<四診法>の目的と意義

相原黄蟹

漢方医学では、病者を治療する為に必要な情報の全てを入手する手段として四診法と言う望・聞・問・切の4つの綱領がある。 この<四診法>によって得られた情報を八綱・六経・三焦などの弁症法を適応し帰納することによって正確で明解な病体・病状把握が成されることになる。 また学問上その目的・意義から<弁症法>と<四診法>は、それぞれ独立した理論として構築されているが、臨床上両者は有機的に融合して一連の流れの中で運用されている。 結果臨床上診察と言う情報の入手から治療という実行の過程の中で、「何が起きているのか?」という現状把握・「何故このようなことが起きたのか?」という原因の究明・「どのようにすれば生体に負荷を掛けることなく原因の除去並びに再発を予防することができるのか?」という治療方針の情報の分析処理が行われている。
このことから個々の<情報>の持つ意義を古代中国哲学理論的背景を踏まえた上で運用することの重要性を再認識すると共に、<四診法>の目的と意義を明確化する必要がある。

先ず、生体と病体の認識について述べる。
生命現象は、生体(人)と自然環境(天地)との間の気の環流であり、昼夜・四時・年齢などの時間因子と生活環境の空間因子の適応不適応が正負の違いを生じ健常者と疾病者を分かつ。


陰陽 五行
生理 寒気 陽盛熱 汗腺閉鎖・血流量調整・栄養供給・筋収縮・排尿保温
病理 感受寒 頭痛・発熱・体重節痛・流涕・悪寒・


従って、この一連の<流れ>(生命現象)の消長変化の何れかを阻害・変質させる因子が病因(内外)であり、その病因の発生や診察時が何時(time)であり・どのような経緯(root)を経て(逆順)・どの段階(stage)にあり・何処で(point)に存在するのか?の空間的時系列変化要素と、それによって引き起こされる反応である、何が(精気神)どのような性質(寒熱)・どのような状態(虚実)の機能と実体的要素に細分して理解する必要がある。

また、重要な要素である症状の自覚・他覚についての一考は、別項の問診・切診の項で詳述する。

<何時>(time)・・・
<何時>とは、文字通り時間に関わる要素で、発症時・病状の推移・診察時の状況についての情報を時間属性要素の理想と現実との位相のずれ(逆従)によって解析するのが目的であり、疾病の性質・軽重・予後などの判断材料となる。
属性要素として、昼夜・十二官(臓腑)・大過不及・四時・五行(正気・邪気)・・・。

<経緯>(root)・・・
<経緯>とは、文字通りどのような侵入経路(逆従)を経て生体の生理機能を侵襲したのか?という要素で、侵入口・系統を明確化することにより病体・病状の構造を解析することが目的であり、次項と併せ適切な症候分類法の選択の判断材料となる。
属性要素として、上下(手足)・左右(気血)・外内(皮骨)・前後(腹背)・表裏(足口)

<段階>(stage)・・・
<段階>とは、文字通り生体の組織・器官・機能においてどの様な状況程度で影響が及んだか?の機能的・性質的深浅を解析するのが目的である。
属性要素として、五主・五華・五官・三焦・六経・四要・病機・・・。

<何処>(point)・・・
<何処>とは、文字通り限局的な生体部位・機能を特定する要素であり、これまでの分析の結果得られた情報との整合性を貫いて帰納することに意義がある。
属性要素として、皮毛・血脈・肌肉・筋肉・骨髄、上焦・中焦・下焦、太陽・陽明・少陽・太陰・少陰・厥陰、・衛・気・栄・血・・・。

これらは観測対象を規定するために必要な前提条件としての系統的認識であり、これを軽視すると一つの観測対象の病症から得られる診断が複数化して判断に迷ったり、または望ましい結果とは正反対な結果を招来することになるので習熟が求められる。 その観測対象(病症)の実質的な変化は後述する精気神の寒熱・虚実として反映されるのである。

精(精神)・気(精気)・神(神気)の寒熱・虚実
<精>・<気>・<神>は、人を構成する三要素であり、これら観測対象となる三宝の現象変化が病症となる。 つまり、


三宝(要素) 性質 特徴
<精>(精神) 構造を維持する形態的要素
<気>(精気) 流動・増減・供給消費されるエネルギー的要素
<神>(神気) 機能・目的・意義たらしめる性質的な要素



     の要素が、それぞれ陰陽偏傾によって寒熱(躁静)・虚実(詰漏)を引き起こす。

生命活動を正常に維持管理するために、精神(構造体)の精気の需要と供給や循行の前後のバランスは、神気によって保全されている。 従って病因の発生による流通の障害は、その前後で精気の過不足を生じ、形態的な膨縮・神気即ち機能の盛衰を惹起することになる。 これは、虚実併存の病症パターンであり、偏在の相殺によって平癒することが理解できる。 他方神気の盛衰を主因とする精気の萎漏・加齢の病症パターンがあるが、精気の補充のみならず神気への化成を待たねばならないので前者に比べ難治である。


