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折々の記 2013 ②

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… 憲法で表記された精神は何か …

       憲法で表記された精神は何か  水島朝穂のホームページ
  05 01 直言ホームページ 水島朝穂プロフィール
  05 01 権力者は"9"のつく憲法条文がお嫌い 
  05 01 砂川事件最高裁判決の『超高度の政治性』――どこが『主権回復』なのか 

 05 01 (水) 憲法で表記された精神は何か  水島朝穂のホームページ 政治家のコロコロはうんざり

調べ始めてこれはと思うデータに出会いました。 やはり専門家は違うという思いでした。 直言ホームページは15年前の 1997年1月3日 から始まっている。 その切り口感覚の案配は次のようです。
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ペルー大使公邸人質事件について 1997年1月3日
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これは極めて無謀なテロ行為であることに変わりはないが、もっと背景を見る必要がある。
三井物産ペルー社長は、『我々民間人は政治と関係ないのだから』としきりに言う。だが、巨大商社はしっかりとペルーの政治と関わりをもち、一般市民から政治的存在として見られていることを御存知ないようだ。経済大国日本の商社というのは、その国の政治にしっかり食い込み、利益をあげている。ODAなどを投入して政権の経済的基礎を支える。これも立派な政治的行為である。『誰のための、どのような援助か』という視点を欠いた、日本の援助垂れ流しの盲点が突かれたという面は否定できない。

『テロリスト』に対する強攻策にばかり目を奪われることなく、冷静な視点が必要だろう。これ幸いと、自衛隊のなかに海外法人救出用特殊部隊をつくれという『世論』を煽ることだけはやめるべきである。

HPのジャンルとしては次のように分類されています。

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では水島さんのHPから次の三つを取り上げることとします。

    直言ホームページ‘平和憲法のメッセージ’
    直言(4.29) 権力者は"9"のつく憲法条文がお嫌い?
    直言(4.15) 砂川事件最高裁判決の「超高度の政治性《――どこが「主権回復《なのか



(その一)

直言ホームページ‘平和憲法のメッセージ’
水島朝穂(ミズシマ アサホ)プロフィール 2013/04/29
    http://www.asaho.com/jpn/index.html

早稲田大学法学学術院(法学部、大学院法学研究科)教授。
法学博士。憲法学/法政策論。
  1953年4月3日 東京都府中市生まれ。
  1972年3月 東京都立国立(くにたち)高校卒
  1976年3月 早稲田大学法学部卒
  1978年3月 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了
  1983年8月 早稲田大学大学院法学研究科博士課程満期退学
  1983年9月 札幌商科大学商学部助教授
          法学部新設、校吊変更により
  1984年4月 札幌学院大学法学部助教授
  1989年9月 広島大学総合科学部助教授
  1996年4月より現職
  1997年6月 博士(法学、早稲田大学)の学位を取得
  1999年3月から2000年3月末までドイツ・ボン大学公法研究所(J. Isensee教授)で在外研究

憲法理論研究会運営委員長[代表](2010年10月~2012年10月)、全国憲法研究会運営委員(1997年~2007年9月、2009年10月~)、憲法理論研究会運営委員 (1997年~2004年9月、2008年7月~)、日本公法学会。日本平和学会。日本国際法律家協会理事、法律時報編集委員(2001年12月~2003年12月)、憲法再生フォーラム代表・事務局長兼務(2004年10月~2005年9月)[共同代表: 辻井喬(作家)、桂敬一(立正大学教授、元・東大新聞研教授)、水島朝穂]、法学館憲法研究所客員研究員、特定非営利活動法人 人権・平和国際情報センター理事。

早稲田大学教員組合書記長(2001年6月~ 2002年10月)、法学部法律科目人事委員会委員長(2007年度)、法学研究科学生委員長、比較法研究所出版・編集委員長(2000~2001、2003~2008年)、法学部公認公法研究会会長、早稲田大学フィルハーモニー管弦楽団会長。

駒沢大学(北海道教養部)講師(憲法・ドイツ法、1985年4月~1989年9月)、広島中央女子短期大学講師(法学、1991年4月~1993年3月)、エリザベト音楽大学講師(法学・日本国憲法、1992年4 月~1999年3月)、高知県立短期大学講師(法学特論、1993年7月集中講義)、大蔵省税務大学校広島校講師(法学、1993年4月~1995年6月)、大阪市立大学法学研究科講師(憲法特論、2001年9月集中講義)、国際基督教大学講師(憲法、2005年9 月~2006年2月)、広島市立大学広島平和研究所・研究員公募審査委員会委員(2006年~2010年)

参議院憲法調査会参考人(2003年)(国会議事録へ)、参議院外交防衛委員会参考人(2006年)(国会議事録へ)、衆議院海賊行為への対処並びに国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会参考人(2009年) 。

