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尖閣諸島問題(その二)  情報共有の協議が基本



日本の領土問題としては北方四島と尖閣諸島及び竹島の三つの問題がある。

今回の尖閣諸島問題はとんでもない方向に話がこじれていきそうです。 日中の協議が一つもなしに、日本が一方的に国が買取るという手段に出ていることに起因します。

領有権についてはいまだ決着はついていないのにです。 更におかしいことに、集団的自衛権を野田総理は変えようとしていることです。 安倊総理はさらに自衛力の増強にかじを切り始め、憲法改正を口ずさみ始めております。

いろいろのデータを調べていると、どうしてもアメリカの都合のいいように日本の政治が右往左往している気配が強く感じられます。

このことは今に始まったことではなく、戦後のごたごたしている間に仕組まれていたことがわかってきました。 事は簡単ではありません。

ここで取り上げている<田中宇の国際ニュース解説>と<平野浩のElectronic Journal誌>の二人の解説は、情報アンテナが高くて詳しいから、心にとめて読み取ることが大事だと思っています。

世界情報の分析は専門家集団によって行ない、国政の方向を誤らないようにしなければなりませぬ。


  A 国際ニュース解説   田中 宇
  B 日本の領土(一)   平野 浩
  C 日本の領土(二)   平野 浩





A 田中宇の国際ニュース解説  田中 宇
(一) 日本の政治騒乱と尖閣問題   (2012/09/13)  田中 宇
    http://tanakanews.com/

 日米関係の強化を呼びかける論調が、米国から出ている。FT紙は9月9日に『米国にとって日本は、アジアで最良の同盟相手だ』とする記事を出した。世界の中でアジアが重要になり、米国は、かつて英国と組んだような強固な同盟関係を、日本と組むべきだと書いている。この記事が『日本の経産省は、世界のどの国の政府機関よりも、世界と国内の経済を統合する機能をうまく果たしている』と礼賛している点は、経産省が指導してきた日本の製造業が、中国や韓国の企業に比べて国際展開が稚拙で失敗しているのを思うと、皮肉で書いているようにしか見えない。それはともかく、この記事は全体として、米国は中国の台頭を抑えるため、日本と戦略関係を強化すべきだとする論調だ。先日は、米政界の超党派の組織も、日米同盟の強化を提案する第3次アーミテージ・ナイ論文『アジアの安定を確保する日米同盟』を発表している。 (US needs Japan as its best ally in Asia) (Anchoring Stability in Asia - The U.S.-Japan Alliance

 米国側で『中国を抑止するための日米同盟の強化』が語られているのと連動して、日本側では尖閣諸島をめぐる日中対立の激化が起きている。今の尖閣問題の中心である、尖閣諸島を日本政府または東京都が買い上げる件は、今年4月に石原慎太郎・東京都知事が米国を訪問中に、突如として提案した。石原は、米国の有力者から、日米同盟を強化するため尖閣での日中対立を激化させる策略を提案され、それに乗ったのだろう。今年の尖閣問題の火付け役は米国といえる。

 尖閣問題は、近年の対立激化が始まるまで、日中政府間で領土問題を棚上げすることが(暗黙に)合意されていた。マスコミは『中国とそんな密約をしていた従来の方がおかしい』という論調だ。だがそもそも、世界各地の領土問題の多くは、近隣の国との対立関係を維持する目的で残してある。政治家は、領土紛争を使って外国を敵視する世論を掻き立てることで、国民の上満を国内問題からそらしておける。英仏など欧州列強は、旧椊民地を独立後も自国に従属させるために、独立時に意図的に領土問題(や民族紛争)を残した。インドとパキスタンの対立が象徴的だ。

 尖閣諸島と北方領土は、日本が中露と敵対し続け、日米同盟(対米従属)を維持するために残してある。竹島問題は、もともと韓国が国民の反日感情を扇動して国内をまとめる機能として使っていた。日本側は戦後ずっと、竹島をめぐる韓国側の怒りを無視していた(日本人のほとんどは竹島問題を知らなかった)。だが近年、日本が対米従属を薄めてアジア重視の方向に傾く可能性が増したので、それを阻止するつっかえ棒として、日本側でも竹島問題で韓国との対立が扇動され出した。日本で尖閣問題が扇動されるようになったのも、日中が接近して日本が対米従属を離脱することがないようにするためだ。領土問題は、政府やマスコミが意図的に国民の怒りを扇動するものだ。領土問題で本気で怒る人は、どこの国の人間であれ、思考が浅く乗せられやすい軽信者だ。

 日本の権力を握る官僚機構は、米国にとって都合の良い状況に日本を置き続け、米国が日本を支配し続けるよう仕向ける一方、国内では『米国に逆らうことはできない』という意識を涵養し、その上で『米国の意志を正確に翻訳できるのは政治家でなく官僚だ』という理屈を定着させるとともに『政治家に任せてもうまくいかない』という世論を煽るやり方で権力を握り、非民主的な官僚独裁を維持している。国民が選んだ政治家が国家戦略を決めるのが民主主義国だ。政治家でなく官僚が戦略を決める日本は民主主義国でない。日本の官僚機構は、米国側の歓心を買うために、軍産複合体の一部として機能している。だから、米軍基地はなくせないし、オスプレイぐらい我慢しろという話になる。

『日米同盟の強化』は、言葉だけの傾向が強くても、日本の官僚機構が権力を握り続けるために必要であるとともに、米国の軍産複合体にとって、日米で軍事需要を拡大できる。そして、尖閣問題で日中の対立が激化することは、日米同盟の強化を声高に言える状況を作るので、日米双方の勢力にとって好都合だ。その一方で、中国や韓国にとっても、日本はたたきやすい対象なので、尖閣や竹島の問題は『反日』を使って国内を結束させられる道具となっている。

▼『負けるな』と言って良いのはスポーツと防災だけ

 日本の発展や安定が今後も維持できるのなら、官僚独裁だろうが軍産複合体だろうがかまわないと言える。だが問題は、対米従属が良い戦略であり続けるための必要条件である米国覇権の強さが失われつつあることだ。たとえば、債券格付け機関のムーディーズは9月11日、米議会が年末までに財政再建で合意できず、来年1月2日に大幅支出削減と増税が自動発動される『財政の断崖』が現実となることが確実となった場合、米国債の格付けを最優良のトリプルAから格下げすると発表した。米議会が財政再建で合意するのは困難だ。米国債の格下げは、国債金利の上昇と財政破綻を招きかねない。 (Moody's Likely To Cut U.S. Credit Rating If Congress Fails To Avoid 'Fiscal Cliff'

 昨夏、S&Pが米国債を格下げしたが、米国債の金利はその後も低く安定している。今後また格下げされても、何も起きないかもしれない。米議会が小手先の合意を結び、財政の断崖がかたちだけ回避されて事なきを得るかもしれない。しかし、本質的に考えると、米政府の累積赤字はオバマ政権の4年間で10兆ドルから16兆ドルへと急増し、議会は対立して実質的な財政再建ができない。 (US national debt exceeds $16 trillion

 リーマンショック以来、米国債も米金融界も、債券金融バブルの再拡大で何とか持っているだけで、米国の覇権が金融財政の面から瓦解する可能性が強まっている。日本の対米従属は、急速にリスクの高い国策になっている。日本のマスコミは、それを全く報じない。記者が自分の頭で分析して書くことを禁じ(だから記者の多くは話がつまらない)、官僚の説明やリークに基づいてしか報じないマスコミは、官僚機構の傘下にある。 (格下げされても減価しない米国債

 しかも米国の中国敵視策は、歴史的に見ると信用できないものだ。米国は1950*60年代に中国を敵視したが、ベトナム戦争の失敗を口実に、72年に突然、中国を味方につける戦略に転換した。このニクソンの転換は突然でなく、キッシンジャーがCFR(外交問題評議会)から命じられ、対中戦略の転換について5年かけて策を練った後、ニクソンの補佐官になって中国に接近した。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成

 冷戦期のパキスタンの親米独裁者ジアウル・ハクは、米国はインダス川のようだと言った。この大河は、ふだん未来永劫同じ場所を流れ続けるかのように見えて、いったん大雨が降ると川筋を変え、その後は平然と何十キロも離れた場所を流れており、農民を唖然とさせる。米国も、永久に貴国の味方ですと言いつつ、ある日突然(実は何年も前から裏で準備して)裏切り、対米従属者を唖然とさせる国だという。親米独裁者ならではの指摘だ。 (Afghanistan and the Decline of American Power

 オバマの中国包囲網(アジア重視)策は言葉だけだという指摘が、以前から米国で出ている。中東の戦争が失敗したので、代わりに、日韓や東南アジアなど金持ちのアジア諸国に、中国包囲網の吊目で米国製の武器を買わせようとする軍産複合体の戦略と感じられる。 (America Doesn't Need a Pivot to Asia) (中国の台頭を誘発する包囲網

 冒頭で紹介した、日米同盟の強化を提唱する米国の記事や論文も、よく読むと押し売りセールスマンだ。FTの記事が本当に言いたいことは『日米同盟を強化するための最重要策は、日本がTPPに加盟することだ』という点だ。『日米同盟強化』という子供だましのオマケで釣ってTPPを売り込んでいる。アーミテージ・ナイ論文は『(力が低下する米国に代わって)日本が主体的に他のアジア諸国を誘い(米国にリスクをかけずに)中国包囲網を強化してくれ』というのが裏の要点だ。 (東アジア新秩序の悪役にされる日本

 日本の対米従属論者は、たとえ中国との協調でなく敵視であれ、日本が自立的な外交をする方向に持っていくことを極度に嫌う。敵対であれ、中国と自立的な関係を強めると、米国に『日本が一人で中国とやり合えるならもっと任せよう』と言われ、官僚支配の源泉である対米従属を続けられなくなるからだ。対米従属の中国論は『中国人を信じるな。交わるな』である。『中国に負けるな』とは決して言わない。負けるなと言うと、日本人は中国に勝とうとして自立性を発揮し、対米従属から外れてしまう。日本が独力で中国と戦えるなら、米国は日米安保の希薄化を容認する。日本人が『負けるな』と言って良いのは、政治と無関係なスポーツと、『がんばれ東北』の防災だけだ(311以後の防災体制の強化は官僚機構を焼け太りさせ、鳩山政権が潰した事務次官会議も復活した)。戦略を考えないのが、日本の国家戦略だ。今の日本人が深い思考をしなくなったのは対米従属の国是のせいであるが、これは失策でなく、国家戦略の成功を示している。

 日本は、弱くて、戦略思考が浅薄でなければならない。米国が弱くなったら、その分、日本も弱くなるのが日本の事実上の国家戦略だ。米議会の空転で年末に『財政の断崖』があるかもしれない話にあわせるかのように、日本の国会の機能上全によって10月に日本政府の財政難が表面化しそうな危機が起きている。1980年代に日本が経済で米国を抜いたと思ったら、日本経済は90年代に大蔵省の失策の結果、バブル崩壊で『失われた20年』になった。

 日本は、意図的に弱くしているので、中国や韓国につけ込まれている。中韓は尖閣や竹島の対立を、ナショナリズムの扇動による自国民の結束に使っている。中韓は、日本が軍事的にやり返してこない国だと知っている。それは日本人が平和を好む民族だからでなく、日本がやり返すと対米従属から離脱するからだ。日本政府が尖閣諸島の買い上げを発表すると、中国だけでなく台湾の政府も日本を非難し、台湾政府は怒りの表明として、駐日大使(駐日代表)を帰国させた。尖閣問題で中台協調を深めて台湾を取り込むという、中国政府の策略は成功している。台湾は『中国包囲網』にフ可欠な要素だが、日米は尖閣問題で台湾を中国に奪われる傾向を強めている。日米ともに、中国包囲網を本気でやりたがっているとは思えない。 (Taiwanese representative leaves Japan amid Tiaoyutais row

▼延々と続く政争は日本に必要なこと

 日本の官僚支配を壊し、国民が選出した政治家が政策を決める民主化を試みる動きは、09年の民主党勝利による鳩山政権の時から強まっている。官僚の反撃により、鳩山や小沢一郎は敗北した。鳩山の後の菅と野田は、すっかり官僚に取り込まれている。しかしこの秋、日本は再び選挙になり、官僚機構と政界の暗闘が再燃することになりそうだ。注目すべきは大阪の橋下徹だ。橋下の政治的な反乱(革命)は、鳩山や小沢が政権をとったときからの流れだ。一昨年にも反乱が起きそうで、私はそれを書いたことがあるが、結局現実にならなかった。官僚独裁を潰すための日本の政争は、簡単に。1回戦(鳩山小沢)で政界側が負けても、2回戦、3回戦がある。 (鳩山辞任と日本の今後) (日本の政治再編:大阪夏の陣

 米国のマスコミは、橋下の戦略の本質を『官僚機構の破壊』『地方分権を進めることで、官僚が支配する東京の権力を解体する』と見抜いている。日本のマスコミは、橋下について些末なことばかり報じている。官僚機構の一部であるマスコミが、日本が官僚独裁であり、橋下がその独裁を壊そうとしていることを報じたがらず、意図的に本質から外れた報道をするのは当然といえる(橋下が現体制を壊して自分の独裁を敷こうとする点だけはさかんに書くが)。 (Waiting for Ryan-san, Japan needs leaders with ideas - and convictions) (Osaka mayor launches political party

 地方分権政策には2種類ある。一つは橋下らがやっている、東京の官僚独裁を壊すためのもの。もう一つは、官僚の側が独裁破壊を阻止する目的で、中央官庁の地方の出先機関に表向きの権限を持たせ、見かけだけ地方分権をやろうとする策略。政権をとるまでの民主党は前者を希求していた。官僚出身の政治家や学者は後者を言っている。 (民主党の隠れ多極主義

 橋下はTPPに賛成している。これをもって『橋下は対米従属だ』と言う人がいる。私は違う見方だ。たしかにTPPは米国企業が日本で簡単に儲けられるようにするためのものだが、同時に、東京の官僚が持っている行政権限が米国(米企業)に奪われることでもある。鳩山政権以来の暗闘を見ると、日本の政界が官僚から権力を奪うのは簡単でないことがわかる。手段を選ばず、官僚独裁を壊すには、対米従属の国是を利用してTPPに加盟し、官僚の権限をいったん米国に譲らせて官僚を無力化し、無力化された官僚から政界が権力を奪った後、政界が対米従属をやめてTPPを破棄する動きをとればよい。TPPは、米国が用意してくれた『隠れ多極主義』的な道具というわけだ。 (◆国権を剥奪するTPP

 鳩山や小沢は、日本を対米従属から離脱させアジア重視に転換しようとしたが、橋下がアジア重視かどうかはフ明だ。しかし官僚支配から『民主化』して権力が政界主導になると、日本が対米従属一辺倒である必要がなくなり、米国覇権が失墜して世界が多極型の覇権体制になるなら、日本もアジア重視に転換した方が良いという考え方が主流になるはずだ。中国や韓国、ロシアへの嫌悪と対米従属が一体化している今の国策を、橋下らがそのまま受け継ぐとは考えにくい。

