臓腑学説



臓腑学説

総論
【留意点】
 漢方医学における臓腑学説とは、西洋医学における臓器の生理機能とは似て非なるものであると考えることが望ましい。臓腑学説を秩序立ててその構造を理解するためには、五行と陰陽をもって整理しておくことが必要である。

【階層】
 人は、天と地の恵みによってその生命を育まれており、それぞれ共通の属性を持った因子によって構成されている。その因子とは、五行であり、天においては「風熱湿燥寒」であり、地は「酸苦甘辛鹹」であり、それらを受け入れるのが人の「肝心脾肺腎」である。

【構造】
 五臓は、すべての生命現象の根幹をなしており、それぞれの属性にもとづいたユニットやネットワークを構成している。古代中国における世界観として、独立した個体は社会構造も人体も同じシステムワークとして機能していると捉えており、臓器をその機能から,中国における政府器官の名称を当てることで、象徴的に理解することができるようになっている。それぞれの臓の中心に位し、最も基本となる性質能力を再現すのが、「七神」と呼ばれる「魂神意智魄精志」であり、天と地の恵みを得て種々の生理機能を営むことができるのである。
 人は、移り変わる季節に順応すべく、その生理機能を調整変化する目的から各季節に適応した臓が主体となって活動する。五臓は、それぞれ陰陽関係にある消化管を、主とした六腑と表裏という形で結ばれている。臓とは、文字どおり収めしまいこむ意味であり、形態は変化せず中身の詰まった実質臓器としての意味も備えている。それに対して腑は、ものが出入りを繰り返す入れ物であり、中空の消化管と胆嚢と膀胱がこれにあたる。機能的見地から、臓腑の総合機能を意味する三焦をもう一つの腑として、また心臓の防衛と機能代行する心包の臓を加え論じられるテーマによって、その数は変化する。
 各臓腑間や全身の組織器官の隅々まで,経絡という血気の流れるネットワークによって,有機的に結ばれている。臓は勿論の事、その支配下における機能・組織・器官のすべての領域を、人体の構成要素である“血”と“気”によって類別し、その階層構造によって生理現象が営まれているのである。例えば、食べ物は「気」,体内に取り入れると「血」,腎は「少血多気」,肝は「多血少気」,神を生むのは「血」,働きの元となるのが「気」と位置や役割,他者との関係などによって様々にその名を変えるので,何に着眼しているかを常に注意することが大切となってくる。この階層構造は、五行の色体表を目的別に整理することによって容易に理解することができる。



【臓腑の支配領域〜五臓についてのみ論述〜】
      木・肝    火・心    土・脾    金・肺    水・腎
1.七神(五精)〔魂神意智魄精志〕:臓の中心に位し、すべての生命現象の性質や特徴
                (木火土金水の順に記す)の根幹をなす。
       魂      神      意      魄      精

正気(本能):正直     升発     温厚     瑩明     内明  
※升:ショウ・{動}のぼる。上方へ移る。<同>昇・陞。<対>降。「升進」「由也升堂   矣、未入於室也=由ヤ堂ニ升レリ、イマダ室ニ入ラザルナリ」〔論語〕・{動}のぼ   る。茎の上方に実をむすぶ。実る。実った穀物を刈りあげる。<同>登。「新穀既   升=新穀既ニ升ル」〔論語〕。{名}周易の六十四卦(カ)の一つ。巽下坤上(ソン   カコンショウ)の形で、上方の弱点に乗じて、下方の陽気がのぼるさまをあらわす。
 瑩:エイ・{名}ひかり。玉の周囲に発散する光。輪郭を浮き出させる光。・{形}あき   らか(アキラカナリ)。(イ)玉の光のあざやかなさま。(ロ)鏡や光の輪郭がはっ   きりしているさま。(ハ)物事のあきらかではっきりしているさま。心が清らかな   さま。・{名}玉のように美しい石。

性質(性状):柔和     急速     和順     豪勁     流下  
※豪:ゴウ・{形・名}つよい(ツヨシ)。荒々しくて勇ましい。また、そのような人。「豪   快」「豪勇」・{形・名}すぐれる(スグル)。能力や才知などが人よりまさってい   る。また、そのような人。「豪友」「豪英」・{名}おさ(ヲサ)。かしら。率いる人。   長。その道の達人。「土豪」「酒豪」・{名}財産や勢力のある人。「富豪」・{形・名}   ぜいたくではでやかな。また、そのような生活や気性。「豪奢(ゴウシャ)」
 勁:キョウ;ケイ・{形}つよい(ツヨシ)。つよく張ってたるみがないさま。しんが   つよいさま。「勁敵(ケイテキ)(つよい敵)」「松枝一何勁=松枝一ニ何ゾ勁キ」・   {名}つよく張った力。