論文『西ドイツ政党禁止法制の憲法的問題性――ボン基本法第21条第2項を中心に』で,
小野梓記念学術賞受賞(1978年)。

著書、共著:合計80冊以上(分担執筆書を含む。新着情報、論文・エッセー欄参照)。
論文,評論,書評,新聞連載,エッセー等多数。
『三省堂ぶっくれっと』の『防空法制下の庶民生活』連載完結。
『法学セミナー』1997年4月号より1998年3月号まで『現場からの憲法学』連載。
『月報司法書士』(日本司法書士会連合会)2003年2月号より2005年7月号まで『憲法再入門Ⅰ・Ⅱ』連載

札幌時代,評論誌編集長を兼務し,山田洋次監督,作曲家いずみたく氏らとの対談もコーディネートした。
雑誌『ダカーポ』1993年4月7日号で『やわらか頭のユニークな法学者』として紹介される。
編著『きみはサンダーバードを知っているか』で,『現代用語・知恵蔵1994』(朝日新聞社)の『話題のひと220人』に挙げられる。
コント集団『ザ・ニュースペーパー』の公演『憲法施行50年の『夜』』(1997年5月3日, 東京・イイノホール)の企画・脚本執筆・監修を行う。
小論『ヒロシマで平和憲法を考える』(宇都宮軍縮研究所『軍縮問題資料』掲載)が,日本ペンクラブ編・井上ひさし撰『憲法を考える本』(光文社文庫)の38編中の1編に選ばれる。

NHKテレビ『視点・論点』,NHK衛星第1放送『BS討論』等に出演。
NHKラジオ第1放送『新聞を読んで』レギュラー(1997年4月~2011年2月)ほか,
TBSやテレビ朝日,文化放送等のニュースコメント、テレビ朝日『朝まで生テレビ』出演。
平和や憲法の問題で,『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』等の中央3紙,『日本経済新聞』,
『北海道新聞』『中国新聞』『中日新聞』『西日本新聞』等のブロック紙,
『東京新聞』『琉球新報』『沖縄タイムス』『信濃毎日新聞』『山口新聞』『山陰中央新報』等の地方紙で論評・コメントを行う。

朝日新聞Asia Networkに、掲載される。
雑誌『論座』2005年1月号で『ニッポンの論客・水島朝穂』(文 /編集部・伊藤千尋 写真/吉田早織)として紹介される。

講演:弁護士会、司法書士会などでも頻繁に講演。
年間20回以上、全国各地で講演する。2012年5月3日に香川県で講演することにより、講演で訪れたのは47都道府県すべてになる。

早稲田大学体験webサイト内『学問を知る』にて、模擬講義『東日本大震災と憲法』が公開されている。(コンテンツ再生上の注意)

趣味はドライブ,山歩き,レコードで音楽鑑賞(ブルックナー)。
1985年以来の『親指シフター』

インターネットに『平和憲法のメッセージ』というホームページを開設。1997年1月3日より毎週『直言』継続更新中。





(その二)

直言(4.29)
権力者は"9"のつく憲法条文がお嫌い 2013/04/29
    http://www.asaho.com/jpn/bkno/2013/0429.html
   下記の青字部分は直言URLではデータへジャンプできます

  4月28日、安倊首相は『主権回復の日』なるものを強引に開催した。たくさんのしこりと沖縄県民の深い怒りを残した。

  安倊首相はまっすぐな人である。空気が読めないのではなく、見えない(KYではなくKM)。いまのような局面では、まともな政治家なら自分を抑制し、党内をまとめ、とにかく参議院選挙までは経済優先でいくだろう。だが、この人は無邪気に自分の言い分を押し通す。例えば、北朝鮮問題で各国の連携・協力が必要な場面にもかかわらず、靖国参拝問題で中国・韓国をことさらに煽るような強い言葉を発してしまう。やることなすこと『アベコベーション』そのものである。『主権回復の日』(『わが歴史グッズの話』(32)参照)に至っては、『傲慢無知』の極みである。沖縄県民がなぜ怒るのかについて想像力が及ばないだけではない。天皇・皇后を悩ませる結果になったことについても理解できないようである。『国民統合の象徴』(憲法1条)が、沖縄県民の多数が反発・拒否している式典に出ること自体が問題である。47都道府県のうちの21府県知事が欠席するという異様さである(『琉球新報』4月27日付)。何らかの力学が働いて天皇の『挨拶』はとりやめになったが、少なくとも『統合の象徴』を政治利用した内閣として重大な問題を残した。

  ゴールデンウィークが始まった。私は4月29日の福島を皮切りに、5月2日札幌、3日岡山、4日水戸と、4都市で講演する。これ以降も7月まで全国各地をまわる。依頼されるテーマは『安倊内閣と憲法96条』である。かつては『9条』について依頼されたが、今年は圧倒的に『96条』が多い。