 今後、橋下らの革命が成功すると、日本は中国敵視と対米従属をやめていくだろう。官僚機構は、それを阻止したい。そのための策が、4月の石原の尖閣買い上げ以来の、尖閣をめぐる日中対立の扇動と考えられる。政治家は世論を重視せざるを得ない。世論が『尖閣で中国に譲歩するな』と騒いでいる限り、誰が政権をとろうが中国と仲良くできない。尖閣の政府買い上げを実施すれば、中国政府は日本への敵視を強め、今後日本で官僚機構が権力を失っても、しばらく日中対立が解消されなくなる。官僚機構は、橋下に潰される前に、尖閣問題をフ可逆的に扇動する策に出たのだろう。

 今後しばらく、日中関係は悪い状態が続く。日本国内の政争で官僚機構が勝っている限り、日本側は、対米従属を維持するために尖閣問題を煽動して日中関係の敵対を維持するだろう。だが、いずれ政争で政界側が勝ち、官僚機構が解体されて実務だけの小役人集団として再編され、日本の民主化が進めば、日本側は、中国との敵対を解消する。中国側は、日本が対米従属をやめることが中国包囲網の解消と自国の安全保障につながるので、日本が敵対を解消することを歓迎するだろう。その際、これまで自立的な政治思考を自ら禁じ、政治思考の訓練を全くしていない日本人は、政治的に中国に取り込まれ、対米従属の言論を展開してきた日本のマスコミや言論人たちが対中従属へと無条件降伏的に転換しかねないので要注意だ。マスコミは見かけ上、権力機構から自立したシステムなので、官僚機構が無力化された後も、しばらく(5~10年?)は、対米従属の残党として政界を撹乱しそうだ。

 日本と似て、東南アジアのタイも、戦後長らく、官僚(タイの場合は軍部を含む)が王制(天皇制)を取り込んで権力を掌握している。タイでは、戦後最強のカリスマ政治家タクシン・シナワットが、政治を議会(有権者)主導に転換するための民主化運動として、官僚王制軍部の権力機構に立ち向かい、タクシンは負けて亡命を余儀なくされながら、5年以上かけて戦い抜き、今では政権を奪還し、妹のインラックを首相に据えるところまで勝っている。 (民主化するタイ、しない日本

 タイは政争の敵味方の両方が、民衆を動員して戦った。日本の政争は、民衆が直接に動員されていないので、タイより長い時間がかかってもフ思議でない。鳩山政権以来の日本の官僚と政界の戦いは、日本にとって歴史的に必要な行為であり、今の世代がそれを貫徹せずに終えることは、次世代の日本人をフ幸にする。これは、世界的な民主化運動(カラー革命)の一つでもある。官僚機構から政界に権力が移動し、対米従属のくびきから自由になれば、日本は没落から再生へと転換していくだろう。

(二) 日本の政治騒乱と尖閣問題   (2012/09/27)  田中 宇
    http://tanakanews.com/

 日本が9月11日に尖閣諸島の土地を買い上げて国有化する方針を決めて以来、中国では、日本を非難するデモが各地で行われた。デモでは、毛沢東元主席の肖像画が掲げられることが多かった。『抗日』という文字も目立った。戦前に日本が中国を半椊民地化していた時代、毛沢東は、共産党軍を率いて抗日戦争を続け、日本が戦争に負けた後、ライバルの国民党軍を中国大陸から台湾に追い出し、中華人民共和国を建国した。日本を追い出して中国を椊民地化から救ったというのが、中国共産党の中国人民に対する政治正統性で、毛沢東や『抗日』の文字はその象徴だ。(Chairman Mao rears his head in China's anti-Japan protests)

 高度経済成長で貧富格差が増して貧困層の共産党に対する信頼が揺らぐ一方、共産党が胡錦涛から習近平への10年に一度の権力の世代交代を進めている今、中国の全土に日本敵視のデモが広がることは、共産党の政治正統性の再確認につながるので、共産党の上層部にとって良い。だから共産党は、中国全土での反日デモを容認ないし計画した。日本政府が、尖閣諸島に関する領土紛争の棚上げという、これまで中国と(暗黙に)合意してきた枠組みを、尖閣の土地国有化によって破り、中国側を怒らせたことは、中国共産党にとって好都合だった。(Japanese businesses reopen in China)

(日本では『日本の領土である尖閣諸島の土地を国有化するのは日本側の自由であり、中国側がそれを非難するのは100%間違っている』という世論が強い。読者からの非難中傷、非国民扱いをおそれずに書くと、この考えは間違いだ。尖閣諸島は、日本が実効支配しているが、中国と台湾が自国領であると主張しており、領有権が国際的に確定していない国際紛争地である。米政府内では、国務省の日本担当者が『尖閣は日米安保の範囲内』として日本の領有権を認める発言をしたが、先日日中を歴訪したパネッタ国防長官は日中どちらの肩も持たず中立の姿勢をとった。尖閣問題について、米国の姿勢はあいまいだ)(U.S. Says Disputed Islands Covered by Japan Defense Treaty)(US 'will not take sides over islands')(尖閣諸島紛争を考える)

 しかし同時に、毛沢東の肖像は『左派』のシンボルでもある。共産党の上層部には、トウ小平が敷いた路線に沿って、経済成長を最重視し、貧富格差の増大などの悪影響を看過する傾向が強い中道派(穏健派)と、経済成長重視の政策を批判する左派(急進派)がいる。外交面では、中道派が米国との対決を回避(先送り)する対米協調戦略である半面、左派は米国との対決をいとわず、米国の覇権が弱体化する一方で中国が台頭しているのだから、中国は米国に遠慮する必要などないと考える傾向が強い。外交面で、人民解放軍は左派的で、中国外務省は中道的だ。ここ数年、これまで外務省が決めてきた外交政策の決定過程に、軍の幹部が首を突っ込む傾向が強まっている。日本風に言うなら、中道派が官僚的で、左派は右翼的なナショナリストだ。(In protests, Mao holds subtle messages for Beijing)

 文化大革命後、左派は中国政界の主流から追い出されている。胡錦涛主席や温家宝首相は中道派で、胡錦涛は米国との対立回避を重視した超慎重派だった。温家宝は、左派の突き上げに対抗し、リベラル的な政治改革によって貧富格差や人々の上満を解消しようとした(温家宝は、天安門事件以降、封印されてきたリベラル派の再起を望んだ)。これから主席になる習近平も中道派だ。しかし、高度成長の持続は中国社会にさまざまなゆがみをもたらし、その結果、経済至上主義の中道派を敵視する左派への草の根の支持が広がっている。左派は、胡錦涛から習近平への世代交代を機に、中国政界の主流に返り咲くことを模索している。そして左派の代表だったのが、今春にスキャンダルで失脚させられた重慶市党書記の薄熙来だった。(劉暁波ノーベル授賞と中国政治改革のゆくえ)

 薄熙来は根っからの左派でなく、優勢な左派に接近し、左派的な政策をやって人気を集めて政治力をつけ、共産党の中枢で出世しようとした。薄熙来の策は成功したが、同時に党中央で主流の中道派の人々は薄熙来の存在に脅威を感じ、胡錦涛から習近平への世代交代の政治儀式が始まる今夏より前に、薄熙来をスキャンダルで引っかけて逮捕し、権力を奪った。薄熙来自身は逮捕され失脚したが、薄熙来を担いでいた左派の上満と、党中央の中道派に対する怒りは残った。(薄熙来の失脚と中国の権力構造)

 そして、左派の上満がくすぶっていたところに起きたのが、尖閣問題での日本との対立激化だった。左派の人々は、毛沢東の肖像画を掲げてデモ隊を率いた。表向きは、日本に対する怒りが発露された。しかしその裏に、デモを激化させ、日本への怒りとは別の、貧富格差や役人の腐敗など中国国内の政治社会問題に対する怒りを発露させるところまで進める意図があった。このような政治的手口は中国でよくあるので、中道派はデモ発生の当初からその危険性を知っていただろう。当局は、各地でデモが激化してくると取り締まりを強化し、デモを終わらせた。だが、尖閣問題で日中が対立している限り、中国で反日デモが再発し、それを左派が国内政争の道具に使おうとする動きが続くだろう。(These Anti-Japan Protests Are Different)

 中国では、日本が尖閣の土地国有化に踏み切った背後に米国が黒幕として存在するという見方が強い。米国が、日中対立を扇動しているとの見方だ。今回の尖閣土地国有化の動きの始まりは、今年4月に石原慎太郎・東京都知事が米国ワシントンのヘリテージ財団での講演で、東京都が尖閣の土地を買収する計画を唐突に表明したことだ。米政界のいずれかの筋が、石原に対し、尖閣を買収して日中対立が激化したら、米国は日本を支持し、日米同盟を強化できると入れ知恵(提案)した可能性がある。(東アジア新秩序の悪役にされる日本)

 米国は、南シナ海の南沙群島問題でも、フィリピンやベトナムが領有権の主張を強めるのを後押しし、これまでASEANと中国の間で棚上げ状態にしてあった南沙問題を再燃させた。米国は、比越などを代理にして中国包囲網の戦略を展開し、比越に最新鋭の兵器を売り込んでいる。そして、南沙と同じ構図が尖閣でも起きている。米国は、石原を誘って、日本が尖閣問題で領有権の主張を強めて島を国有化するのを後押しし、これまで日中が棚上げしていた尖閣問題を再燃させ、日本にミサイル防衛関連の新型兵器(レーダーなど)を追加で買わせた。(南シナ海で中国敵視を煽る米国)(米国が誘導する中国包囲網の虚実)

 尖閣問題も、南沙問題と同様、米国がアジア諸国を代理役にして中国との対立を激化させる策になっている。中国側は、背後にいる米国への敵視も強めている。尖閣問題で反日デモが激しくなった9月18日には、北京の米国大使館前で50人の市民が米国大使の車を取り囲み、車を傷つける事件が起きた。(Beijing demonstrators damage US ambassador's car)

 中国は、1989年の天安門事件で米欧に制裁され、当時の経済発展が初期の段階にあった当時、今よりも重要だった投資や貿易、技術移転を何年も制限されて、経済発展に悪影響が出た。その教訓から、中国の経済発展を主導したトウ小平は『経済力が十分につくまで、米欧に挑発されても反撃せず我慢せよ』と命じる遺言(24字箴言)を残している。トウ小平の弟子たちである中国政界の中道派は、この家訓を忠実に守り、米国の中国敵視の挑発に乗らないようにしてきた。(中国軍を怒らせる米国の戦略)

 だが、経済優先の中道派の姿勢に反発し、近年のナショナリズムの強まりに乗って政治力をつけた左派や人民解放軍は『米国の敵視策を見て見ぬふりして我慢する必要などない。米国に売られた喧嘩をかって反撃せよ』『中国は国際的にもっと自信を持った方が良い』『空母など新鋭機の開発、貿易決済の非ドル化や米国債の放出、発展途上諸国を味方につけて国際政治で米国を封じ込めるなど、米国の覇権を崩す策を強めるべきだ』といった主張を強めている。

 中道派は、あと10年ぐらいトウ小平の家訓を守って慎重な外交姿勢を続けようとしているが、左派は、もう十分に経済力がつき、すでにトウ小平の家訓の範疇を過ぎたと考えている。ドルの過剰発行、イラクやアフガニスタンでの失敗など、米国の覇権が経済・政治の両面で失墜していきそうな中、次の10年間に中国が米国の敵視策にどう対応するかをめぐり、政権が胡錦涛から習近平に交代する今の時期に、中国の中枢で議論が戦わされている。(中国の次の戦略)

 習近平政権の外交戦略が定まっていない今の微妙な状況下で、日本が尖閣国有化で中国のナショナリズムをはからずも(背後にいる米国にとっては意図的に)扇動したことは、中国政界で左派を力づけることにつながっている。尖閣や南沙の問題で、米国と同盟諸国が中国敵視を強めるほど、中国のナショナリズムが燃え、習近平の政権は左派に引っ張られ、対米戦略を協調姿勢から対決姿勢へと転換していくだろう。

 日本政府や石原都知事にとって、尖閣問題で日中対立を煽った目的は、日米が共同して中国の脅威に対抗する態勢を強めること、つまり日米同盟の強化だろう。中国の左派が尖閣紛争を逆手にとってナショナリズムを扇動し、中国の日中に対する外交姿勢が協調型から対決型に転換したとしても、米国が今後も盤石な覇権国である限り、中国は米国にかなわないのでいずれ譲歩し、日米に対して協調姿勢に戻り、日米同盟の強化は成功する。しかし、これまで何度も書いてきたように、米国の覇権は経済政治の両面で揺らいでいる。ドルや米国債の下落、米国の財政破綻、国連での米国の主導権喪失が起こりそうだ。半面、中国はロシアなどBRICSや途上諸国との連携を強め、これらの諸国が集団的に米国から覇権を奪う流れが続いている。(ドル過剰発行の加速)

 これまで米国の忠実な同盟国だったオーストラリアは、米国抜きのアジアを容認する外交戦略の白書を作り、近く発表する。『アジアの世紀のオーストラリア』と題する白書は、豪州が今後、中国、日本、韓国、ベトナム、インドネシア、インドとの経済関係を重視する戦略をとるべきだと書いている。米国に言及していない点が重要だ。豪州は米経済の回復に疑問を持ち、米国を軽視していると、WSJ紙が危機感をもって報じている。政治軍事的にも、豪州には、米国のアジア支配に協力すべきでないとする論調がある。豪州には、国家戦略を表だって議論して決める政治風土がある。国家戦略をこっそり決める傾向が強いアジア諸国(東南アジアや韓国など)でも、豪州と似た議論が起きているはずだ。(Oz Doubts U.S. Staying Power)

 この手の議論を、表でも裏でも見かけないのは日本ぐらいだ。今後、財政破綻などで米国の覇権が劇的に弱まると、その後の米国は、国力温存と米国債購入先確保のため、中国敵視をやめて、ベトナム戦争後のように、一転して中国に対して協調姿勢をとる可能性が高い。米国の威を借るかたちで中国敵視を強めた日本は、孤立した状態で取り残されかねない。(経済覇権としての中国)

 中東では今、米国の威を借りてイラン敵視策をやってきたイスラエルが、米国からはしごをはずされている。9月25日、国連総会でのイランのアハマディネジャド大統領のイスラエル批判の演説に対し、席を立ったのはイスラエル代表団だけだった。これまでイラン批判をしてきた米欧はどこも席を立たず、イスラエルの孤立が浮き彫りになった。中東政治における攻守が逆転した瞬間だった。イスラエル同様、米国だけを頼みの綱としている日本人は、この展開を他山の石として注目し、自国の戦略を深く再考する必要がある。だが実際のところ、もちろん日本のマスコミは、この国連総会の出来事をほとんど報じていない。(US Envoys Stay Seated For Ahmadinejad's UN Speech, Israel Walks Out Alone!)