偏傾
<精> (精神) 膨隆 維持 収縮
<気> (精気) 増多 定量 減少
<神> (神気) 躁乱 本性 衰微


例えば、皮毛(精神)の汗腺の開閉(神気)が、正常であれば寒気には閉鎖し・暑気には解放するが、神気が陽に偏傾すると閉鎖が不十分なままで精気が漏れ続け陰汗となり形体は疲弊する。 また、神気が陰に偏傾すると汗腺は閉鎖し続け内熱を解放できず形体は腫脹する。 更に視点を変えると、<病症の部位>=<精神>・<病症の性質>=<神気>・<病症の勢力>=<精気>と整理することができる。 つまり、我々は臨床上患者という実体(精神)を表現媒体として観察していることを意味しており、結果、実際の分析に当たっては、<精神>+<神気>=<寒熱>・<精神>+<精気>=<虚実>という観点で見ていることになる。


<組み合わせ例>
精神
(形・空間)
精気
(気・中身)
神気
(質・性質)
現象変化
(病症)
治法 備考
膨隆 定量 躁乱 気実(熱発) 瀉熱 精神が神気に作用したので精気で対応
膨隆 増多 躁乱 血実(熱発) 下熱 精気が精神に作用したので神気で対応

以下略

上記の内容を踏まえた上で、四診法を駆使して種々の症状の中から病因症状と随伴症状を分析し、病因の種類・侵入経路・侵襲深度・損害状況・残存精力の把握に努めることになる。 その際鍵となるのが、形体・機能の寒熱・虚実の病症の出現パターンである。

・全身症状:組織(五主)
文字通り全身に現れる病症で、病因の発生侵襲に対し生体全体が反応するもので、人体を構成する五主の変化として出現する。外は、邪気の侵襲の初期(衛気)に・内は五臓の生気の損耗(栄血)の際に診察される。

・部分症状(五主・五華・五官・經脈・五行穴・經筋・經別・手足・腹背・上下・左右・前後臓器系統・その他)
これら病症分類のカテゴリーは、それぞれ特有の意義を反映しており、以下項目ごとに概略を記す。

・五主:外内の変化に即時的に対応するための生気(栄気・精気)の供給・在庫状態を反映する。

・五華:内外の変化に持続的に対応するための五臓の正気(栄血・精気)の安定・在庫状態を反映する。

・五官:全身の各組織機関を管理運営するための五臓の神気(精)の状態を反映する。

・經脈:内外変化に対して恒常性を維持するため、臓腑と全身の各組織器官を結ぶ気血の流注を管理し、三陰三陽・十二官の属性の状態を反映する。

・五行穴:經脈の井・栄・兪・經・合部分の反応を通じ、外界の栄養・変化を内政に感受し順調に反映されているかが表現される。(『難経』六十八難)

・經筋:胸肋・肱内・股関内・肱外・膝裏に五臓の実症が反映される。

・經脉:項頚・腋肋・脊面・肩背・腰谷に五臓の虚症が反映される。

肢幹・四肢は五主・外衛の要素、躯幹は五臓・内政(神気)の要素を反映する。

・手足:足は精気に代表される形態的要素(腎肝血・脾栄・腎精・)の変化の影響(血)を、手は神気に代表される内政が発揮表現する能力(心神・肺魄)の要素(血)を反映する。

・上下:上下は植物的陰陽表現で、前項の手足に類似する。根本(下半身)は地中に埋没し水と栄養を吸収し(↑)、茎葉は地上空間で太陽からの光と熱を利用して光合成・呼吸・炭酸同化作用を行う(↓)。人は天の気を足下から受け体を経絡に沿って上向し、地の気は口中より下降してそれぞれ生体に作用する。つまり上下は、天地の気の影響を反映する。

・左右:左右は時間的要素の反映であり、ときの経過と共に消耗現象から発症することが多く、一般に左側の反応は労働などによる肉体的な消耗(精気)・右側の反応は微細な作業や緊張を伴う精神的な消耗(神気)の状態を反映したものとされる。但し、左右は、厳密を期するには上下が規定した後で初めて用いなければならない。

・腹背:胸腹・腰背は兪募穴が分布する領域でもあり、五臓を舎とする<人=魂・神・意・知・魄・精・志>を中枢に位させ、順伝では、腰背(陽)は<天=風・熱・湿・燥・寒>が兪布して五臓に絡し・胸腹(陰)は<酸・苦・甘・辛・鹹>を吸募して五臓を潤す。 天気が陽を侵襲するときは腰背に俊痛が診察され、地気の不正の気が陰を損耗させると腰背の兪穴に慢痛が診察される。 また、天気が陰(腑臓)を侵襲すると胸腹(募穴)に聚痛などの反応が診察され、 地気が陽(七神)侵食すると腹部の上下左右に積痛などの反応が診察される。