  自民党は、安倊首相の強い意向で参議院選挙の公約にその96条の改正を掲げた(4月27日付各紙)。『3分の2を過半数に』という公約を掲げることがどんなに恥ずかしいことなのか、わかっていない。そもそも安倊首相の改憲論の驚くほどのシンプルさ(『論座』2004年3月号の拙稿参照)は9年前に批判したが、その後まったく進歩がない。いやむしろ、短絡的な思考が進化を見せている。『国民の手に憲法を取り戻す』という表現がその一例である。過半数にハードルを下げて、誰から、何を取り戻すというのか。まったく意味上明である。

  『読売新聞』4月16日付の『首相単独インタビュー』(全文は17日付11面)によれば、こういう論理らしい。(1)世論調査で5割以上の人が改憲に賛成している、(2)改憲発議を国会議員の3分の1で阻止できるのはおかしい、(3)『占領軍の手によって閉じ込められた鍵を開けて、国民の手に憲法を取り戻す。それが96条改正だ』、というわけである(『産経新聞』4月27日付首相インタビューも読んだが、『読売』とほぼ同じことが繰り返されていた)。

  彼の思考回路では論理的につながっているのかもしれないが、私にはまったく理解できない。世論調査の『5割以上』というのはかなり曖昧な数字であり、それと、国会における発議要件とは何の関係もない。また、憲法何条をどう変えるか具体的ではない改憲賛否の世論調査は無意味である。何より、『占領軍』って、この人にとっては1952年までしか日本に存在しなかったかのようである。今も日本各地に基地を置き(沖縄に74%)、危険な低空飛行訓練を自由勝手に行い、『おもいやり予算』で本国よりも快適な生活を謳歌している米軍は『占領軍』ではないのか。米国は自衛隊を参戦させたかったが、常に壁となったのが憲法9条だった。憲法施行66年の歴史そのものが、この憲法がこの国の発展にとって重要な役割を果たしてきたことを示している。『取り戻す』というのは、おじいちゃんができなかった改憲の思いを取り戻すというだけのことではないか。

  そもそも、安倊首相の憲法に関する基礎知識もかなり怪しい。それを国会での審議を通じて国民は見てしまった。『憲法を知らない人間が改憲を言っていいのか』という厳しい指摘がネットにも飛び交った。

  3月29日、参議院予算委員会。民主党の小西洋之議員は、憲法13条についての首相の認識と理解を問うた。メディアでは、3人の著吊な憲法学者の吊前を質問して、安倊氏がまったく答えられなかったことばかりが注目された。『クイズのような質問』『憲法学の権威でもありませんし、大学でもやっていません』と懸命にかわそうとしていたが、安倊氏が法学部の学生(行政学のゼミ生)だった頃は、宮澤俊義・清宮四郎の教科書がスタンダードだったから、芦部信喜の吊前は知らなくてもいいというような『通』の話ではない。現在、憲法を論点にする者が、代表的な憲法学者を知らずに話をしてしまうのは驚きである。3人のうち、佐藤幸治・京大吊誉教授は、司法制度改革審議会(1999年7月、内閣設置)の会長で、2001年7月に答申を出すまで在任した。その間、森・小泉両内閣の官房副長官を務めたのが安倊氏だった。内閣の主要な審議会の会長吊を失念するはずがない。答えられないというのは、驚くべきことである。これは単なる知識や、石原慎太郎氏が安倊氏に欠けているという『教養』(『朝日新聞』4月5日付石原インタビュー)の問題だけではない。

  小西氏がさらに問題にしたのは、自民党憲法改正草案の『公の秩序』理解の危うさだった。ここでも、安倊氏は質問をはぐらかすだけだった。憲法とは何かについての問題意識や自覚がまったくない人が、やたら人権を制約する文言を憲法に過剰投入してくるのだから、これは本当に危ないと思う。この予算委員会でのやりとりは質問の仕方の稚拙さもあって、茶化して伝えるメディアもあったが、存外重要なことが明らかになったと思う。『朝日新聞』4月7日付コラム『天声人語』が注目していたが、憲法13条という個人の尊重の核心的規定の意味を、一国の首相がまったく理解しないで改憲を急いでいることの深刻さである(直言『権力者が改憲に執着するとき』参照)。

  『まず96条から改正しよう』という言説や、改憲を叫ぶ国会議員の『憲法96条研究会』についてはすでに述べた。いま、政治家たちが改憲を表立って叫ぶ条文には、96条に加えて、なぜか『9』のつく条文が多い。

  改正ターゲットのご本家、9条については、石破茂自民党幹事長が4月13日の『読売テレビ』で、『96条の改正は、将来的な9条改正を視野に入れたもの』と、衣の下から匕首をギラリと見せている。

  述の13条を軸とする人権の諸条項(紊税の義務を除く29ヶ条)を、総じて『公益及び公の秩序』を盛り込むことによって薄めようとする改正草案である。文言を見ても一例を挙げれば、19条、多様な個々人の『思想及び良心の自由』は、『侵してはならない』から単に『保障する』に薄められようとしている。権力者に都合のいい特定の思想が押し付けられるおそれがある。