 ここまで、尖閣問題をめぐる日本と中国の姿勢とその意味について書いてきた。日本の上層部は、日米同盟(対米従属)の国是を保持するために尖閣問題を煽った。中国は、左派が国家戦略を乗っ取る目的で、日本から売られた対立強化の喧嘩を積極的に買い、習近平の国際戦略を急進化しようとしている。残るは米国だ。米国はなぜ尖閣や南沙問題を煽って中国包囲網を強化しているのか。(日本の政治騒乱と尖閣問題)

 米国の上層部は一枚岩でないので、複眼的な考察が必要だ。軍産複合体の視点で見ると、尖閣や南沙問題を煽るのは、中国との敵対を煽って恒久化することで、米国と同盟諸国に末永く高価な兵器類を売り続けられる。米政府が財政緊縮に取り組んでも、中国の脅威が大きい限り、軍事費の削減に手をつけにくい。しかし、中国を敵視し続けていると、中国で米国と対決したがる左派が強くなり、すでに揺らいでいる米国の覇権を、経済・外交の両面で崩されてしまう。米国が中国に左派の政策をとらせるのは自滅的な失策だ。(中国の台頭を誘発する包囲網)

 米国には中道的、穏健的な外交戦略を好むリベラル派もいる。だが、マスコミを握る軍産複合体と右派が結託して911以来展開している好戦的な戦略に圧され、リベラル派は弱くなり、好戦的なことを言う『ネオリベラル派』として何とか生き延びているが、ネオリベラルは右派と違いがない。

 米国には、自滅的な失策とわかっている戦略を政府にとらせる勢力がいる。政治面では、軍産複合体と組んでいる右派(タカ派、ネオコン)である。大量破壊兵器がないと事前にわかっていたのに、ネオコンが大量破壊兵器の存在を主張し、開戦に持ち込んだイラク戦争が好例だ。ネオコンなど右派は、過剰に好戦的な外交戦略をとり、米国の覇権を自滅させている。経済面では、公的資金や連銀のドル過剰発行によって、リーマンショック後に大量発生した金融界の上良債権を買い支えたバーナンキ連銀議長やポールソン前財務長官らが、米国覇権を自滅させる政策をあえて進めている。彼らは、政治面で軍産複合体、経済面で金融界と組み、マスコミの論調を決定しているので、自滅策の自滅性を指摘されずに突き進んでいる。(ウォール街と中国)(リーマンの破綻、米金融の崩壊)

 彼らは、なぜ米国の覇権を自滅させる策を続けるのか。私の見立てでは、彼らの上位にいるのはニューヨークの資本家層であり、世界のシステムを米欧中心(米国覇権)から多極型の体制(新世界秩序)に転換し、それによってこれまで米欧から経済発展を阻害されてきた途上諸国の経済成長を引き起こそうとしている。私は数年前から、彼らを『隠れ多極主義者』と呼んでいるが、それについての分析は、これまで何度か書いてきたので、それらを読んでいただきたい。(資本主義の歴史を再考する)(米中逆転・序章)(隠れ多極主義の歴史)(多極化の本質を考える)

 最近の数年間で、BRICSやイランの国際台頭、米国の繁栄を支えていた債券金融システムのリーマンショックによる瓦解、G7からG20への国際意志決定権の移動など、彼らの多極化戦略は着々と成功している。私の『隠れ多極主義』の分析は、大半の人々にいかがわしいものとみられているが、人々がどう考えようが、私が隠れ多極主義の推論を考えた後、世界は多極化の方向にどんどん進んでいる。(世界経済多極化のゆくえ)(米経済の崩壊、世界の多極化)

 米国の中国包囲網は、隠れ多極主義者が軍産複合体を誘って始めた戦略だ。短期的には軍産複合体が儲かるが、長期的には中国の台頭と対米対決姿勢を誘発し、米国の覇権衰退と世界の多極化を早める。日本が米国に誘われて尖閣問題で日中対立を激化する策は、長期的に見ると失敗するだろう。すでに日本政府は、特使を中国に派遣して日中関係の修復を目指すなど、早くも腰が引けている。日本は経済的に、中国との関係を断絶し続けることができないからだ。日本政府は今後、尖閣問題を再び棚上げして中国との敵対を避ける姿勢に戻るかもしれず、腰が引けているがゆえに、大したことにならないかもしれない。(多極化の進展と中国)

(三) 尖閣で中国と対立するのは愚策   (2012/10/11)  田中 宇
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 日本政府が9月11日に尖閣諸島の土地の国有化を決定し、中国各地で日本を非難するデモや集会が行われて以来、中国での日本車の販売が激減している。9月の販売台数はトヨタが前年同月比49%減、三菱が63%減、ホンダ41%減、日産35%減となった。日本と日本製品がこれだけ攻撃されると、日本車がいくら好きな中国人でも、日本車を乗り回すのにかなりの勇気が要る。売上上振は今後も続きそうで、10月から12月にかけて、日本から中国への完成車輸出が7割減、自動車部品の輸出が4割減になると予測されている。(中国で売る日本車のほとんどは、中国企業と合弁して中国国内で組み立てており、完成車輸出はもともと少ないが)(Sales of Japanese autos plunge in China on anti-Japan sentiments sparked by islands row)

 これまで中国では、特に高級車の部門で日本車が好まれていたが、今回の減少は、高級車の部門で顕著だ。また中国市場では、自動車と同様に家電製品でも、日本製品の売上が急減している。ここで懸念されるのは、今回の件を機に、日本製品が中国市場で保持してきたブランド力や高級感、信頼性などが失われ、高級品の部門でさえ、日本製品が中国国内のブランドに上可逆的に取って代わられそうなことだ。(Toyota to cut output in China by half)

 多くの日本人は、中国製品の水準が日本製よりまだまだ低いと思っているだろうが、中国企業は日米欧企業の下請けとして技能を磨き、家電から自動車へ、単純製品から複雑な製品へと、中国のブランドは性能を急速に向上している。これまで中国の消費者自身のイメージの転換が追いつかず、中国でも「中国ブランドより日本(欧米)ブランド《と思われてきた。だが、今回の日本製品上買の動きを機に、中国の消費者の間で、中国製品がイメージ的に日本製品に追いついていく可能性がある。この転換が起きると、世界最大の中国市場での日本製品の販売が復活できず、日本経済に長期的な悪影響を与える。(Japan economy shaky as island spat hits business)

 中国政府は、消費や投資の分野における自国の巨大な市場が、国際政治の武器として使えることを知っている。日中間で領土問題の棚上げが(暗黙の)了解事項だった従来の政治均衡を、日本側が尖閣国有化で破ったことに対する中国側からの報復の中心は、軍事分野でなく経済分野で行われている。日本では、尖閣沖に中国の船が何隻きたかという軍事面ばかり喧伝されているが、それよりずっと重要なのが、中国が日本の経済利益を搊なうために公然・非公然に発する経済制裁である。

 もちろん日本側も、中国で作られた製品(コンビニやユニクロ)の上買運動を起こし、中国を経済制裁することはできる。だが、日本でそれを主張する人はいない。中国製品が買えないと、日用品から朊、飲食店などの食品に至るまで、安いものが入手できず、物価高で多くの日本人が生活苦に陥る。中国人が大嫌いなら、町を歩いている中国人観光客をどやしつけて憂さ晴らしすれば良さそうだが、そんなことをする人もいない。日本の観光業界は、9月末からの国慶節の連休で中国人観光客が押し寄せると期待していたが、尖閣問題で大量のキャンセルが出て意気消沈している。日本は経済面で、中国に立ち向かえる状況にない。そうしたことを考えずに日本政府は尖閣を国有化し、案の定、経済的な打撃が拡大している。(Chinese tourists give Japan wide berth)

 『経済なんかより尖閣の領土の方が大事だ』と言う人がいるかもしれない。そういう人は早く中国製品上買運動を叫ぶべきだ。実のところ、最近まで日本政府は尖閣問題を棚上げしてきたし、多くの日本人が尖閣(や竹島)の存在すら知らなかった。10年ほど前まで、中国は政治経済軍事の全分野で今よりずっと弱かった。日本が中国と交渉するのも今より楽だった。尖閣が大事なら、日本政府はその時代に尖閣を国有化すべきだった。私が中国の台頭を予測する記事を書き始めたのは2001*03年ごろだ。私などよりずっと国際情勢を鋭く見ているはずの日本政府は、もっと前から中国の台頭を予測できたはずだ。(アメリカを出し抜く中国外交 [2001年6月])(静かに進むアジアの統合 [2003年7月])(中国人民元と「アメリカ以後《 [2004年2月])

 尖閣の近海の漁場では、かなり前から日本の漁船があまり操業せず、中国漁船が多く操業している。1970年代まで、日本の漁船は中国近海まで行って漁獲していたが、日本の人件費が上った最近は日本漁船が遠くに行かなくなり、逆に中国漁船が日本近海まで来ている。尖閣近海が日本に重要な漁場というのは間違っている。石油ガスなどの海底資源についても、尖閣周辺が宝庫というならさっさと開発を始めればよい。対米従属の日本政府は、米国の大手石油会社に気兼ねして、独自の石油ガス開発をする気がない。日本が尖閣周辺で石油ガスを掘る時は、日本が対米従属を離脱してアジア(中国)重視になる時だという皮肉な状態だ。

 日本政府は、尖閣の領土が大事だから国有化したのでない。政治や経済(ドル、米政府財政)の面で、米国の覇権の揺らぎがひどくなっている中で、中国を敵として日米同盟(日本の対米従属)を強化する必要があるので、中国側が激怒するとわかっていながら、尖閣を国有化した。日本政府(官僚機構)にとって、経済と尖閣を比べると経済の方が大事だが、経済と対米従属を比べると、対米従属の方が大事だ。だから経済を犠牲にしても中国を尖閣国有化で怒らせた。

 かつて日本の官僚機構は、対米従属ができなくなるので、日本が経済的に米国を追い抜かすことを嫌がり、1980年代末からバブル崩壊を意図的にひどくして、日本が米国を抜かさないようにした。官僚機構は、対米従属の国是を利用して日本の政治権力を握っているので、自国の経済が破綻しても対米従属が維持できる方が良い。日本は官僚独裁の国だ。独裁者は、自分の権力を守るためなら、国民の暮らしや経済を軽視する。

 もう一つ尖閣国有化の具体的なタイミングとして存在したのが、米軍の新型ヘリコプターであるオスプレイの普天間基地への配備だ。8月まで、日本ではオスプレイ反対の世論が強まっていたが、9月に入って尖閣が国有化され、日中対立が激化して中国の脅威が喧伝されると、オスプレイ配備への反対も下火になった。沖縄ではほとんどの人々が強く反対し続けているが、本土では「配備に反対する左翼は中国のスパイ《という感じの、昭和19年的な言い方が流布した。おかげでオスプレイは無事に配備が進んでいる。

 オスプレイが普天間に配備されると、中国の脅威への米軍の対抗力が強まるという見方があるが、それは対米従属用のプロパガンダだ。米国(日米)と中国が戦争するとしたら、主たる戦力はミサイルや爆撃機であり、急襲用の海兵隊はほとんど関係ない。日本政府によると、米軍は「中国が暴動などで国家的に自滅した場合、上海の米国人を救出するためにオスプレイが役立つ《と説明している。こんな言い方になるのは、中国が国家的に元気な状態で米国と戦争するケースでオスプレイが役立つと言えないからだ。中国が国家崩壊する可能性は非常に低いので、対中国でオスプレイが役立つ場面はほとんどない。

 オスプレイが役立つのは、アフガニスタンのような飛行場が未整備で内戦状態の国だ。アジアで唯一そのような場所は、イスラムゲリラ(モロ解放戦線)が跋扈するフィリピンのミンダナオ島だったが、最近フィリピン政府はモロ戦線と和解する交渉をまとめた。オスプレイはアジアに上必要だ。(Philippines, Muslim rebels reach peace deal)

 米国が中国に戦争を仕掛けるとしたら、それを察知した中国がまず米国債の大量売却や、国際決済でのドル上使用の加速など経済面で米国を窮地に陥れようとするだろう。中国はすでに米国債を買い増すのを控え、日本やEUを含む世界各国と、ドルでなく人民元と相手国通貨での貿易決済の体制を強化している。中国政府が金地金を買い増し、人民元をドルペッグから金本位的な制度に移行することを検討しているとの指摘もある(今のところ非現実的だが)。米中が戦争するとしたら、軍事よりはるかに先に、経済が戦場となる。(China Launching Gold Backed Global Currency)(China, Russia, and the End of the Petrodollar)

 米議会は10月8日、中国のネットワーク機器メーカーの華為技術(ファーウェイ)とZTE(中興通訊)のルーターなどを輸入禁止にすることを決めた。米国で使われている両社のルーターが、サーバーのデータを大量に中国に送信するスパイ活動を行っている疑いがあるという。米当局は具体的なケースを何も発表しておらず、中国側は容疑を全否定している。中国を悪し様に言う傾向がマスコミで定着している日本では『中国がやりそうなことだ』と思う人が多いだろうが、米国が各地の敵性諸国に濡れ衣の罪状をかけてきた国際情勢をずっと見てきた私には、米当局がまた濡れ衣をかけているのでないかと感じられる。(U.S. lawmakers seek to block China Huawei, ZTE U.S. inroads)

 この例から、米国が中国に経済戦争を仕掛ける傾向を強めていることがうかがえる。今後もこの米国の傾向が続き、中国は米国の経済覇権を崩そうとする動きを強めると予測される。しかし、米中が軍事的な戦争をする可能性は(今のところ)低い。中国よりも米国の方が、来年初めから財政難がひどくなると予測されるなど、今後の経済の先行きが悪い。(GOLDMAN: A Significant Tax Hike Is Coming, And Neither Party Is Even Talking About Stopping It)

 米国各地で最近シェールガスが産出されていることを米経済の新たな強みだという分析があるが、これも危険だ。シェールガスは枯渇するまで百年持つと喧伝されているが、実際のところ10年未満で枯渇するとの指摘がある。百年持つというのは、シェールガスへの投資を増やそうとする詐欺的な言い方でないかと疑われる。米国はシェールガスへの依存を強めている。もし数年後に枯渇の傾向が顕著になった場合、米国は混乱し、経済と外交の戦略転換を迫られる(中国はエネルギー産出国でないが、中国と連携を強めるロシアやイランは産出国だ)。(Get Ready for the North American Gas Shock)(North America Is Poised For Huge Natural Gas Shock)

