いて装飾用とする>の行桁瑪瑙の橋 池の汀(ミギワ)の鶴亀は 蓬莱山もよそならず 君のめぐみぞ有難き 君のめぐみぞ有難き

04 ●羽衣

迦陵頻迦(カリョウビンガ)のなれなれし 迦陵頻迦のなれなれし 声今更に僅かなる 雁がねの帰り行く 天路を聞けば懐しや  千鳥鴎の沖つ波行くか帰るか春風の 空に吹くまで懐しや  空に吹くまで懐しや

05 ●吉野天人

見もせぬ人や花の友 見もせぬ人や花の友 知るも知らぬも花の陰に 相宿りして諸人の 何時しか馴れて花衣の 袖触れて木(コ)の下(モト)に 立ち寄りいざやながめん 実にや花の下に 帰らん事を忘るるは 美景によりて花心 馴れ馴れ初めてながめん いざいざ馴れてながめん

06 ●江口

川舟を 泊めて逢ふ瀬の波枕 逢ふ瀬の波枕 浮世の夢を見ならはしの 驚かぬ身の儚ハカナさよ 佐用姫が松浦潟 片敷く袖の涙の唐土船の名残なり また宇治の橋姫も 訪はんともせぬ人を待つも身の上と哀れなり よしや吉野の よしや吉野の花も雪も雲も波もあはれ 世に逢はゞや

07 ●船弁慶

波風も 静を留め給ふかと 静を留め給ふかと 涙を流し木綿四手の 神かけて変らじと 契りし事も定めなや げにや別れより まさりて惜しき命かな 君に再び逢はんとぞ思ふ行末

08 ●住吉詣

玉襷 かけも離れぬ宿世とは かけも離れぬ宿世とは 思ひながらもなかなかに この有様を外の見る目も恥かしや さりとては浦波の 帰らば中空に ならんも憂しやよしさらば 難波の潟に舟とめて 祓へだに白波の 入江に舟を棹し寄する

09 ●橋弁慶

面白の気色やな 面白の気色やな そぞろ浮き立つ我が心 波も玉散る白露の 夕顔の花の色 五条の橋の橋板を とどろとどろと踏み鳴らし 音も静かに更くる夜に 通る人をぞ待ち居たる 通る人をぞ待ち居たる

10 ●融

実にやいにしえも 月には千賀の塩釜の 月には千賀の塩釜の 浦曲の秋も半ばにて 松風もたつなりや 霧の籬(マガキ)の島隠れ いざ我も立ち渡り 昔の跡を陸奥(ミチノク)の 千賀の浦曲をながめんや 千賀の浦曲をながめんや

11 ●淡路

国富み民も豊かに万歳を謳ふ松の声 千秋の秋津洲 治まる国ぞ久しき 治まる国ぞ久しき

12 ●養老

老をだに養はば まして盛りの人の身に 薬とならばいつまでも 御寿命もつきまじ 泉ぞめでたかりける 実にや玉水の 水上澄める御代ぞとて 流れの末の我等まで 豊かにすめる嬉しさよ 豊かにすめる嬉しさよ

13 ●竹生島

緑樹影沈んで 魚樹にのぼる気色あり 月海上に浮んでは 兎も波を走るか 面白の島の景色や

14 ●猩々

酔ひに臥したる枕の夢の 結ぶと思へば泉はそのまま 尽きせぬ宿こそ めでたけれ

15 ●嵐山

光もかがやく千本の桜 光もかがやく千本の桜の 栄ゆく春こそ久しけれ

16 ●鉢木

常世御教書たまわりて 常世御教書たまわりて 三度頂戴つかまつり これ見たまえや人々よ 始め笑いしともがらも これほどのご気色 さぞうらやましかるらん さて国々の諸軍勢 みなおん暇たまわり 古里へとてぞ帰りける その中に常世は その中に常世は 喜びの眉をひらきつつ 今こそ勇めこの馬に うち乗りて上野や 佐野の舟橋とりはなれし 本領に安堵して 帰るぞ嬉しかりける 帰るぞうれしかりける