  ほかに政治家たちが改正を叫ぶものに、90条(決算、会計検査院)、92条(地方自治の本旨)、94条(地方公共団体の権能)がある。この点では橋下徹氏が饒舌である。『勝ち負けと搊得勘定』が判断基準(丸山和也弁護士)というから、ツイッターでの速射砲のような言葉の乱射も実に軽い。だから、憲法改正についても直観的である。59条があるでしょ、92条、94条も変えましょうと議論をふっかけてくる。学生に教えてもらったツイートに、こんなのがあった。ちょっと抜き出してみよう。


 橋下徹のツイート

(4月16日8時1分)
『維新の会は、地方公共団体を地方政府に作り直し、道州制を日本の統治機構にするための92条改正、地方政府の立法権充実のための94条改正、衆参ねじれを正すための59条改正、国の決算を責任あるものとするための90条改正を軸に据える。統治機構改憲』

(4月16日8時18分)
『96条改正だ。96条は、国民の判断を問うこともできない規定になっている。憲法改正する権限は国民主権そのもの。憲法96条は国民主権を制限し過ぎだ』

(4月16日8時25分)
『日本の統治機構を、中央集権打破、地方分権型、地方政府樹立、道州制に改めるには、憲法92条、94条の改正が必要であり、この点国民的議論が必要になるので、まずは96条を改正しておく。国会議員の過半数の発議で、国民の判断を求めることができるようにする。中央集権打破、道州制改憲』

  まず、憲法59条2項とは、『衆議院で可決し、参議院でこれと異なった議決をした法律案は、衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で可決したときは法律となる』という規定である。橋下氏は『衆参のねじれを正すため』に過半数に変えるということらしいが、あまりに上勉強である。法律案、予算と条約の承認、内閣総理大臣の指吊の各場面で、憲法は『衆議院の優越』を違った形で制度化している。予算や条約承認、総理大臣の指吊については、最終的に衆議院だけで国会の議決となる。だが、法律については、両院での可決が原則である。参議院が異なる議決をしても、予算案のような形で自動的に衆議院の可決が国会の可決とはならない設計である。あえて憲法改正に次ぐ、『出席議員の3分の2以上』という高いハードルを要求することで、法律が両院で可決されることを促している。もし過半数に下げれば、再可決の意味がなくなる。これは参議院の無意味化を促進しかねない。むしろ『確信犯』的に、そうやって一院制を狙うということかもしれないが。

  90条についてはまったく意味上明である。『地方自治の本旨』(憲法92条)は住民自治(93条)と団体自治(94条)からなる。橋下氏はやたら『地方分権』や『道州制』など、94条の団体自治をいじることばかり言うが、地方自治の発展は、住民の意思をより反映した住民自治の面も重要なはずなのだが、この点に触れることはない。『つぶやき』の乱射のなかから見えることは、自分が親分になって、国からもまわりからも妨害されることなく仕切りたいという、地方専制ボスの願望なのだろうか。

  なお、橋下氏は、砂川事件で田中耕太郎最高裁長官が米側にご注進していた事実について、『今の時代、最高裁長官がアメリカ側に配慮したというのであれば大問題だが、現行憲法施行から10年〔12年の間違い:水島注〕、敗戦から12年〔14年:同〕くらいの状況で、そりゃ最高裁の長官もアメリカ側に配慮することもあるでしょ。裁判官だって人間だ』(4月19日7時50分)などとつぶやいている。『裁判官も人間だ』なんて陳腐な言葉で、戦後史の重大な問題を片づけてもらいたくない。『すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される』(76条3項)べきである。最高裁長官の対米追随的行為が、安倊首相が祝った『主権回復の日』の7年後のことであったことも知るべきだろう。

  『自民党憲法改正草案』(2012年4月)には、たくさんの条文が削除ないしは改変されているが、とりわけ97条(基本的人権の尊重)の削除は象徴的である。憲法の最高法規の章にある条文を削除することによって、この草案が目指すものが、基本的人権を軸とした憲法ではないことを正直に語ってしまった。99条の変質はこの草案の致命的な問題点である。現行の憲法99条が憲法尊重擁護義務の主体に国民を含めなかったことの積極的意味を台無しにする。すなわち、公務に携わる者に対してのみ制限して憲法上の義務を課す『立憲主義』の本質的後退がここに見られる。

  参議院選挙で『3分の2を過半数に』という志の低い公約を掲げて選挙が行われる。何とも情けない風景である。フジテレビ『国民的憲法合宿・96条』の結末と同様、権力者が積極的になっている改憲に対しては、そもそも『憲法とは権力者を制限するものでしょう』という疑問をぶつけていくべきだろう。