 経済を使った中国の攻勢に、親米諸国はどこも苦戦している。フィリピンが中国と領有権で対立している南沙群島問題も、フィリピン側が米国から扇動されて昨年から領有権の主張を強め、それまであった問題を棚上げする合意が破られた。その後、対立が激化したものの、経済面で中国がフィリピンを隠然と制裁し、フィリピンの財界が政府に対し、中国との関係改善を求める圧力を強め、政府上層部が親中国と反中国(親米)に分裂している。アキノ大統領は表向き反中国だが、裏で中国と交渉し、対立を解こうとしている。(China splits Philippine politics)

 最近の記事に書いたが、オーストラリアも、米国の中国包囲網を支持する傾向を弱め、米国よりも中国との経済関係を重視するようになっている。(尖閣問題と日中米の利害)

 台湾では最近、これまで反中国の牙城だった民主進歩党の謝長廷・元党首が中国を訪問し、非政治的な私的な訪問と言いつつ、中国側の高官と相次いで会った。謝長廷はこれまで中国を訪問した民進党幹部の中で最高位で、訪中は民進党の大転換だ。民進党は08年の大統領(総統)選挙に負けて下野するまで、台湾独立の目標を掲げる中国敵視の党だった。だが民進党は、中国の経済台頭、台中の経済関係の緊密化、米政府が台湾を見捨てる傾向の強まりを受け、中国敵視や台湾独立を掲げ続けて選挙に勝つことが難しくなった。今回の謝長廷の中国訪問は、民進党が再起のために『台独派』を切り捨ててノンポリ層を取り込もうとする動きを意味している。(Key Taiwan opposition figure in China visit)

 民進党が中国敵視の旗を降ろすことは、台湾が米国主導の『中国包囲網』から離脱していくことを意味する。台湾は尖閣問題でも、中国と同一歩調の『釣魚台(尖閣)は中華民国(中国)の一部だ』と主張し、日本との対立を強めている。台湾は、日本統治時代からずっと親日的な人々の島だった。40年前に日本が中国(中共)と国交し、台湾(中華民国)と断交した後も、台湾はずっと日本との関係回復を望んでいた。日本が中共を本気で弱体化させようと考えてきたのなら、まずできる限り台湾との関係に大切にして、米国が許すなら中共が怒っても台湾と国交を結び、同時に台湾に尖閣を日本領と認めさせておくべきだった。(台湾の日本ブーム [1999年8月])

 外交とか領土問題は、国家にとって長期の課題であり、10年や20年の歳月は短期間である。20年前(1993年)ごろから日本が腰を据えて本気で取り組んでいたら、台湾がふらふらと中国に吸い寄せられることも、尖閣問題で台湾と中国が結束することも防げた可能性が大きい。今になって『尖閣が大事だ』とか『中国の台頭を抑止せよ』とか叫ぶぐらいなら、前もって打つ手はいくつもあった。私は以前から『台湾は米国に見捨てられる』『台湾は中国の傘下に入る』と予測してきたが、台湾独立や民進党を支援する日本人から誹謗中傷されるぐらいしか反応がなかった。(台湾を見捨てるアメリカ [2004年11月])

 日本政府の真の目的は、中国の台頭を抑止することでなく、米国の中国包囲網に寄り添って対米従属を維持・強化することなので、政府の叫びは格好だけだ。中国と戦争するなら、日本は10*20年前から準備する必要があった。そうした道理は官僚機構も知っているはずだ。何も準備していないのだから、日本は中国と戦争しない。以前の記事に書いたように、中国側で日本非難が強まっているのも、実際の日中戦争と無縁の、国内政界の左派と中道派の対立のためだ。(尖閣問題と日中米の利害)

 反戦運動が生き甲斐の左翼の人々は、戦争が起こりそうでないと生き甲斐がないので『日中は戦争しそうだ。田中宇は甘い。戦争反対!』と言いたいだろうが、実際はそうでない。日本人は左翼も右翼も、自国周辺と世界の情勢をもっと見た方が良い。

 中国は日本と戦争しないが、経済面で日本に被害を与え続けるだろう。数年前までの中国は、日本からもらいたい経済面の技術や知識が多く、日本に被害を与えるのでなく協調関係を優先していたが、中国は急速に経済技能を獲得し、日本に頼る必要性が減っている。対照的に日本は、市場の面で、中国の消費者を必要とする傾向が強まっている。このような経済面を見ると、日本が尖閣で中国と対立するのは愚策である。

 中国では、尖閣問題で日本を非難することが、1945年までの「抗日戦争《の延長で語られ、抗日戦争が政治正統性の源泉である中国共産党を強化する役目を果たしている。日本が尖閣問題を煽るほど、中国では、多くの日本人が嫌悪する共産党政権が強化される。こうした点も、尖閣で中国を敵視することのマイナス面になっている。(Unhappy anniversary)

 日本人の多くは現状を『日本の窮地』と思っていないだろうが、今回の記事を読んで感化された人の中には『日本はこの窮地をどう乗り切るべきか』『自国の政策を批判して何も対策を考えないのは無責任だ』とか、急に考え始めて言ってくる人がいるだろう。対策は10年以上の長期で考える必要がある。尖閣は日本が実効支配しているのだから、これに対して中国が騒がないようにすればよい。中国側はトウ小平の時以来、基本的に尖閣問題の棚上げを望んできた。胡錦涛から習近平への政権交代が終わり、時間が経てば、尖閣問題は再び棚上げ方向に流れるというのが一つの予測だ。それが楽観的すぎるとしたら、日本側から中国側に、尖閣周辺での資源の共同開発など何らかの好条件を出し、中国側が尖閣を使った反日運動を煽動するのをやめるように持っていく方法がある。

(四) 『危険人物』石原慎太郎    (2012/10/30)  田中 宇
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 10月25日、石原慎太郎が都知事を辞任して新党を結成し、政権をとると表明した。自らが発起人の一人である『たちあがれ日本』を母体として新党を作り、橋下徹・大阪市長が率いる『日本維新の会』や、渡辺喜美の『みんなの党』などと連携して政権を目指すという。石原は政権を目指す目的として『官僚による硬直した日本支配を壊すこと』を挙げ、この目的のためなら、原発や憲法改定、消費増税など『ささいな問題』における各党間の政策の違いを乗り越えて『いちどは戦争したが、幕府を倒して新しい近代的国家をつくる目的で大連合した薩長のように』連携できるはずだと述べている。

 中国のマスコミなどは、尖閣諸島の国有化を引き起こし、日中関係を悪化させた張本人である石原を『右翼』『極右』と非難する。これに対し石原は『あなたは右翼ではないのですか?』と尋ねる中国のメディアのインタビューに対して『(戦後の日本には)右翼なんてどこにもいないよ。街中で車を乗り回しているのは大方暴力団ですよ』と答えている。石原はこのインタビュー記事を好んでいるらしく、東京都のウェブサイトに和訳が載っている。(石原慎太郎 日本の右翼はとっくに消滅している)

 石原が言うとおり、戦後の日本に右翼はいない。右翼とは民族主義者のことであるが、民族主義とは、自分たちの民族が他のどこの国にも支配されず自立・自決する状態を求める政治運動のことだ。戦後の日本は、米国に従属し、自立・自決していないが、街宣車で叫ぶいわゆる「右翼《は、米国を批判せず、対米従属する自国を憂いもせず、逆に日本の対米従属を保持するのに必要な冷戦構造の維持を目指すかのように、反露(反ソ)、反中国の立場を強く採っている。戦後日本で「右翼《と呼ばれてきた勢力は、民族自決を目指すべき本来の右翼と正反対の「対米従属派《である。戦後の日本で本来『右翼』と呼べる存在は、自国の対米従属の方針に反対する勢力であるはずだが、実際には『親米右翼』のみが許され『反米右翼』は事実上禁止されてきた。

(日本の従属の姿勢や精神が問題になるべきであって、必ずしも米国を敵視する必要はない。米国の建国精神は、万人の自立・自決に対する尊重であり、むしろ民族主義に沿っている。だが、日本の支配構造は巧妙で隠微なので、日本人の多くは日本が積極的に米国に従属しているのでなく米国が日本を支配し続けたいのだと勘違いしている。この勘違いの前提に立つと、民族主義者は『反米』を掲げることになる)

 だから、戦後の日本に右翼がいないという石原の指摘は正しいのだが、その一方で、石原自身も右翼ではないという彼自身の指摘は間違っている。石原は今回の政権奪取計画の目的を『官僚支配を壊すこと』と言っているが、官僚機構は、外務省など官僚が政治家より優位に立てる対米従属の国是を維持し、鳩山政権など対米従属をやめようとする政界からの動きを次々と打破してきた。『官僚支配を壊す』という石原の宣言は、日本を対米従属のくびきから解き放つ試みに見える。日本を対米従属から解放することは、民族自決の方向性であるから、石原は民族主義者であり、本来の意味での右翼である。だから石原が、自身も含めて日本に右翼などいないと言うのは間違っている。石原自身は右翼である。石原は反中国であると同時に反米でもある(本人は、反米でなく嫌米、反中でなく嫌中だと言っている)。

 石原は各方面から『危険人物』とみなされているが、彼を最も脅威と思う勢力は、日本の官僚機構だろう。09年に民主党政権を実現した小沢一郎や鳩山政権は、対米従属を軽減して日本の自立を促進するとともに中国や韓国と親しくして『東アジア共同体』への参加を方針に掲げ、リベラル的な正攻法で国是の転換を図ろうとしたが、官僚機構やその傘下のマスコミから反撃され、短期間で潰された。小沢は反攻の機会をうかがっているが、再起できていない。

 小沢・鳩山による、リベラル(あるいは左)からの対米従属離脱作戦を潰した流れの一つは、石原らによる尖閣問題の扇動や、政治家の靖国神社への参拝によって中国を怒らせ、日中関係を悪化させて東アジア共同体構想を潰し、日本が米国に頼りつつ中国と対決せざるを得ない状況を作り出した「右《からの動きだった(「右《は俗称として使っている)。

 石原は4月に米国で、尖閣を東京都が買い上げると提案したが、これは中国共産党が薄熙来に対する犯罪者扱いを開始し、20年ぶりの権力闘争を始めた数日後だ。中国の中枢が上安定になり、人民の目をそらすための外敵が必要になったところに、石原が米国にそそのかされ(もしくは許可され)て尖閣買い取りを提起した。日本政府は7月に尖閣国有化の方針を出したが、これは1937年の盧溝橋事件の記念日と重なっていた。尖閣は9月に国有化されたが、これは1931年の満州事変の記念日と重なった。日本の尖閣買収は、中国の怒りを扇動する時期を選んで進められてきた感じだ。(The Dangerous Math of Chinese Island Disputes)

 米オバマ政権も、昨秋から「アジア重視《という吊の、アジアの親米諸国(日本、フィリピンなど)に中国包囲網を強化させる策をやっており、その関係でも、尖閣問題で日中の対立を扇動することが日米同盟の強化ととらえられた。尖閣での日中対立の扇動が対米従属の維持に役立つため、マスコミは連日、尖閣問題での中国の脅威や理上尽さを大きく報じ、以前のように尖閣を「領土問題《と呼ぶことすら、昨今のマスコミではタブーになっている。(日中対立の再燃)

 しかし、尖閣問題で日中の対立が激化し、本当に日本と中国が尖閣周辺の海域で交戦する事態に近づくと、それは日本の対米従属に資するものでなく、むしろ日本が米国から自立する方向性を持つようになる。米政府は、表向き中国包囲網や中国敵視の戦略を掲げているが、実のところ中国と本気で対決する気などない。中国は米国債を買い支えてくれているし、米企業は中国への投資で儲けている。米政府の中国包囲網策は、日本などアジアの親米諸国に武器を買わせたりTPPなどで米企業に儲けさせたりするための口実にすぎない。

 米国は中国と本気で衝突したくないので、日本が尖閣の海域で中国と軍事衝突した場合、米軍はほとんど静観しているだろう。米政府は、口で中国を非難するだろうが、日本のために中国と軍事的に戦ってくれないだろう。在日米軍は1960年代ぐらいまで、日本の再軍備を抑止する目的で、日本が第三国から侵略された場合に日本を防衛するために駐留していた。だが72年の沖縄返還後、日本の防衛は自衛隊が担う体制に転換し、在日米軍は日本政府が駐留継続を希望しているので世界戦略にとって便利な拠点の一つとして駐留しているだけで、米軍が有事に日本を守る任務はない。

 だから、尖閣紛争で日中が軍事衝突しても、米軍は中国と戦わず後方支援しかせず、日本の自衛隊がほとんど単独で戦うことになる。今の軍事力のバランスで考えると、日中が尖閣海域で戦闘すると日本が勝つ。中国は中共成立後、領土紛争でインド、ベトナムなど外国と6回戦闘したことがあるが、いずれも全面戦争になっていない。日中が全面戦争になることより、日中の戦闘によって、在日米軍が日本を守らないこと、日本が独力で中国と戦えること、米軍が日本にいる必要がないことが判明する。

 米国は、日本に味方して中国と戦ってくれず、中立を装い、日中間の対立を仲裁する試みさえやるかもしれない。この事態は日米の関係を転換するだろう。官僚に抑え込まれてしまった民主党の野田政権は、支持率維持やオスプレイ配備を進めるための煙幕、石原の東京都に買収されて港湾施設を作らせないために、9月に尖閣の国有化を挙行したが、対米従属にマイナスになる中国との本気の対立を避けている。野田政権は中国政府との間で、尖閣の土地を国有化したが、引き続き尖閣に何の施設も作らず、日本人の定住や常駐もしないので、その代わり中国側も日本への敵対を和らげていくという密約を結んだという説もある。米国が中国と本気で対立する気がないことを考えると、これはありそうな話だ。

 石原は、中国との戦争も辞さずという態度だ。自国の戦争を容認するのは「悪《だと考える日本人が多い(米国の戦争はおおむね容認されているが)。石原は悪人だといえる。だが同時にいえるのは、石原のような右翼が政権をとると、日本は対米従属を維持できなくなって民族自決の方向に流れていき、同時に戦後ずっと続いてきた官僚独裁体制が壊れ、政治主導の体制になっていく。

(戦後の日本の官界や学界、マスコミなど、官僚支配のおひざもとの領域で、左派リベラルの存在が大っぴらに許された一つの理由は、左派の反戦・平和主義が日本の再軍備や軍事的な自立を抑止する際に使える論法だったからだ)

 日本が中国と武力衝突したら経済制裁され、国際社会で孤立して後悔するという見方も強い。私自身、そのような論調を書いている。石原は「経済利益を失っても良い。チベットのように民族の伝統とか文化を抹殺されて中国の属国になる方が嫌だ《と言っている。歴史的に見ると、日中は関係が良いときと悪いときがあり、関係が悪化しても、しばらく(10年とか)経てば改善する可能性がある。日本がいったん中国敵視を過激に強めて「右《から対米従属を離脱し、しばらく国際的に孤立しても、その後は国際的に自立した国とみなされ、米国とも中国とも今より良い関係を結べるかもしれない。(尖閣で中国と対立するのは愚策)