17 ●田村

ただ頼め 標茅が原のさしも草 われ世の中に あらん限りはのご誓願 濁らじものを清水の緑もさすや青柳の げにも枯れたる木なりとも 花桜木の粧い いずくの春もおしなべて のどけき影は有明の 天も花に酔えりや 面白の春べや あら面白の春べや

18 ●鞍馬天狗

花咲かば告げんといひし山里の 告げんといひし山里の 使は来り馬に鞍くらまの山のうづ桜 手折枝折をしるべにて 奥も迷はじ咲きつづく 木蔭に並みゐていざいざ 花を眺めん

19 ●桜川

常よりも春べになれば桜川 春べになれば桜川 波の花こそ 間なく寄すらめと詠みたれば 花の雪も貫之も 古き名のみ残る世の さくら川 瀬瀬の白波しげければ 霞を流す 信太の浮島の 浮かめ浮かめ水の花げに面白き 川瀬かなげに面白き川瀬かな

20 ●弱法師

花をさへ 受くる施行のいろいろに 受くる施行のいろいろに 匂い来にけり梅衣の春なれや 何はの事か法ならぬ 遊び戯れ舞ひ謡ふ 誓ひの網には漏るまじき 難波の海ぞ頼もしき 実にや盲亀の我等まで 見る心地する梅が枝の 花の春の長閑さは 何はの法によも漏れじ 何はの法によも漏れじ

21 ●紅葉狩

一河の流れをくむ酒を いかでか見捨て給ふべきと 恥かしながらも袂にすがり留むれば さすが岩木にあらざれば 心弱くも立ち帰る 所は山路の菊の酒何かは苦しかるべき

22 ●三井寺

たぐいなき名を望月の今宵とて 名を望月の今宵とて 夕べを急ぐ人心 知るも知らぬももろともに 雲をいとうやかねてより 月の名たのむ日影かな 月の名たのむ日影かな

23 ●難波

この音楽に引かれつつ 聖人御代にまた出で 天下を守り治むる 天下を守り治むる 萬歳楽ぞめでたき 萬歳楽ぞめでたき

24 ●老松

齢を授くるこの君の 行末守れと我が神託の 告を知らする 松風も梅も久しき春こそ めでたけれ

25 ●小鍛冶

天下第一の 天下第一の 二つ銘の御剣にて 四海を治め給へば 五穀成就もこの時なれや 即ち汝が氏の神 稲荷の明神小狐丸を 勅使に捧げ申し これまでなりと言い捨てて またむら雲に飛び乗り またむら雲に飛び乗りて 東山稲荷の峯にぞ帰りける

26 ●草紙洗

月影に見ゆる 松は千代まで松は千代まで四海の浪も 四方の国々も民のとざしも ささぬ御代こそ 堯舜の嘉例なれ 大和歌のおこりは あらかねの土にして 素盞鳴の尊の 守り給へる神国なれば 花の都の春も長閑に 花の都の春ものどかに 和歌の道こそ めでたけれ

27 ●岩船

宝のみふねをつけ納め 数も数万の捧げもの 運び入るゝや心の如く 金銀珠玉は降り満ちて 山の如くに津守の浦の 君を守りの神は千代まで栄うる御代とぞ なりにける

28 ●葛城

肩上の笠には 肩上の笠には 無影の月を傾け 担頭の柴には 不香の花を手折りつゝ 帰る姿や山人の 笠も薪も埋もれて 雪こそくだれ谷の道をたどりたどり帰り来て 柴の庵に着きにけり 柴の庵に着きにけり

29 ●小袖曽我

舞のかざしのその隙に 舞のかざしのその隙に 兄弟目を引き これや限りの親子の契りと 思へば涙も尽きせぬ名残 をしかの狩場に遅参やあらんと 暇申して帰る山の 富士野の御狩の折を得て 年来の敵本望を遂げんと 互に思ふ瞋恚の焔 胸の煙を富士颪に はらして月を 清見が関に終にはその名をとめなば兄弟親孝行の 例にならん 嬉しさよ

30 ●羅生門

伴ひ語らふ諸人に 御酒をすすめて盃を とりどりなれや梓弓 やたけ心のひとつなる つはものゝまじはり 頼みある中の酒宴かな

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