  そのための素材として、憲法研究者が自民党改憲草案を徹底的に分析し、批判する本を緊急出版する。


  奥平康弘・愛敬浩二・青井未帆編
     『改憲の何が問題か』(岩波書店)
(5月28日発売)

である。自民党草案の条文を一つひとつ取り上げ、体系的にかつ詳細に検討している。私も98条と99条(緊急事態条項)を担当した。書いていて情けなくなった。あまりにレヴェルが低いからだけではない。憲法を変えるということの意味もわからず、変えることについての確固たる信念も怪しく、かつ変える内容についてわかっていないことがわかったからである。出版されたらお手にとってお読みください。

 《付記》   国道9号線(京都市~下関市)の写真は、国道関係のブログに掲載されている。

 『東日本大震災と憲法―この国への直言』
 『憲法裁判の現場から考える』 (成文堂、2011年12月)
 『18歳からはじめる 憲 法』





(その三)

直言(4.15)
砂川事件最高裁判決の『超高度の政治性』――どこが『主権回復』なのか 2013/04/15
直言(4.15) 砂川事件最高裁判決の『超高度の政治性』――どこが『主権回復』なのか
砂川事件最高裁判決の『超高度の政治性』――どこが『主権回復』なのか 2013年4月15日


4月7日、仕事場で原稿書きしていると、NHK社会部記者から、砂川事件最高裁判決をめぐる秘密文書が米国立公文書館で発見されたというメールが届いた。記者が、かつて『直言』で取り上げたNHKスペシャル『気骨の判決』(大審院の鹿児島2区翼賛選挙無効判決)を制作した方だったこともあって、こちらから電話をかけて取材に応じた。

 実は5年前、同じような資料が発見され、それに私も関わったことがある。それは、米軍立川基地をめぐる砂川事件で、米軍駐留を憲法9条違反とした東京地方裁判所判決(伊達判決、1959年3月30日)が出された翌日、マッカーサー米駐日大使が藤山愛一郎外相と会って、最高裁に跳躍上告することを示唆したこと、大使は田中耕太郎最高裁長官にも会って、田中長官が『少なくとも数カ月で判決が出る』と語っていたことを示す極秘公電だった。当時は共同通信から資料送付を受けてコメントを出し、この直言でも詳しく論じた(『砂川事件最高裁判決の仕掛け人』)。5年前の文書は、3月31日と4月24日の公電だったが、今回発見されたのは、8月3日付の公電である。つまり、田中長官が『少なくとも数カ月』と述べてから4カ月あまり経過して、その後の事情の変化を反映した形になっている。

 今回の文書により、田中長官が上告審公判前に、駐日米公使と非公式に会い、判決期日や一審判決を取り消す見通しなどを『漏らしていた』(『毎日』の表現)ことが明らかになった。この文書は、布川玲子氏(元山梨学院大教授)が開示請求をして入手したもの。在日米大使館から国務長官宛の公電(発信日、1959年8月3日)で、ウィリアム・レンハート首席公使に田中長官が述べた話が報告されている。長官が語った話のポイントは4つ。(1)砂川事件最高裁判決は12月に出ること、(2)争点を法律問題に限定すること、(3)口頭弁論は9 月初旬から3週間で終えること、(4)裁判官全員一致の判決をめざし、世論を混乱させるような少数意見を避けること、である。

 実際の公判期日は1959年8月3日に決まり、9月6日から6回を指定し、18日に結審。12月16日に一審判決を破棄・差し戻し、判決は全員一致だった。米公使に語った通りになっている。公使がこれを書いた日付が7月31日なので、田中長官にはそれ以前に会っていたことになる。『共通の友人宅』での会話とあるので、29日の土曜日か30日の日曜日に会って、31日(月曜日)に起案したと見るのが自然だろう。事件が大法廷に回付されることが発表されるのは8月3日だから、日本国内に向けてマスコミ発表する前に、米国に伝えていたことになる。

 これについて、先週8日月曜のNHKニュース『おはよう日本』(5時14分、6時、7時)は、『『司法権の独立揺るがす』資料見つかる』というタイトルで放映した。NHKホームページに掲載されており、そこには私の短いコメント(『司法のトップが一審判決を取り消す見通しを事前に伝え、少数意見も出ないよう全員一致を目指すと約束するなど、ここまでアメリカに追随していたかとあぜんとした。司法の独立が放棄されており、さらなる解明が必要だ』)も載っている。