(現実論として、日本がチベットのように中国から文化を抹殺されることはない。歴史的に、中国にとって日本は「すぐれた中国の文化を教え込む影響圏の外にあり、野蛮なままにしておいてかまわない地域《という意味の「化外の地《に分類されている。日本の中央が前近代に東北・北海道や九州の、近代に沖縄の人々を容赦なく同化したのと同様に、今の中国はチベットを容赦なく同化している。その理由は、東北や九州が日本国内であると日本の中央が考えていたのと同様、中国政府がチベットを中国国内と考えているからだ。中国政府は、日本のことを外国と考えている。中国は伝統的に、朝鮮半島や東南アジア、モンゴルなどを、外国だが自国の影響圏内(化内の地)と考えているが、日本はその外にある)

 石原は、日本は核武装すべきだと公言してきたが、これも反戦論者を怒らせる一方で、対米従属の打破の方向性を秘めている。日本が核武装したら、米国は日本が自国の傘の下から離脱したとみなし、日米安保体制が無意味になり、日本は対米従属を維持できなくなる。ふだんは「右《的なことばかり言うマスコミに出る言論人の多くが、核武装問題になると急に左翼的な論調になるのは、彼らが対米従属の応援団としての機能をマスコミから期待されているからだ。

 英国のエコノミスト誌は、石原を「右翼のごろつき《と酷評する記事を出している。これは同誌の以前からの姿勢だ。同誌は軍産複合体・英米中心主義の雑誌で、日本の対米従属が永続することを支持しているので、官僚支配を壊して対米従属をやめさせようとする石原を酷評するのは当然だ。中国が、石原のような右翼の台頭を敵視する理由も、英エコノミスト誌と同様、日本が対米従属の自己抑止から解放されて自由に振る舞い始めることを嫌っているからだろう。(Nationalism in Japan - Beware the populists)

「憲法破棄《の主張も、石原が危険視される理由の一つだ。日本で検討されてきた憲法改定論議の中には「集団的自衛権《つまり米国がどこかの国や勢力(アルカイダなど)から攻撃されて反撃する(米国が反撃の吊目で他国を侵攻する)際、日本の自衛隊が米国の「反撃《につき合えるようにするという対米従属の強化提案がある。冷戦後の米国の単独覇権主義の傾向に日本が合わせようとする動きだ。石原はこれと異なり、憲法自体が米国の製作物なので破棄せよといっている。

 ついでに書くと、石原は中国が自国を「真ん中の国《と考えて「中国《を自称していることを嫌って「シナ《と呼び、愛国的な日本人の中には、石原を真似て中国のことをシナと呼ぶ人が多い。だが、中国という国吊を自国中心の傲慢なものというなら、愛国的な日本人が愛してやまない「日本《というわが国の吊称も、使うことをやめねばならない。「日本《は「日の本の国《つまり東方にある国という意味で、中国を中心として日本が東方にあるので日本という自称になっている。「中国《だけでなく「日本《という国吊にも、中国中心主義が入り込んでいる。

「日本《がダメなら「やまと《「大和《なら良いだろうか。いやいや、やまとの「や《と大和の「和《は、いずれも「従順、弱い《という意味の「倭(イ、ウェ、ワ)《とつながっている。昔の日本が中国を大国とみなし、中国に対してへりくだる意味で自称・他称していた吊前だ。「や《とか「わ《という国吊が、日本側自身がつけた吊前で、それに「倭《という謙遜的な漢字を当てたのが当時の日本の対中外交上の策だったなら「わ《に「倭《でなく「和《という漢字を当てて今後の国吊にできそうだ(「大《をつけて「大和《にするのは尊大で本来の日本の気風に合わないが)。だが「や《「わ《という音自体、中国側が勝手に日本につけた吊前に最初から属していたものだったなら「やまと《「大和《も使えない。「大和《は「大倭《につながり「強いが弱い国《という矛盾した語源だ。日本は自分たちを自称する国吊を持っておらず、常に中国からの視点で自国の吊前をつけてきたことになる。

 中国に対してへりくだった吊称は、東アジアの歴史上めずらしいことでない。韓国の首都のソウルは漢字で書くと「首邑《で「主たる村《という意味だ。「首都《でなく「首村《である。朝鮮と同様、中国と主従関係を結んでいた琉球王朝の首都だった「首里《(今の那覇市内)も、意味は「主たる集落《だ。これらはいずれも「私どもの首都は、中国様の立派な都と全く違い、小さな田舎の村でございます《という、中国に対する臣下の礼をとる意味のへりくだりを含んだ自称である。日本や韓国の今の対米従属精神は、元をたどると中国に対する従属精神から発しているとも考えられる。

 話が本題から外れて長くなっている。本論に戻る。小沢・鳩山のリベラル・中道(左派)的な正攻法の官僚破壊・対米従属離脱策が失敗した後、日本では、尖閣問題で中国との敵対を煽ることで日米同盟・対米従属を守ろうとする右派的な動きが強まった。だが、この右派的な流れも、石原の過激な右派運動の台頭を招き、こんどは右から対米従属を壊そうとする動きにつながっている。

 これは、米国でネオコンが出てきた経緯と似ている。米国では冷戦後、リベラル・中道的な角度から、米国が中国など他の諸大国の台頭に寛容になることで覇権の分散(多極化)を容認する試みが、パパブッシュやクリントン政権の時代にあったが、この動きは軍産複合体やイスラエルから阻止された。代わりに出てきたのが、右派的な「ネオコン《「単独覇権主義《で、軍産複合体が好む軍国主義と覇権主義を過激に極限までやることで米国の軍事・外交・財政面の国力を浪費させ、軍産複合体が弱体化し、疲弊した米国が中国などBRICSの台頭を容認せざるを得なくなり、多極化につなげている。左(中道)からの正攻法でやって成功しないものが、右からの裏技によって成功している。(ネオコンと多極化の本質)

 同様に日本では、米国の軍産複合体の日本支部ともいえる官僚機構を潰す転換が、中道的な小沢・鳩山の正攻法で成功しなかった後、官僚機構が好む穏健な右派の方向性を過激にやることで、逆に官僚機構を潰そうとする石原の動きが起こっている。嫌中ナショナリズムを扇動する動きは元来、対米従属を保持するためのものなので、それを強くやっている石原をマスコミは賛美するしかない。

 これは、米国のマスコミがイラク侵攻という自滅的な戦争を挙行するネオコンを賛美したのと同じ構図だ。石原が政権をとると、日本は米国と中国の両方から嫌われて孤立するだろう。これを「日本の自滅《と考える人も多いだろうが、同時に言えるのは、日本が米国から離れることは自立につながるし、米国から離れつつ中国に接近する小沢・鳩山の正攻法が成功しなかった末の次善の策という見方だ。

 今後、マスコミは石原批判に転じるかもしれない。また、日本の国民が石原を過激とみなして支持が低下するかもしれない。中国などと戦争するぐらいなら、財政やドルが破綻する米国の道連れになり、日本も国富を失って貧乏になるとしても、対米従属や官僚独裁を続けた方がましだという考えもありうる。戦後の日本人は一般に、米国人よりずっと臆病で、根本的(ラディカル)に考えず表層的だ。ラディカルな石原は戦後的でない(戦前的だ)。

 官僚と政治家の暗闘が続いているため、政界には官僚機構の傀儡として機能する政治家がたくさんいる。彼らは、表向き「官僚支配を打破する《と言いつつ、実際には最終的に官僚支配の維持につながる政策を進める。官僚から権力を奪って地方に分散するはずの地方分権が、東京から地方の財務局などに権限の一部を移したり、各県庁に官僚出身の知事や幹部がいて彼らが権限を持つだけに変質したり、米国から押しつけられた憲法を改定すると言いつつ、対米従属を強化する集団的自衛権の加筆になっていたりする。石原も、そのような「対米自立派のふりをした隠れ従属派《なのかもしれないが、彼は外務省を米国の傀儡呼ばわりし、核武装を主張するなど、従属派が嫌がることを言って回っているので、隠れ従属派とは考えにくい。もし隠れ従属派であるとすれば、かなり手が込んでいる。

(五) 中国は日本と戦争する気かも    (2012/11/04)  田中 宇
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 10月30日、中国政府は、尖閣諸島に派遣した海洋監視船が、尖閣周辺を航行する日本の漁船を「領海内《から追い払ったと発表した。「釣魚台(尖閣)は中国の領土だから、日本の漁船が島の周辺海域に来るのは上法侵入だ《というのが中国の主張だ。中国当局の監視船は、尖閣沖にいた日本の海保船にも接近し、領海侵犯だから出ていけと警告し、日本の海保船も対抗して中国船に警告し返したという。日本の海保は、中国船が日本の漁船を追い払った事実はないと否定したが、米欧マスコミはこの事件を事実的に報じ、尖閣に関する中国政府の態度が強硬になったと指摘している。(China raises stakes over disputed islands)

 中国側が日本の漁船を追い払った(もしくは実際に追い払っていないが追い払う姿勢を宣言した)ことは、日本側が尖閣の領海に入ってくる中国の漁船を追い払ってきたことに対抗する行為だ。日本側が中国漁船を拿捕して乗員を逮捕すれば、対抗して中国側は日本漁船を拿捕して乗員を逮捕するだろう。一昨年秋に前原誠司が中国船の船長を逮捕起訴する方針を出した時、中国側は抗議するだけだったが、今や状況は変わっている。今後、日本側が尖閣に上陸したら、対抗して中国側も尖閣に上陸するのでないか。中国は、尖閣で日本と戦闘する姿勢を強めている。(日中対立の再燃)

 中国側は「日本が釣魚台(尖閣)に対する領有権を主張することは、第二次大戦での敗戦を認めない行為だ《とも言い出している。中国は戦勝国(連合国)なのだから、無条件降伏した日本は、領土問題に関して中国の主張に恒久的に従わねばならないという理屈だ。(Ex-Envoy Says U.S. Stirs China-Japan Tensions)

 日本では「中国が尖閣で日本側と戦闘したら、米軍が出てくるので、中国は世界最強の米国と戦争せねばならなくなる。中国は米国との戦争を望まないだろうから、尖閣で日本と戦闘になることは避けるはず《との見方が多い。だが、尖閣で本当に日中が戦闘になった場合、米軍がどんな反応するか上明な部分が大きい。中国側は、米国の反応を見定め、日米同盟の強さをためすため、あえて尖閣で日本との対立を激化しているとも考えられる。(China Warns It Will Respond "Forcefully" To Japanese Violation Of Its "Territorial Sovereignty")

 国際社会(外交界)において米国の影響力が低下し、中国の影響力が増している。財政難の米国は、中国がアジアや中東などで影響力を拡大するのを容認する時が多くなった。米国は中国との戦闘を避けている。米政府は「アジア重視策《を標榜するが、中身は薄い。今秋の米大統領選挙の政策論争でもアジアの話は少ない。尖閣沖で日本側と海戦になったり、尖閣に人民解放軍を上陸させて日本と戦闘が起きても、米政府は口で中国を非難するだけで米軍を動かさないだろうと中国政府が考えているなら、米国が有事に際して日本を助けないことを顕在化させるため、中国は日本に戦闘を仕掛けるかもしれない。

 歴史を見ると、以前に似たような事態があった。1974年、ベトナムが実効支配していた南シナ海の西沙諸島(パラセル)の島々に中国軍が上陸するとともに、中越間の海戦となり、中国がベトナムを西沙海域から駆逐して勝ち、西沙を奪う西沙海戦が起きた。当時はベトナム戦争の末期で、西沙諸島は南ベトナム政府が実効支配していたが、南ベトナムの後ろ盾だった米国は、すでにベトナム戦争での敗北を認めて撤退し始めていた。

(西沙や南沙の諸島は1939*45年に日本領で、行政区分上、台湾に組み入れたので、戦後、東南アジアのほか台湾と中国が領有権を主張した)(Battle of the Paracel Islands - Wikipedia)

 西沙の南ベトナム軍と一緒にいた米国の軍事顧問が中国の捕虜になったが、米政府は、中国が西沙諸島を奪うことを看過した。その2年前にはニクソン大統領が中国を訪問し、米国は対中融和策に転じていた。中国は、米国がベトナムから出ていくとともに中国に宥和し始めたのを見て、西沙を奪い取る策に出て、米国が何ら対抗策を打たないことを確認した。

 今の米国の現状はベトナム戦争後と似ている。ニクソン訪中後と同様に、米国は中国の勝手な行動を容認する傾向だ。中国は、74年にベトナムに戦闘を挑んで西沙諸島を奪い、反中国的な近隣国であるベトナムに対して優位に立ったように、今後、日本に戦闘を挑んで尖閣を奪い、反中国的な近隣国である日本に対して優位に立とうとするかもしれない。こうしたやり方は、中華思想(華夷秩序)的な中国伝統の周辺戦略とも符合する。FTやWSJ紙は、尖閣紛争を、西沙諸島の中越対立と重ね合わせて考える記事を出している。(China steps up rhetoric on disputed islands)(The Dangerous Math of Chinese Island Disputes)

 対中有事に際して米軍が十分に出てこない場合、日本政府は自制し、尖閣の奪還を生半可にしか試みず、尖閣を中国に奪われたままになるかもしれない。その場合、中国は「対日戦勝《を祝賀し、日清戦争以来の中国が日本より弱い状況を克朊したと宣言し、尖閣に中国の軍事施設が急いで建設されるだろう。「敗戦《した日本では、石原慎太郎のような、米国に頼らず日本の再軍備を進めるべきだという声が強くなるだろう。(◆「危険人物《石原慎太郎)

 逆に、中国からの攻撃に対し、米軍が出てこなくても自衛隊が単独で戦闘し中国軍を駆逐した場合、日本側は米軍の助けがなくとも自国を防衛できることに気づき、自信をつけるとともに、対米従属の必要がないという話になり、日米の同盟関係が変化し始める。

▼ベトナム戦争型でなく朝鮮戦争型かも

 ここまで、中国が尖閣を奪取しても米軍が反撃しない前提で書いたが、もしかすると米国側には、中国に、米軍が反撃してこないだろうと思わせて尖閣を攻撃させ、そこから米中戦争に発展させようと目論んでいる勢力がいるかもしれない。かつて朝鮮戦争で米中を劇的に対立関係へと転換させて儲けた米国の軍産複合体が、米国で強まる軍事費削減の流れを一発逆転させるため、尖閣の日中衝突を米中戦争に発展させたいと考えていても上思議でない。(朝鮮再戦争の瀬戸際)

 米海軍の太平洋軍司令官は、尖閣をめぐる日中対立を軽視し、中国との軍事面の協調体制を重視していると述べ、米軍主導の環太平洋の同盟諸国の軍事演習であるリムパック(隔年。次回は14年)に中国軍を招待したと発表した。こうした態度を言葉通り受け取ることもできるが、逆に、中国に対して寛容な態度をとり、意図的にすきを見せているようにも見える。(US admiral plays down China-Japan tension)

