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くらし☆解説 「フランス発"魔法"のような認知症ケア 」2013年09月19日 (木) 

飯野 奈津子 解説委員

<前説>

くらしきらり解説です。きょうは、認知症の人たちが笑顔を取り戻す“魔法”のような
ケアと注目されている、フランス発祥の認知症ケアについてです。担当は飯野奈津子解
説委員です。

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Q1 魔法のようなケアというのは、どういうことですか?

A1 認知症の人たちの中に、暴言や暴力といった症状が現れることがありますが、こ
のケアを学んだ人に介護されると、まるで魔法にかかったように、そうした症状が消え
て、穏やかになるんです。

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そのケアの手法は、「ユマニチュード」と呼ばれていて、人として接するという意味で
す。フランス人のイヴ・ジネストさんとロゼット・マレスコッティさんの二人が30年あ
まりかけて作り上げたもので、日本でも、去年から二人を招いた研修会が開かれるよう
になりました。このケアのテクニックは、家庭で介護している方にも参考になると思い
ますが、最近は、救急患者を受け入れるような病院で、取り入れるところが出てきてい
ます。

Q2 なぜ病院でそうしたケアをとりいれるのですか?

A2 介護施設では、認知症の人に寄り添ったケアが行われるようになっていますが、
骨折や肺炎などの治療をする病院では、そうした対応が不十分で、問題が起きているか
らです。

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認知症の人は、生活環境の変化に対応するのが難しいので、病院に入院すると混乱して
大声を出したり、治療を拒否したりすることが少なくありません。このため、やむをえ
ず身体を拘束したり薬で症状を抑えたりしますが、そうすると、身体の機能が低下し別
の合併症を起こしたりして、入院が長期化してしまいます。それによって、以前は自分
で歩けた人が寝たきりになって自宅に戻れなくなったり、病院としても、ベッドが空か
ないので、別の救急患者の受け入れが難しくなったりする問題が起きているのです。

Q3 ユマニチュードをとりいれることが、こうした問題の解決につながるということ
ですか?

A3 そういうことです。身体の拘束や薬に頼らず、認知症の人をケアしようというユ
マニチュードで、何がどう変わるのか、この新たなケアを取り入れた東京目黒の東京医
療センターでの様子をご覧いただきます。

<VTR>

この87歳の女性は、十二指腸潰瘍の治療のため2か月前に病院に入院しました。認知症
の症状があって、点滴を抜いたりするので、手にはグローブのようなものがつけられて
います。口の中にも炎症があので、それを抑える薬を塗る必要がありますが、それを嫌
がり、看護師が身体を抑えつけて対応しなければなりません。食事も拒否していて、人
工的に栄養を補給する経管栄養が続けられてきました。

<VTR>

こちらは、ユマニチュードを学んだ看護師からケアを受け始めた翌日の映像です。大声
で叫んだりする症状がなくなり、会話ができるようになりました。あれほど嫌がってい
たのに、口の中に薬を塗るのを受け入れ、自ら薬を塗ることもできるようになっていま
す。食事も、入院後初めて、座って自らとるようになり、経管栄養や手につけられてい
たグローブのようなものもはずされました。

Q4 すごい変化ですね。ユマニチュードが魔法のようなケアといわれるのがよくわか
ります。具体的に、どんなケアなんですか?

A4 ユマニチュードの基本はこの4つがポイントです。 相手を見つめること。話しか
けること、触れること、できるだけ自分でたつよう支援すること。こんな事かと思われ
るかもしれませんが、病気を治し、安全を最優先に考える病院では、こうしたケアが十
分行えていないのが現状です。

Q5 なぜこの4つが大事なのですか?

A5 私たちが人として存在するには、誰かに見つめられて言葉を交わし、ふれあい、
そして自分の足で立つことが大事だからです。それがなければ、あなたは存在しないと
言っているのと同じですから、人としての関係は生まれません。ユマニチュードは、ケ
アされる側とする側の絆づくりに必要な、この4つを実践するための、テクニックの集大
成です。

Q6 たとえば、見つめること。どんなテクニックがあるのですか?

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A6 同じ目の高さで、正面から、相手の顔から20センチくらいの距離で、長い時間を
かけて、みつめます。上から見下ろすと、強い立場にあることを感じさせてしまうので
あくまでも同じ目の高さで。認知症の人は視野が狭いので、正面から。近くで時間をか
けてみつめるのは、親近感を示すためです。そして、話しかけ方のポイントがこちら。
頻繁に。優しく、前向きな言葉で。ケアを始める時には、これから何をするか丁寧に説
明し、楽しく心地よく感じてもらえるよう、声は優しく。ケアを終えた後もそれがどう
よかったか、話しをします。 先ほどの87歳の認知症の女性の様子が変わったのは、わ
ずか10分ほどの看護師のこうした関わりがきっかけでした。

Q7 看護師さんは、たしかに女性の目を見つめて、優しい言葉で頻繁に丁寧に話しか
けていますよね。

A7 多くの場合、患者の方をちらっとみることがあっても、こんなふうに目を見つめ
て話しかけたりせずに、ケアを始めてしまいます。たとえばおむつを替える場合も、状
況を十分理解できない認知症の人にしてみれば、突然おむつをあけられることになるの
で、驚いて叫ぶのも当然です。それでも無理やりケアを続けるので、相手を「暴力をふ
るう敵」と思い込んでしまうというのです。

Q8 だから、大声を出したり、拒否したりするわけですね。

A8 そうです。しかし、まなざしや言葉やしぐさで、患者と心が通じ合う回路を作り
丁寧に説明すれば、ほとんどの場合、拒否的な反応が消えて、治療やケアを受け入れて
くれます。そして、支えられてでも自らの足で立てるようになれば、自信が生まれ、生
き生きしてきます。ユマニチュードを実践している看護師は、大声を出す患者に強制的
なケアを続けることに後ろめたさがあったけれど、笑顔が見られるようになって、辛い
からやめようとは思わなくなったと話していました。

Q9 でも忙しい医療現場で、こうした丁寧なケアを実践する余裕はないのではないで
すか?

A9 最初に心が通じ合う回路を作るのに時間が必要ですが、いったん関係を作れれば
ケアがスムースに進むので、人手を増やす必要はありません。ユマニチュードの研修に
力を入れているフランスでは、治療がスムースにすすみ、薬の量などが減った結果、医
療費の削減につながり、職員の離職率も低下したと報告されています。

Q10 このケアのテクニックは、とてもシンプルでわかりやすいので、家庭で介護す
る人たちにもできそうですね。

A10 そこがユマニチュードの魅力だと思います。実際、家族がいくら散歩に誘って
も応じなかった認知症の高齢者が、ここにあるように、同じ目の高さで、正面から、顔
から20センチくらいの距離で、ゆっくり見つめて話しかけると、手をつないで散歩に出
かけるということがありました。こうしたテクニックを取り入れれば、一層愛情が伝わ
って、ケアがしやすくなることもあるのではないでしょうか。日本では、ほんの一部の
病院でユマニチュードケアが始まったばかりですが、認知症の人や介護する人たちのた
めにも、もっと多くの人に知ってもらって広がっていけばと思います。