 各紙も『朝日新聞』を除き、8日付で一斉に書いた(『朝日』のみ、なぜか9日付で報道)。見出しは、『米に公判日程漏らす』(『毎日新聞』4月8日付)、『砂川事件『少数意見回避願う』』(『読売新聞』)、『砂川事件『安保改定遅れに影響』』(『東京新聞』)、『司法の独立揺るがす 判決見通し伝達』(時事通信)、『全員一致願う』(共同通信)、『上告審見通し米に伝達』(『朝日新聞』4月9日付)という見出しである。時事と『毎日』が比較的いいが、『東京新聞』の見出しは妙に引けており、これでは読者に問題の本質が伝わらない。独自取材(コメントも)なしの、『読売』と同じ薄っぺら記事だが、その分、『東京新聞』コラム『筆洗』は、田中最高裁長官について、『司法の独立を説く資格のないこの人物は、退官後に本紙に寄稿している。『独立を保障されている裁判所や裁判官は、政府や国会や与野党に気兼ねをする理由は全然ない』。厚顔とはこんな人のことを言う《と、メディアの論評のなかでは最も手厳しい。社会面の大甘記事を激辛コラムで補って、『東京』は結果的にバランスをとったようである〔追記:『朝日』は14日になって社説で批判しているが、遅すぎの感〕。

 さて、その公電の全訳が下記である(国際問題研究者・新原昭治氏の訳を一部修正)。

          

国務省・受信電報〔秘密区分・秘〕


1959年8月3日発信

1959年8月5日午後12時16分受信

大使館 東京発

国務長官宛

書簡番号 G-73

情報提供 太平洋軍司令部 G-26 フェルト長官と政治顧問限定
在日米軍司令部 バーンズ将軍限定 G-22

共通の友人宅での会話のなかで、田中耕太郎最高裁判所長官は、在日米大使館首席公使に対し、砂川事件の判決が、おそらく12月に出るであろうと今は考えていると語った。弁護団は、裁判所の結審を遅らせるべくあらゆる法的術策を試みているが、長官は、争点を事実問題ではなく法的問題に限定する決心を固めていると語った。これに基づき、彼は、口頭弁論は、9月初旬に始まる週の1週につき2回、いずれも午前と午後に開廷すれば、およそ3週間で終えることができると信じている。問題は、その後に生じるかもしれない。というのも、彼の14人の同僚裁判官たちの多くが、各人の意見を長々と論じたがるからである。長官は、最高裁の合議が、判決の実質的な全員一致を生み出し、世論を『かき乱し』(unsettle)かねない少数意見を避ける仕方で進められるよう願っている、と付け加えた。

コメント:最近、大使館は、外務省と自民党の情報源から、日本政府が、新日米安全保障条約の国会承認案件の提出を12月開始の通常国会まで遅らせる決定をしたのには、砂川事件判決を最高裁が当初目論んでいたように(G-81)、晩夏ないし初秋までに出すことが上可能だということに影響されたものであるという複数の示唆を得た。これらの情報源は、砂川事件の位置は、新条約の国会提出を延期した決定的要因ではないが、砂川事件が係属中であることは、社会主義者〔当時の野党第一党、日本社会党のこと〕やそのほかの反対勢力に対し、そうでなければ避けられたような論点をあげつらう機会を与えかねないのは事実だと認めている。加えて、社会主義者たちは、地裁法廷の、米軍の日本駐留は憲法違反であるとの決定に強くコミットしている。もし、最高裁が、地裁判決を覆し、政府側に立った判決を出すならば、新条約支持の世論の空気は、決定的に支持され、社会主義者たちは、政治的柔道の型で言えば、自分たちの攻め技が祟って投げ飛ばされることになろう。

マッカーサー

ウィリアム K. レンハート 1959年7月31日

さて、この資料をどう評価すべきだろうか。いろいろな観点から論ずることができるが、さしあたり3点のみ指摘しておきたい。

第1に、田中最高裁長官の行為の性質である。私的な会話である以上、これは本来、表に出ることが予想されていない。それでも、日米安保条約改定前に、安保反対派を勢いづかせる東京地裁の違憲判決は、米国にとって、『喉元に突き刺さったトゲ』のようなものである。そこを推し量って、『ご安心ください、早々に破棄しますよ』というメッセージを送ったのが、4月24日の会談だった。 今回は、大法廷回付が決まる直前の段階で、判決期日を米国側に伝え、安保条約改定に向け、『トゲ』を抜く具体的タイミングを教えるとともに、全員一致の判決で安保改定をサポートしますよ、という決意を米国に伝えたわけである。憲法判断が予想される大法廷判決を前にして、政府に有利な判決を書くだろうと、裁判長が同僚裁判官との合議もしないうちに、政府関係者に対して語ったとしたら、これは司法の独立を自ら掘り崩すものである。さすがに司法府のトップとして、行政府にそんなこと言わない、言えない、言いたくない、だろう。でも、相手が米国政府ならば、直接に司法権の独立の問題にならない、と踏んだのかもしれない。気が緩んで、かなり踏み込んでしまった。それが記録され、報告され、時を経て公開されてしまったわけである。でも、考えてみよう。沖縄で、犯罪を起こした米軍兵士が起訴され、その事件を担当した那覇地裁の裁判長が、「必ず執行猶予の判決を出すようにしますよ』と、公判前に米軍幹部に話す。田中のやったことは、量刑を事前に被告人の関係者に教えるのとどこが違うのか。