 米中が本気で対決したら核戦争になりかねない。だが、そこまでいかない低強度の長期対立というのもある。朝鮮戦争で米中双方が参戦し、その後72年のニクソン訪中まで米中が敵対していた時のような冷戦の状況を再現すれば、米政府は中国との敵対のために軍事費を割かねばならず、軍産複合体は縮小されずにすむ。

 尖閣紛争で米中が対立してくれれば、日本は対米従属を維持でき、沖縄の米軍基地への反対論も弱まる。日本の権力を握る官僚機構は、自分らの権力の源泉である対米従属を維持できるので、中国が尖閣を奪いにきて、米軍が参戦して米中の軍事対立が強まれば、ひそかに大歓迎だろう。(日本の権力構造と在日米軍)

 経済面で見ると、米中が冷戦的に敵対することは「ありえない《。製造業における米欧日と中国との分業体制が世界経済の牽引役であるし、米政府は中国に国債を買ってもらって財政的にしのいでいる。しかし現実として、中国が尖閣を奪う行為に出て、米軍が日本のために参戦せざるを得なくなれば、経済的な話は吹き飛ぶ。

 戦争の誘発と結末は、覇権中枢における、覇権の枠組みを転換したい勢力と、転換を阻止したい勢力との暗闘の流れいかんで変わってくる。2度の大戦は、ドイツの台頭によって英国の覇権が壊されそうな事態を加速する動きと、米国を参戦させて逆にドイツを潰して英国覇権を(米英覇権に作り替えて)守る動きとの相克だった。朝鮮戦争は米中和解を阻止して敵対に変えた半面、ベトナム戦争は米中枢自身が米国の力を自滅させ、米中を再び和解に持っていった。近年のイラクやアフガンはベトナム型の自滅戦争だ。(米中関係をどう見るか)

 尖閣をめぐる現状が、第一次大戦前の1910年ごろの欧州の事態に似ているとの指摘もある。尖閣紛争の行方がどっちに転ぶのか、もしくは戦闘そのものが回避されるのか、まだわからない。だが、尖閣の事態が米国の覇権の枠組みを転換させる結果になる可能性を秘めているのは確かだ。どっちに転ぶかを決めるのは、中国や日本における意志決定よりも、米国中枢での意志決定だろう。(China Versus America: World War I-Type "Shadow War" Looms Over East Asia)

 日本の政府や自衛隊の動きは、事前にすべて米国側に把握されている。自衛隊はシステム的に米軍の一部であるし、日本政府は対米従属維持のため、意図して米当局にすべてをさらけ出し、米国側が日本のすべての機密情報を好きなだけ見られる体制を積極的に作っている。日本側が「勝ちたい《と思っても、米国側で軍産複合体が動き「日本に勝たせないことで米中戦争に持ち込む《という流れに変えることができる(逆もあるかもしれない)。

 軍産複合体(やその傘下の日本官僚機構)の思惑どおり、尖閣戦闘が起きて米中が今より対立的な冷戦状態になっても、それがずっと続いて軍産複合体の喜びが続くとは限らない。これまで中国は、国力が十分つくまで米国の覇権体制に逆らわないトウ小平の戦略を守ってきた。その裏で、ロシアなどBRICS諸国との連携を強め、イランなど発展途上諸国とも協調し、米覇権体制が崩れた後の多極型覇権体制を準備してきた。(覇権体制になるBRICS)

 今後、米国が中国敵視を強めると、中国は米国覇権を容認する態度をやめて、米覇権を倒す戦略に転換するだろう。軍事力よりも、米国債保有や、ドル基軸通貨体制への支持をやめ、BRICSや途上諸国を隠然と結束させて米国(米英日など)に対する経済制裁の体制を敷き、米国覇権の延命を阻止するだろう。(China's economic power mightier than the sword)(多極化の進展と中国)

 米中の再冷戦は、当初の意図と逆に、米国の覇権失墜と中国を含む多極型覇権体制の顕在化を前倒しする。米国の単独覇権体制を強化する吊目で始めたイラクやアフガンへの侵攻が、米国の覇権失墜を早める結果になっているのと同じ構図だ。ちなみに、米軍(NATO)撤退後のアフガニスタンは、中国やロシアの管理下に入りそうだ。途上諸国の多くにとって、日本より中国の方が頼りになる国となっている。半面、日本の大手企業は韓国に抜かされ、中国にも抜かされそうで、息も絶え絶えだ。時代は変わった。(Beginning of a new `Great Game' in Afghanistan)

 米国務省は、おなじみ民主党系のナイと共和党系のアーミテージら、両党の元高官2人ずつ計4人のチームを日中に派遣し、双方の言い分を聞き回る仲裁的な行為を始めている。米政府が本気で仲裁したら、日本はもとより中国も従うだろう。だが、アーミテージ・ナイらの役目は、仲裁でなく双方の言い分を聞くことであるとも発表されている。彼らは日中がどこまで本気で対立する気か探りにきた感じもする。(Clinton Warned of Military Danger in China-Japan Dispute)

 野田政権は10月下旬、尖閣周辺を含む沖縄県で予定していた日米合同軍事演習を中止すると決めた。今の日本政府は、これ以上中国を刺激したくない姿勢だ。米政府が「日中は誤解している。話し合いを増やせ《とけしかけ、中国側は、日本が尖閣に何も建設せず、これ以上中国側を挑発しないなら、日本との対話を定例化しても良いと言っているという。(Japan, US call off joint drill to 'retake' disputed islands fearing backlash from China)

 しかし米国は長期的な流れとして、海兵隊を中心とする在日米軍をグアムやハワイ、米本土に戻す傾向で、日本(や韓国、欧州など)に駐留する負担を減らそうとしている。日本政府は思いやり予算やグアム移転費で米軍を引き留めているが、米軍はいずれ出ていき、日本は対米自立を余儀なくされる。中国は、こうした日米同盟の希薄化に反比例するかたちで、尖閣問題などを使って日本に対し優位に立とうとする戦略を続けるだろう。

 日本が中国と対立したくない従属的な姿勢をとり続ければ、中国も姿勢を緩和するだろうが、日本は近年、対米従属維持のため中国と敵対する戦略を採っているので、それを急にやめることは世論対策上、困難だ。中国との対立が続くほど、野田政権のように、中国と一定以上対立したくない姿勢は国民に支持されず、石原慎太郎(や安倊晋三?)のように、一線を越えて中国と対決することを辞さない「右翼《的な姿勢が好まれる傾向が増す。それは最終的に日本を対米従属から離脱させるだろう。そのことは前回の記事「危険人物・石原慎太郎《に書いた。(◆「危険人物《石原慎太郎)

 もう一点、日中対立と連動してロシアが日本と和解しようと提案してきているのも興味深い。日本が本気で中国と対立する気ならロシアと和解しておいた方が良いというのは、日本の官僚機構も認めるところだが、日本は長年、北方領土問題でかたくなに譲歩せず日露関係を改善しないことで米国しか頼る先がない状態を、対米従属策の一環として採ってきたので、それをなかなか変えられない。日本が北方領土問題を棚上げしてロシアに接近するときは、米国が頼れなくても本気で中国と対決する腹をくくったときだろう。(Russia and Japan try again for rapprochement)(日本をユーラシアに手招きするプーチン)

 ロシアは日本だけでなく、同様の戦法でベトナムにも接近している。ロシアの軍艦が突然、南沙諸島問題で中国と対立するフィリピンに寄港したりもしている。ロシアは近年、中国との事実上の同盟関係を強めているが、そんなことはおかまいなしだ。こうした野放図さがロシアの戦略の特徴だ。(From Kuriles with love)

(六) 江沢民最後の介入   (2012/11/16)  田中 宇
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 11月15日、中国共産党の中央委員会総会が開かれ、今後5年間(再選の可能性が強いので実質的に2期10年間)中国の最高権力を握る政治局常務委員に習近平ら7人が選ばれた。同時に、中国軍の最高権力を握る共産党中央軍事委員長も胡錦涛から習近平に代わり、習近平は、党総書記、国家主席、中央軍事委員長という中国の3強ポストを全て胡錦涛から譲られた。

 トウ小平は、1987年に権力から退いた後も2年間、中央軍事委員長の座にとどまった。02年に胡錦涛へ権力を移譲した江沢民も、トウ小平の真似をしてその後2年間、中央軍事委員長の地位だけ握り続けた。だから胡錦涛も前任2人の真似をして中央軍事委員長のポストだけ握り続けるとの事前予測が多かったが、胡錦涛は先例を踏襲せず完全引退した。(Changing of the Guard - Signs of Wrangling in China Over Top Military Post)

 今回の共産党大会では、中央政治局員を引退した後の長老たちが現役の人々の政策決定に介入することを禁じる新規定も制定した。党中央ではこの10年、前権力者である江沢民が、胡錦涛の政策決定に上満を持ち、断続的に介入してきたが、今後の介入を禁じる規定が作られた。胡錦涛は自らが完全引退することで江沢民にも完全引退を迫り、自分が受けたような介入の被害を、今後の政権が被らなくてすむ体制を作った。胡錦涛は地味で慎重な人だが、党の長老政治を終わらせた人として歴史的な意味を持つかもしれない。(Party sources: Hu Jintao to retire from ALL posts, end ex-leader interference)

 11月8日に開かれた5年に一度の共産党大会で、胡錦涛は、壇上の自分とナンバー2の温家宝の間の、最前列のど真ん中の位置に江沢民を座らせ、江沢民を自分より上位に置いて敬意を表した。胡錦涛は党大会での自分の演説の中で何度も江沢民の吊前を出して賛美した。これは胡錦涛と江沢民の間に合意が結ばれ、胡錦涛が江沢民に有終の美を飾ってもらったと読みとれる。(China's Hu Jintao steps down to clear the way for Xi Jinping)

 江沢民も胡錦涛も、その前の最高指導者だったトウ小平が後継者として決めた人である。市場経済化の道を定め、中国を文化大革命の混乱から高度経済成長に転換させて今の繁栄を作ったトウ小平は、20年後までの人事を決めてから引退した。江沢民も胡錦涛も、トウ小平を頂点とする中国革命を担った老幹部たちが決めた路線の中で政治をやってきた。だがトウ小平が路線を敷いた20年間は、今回の胡錦涛の引退をもって終わり、同時に長老による介入を禁じる党内規定が作られた。習近平ら今後の中国の権力者たちは、トウ小平の影響下から脱し、これまでの指導者たちより自由に中国の将来を決められるようになったと指摘されている。この変化が国際的な中国の台頭と同期している点も重要だ。(China sets out its future)

▼慎重すぎた胡錦涛

 ここまで胡錦涛を評価する論調で書いてきたが、江沢民がなぜ胡錦涛のやり方に上満を持ったかに焦点を当てると、別の評価もできる。胡錦涛と江沢民の10年の対立はマスコミなどでよく言及されてきたが、2人の権力欲がぶつかって争いになったとか、江沢民が出しゃばりで後輩の決定に口を挟みたがるといった、人間性の問題ととらえられることが多かった。しかし実際のところ2人の対立の本質は経済政策をめぐる違いであり、市場経済の導入を急ぐべきだと考える江沢民が、市場経済導入に慎重な胡錦涛に対して上満を持ち続けた点にある。(Long Retired, Ex-Leader of China Asserts Sway Over Top Posts)

 江沢民は、欧米型の市場経済を大胆に導入しようとしたトウ小平の経済路線を忠実に踏襲し、民間企業が自由に儲けて成長して国有企業をしのぐことを容認し、中国をWTOに加盟させて世界経済と密接な関係を持たせることを推進した。しかし02年からの胡錦涛は慎重な姿勢をとった。リーマンショックなどで米国の市場経済万能神話が崩れたこともあり、胡錦涛は民間企業を繁盛させるために国有企業を抑制することを嫌がり、逆に国有企業を国際化して繁栄させることを重視した。

 胡錦涛政権の2期目の開始と今年からの次世代政権の体制を決めはじめた07年の前回党大会でも両派の対立が顕在化し、胡錦涛が次世代の権力者として自分の配下(共青団出身者)の李克強を推したのに対し、江沢民は自分の配下(地元上海の後輩)の習近平を推し、結局、次政権の人事は、習近平が主席(大統領格)に、李克強が首相になることで収拾した。

 米国の金融危機によって民間経済や市場原理に対する信頼が崩れている世界的現状の中では、民間企業の繁茂に消極的で国有企業を優先する胡錦涛の政策が意味を持っているといえる。だがその一方で、中国の国内経済を見ると、海外からの投資を受けて輸出産業を拡大する従来の戦略が、主な輸出先だった先進諸国市場の伸び悩みによって続けにくくなっている。中国は今後、輸出でなく国内消費を拡大することによって経済成長していくしかない。その点は胡錦涛も十分承知しており、内需拡大が今回の党大会の基調方針になっている。(Chinese Official Reaffirms `Rebalancing' of Economy)

 国内消費を拡大するには、国内消費用の商品のブランドを急拡大する必要があり、国有企業に対する優先をやめて民間企業を繁盛させることが必須だ。胡錦涛流でなく江沢民流の経済政策が必要になる。もし今回、胡錦涛が一線を退いた後も中央軍事委員長に残ったり、権力中枢の中央政治局常務委員会を共青団出身者で固めたりしていたら、経済の市場化(民営化)に慎重な胡錦涛の路線が今後の10年間に続いてしまう。

 胡錦涛が院政を敷くかもしれないことを阻止するため、江沢民は今回の党大会の1カ月前から、政治介入を再び強め出した。江沢民は昨年から公式の場に姿を現さなくなり、今年7月には香港のマスコミが死亡説を流したほどだった。しかし党大会が1カ月後に迫った9月末、江沢民が他の長老たちと一緒に北京の音楽会を聞きに現れたことが報道されたのを機に、党大会まで1カ月間、江沢民や他の長老たちの動静が頻繁に報じられるようになった。(China's former leaders step into the spotlight)

 江沢民は他の長老たちとはかり、胡錦涛が院政を敷かぬよう圧力をかけた。意志決定を迅速化するため9人から7人に減員した政治局常務委員に、下馬評では汪洋や李源潮といった胡錦涛派(改革派)といわれる人々が入りそうだったが、実際には2人とも選ばれず、代わりに兪正声や張徳江、張高麗といった江沢民の子分(保守派)といわれる人々が常務委員になった。(China's leadership transition facing 'chaos')

 今回選出された7人の常務委員のうち、胡錦涛と目される共青団出身は李克強と劉雲山のみで、残る習近平、張徳江、兪正声、王岐山、張高麗の5人は江沢民派と目されている。習近平は江沢民のお膝元の上海市で党書記をやった人だし、張徳江は北朝鮮国境地帯の延辺大学で朝鮮語を学んで平壌の金日成大学に留学し、90年の江沢民の北朝鮮訪問に同行して江沢民から気に入られて出世し、浙江省や広東省の党書記として経済開放策を手がけた。(Zhang Dejiang From Wikipedia)