・前後:前後は動物的陰陽表現(四足動物の天地上下に相当)で前項の腹背に類似しており、臓器を中心とした内政器官の内陰と運動感覚器官を代表とする外陽に大別して把握される。また、三陽経と組み合わせ<後=太陽・天>・<中=少陽=人>・<前=陽明=地>と展開される。(時間と空間では、前後の方向が逆になるので注意)

・臓腑:十二官に特有の疾病を反映した病症で、五役(色・臭・味・声・液)・五変(握・憂・咽・咳・慄)に代表され、生理学の習熟によって精気・精神・神気のありようが反映されていることが診察される。

・上中下:三焦の症候分類に準ずる変化で、


口→噴門 心・肺 呼吸・循環 胸部・上肢・頭部
噴門→幽門 脾・胃 栄養・統血 大腹
幽門→肛門 肝・腎 運動・免疫・泌尿生殖 小腹下肢


     のように火水つまり津液の状態変化が<宗・栄・衛>の三分割の変化として反映される場合温病論的手法
     を用いる。手足や上下の二分割と混同しないように注意。

・その他):目・面・舌・耳腹部などを四方図に当て嵌めて診察する方法は、該当部位のカテゴリー条件を更に細分化する要素として反映される。


以下、四診法の概略を項目を列記する形で多少の説明を加えて解説することにする。



1. <望診>(神)

『難経』第六十一難に「望而知之.謂之神.」とあり、望診は神聖にして欠くことのできない診察法であるという意味と同時に、七神の状態を窺い知る視認による診察法であるという意味をも兼持している。 望診の要諦は、<神>・<色>・<舌>・<形>の4点で、以下に概略を示す。

@<神>: 前述のように七神の状態を伺うもので眼望や全身から醸し出される気配(オーラ)を視認する。病の総合的な状況を理解する。

A<色>: 面貌や全身各所の色沢の変化を視認する。変化の出現部位の陰陽五行属性と五色の対比により病性を理解する。

B<舌>: 舌質・舌苔の状態を視認する。舌は心臓の官であり、血の生理状態を繁栄しており、生命の基と成す血の清浄寒熱虚実を理解する。

C<形>: 形体(骨格・肥痩)・動作(デファンス)を視認する。患者の体力・体質や発症部位を理解する。


2. <聞診>(聖)

『難経』第六十一難に「聞而知之.謂之聖.」とあり、聞診は幽玄にして必須の診察法であり、聴覚・嗅覚・味覚による診察法である。 聞診の要諦は、<音声>・<気味>であり、以下に概略を示す。

@<音声>: 聴覚により確認する診察法で、音声(五音・五声)・言語・呼吸・咳嗽・嘔吐・悪逆を聞き分ける。主に気の反応について観察するもので病性や病位を理解する。

A<気味>: 主に嗅覚で患者から排出される臭気を確認する診察法で、気(寒熱温涼)・味(酸苦甘辛鹹)の厚薄を弁別する。主に津液の状態を観察するもので病性の寒熱虚実を理解する。


3. <問診>(工)

『難経』第六十一難に「問而知之.謂之工.」とあり、創意工夫による質問により疾病の状況を確認する診察法である。 問診の要諦は、<寒熱>・<汗>・<頭身>・<二便>・<飲食>・<胸腹>・<耳聾>・<口渇>などであり、その場では観察できない病勢の推移や自覚症状などについて確認する診察法である。


4. <切診>(巧)

『難経』第六十一難に「切脉而知之.謂之巧.何謂也.」とあり、微妙な技工を駆使して触知する診察法である。 切診の要諦は、<切経(経絡診)>・<胸腹>・<脈診>であり、以下に概略を示す。

@<切経>: 全身各所の組織の状態を経絡の走行分布に基づいて鑑別する診察法で寒熱虚実を理解する。

A<胸腹診>: 胸腹腔内の五臓六腑の状態を触知鑑別し、寒熱虚実を理解する。

B<脈診>: 脈動の触知部位や形体性状により、病因・病位・病性・病勢を確認する診察法で、施療の可否や予後をも判断できる。<胃の気の脈>・<応脈>・<病脈>・<死脈>・<正脈>等々の区別があるが詳述は避ける。


以上縷々述べてきたが、これらは学問的に分類整理したものであって現実の臨床では整然として提示されることはあり得ない。全段の病体把握と同様に出現パターンを以如何に整理把握するかが重要であり、全ての診察法を平等に駆使する必要はない。
また、陰陽五行によって分類把握することは必要ではあるのだが、唯単純に属性に別けるのではなくどのようなテーマ属性を踏まえた上での分類なのかを常に追求し明らかにしなければ本当の意味で病体把握並びに治療方針は明確化されない。


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