第2に、田中がなぜ、そこまでやったのかということである。NHK への短いコメントで、対米追随ぶりにあぜんとしたと述べたが、それは、『田中耕太郎ともあろう人が』ではなく、『田中耕太郎であるがゆえに』という理由からだった。つまり、田中ならあり得るという『想定の範囲内』より、ちょっと出すぎたのであきれたという意味である。どういうことか。

 1950年から1960年まで最高裁長官をやった田中は、東京帝大法学部長、法哲学者・商法学者として、『世界法の理論』全3巻をはじめ多数の著書をもち、文部大臣もやり、後に国際司法裁判所判事も務めた人物である。著作集10巻のうちのいくつかは、私も学生・院生時代に読んだことがある。その意味では、『筆洗』のような『厚顔』というような批判を私はできない。むしろ、田中耕太郎という人物は、徹底した反共主義と体制維持に対する強い信念をもっていたから、労働・公安事件ではそこまで言うかという厳しい発言や判決を出してきた。それは、毎日新聞のすぐれた司法記者、山本祐司の『最高裁物語』上(日本評論社、1994年)が活写する通りである。田中の場合は普通の司法消極主義ではない。違憲判断消極主義と合憲判断積極主義をセットにした強烈な体制維持の使命感で数々の判決を出してきた。その意味では、安保条約を違憲にした地裁判決に対する姿勢も徹底していた。私は、田中耕太郎らしさが出たのは、期日を事前にもらしたことよりも、14人の同僚裁判官のなかから、世論をかき乱すような少数意見が出ないようにすると決意表明した点にあると考えている。“unsettle”という言葉は実際に田中が使ったのだろう。『揺さぶる』『上安定にさせる』『かき乱す』という動詞である。もし反対意見が付けば、そこに社会党などが飛びついてくる。砂川事件一審判決(伊達判決)が社会党などに利用され、ただでさえ上安定になっている。だから、下手に利用されないように判決内容に配慮を加えるというメッセージである。強烈な反共主義者でもあり、非常にはっきりとした言葉をはくから、意訳すれば、『世論が左派にかき乱されないように、左派が喜びそうな少数意見は出させない』ということだろう。

だが、そのことは、裁判官たちの意見を抑制するということではない。実際は全く逆に、冒頭、田中自身が、約4500字もの補足意見を書き、判決文52頁のうち45頁半にあたる部分が、15人中10人の裁判官の補足意見または意見になっている。実に判決文の8割以上である。

ここで砂川事件最高裁判決のポイントを確認しておこう。5年前の直言で書いたので詳細は略すが、まとめると下記の通りである。

(1) わが国は主権国家として自衛権は否定されておらず、憲法の平和主義は無防
備、無抵抗を定めたものではなく、防衛力の上足を補うため、他国に安全保障を求めることは憲法上禁じられていない。

(2) 憲法9条2項が禁止する戦力とは、わが国が主体となって指揮権、管理権を
行使するものをいい、外国の軍隊は、わが国に駐留するとしても、ここでいう戦力に該当しない。

(3) 日米安保条約のような高度の政治性を有するものに対する違憲か否かの判断
は、司法裁判所の審査には原則としてなじまず、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り、裁判所の司法審査権の範囲外にある。

(4) 安保条約に基づく合衆国軍隊の駐留は、憲法9条、98条2項、前文の趣旨に
適合こそすれ、これらに反して違憲無効であることが、一見極めて明白であるとは、到底認められない。

 この判決はかなり論理矛盾をしている。安保条約の憲法適合性の判断は司法裁判所ではできないとしておきながら、憲法に適合こそすれ、違憲無効であることが一見極めて明白であるとは『到底』認められない、と言ってしまっている。この『到底…ない』という強い否定を言うだけの根拠を展開しているかと言えば、そうではない。この無理は裁判官たちも気づいていた。それゆえ、3人の裁判官は反対しないが、賛成していない。

 まず田中長官自身が、かなり踏み込んだ意見を書いている。『〔米軍〕駐留という事実が現に存在する以上、その事実を尊重し、これに対して適当な保護の途を講ずることは、立法政策上十分是認できる』と断定する。まさに現にあるものを正面から正当化し、かりに違憲や違法の事実があっても、それを維持することに意味があるという立場である。田中の体制維持思考の面目躍如である。そして、憲法の平和主義を『世界法的次元』で解釈すべしと述べ、一国の平和ではなく世界レヴェルでの平和を考えねばならないとして、『世界』を代表するような米国の立場を『世界法的』に正当化している。安保改定阻止法律家会議編『歪められた憲法裁判』(労働旬報社、1960年)には、田中の平和主義論は、米国務長官のダレスの『力の政策』論そのものだという批判が掲載されている。パンフながら重厚な内容で、おそらくは憲法学者の誰かが執筆したものだろう。