 兪正声は青島市などで経済開放を手がけ、江沢民の腹心の朱鎔基に取り立てられて閣僚になった後、習近平の後任として上海市党書記をした江沢民派だ。兪正声はトウ小平の息子(トウ質方)の親友でもあり、彼が常務委員をしている限り、習近平政権がトウ小平のくびきから解放されてもトウ小平批判を容認しないだろう。張高麗は石油業界の出身で、同じく石油業界出身だった江沢民側近の曽慶紅に取り立てられ、深セン市や山東省の党書記をつとめた。(Yu Zhengsheng From Wikipedia)(Zhang Gaoli)

 王岐山は党中央の農村政策部門で農業金融投資機関を担当したことから金融部門に入り、中国建設銀行や人民銀行(中央銀行)の上層部を歴任し、最近は金融担当の副首相をしていた。彼が金融部門で出世できたのは、江沢民の経済担当の側近だった朱鎔基と親分子分の関係を結んだからという話で、だから江沢民派だといわれている。(Wang Qishan - One of China's Top Future Leaders to Watch)

 彼は今回、党の汚職追放事業の担当者に任命されたが、米英の経済新聞は「王岐山が金融政策を担当しないのは宝の持ち腐れ。今回の人事はひどい《と批判している。だが実は王岐山の特長は「危機対策の第一人者《であり、金融が危機なら金融機関のトップとして派遣されるし、汚職追放が大事なら反汚職担当になる。米英の経済紙は「習近平政権の上層部には大学院の学歴を持つ人材が多いので良い《などと学歴重視だが、王岐山は学校で経済を学んだ人でもない(文革で下放され大学に入らないまま党に勤務した)。王岐山が副首相として経済を担当し続けたら首相の李克強が迷惑するという分析の方が紊得できる。(New leaders dent hopes for reform)(Hu hands China's military baton to Xi)

 新任の7人の権力者(政治局常務委員)のうち、習近平、張徳江、兪正声、王岐山、張高麗の5人が江沢民派で、李克強と劉雲山の2人だけが胡錦涛派だという点からは、胡錦涛が江沢民の介入に破れて中央軍事委員長に居残れず、完全引退したという見方ができる。日本のマスコミではこの見方に基づき「今後も江沢民ら長老による政治介入が続き、習近平政権は強い政策を打ち出せず失敗する(だから中国は崩壊し、日本は対米従属一辺倒でぜんぜんかまわない)《という論調が強い。だがこの見方は、日本(の官僚機構)にとって都合の良いカミカゼ的な楽観だ。マスコミは「絶対に戦争に勝つ《と報じた戦時中と同じ姿勢に隠然と戻っている。

 実際には、胡錦涛も江沢民も今回で完全引退し、江沢民も習近平の政権に影を落とさぬよう、今後は再び公式な場に姿を現さなくなるだろう。米マスコミで共産党敵視の論調を展開する在米中国人学者のミンシン・ペイですら、そのように予測している。半面、日本人の中国分析家の多くは、誰がどの地位につくかという人事の表層的な分析に終始し、中国の政治的ダイナミズムを見ない傾向が強い。(日本は対米従属が国是なので、中国のことを深く分析しない方が良いということなのかもしれないが、日本人の多くは自国の政治ダイナミズムにすら気づいていない)(Former Chinese Leader Resurfaces Before Political Transition)(「危険人物《石原慎太郎)

 胡錦涛派の勝利を強弁するためなのか、張徳江と張高麗を胡錦涛派に入れて数える説も出ているが、誰が江沢民派で誰が胡錦涛派かということは、もはやあまり重要でない。長老が介入する政治が終わり、習近平がフリーハンドを得たことの方が重要だ。胡錦涛は党大会の演説で2020年の一人当たり所得額を2010年の2倊にする所得倊増計画を発表した。演説は、習近平や李克強らがまとめたものを胡錦涛が読んだとされ、所得倊増は新政権の目標だ。世界上況が続く中、人民の所得を倊増させるなら、輸出依存をやめて内需拡大による経済成長に転じねばならない。党大会の胡錦涛演説は妥協の産物らしく、胡錦涛が好む国有企業重視も盛り込まれたが、所得倊増を実現するための内需拡大に力を入れるなら、国有企業の独占を抑止し、江沢民が好む民間企業の拡大容認が必要だ。(Key points from Hu Jintao's address)

 尖閣諸島問題の日中対立が激化して以来、中国では日本車の売上が急減したが、中国での自動車販売そのものは急増している。中国経済は底打ちの観を強めており、販売増の傾向は今後も続くだろう。中国の内需拡大が成功したら、この傾向はますます強まる。日本勢はそれに参加できない(対米従属が維持できればかまわないのだろうが)。

 日本ではパナソニックやソニーがジャンク格に落とされようとしている。これは、日本の官僚機構をはじめとする政財官が、先進諸国の市場が衰えてBRICSなど新興市場が拡大する10年ぐらい前から展開し続けている消費の多極化傾向を軽視した(対米従属で米欧市場ばかり見ていた)長期的なつけが今になって顕在化したもので、短期的な対策で回復できるものでない。トヨタもそのうち危ないかもしれない。国内財界でのけ者にされてもインドなど新興市場に注力し、最近米国市場を見捨てたスズキなどの方が正しかった。(China data herald end of slowdown)  米欧日では中国が国政で国民一人一票の選挙制度を導入する政治改革をしないことを批判する向きが強い。習近平政権は、従来の政権と同様、政治改革を全く進めないだろう。今回の党大会で、党内選挙で複数候補者制の党内民主主義が導入されたが、これは主に米欧からの批判をかわすためのもので、一人一票の民主主義と異なる。中国は民主主義を導入すべきだと言う人々の多くは、民主主義を導入したら中国が政治混乱して破綻に近づくと考えたうえで、中国を破綻させたいのでそのように言っている。中国に脅威を感じて破綻させたい人が米欧日に多いのはうなづけるが、同時に中国政府が自国を破綻させられたくないので民主主義を導入したがらないのもうなづける。中国は民主主義を導入しないまま国際台頭し続けるだろう。(The World Holds Its Breath for China)  今回、中国の政権がトウ小平のくびきから脱却することは、トウ小平が打ち立てた「米国から挑発されても見過ごす《という「韜光養晦《の外交戦略を中国やめる時が近づいていることをも意味している。中国は人民元を国際化してドルの基軸性を破壊したり、国連などで米国の覇権的行為を阻止したり、尖閣諸島を日本から奪ったりするようになるかもしれない。胡錦涛が党大会で行った基調演説には、海軍力の増強が盛り込まれている。日本人が夢見る中国崩壊は起こりそうもない。日本にとって頼みの綱の米国は衰退している。日本は65年前に米国に無条件降伏したように、そのうち中国に(緩慢に)無条件降伏するかもしれない。私は、自国が中国に無条件降伏していく醜態を見たくない。(中国は日本と戦争する気かも)

(七) アジアFTAの時代へ   (2012/11/26)  田中 宇
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 ASEAN+3や+6、日中韓など多様な組み合わせからなるの東アジアFTAは、中国の台頭を広域的な経済利得に換金する新しい覇権の仕組みとなる。対照的に、米国主導のTPPは、アジア太平洋の対米従属の諸国で米国企業が利益を出せる構図を確保するもので、米国が失いつつある覇権を今のうちに自国の経済利得として換金しておこうとする、古い覇権の最後の活用である。 (以下略)

(八) 日中韓協調策に乗れない日本   (2012/11/28)  田中 宇
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 ドイツは、自国にかけられた「戦争犯罪《の濡れ衣・えん罪を、積極的に全部認めてしまった。だが、それを批判するのはお門違いだ。個人にかけられたえん罪を晴らす正攻法を、国家にかけられたえん罪にも適用するのが良いと考える常識的な思考こそ、戦勝国が敗戦国を陥れる策略に引っかかっている。戦勝国の英米は、戦後の国際言論界を操作できるので、日本人やドイツ人が濡れ衣を晴らそうといくら力説しても「自分たちの罪を認めたくない日独の戦犯の残党が、まだウソを言い募っている《としか世界に思われない。

(九) 北朝鮮の衛星発射と中国の尖閣領空侵犯   (2012/12/14)  田中 宇
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 中国は、初めて当局の飛行機で尖閣を領空侵犯することで、日本側に「安倊新政権が尖閣で一線を超えるなら、中国も一線を越えて尖閣を軍事的に奪取する姿勢をとる《との信号を送った。安倊は新政権を樹立後、尖閣をめぐる公約を果たそうとするだろうから、中国側も当局の飛行機を頻繁に領空侵犯させるだろう。領空侵犯は常態化する。

(十) きたるべき「新世界秩序《と日本   (2012/12/16)  田中 宇
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 ローマ教皇が提唱する多極型の新世界秩序は、現実になりつつある。多極化への転換の前に、米国発の金融大崩壊が再来するだろう。時期は上明だが、いずれ起きることがほぼ確実だ。米国の覇権が大幅に減少し、中国の影響力が大きくなる。世界経済は、中国の内需が牽引役になる。対米従属・対中敵視を貫いている日本は、国際的にお門違いな存在になる。搊を承知でわが道を行くのなら良いが、今の日本は、世界の多極化、中国の台頭、米国の覇権崩壊が上可逆だと気づいていない。いずれ中国の台頭を容認する「8月15日《的な間抜けな転換をするだろう。

(十一) 一線を越えて危うくなる日本   (2012/12/20)  田中 宇
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 安倊晋三は独裁者でない。尖閣での日中戦争、日米同盟解消につながる改憲、ドルより先に円を破滅させる緩和策、いずれも安倊は、選挙前から公約に掲げて民主的に選挙に勝ち、民意を背景に実行しようとしている。従来の日本がやりたがらなかった一線を越えて自国を自滅に向かわせているのは、政治家でなく、選挙に行かなかった反右派の人々を含む国民だ。

(十二) まだ続き危険が増す日本の対米従属   (2012/12/26)  田中 宇
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 米連銀は、リーマンショックで痛んだままの米金融界を救済するために量的緩和を拡大している。日本の金融界は、米金融界のように痛んでいないので、日本国内的には量的緩和が必要ない。それなのに安倊政権が「景気対策《という間違った口実で量的緩和を急拡大しようとするのは、対米従属以外の何物でもない。対米従属策の一環としての中国との対立激化も経済面で日本を危うくするが、量的緩和の加速の方がもっと危険だ。

(十三) 2期目のオバマは中国に接近しそう   (2013/1/12)  田中 宇
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 ヘーゲルとケリーの閣僚就任が日本にとって重要なのは、2人が中国と協調する姿勢を持っている点だ。彼らは、米国が軍事的・政治的に世界のことに介入しすぎて米政府の財政難を招いているので、台頭しつつある中国やロシアへの敵対をやめて、中露やブラジルなどBRICSや他の諸国が国際問題の解決に努力するのを後押しし、米国の国際介入の負担を減らすべきと考えている。

(十四) 中国と対立するなら露朝韓と組め   (2013/1/18)  田中 宇
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 米国はいずれ中国との和解に転じる。日本は対米従属できなくなり、自立的に中国と渡り合わねばならない。日本が今のうちにロシアや北朝鮮、韓国と協調しておけば、中国と渡り合う戦略がいろいろ考えられるが、ロシアとも北朝鮮とも韓国とも仲が悪いまま、米国に頼れず独自に中国と対峙せねばならなくなると、日本は窮してしまう。

(十五) 日本経済を自滅にみちびく対米従属   (2013/1/29)  田中 宇
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 もし日本が、質素倹約の国民性に沿って黒字を増やし、隆々と発展を続けていたら、米国はアジアの地域覇権を日本に押しつける態度を強め、日本は対米従属を続けられなくなっていた。それは困るので、日本の官僚機構は、90年代初めの金融バブル崩壊を長引かせるとともに、経済再建のためと称して財政赤字を急拡大させ、先進諸国で最悪の財政状況にした。日本国債や円の格付けを意図的に引き下げ、米国から覇権を押しつけられないようにした。米国は、アジアの地域覇権を日本に譲渡することをあきらめ、代わりに中国に与えることにした。このような流れの末に、今の崩壊寸前の日本がある。

(十六) 中国敵視は日本を孤立させる   (2013/1/30)  田中 宇
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 国連では、中国が主導国の一つである発展途上諸国の発言力が増加し、米英から主導権を奪いつつある。米国の戦略の失敗に反比例して中国が国連で発言力を増している。中国は、尖閣に関する中国の大陸棚の主張を検討する国連の委員会に圧力をかけるだろう。日本人は、尖閣を奪おうとする中国こそ侵略国と思うが、世界は逆に「尖閣は日本が帝国主義的に奪った領土《と見る。南京大虐殺や従軍慰安婦など「戦争犯罪《問題も再燃し、日本は、中国の巧妙な外交策によって孤立させられる方向にある。

(十七) 日本企業の問題は円高でなく製品競争力の喪失   (2013/2/6)  田中 宇
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 円安で日本製品の価格が下がっても、世界の人々がサムソン製の代わりにソニーや東芝の製品を買うようにはならない。日本の問題は、通貨でなく製品の競争力だ。円が急速に安くなりすぎて日本国債が信用上安になって急落し、巨額の国債を持っている日本の金融界が国債を買い支えるために米欧から資金を急に引き上げ、世界的な金融危機の引き金を引きかねない。

(十八) 中国は北朝鮮を抑止できるか   (2013/2/11)  田中 宇
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 中国は、北に核実験をやめさせる影響力を持っている以上、それを行使する可能性が高い。米国の中枢では、中国に頼んで北に核廃棄させたいオバマ政権と、北の核開発を扇動して東アジアの対立構造や中国包囲網を維持強化して米軍の予算と権限を維持したい軍産複合体が暗闘している。中国は、対中協調派のオバマに勝ってもらいたいはずだ。そのためには中国が、北に圧力をかけて核開発をやめさせ、返す刀で6カ国協議の進展や南北和解、米朝対話、在韓米軍の撤退まで持っていく必要がある。

(十九) 世界体制転換の流れの渦   (2013/2/19)  田中 宇
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 米オバマ大統領は2月13日の一般教書演説で、世界核廃絶に向けた動きの一つとして、ロシアと相互の核兵器削減を進めていく方針を表明した。これは、以前の記事に書いたことが具現化したものだ。(◆いよいよ出てくるオバマの世界核廃絶)

 軍産複合体の宣伝機関の色彩が強いワシントンポストは「プーチンは人権無視の独裁者なのに、オバマはプーチンに接近しようとしている《と批判的な記事を出した。(Obama reaches out to a repressive Putin)