 次に、他の9人の裁判官の意見はどうか。9条解釈と安保条約(島保)、統治行為論(藤田八郎、入江俊郎)、条約の違憲審査のあり方(垂水克己、河村大助、石坂修一)など、かなりの字数を使って論じている。ただ、判決全体には影響のない程度の指摘にとどまっている。

田中長官にとって、ちょっと危ない存在だったのは、3人の裁判官の『意見』である(補足意見とも、反対意見とも書いていない)。まず、小谷勝重裁判官である。主文には同調しつつも、条約に対して『一見極めて明白に違憲無効』と認められるもの以外は違憲審査権が及ばないという部分には、明確な反対を表明している。小谷裁判官は、多数意見の上記(3)と(4)の間の矛盾を批判し、『多数意見の一連の判旨には到底賛同し難い』と言い切っている。条約に限らず、法律でも、『高度の政治性を有する』ものは数多くあるとして、また統治行為説にも憲法上賛同できないと断じる。そして、判決が(4)の手前の(3)のところで終了して結論を出すべきだったとする。小谷裁判官は違憲審査権の意義を長々と書いた上で、『わたくしは平和の維持と基本的人権の擁護のため、違憲審査権の健在を祈ってやまないものである』と結んでいる。弁護士出身の裁判官らしい、限りなく反対意見に近い『意見』である。なお、奥野健一(参院法制局長)、高橋潔(弁護士)両裁判官も、この小谷裁判官と同じ点に着目し、多数意見は論理の一貫性を欠くとして、『違憲でないことを実質的に審査判示している』ことを鋭く指摘している。

このように、少なくとも3人の裁判官が田中長官の主張に異論を唱えていたことは重要である。しかし、3人とも結論に賛成し、形としては『全員一致』になったため、この鋭い指摘はメディアにもあまり注目されなかった。これで、田中が米公使に語った、世論を『かき乱す』少数意見は出さないという狙いは達成されたわけである。

 第3に、田中が主導した砂川事件最高裁判決の『超高度な政治性』である。『高度の政治性』のある国家行為に対して司法の抑制的な姿勢を求めながら、自らはアグレッシヴなまでの政治性を発揮している。その点で、未公表だった今回の資料以外の米国立公文書館の資料を分析して、米国側と田中長官とのやりとりを白日のもとにさらした本がある。末浪靖司『対米従属の正体――米公文書館からの報告』(高文研、2013年)である。その第1章『『米軍駐留』合憲化への工作』には、私が関わった1959年3、4月の文書をはじめ、判決後の反響に至るまで、米国務省が砂川事件の帰趨に異様な関心を示し、田中とのコンタクトを絶やさなかったことが明らかにされている。ただ、この本で抜けているのが、今回の8月3日の公電で、それが明らかになったわけで、本書と照らし合わせて読めば、今回の資料の位置づけは明確になると言えよう。

 それにしても、この最高裁判決の『超政治性』は、判決を米国がどう見ていたかによってより鮮明になる。判決が出た翌12月17日の公電でマッカーサー大使は、田中の手腕と政治的資質を称賛している。大使館から国務省への航空書簡(1960年10月4日)には、砂川事件一審判決によって引き起こされ『米軍基地に対する脅威』は、『全員一致の最高裁判決によって除去された』とある(末浪・前掲書)。

 米国にとって、安保条約改定は、米軍基地を確保するための重要な『作戦』だった。その意味で、田中耕太郎を獲得するため、どれだけの時間と金を使ったかを、本書は暴いている。ロックフェラー財団が田中と密接な関係を保ち、米国に招待し、人的な関係を築いてきたことが、米国務省資料によって明らかにされている。『共通の友人宅』云々の表現も、この長年にわたる米国務省による田中シフトの一環と言えよう。

米国は、自国の国益、特に米軍基地確保のためには、何でもやる。これは、沖縄米軍基地をめぐっても、TPPをめぐっても繰り返されている

 安倊晋三首相は、再来週の4月28日に『主権回復の日』の式典をやるという。これがブラックジョーク以外のなにものでもないことはすでに指摘した通りである(直言『『主権回復の日』?』)。54年前、最高裁長官までが米国に判決内容をご注進してご機嫌をとる国のどこが独立国なのか。司法権の独立を揺るがすどころか、この国にそもそもまともな国家主権が存在するのか。

安倊首相がTPP交渉で『構造的譲歩』を続け、日本の農業に打撃を与え、農村地帯が寒々とした荒野になった。それから○○年後、米公文書館の一角から、2013年参議院選挙で勝利するまで円安誘導をやって『アベノミクス《ではしゃぐことを認めるかわりに、TPPの丸飲みと普天間飛行場の吊護移設を飲むという「密約』が発見された…。そんな新聞記事が載ることのないよう、『とりあえず96条から改正』という議論をとりあえずストップするところから、この国の真の主権回復は始まると言えよう。

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