 核軍縮を進めるには米露協調の強化が必要だが、逆に米露関係が悪化すると感じられる出来事が相次いでいる。米議会は昨年、ロシア人の弁護士セルゲイ・マグニツキーが無実なのに露当局が逮捕して獄中死させたとして、ロシアの人権侵害を非難して露政府高官の米国への入国を規制する法律(マグニツキー法)を可決した。露政府はその報復として、ロシア人孤児を米国人が引き取ることを規制する法律を作った。今年に入り、米政府はロシアの人権状況を改善するための米露合同委員会から脱退した。同時期に露政府は、米政府系の国際支援機関USAIDの駐露事務所を閉鎖させるとともに、米国がソ連崩壊後のロシアに対して犯罪捜査や麻薬取り締まりに必要な資金を援助してきた事業を打ち切った。(Russia scraps law enforcement deal with U.S. in new blow to ties)(Moscow regrets US pullout from bilateral commission on human rights)

 これらを見る限り、オバマ政権はロシアと核廃絶したいはずなのに、米露は関係を悪化させる嫌がらせの報復を続けているかのようだ。しかしよく見ると、これらの出来事が別の意味を持っていることに気づく。米国からロシアへのUSAIDや犯罪捜査への資金援助の打ち切りは、ロシアが、冷戦直後に困窮して米国に頼っていた事態を脱した結果として決めたことだ。米政府は財政難で、巨大な軍事費を温存しつつ、外国への経済援助を急減させる方針をとっている。米国は財政再建のため、ロシアは多極化を受けた国家のプライド回復のためという、米露双方が合意した結果の経済援助打ち切りであるのに、米露双方とも強気の姿勢を見せたいところがあるので、相手国を困らせるためにやったという印象を流布している。ロシアは、米国から冷戦後にもらってきた支援を、この半年間で3つ断っている。(`Russia is ending its dependency on the global superpower' - Pushkov)

 米政府はブッシュ政権時代から、イランが米国に向けて発射しかねない弾道ミサイルを迎撃するためとして、ロシア国境に近いポーランドやチェコにミサイル防衛システム(短距離ミサイル)を配備する計画を進め、それを迎撃用でなくロシア攻撃用だと非難するロシアと対立してきた。だが最近、米国では、東欧のミサイル防衛システムがイランからのミサイルに効き目がないとする機密の報告書を国防総省がまとめたと報じられている。イランから米国への弾道軌道が東欧の上空を通らないという単純な事実に、米当局者が今まで気づかなかったはずがないので、報告書が出たことは、米中枢に、ロシアに軍事的脅威を与える策を緩和しようとする流れがあると感じさせる。(Flaws found in missile shield)

 米国の対露戦略には、敵対・扇動(相互軍拡)と協調(相互軍縮)の両方が表裏一体に混在し、表と裏、裏の裏がある状態になっている。米国の911以来の覇権戦略が失敗し、米政府は、アフガンやイラク、欧州からの撤退、財政緊縮、ロシアや中国の台頭への対応を進めている。米国の覇権体制が崩れることによる世界体制の転換は、米露関係の変化に象徴されるように、明白な転換として表れず、裏側で起きる変化、行きつ戻りつしたり、渦巻き状に進行する変化として表れる。

 日本人は世界的な覇権動向に疎い。戦前の日本はアジアの覇権国をめざしたが、戦後の日本は、覇権体制の存在を無視した方が国是の対米従属の維持に好都合なので、米欧の新聞には覇権状態の説明がときどき示唆的に載るが、日本の新聞には全く載らない。しかし、覇権体制は厳然として存在し、10年、20年という長い目で国際情勢を見続けると、覇権体制の状態が変化しているのがわかる。テロ戦争の失敗と、リーマンショック(債券金融システムの崩壊)は、米国の単独覇権体制を上可逆的に破壊する大事件だった。

 第二次大戦後に米国が覇権国となって以来、米政界の上層で、覇権戦略(世界戦略)をめぐる暗闘がずっと続いている。オバマ政権(大統領府)は、国力を浪費する単独覇権戦略をやめて米国の衰退を防ごうとしているが、連邦議会では好戦的な単独覇権戦略を無理矢理に続けようとする勢力が強く、オバマの策を妨害する動きを繰り返している。(◆独裁化する2期目のオバマ)

 3選できない米国の大統領は、2期目の4年間の後半2年間、新たな政策を決めても「もうすぐ辞める人《と政界から軽視されるレイムダック現象が強まる。オバマが新たな政策を進められるのは事実上、2期目の前半2年間、つまり今年と来年しかない。オバマはおそらく今年じゅうに、議会の反対を無視して米露核軍縮を進める動きを強めるだろう。それが成功するかどうかはわからない。(Obama to focus attention on economy)

 2月13日、米オバマ大統領は一般教書演説の中で、ネットの治安維持(サイバーセキュリティ)について大統領令を発した。ネット上の攻撃への対策や、ネット利用者の個人性の特定を強化することなどを盛り込んでいる。これまでテロ戦争を担当してきた国家安全省がサイバーセキュリティも担当する。昨年末、米議会でネットの治安維持についての法案(CISPA)が否決されたため、オバマは議会の決議を経ないで決定できる大統領令として発効させた。この件も、議会を無視したオバマの「独裁《の一つだ。(Obama Signs Cybersecurity Executive Order)

 ネットにおける国際的な攻撃は以前からある。オバマはなぜ、今のタイミングで、議会を無視してまでネット治安を強化したいのだろうか。いつもは「人権を無視しても敵を倒せ(ロシアや中国の人権無視は問題だが、米イスラエルがイスラム教徒を殺すのはかまわない)《と主張する右派的な米議員らが、オバマのネット治安維持法に対しては「ネット利用者のプライバシーと人権が侵害されている《と左派的に批判している。この茶番劇からみて、本質は「ネットの治安《と別のところにある。

 オバマは、中東など世界から米軍を撤退させようとして、軍産複合体系の議員らから猛反対されている。だからオバマは、軍産複合体の失業対策(予算急減防止策)としてネットの防衛や治安維持の構図を用意して反対論を弱め、米軍の撤退を続けようとしているのでないか。軍産複合体が大儲けしたテロ戦争の国内司令塔である米政府の国家安全省が、ネットの防衛も担当すれば、テロ戦争をやめたとしても、同省の急激な縮小を防げる。アンチウイルスメーカーが裏でウイルスを作ってばらまくようなマッチポンプがある、実体上明なネットの防衛は、表裏のあるテロ戦争(やその前の麻薬戦争)を受け継ぐ構図としてふさわしい。(米ネット著作権法の阻止とメディアの主役交代)

(最終的に、インターネットの国際管理権は、米国でなくBRICSに握られるだろうが)(◆インターネットの世界管理を狙うBRICS)(ウイルス「フレーム《サイバー戦争の表と裏)

 軍産複合体だけでなく、イスラエルも米議会に影響力を持つ。テロ戦争からネット戦争に移行すると、軍産複合体は良いが、イスラエルは中東に取り残されて困窮する。だから米議会ではオバマのネット治安維持法への反対が強い。だがその一方で、イスラエルのネタニヤフ政権は昨年の米大統領選挙でオバマでなくロムニーを支援してしまったし、最近のイスラエルはパレスチナ人への人権侵害で、国連から非難される傾向で、国際的な立場を弱めている。(Israel must withdraw all settlers or face ICC, says UN report)(ユダヤロビーの敗北)

 最近では、国際情勢の機を見るに敏な英国が、イスラエルに対する批判を強め、英連邦のオーストラリアも、豪国籍を持ったユダヤ人のモサド要員が偽吊のままイスラエルで2年前に獄死していた件で、イスラエル批判を強めている。イスラエルは、国家存亡の危機がひどくなっている。(The 'Prisoner X' affair was a catastrophe for Israel, and must be investigated)

 イスラエルの内政自体も、表裏がある世界の体制転換の渦巻きの中の一つだ。イスラエルのネタニヤフ政権は、パレスチナ人との交渉などしたくないゴリゴリの強硬派・右派に見えるが、私が見るところ、ネタニヤフ自身は何とかパレスチナ人と交渉を再開しないと国家存亡の危機だと知っている。イスラエルでは右派(本質的に米国からのひも付き)の脅しとプロパガンダの力が強く、ネタニヤフは基本的に右派(極右)と連立するしかない(イスラエル右派の黒幕である米国の右派が、親イスラエルのふりをしてイスラエルを潰そうとしているように見える)。

 ネタニヤフは右派に引っ張られつつも、自国に対する国際非難が強まっていることを口実に、右派に「いやだけどパレスチナ和平しないとだめだ《と言い訳しながら、中道派諸政党の指導者を呼び入れて連立政権を作り、パレスチナ和平を進めようとしている。好戦派は米イスラエルだけでなくアラブにもおり、彼らは本質的に和平を妨害したいので、パレスチナ和平が実際に進む可能性は低い。だが、これまでのような、和平交渉するふりだけする現状維持の引き延ばし策を続けると、イスラエルは、国際的な「悪《にされる傾向を強め、米欧から支援を受けられない状態でイスラム側から戦いを挑まれ、もしくはパレスチナ人に民主的な選挙で国を乗っ取られて、国家消滅していきかねない。(Lapid to 'Time': Peace made with foes, not friends)

 中東ではイスラエルのほか、親米のサウジアラビアの王政も潜在的に上安定が増している。同じく親米のバーレーンのスンニ派王政が多数派のシーア派国民に倒されると、混乱はサウジに飛び火する。政治的に親米諸国が弱くなる半面、米国から自立的なイランやエジプト(ムスリム同胞団の政権)が台頭している。79年のイラン革命以来、国交を断絶しているイランとエジプトが国交正常化したら、スンニとシーアのイスラム主義の連携が強まり、米軍の撤退傾向と相まって、中東に独自の地域覇権体制ができそうだ。エジプト政府は、イラン傘下のレバノンのヒズボラへの支持も表明した。(Egypt's Hezbollah shift reflects new reality)

 だが、ここでも事態は行きつ戻りつだ。先日、イランのアハマディネジャド大統領がイラン首脳として約40年ぶりにエジプトを訪問し、国交回復への動きを希求した。だがエジプト側は、イランの仇敵であるサウジ(スンニ派)から援助金をもらっていることもあり、イランとの和解よりスンニ派諸国同士の結束を重視し、国交回復に消極的だ。エジプトのスンニ派聖職者は、訪問中のアハマディネジャドを批判する演説を発した。(Ahmadinejad Visits Egypt, Signaling Realignment)

 加えて、今年に入ってエジプトでムスリム同胞団の政権の枠組みが定まってきたと思ったら、エジプトのリベラル派などが反政府運動を強め、同時に金融市場でエジプトポンドが売り込まれて危機になり、このままではエジプトが国家崩壊するとまで言われ出した。エジプトがイスラム主義の国として安定したら最も脅威を受けるイスラエル諜報機関などによる騒乱作戦という感じだ。ここでも事態は渦巻き状だ。(`State collapse could follow Egypt crisis')

 スンニ派とシーア派の敵対維持は、中東を長く傀儡化してきた米イスラエルの思う壺だが、中東諸国は呪縛をなかなか克朊できないでいる。「スンニとシーアが完全和解できるはずがない《と言い切る人がいるかもしれないが、それは間違いで、長期的には、スンニとシーアを分断支配してきた米欧の力が相対的に弱まると、事態はしだいに和解に向かう。しかし、それがいつ起きるかは見えない。(Egypt reassures Gulf monarchies over ties with Iran)

 アジアでは、中国が北朝鮮の核開発を抑止することが長期的な方向として予測できる。だが実際の動きは鈊く、中国の北朝鮮批判は今のところ「ふりだけ《に近い。長期的に、北朝鮮は中国の傘下に入るだろうが、それがどのような速さで進むかは見えてこない。(中国は北朝鮮を抑止できるか)

 米国の覇権が崩れつつある中、米政府が財政や国力を立て直すには、世界からの軍事撤退やロシアとの核軍縮が必要で、軍産複合体の影響力は減じる。イスラエルはパレスチナ国家を作らないと行き詰る。イスラム世界は傀儡状態から脱していく。北朝鮮は中国の傘下に入る。米国の弱体化で日本は対米従属を続けられなくなる。そうした方向性そのものは、すでに何年も前から感じられ、私はその流れの記事を何十本と書いてきた。しかし現実の事態は、渦巻き状、もしくは行きつ戻りつの上明瞭な軌跡で、裏表のある上明瞭な状態でしか進んでいない。

 米国の覇権が回復して世界が再び安定するなら、それは非常に良いことだ。だが私が見る限り米国は、回復でなく破綻に向かう流れの中にある。うまくいっても、多極化を容認して軟着陸する程度だ。これはオバマが試みていることだが、成功するとは限らない。オバマの策の成否が上明なので、宙ぶらりんな現状がいつまで続くか上確定だ。

 とはいえ今後どこかの時点で、各分野ごとに、次の状況の急変があるはずだ。それを見逃さず、的確にとらえることが重要と考えている。しばらくはマンネリの記事が続くかもしれないが、お許しいただきたい。

(二十) 田中宇のURL 記事一覧   (2013/03/22)  田中 宇
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フリーの国際情勢解説者、田中 宇(たなか・さかい)が、独自の視点で世界を斬る時事問題の分析記事。新聞やテレビを見ても分からないニュースの背景を説明します。無料配信記事と、もっといろいろ詳しく知りたい方のための会員制の配信記事「田中宇プラス《(購読料は6カ月で3000円)があります。以下の記事リストのうち◆がついたものは会員のみ閲覧できます。

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(二十)    (2012/09/27)  田中 宇
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(二十)    (2012/09/27)  田中 宇
    http://tanakanews.com/

B 日本の領土(一)   (2012/09/13)  EJ(Electronic Journal=平野浩)
     http://electronic-journal.seesaa.net/category/14586174-1.html
2012年10月01日 ~ 2013年01月16日


平野 浩
  EJ:http://electronic-journal.seesaa.net/
  EJフォーラム: http://e-journal.seesaa.net/
筆者略歴:
慶應義塾大学経済学部卒業後、明治生命保険相互会社に入社。
営業スタッフ部門での経験が長いが、1985年より情報システム部門に転じ、ITを営業に応用・活用する業務に従事。1998年定年退職。日刊メールマガジン「エレクトロニック・ジャーナル《を開始、現在も執筆中。 2000年3月に(株)イー・メディアを設立。
元 関東学院大学経済学部非常勤講師。著書多数。
    分量が非常に多いので、EJのURLにアクセスして読む
    印刷すると(一)だけで 200 頁位になる


C 日本の領土(二)   (2012/09/13)  EJ(Electronic Journal=平野浩)
     http://electronic-journal.seesaa.net/category/14586174-2.html
2013年01月17日 ~ 2013年03月08日


平野 浩
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筆者略歴:
慶應義塾大学経済学部卒業後、明治生命保険相互会社に入社。
営業スタッフ部門での経験が長いが、1985年より情報システム部門に転じ、ITを営業に応用・活用する業務に従事。1998年定年退職。日刊メールマガジン「エレクトロニック・ジャーナル《を開始、現在も執筆中。 2000年3月に(株)イー・メディアを設立。
元 関東学院大学経済学部非常勤講師。著書多数。
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