作用(機能):曲直     燔灼     高下     散落     流溢 
※燔:ハン;ボン・{動}やく。火の及ぶ面を広げて燃やす。また、肉などの面を広げて   やく。<類>焚。・{名}あぶった供え物や、焼いた肉。<同>膰。
 灼:シャク・{動}やく。あかあかと火を燃やす。あぶってやく。<類>炙(シャ)。・  {動}灸(キュウ)をすえる。・{形}真っ赤。明るいさま。「灼熱(シャクネツ)」
 溢:イチ;イツ・{動}あふれる(アフル)。水が器にみちて、外にこぼれでる。水が   堤の外にあふれ出る。「満而不溢=満ツレドモ溢レズ」〔孝経〕・{動}すぎる。程   度がすぎる。「溢美溢悪(イツビイツアク)」・{動}みちる(ミツ)。ある空間にも   のがいっぱいつまる。「溢目(イツモク)」「然而旱乾水溢=然リシカウシテ旱乾水   溢アレバ」〔孟子〕・{単位}周代の度量衡の単位。「一溢米」とは、片手いっぱい   の米の量で、非常に少ない量をいう。


化成(変化):生栄     蕃茂     豊満     収斂     堅凝 
※蕃:ハン・{動・形}しげる。草が平らに広くはびこる。ふえる。また、そのさま。〈同〉   繁。・{名}まがき。まわりにめぐらした生けがき。
 収斂:発散せずに引きしまる。また、縮んで小さくなる。「収斂作用」
 堅:ケン・{形}かたい(カタシ)。しまってかたい。<対>軟・弱。「堅固」「吾楯之   堅莫能陥也=吾ガ楯ノ堅キコトヨク陥ムルモノナキナリ」〔韓非〕・{形}かたい(カ   タシ)。こちこちに充実するさま。「以盛水漿、其堅不能自挙也=モツテ水漿ヲ盛   レバ、ソノ堅キコトミヅカラ挙グルアタハザルナリ」〔荘子〕
 凝:ギョウ・{動}こる。こらす。ひと所にじっと停滞する。また、停滞させる。「凝   滞」「緩歌慢舞凝糸竹=緩歌ト慢舞ハ糸竹ヲ凝ラス」〔白居易〕・{動}こる。こら   す。ひと所にじっと集まり止まる。また、集めとどめる。努力・精神を集中する。   かたまる。「凝固」「凝思」「含情凝睇謝君王=情ヲ含ミ睇ヲ凝ラシテ君王ニ謝ス」   〔白居易〕〔国〕こる。(イ)筋肉がはってかたくなる。(ロ)物事に熱中する。 

2 五冠:五臓が果たす役割や目的を官職名で表したもの。
       将軍     君主     倉禀     相傅     作強
※禀:リン;ヒン;ビン・{名}俸給としてもらう穀物。さずかった食糧。・{動}うける   (ウク)。さずかる(サヅカル)。下の者が上の者からうける。「稟学=学ヲ稟ク」   「稟命=命ヲ稟ク」・{動}さずける(サヅク)。上の者が下の者へあたえる。「天   稟其性=天ソノ性ヲ稟ク」〔漢書〕・{名}天からさずかった性質。うまれつきの性   質。「稟性(ヒンセイ)」「天稟(テンビン)」・{動}もうす(マヲス)。下の者が上   の者にもうしあげる。かたじけなくも奏上する。「稟告(ヒンコク)」「稟申(ヒン   シン)」[二]{名}こめぐら。穀物を入れるくら。
 傅:フ・{名}ぴたりとそばについている補導役。おもり役。「師傅(シフ)」「太子丹   患之、問其傅鞠武=太子丹コレヲ患ヘ、其ノ傅鞠武ニ問フ」〔史記〕・(フタリ){動}   おもり役としてそばに付き添う。「使斉人傅之=斉人ヲシテコレニ傅タラシム」〔孟   子〕

・人体を一つの統一国家としたときに
  《対外》  防衛     外交     貿易     行政     教育 
  《対内》  治安     統治     流通     法務     伝承 

3 機能:
・血‐六基(精気血脈津液)に直接関る仕事
        防衛     血流     栄養     換気     生殖

・気‐精神活動に関る仕事
        怒      喜      憂思      悲     恐驚 


4 目的別
・受納‐五幹
  《気》 情報‐目‐光〔五色〕‐肝、耳‐音〔五音五律〕‐腎  
  《血》 栄養‐鼻‐五香‐肺、舌(口)‐五味五声五臭‐心(脾)

       木・肝    火・心    土・脾    金・肺    水・腎
・能力(栄養状態):
  対外的作業材料としての栄養‐常に変化する財布の中身のようなもの
   気‐五主:筋      脈      肉      皮      骨  
  内部的作業環境保全のための栄養(正気)‐比較的安定した預貯金のようなもの
   血‐五華:爪      面      唇      息      髪  

・機器
  外    運動     言語     消化     呼吸     排泄
  内    防衛     神明     栄養     気化     生殖
    (血流量調整、  (循環器を  (生成、保管  (全身各所の  (先天の精と    体温調整、免疫) 通じて四臓   配布:血の  働きとなる、 後天の精貯蔵)
             を支配する)  成分調整)  気を配布する)   

・発揚:
  五役:五臓の活動状況が現れる。
        色      臭      味      声      液  
  五色:体表面に現れる。
        青      赤      黄      白      黒  
  五臭(香):体臭、口臭(匂いとしてある香)
        燥      焦      香      腥      腐  
  五味:欲する食味
        酸      苦      甘      辛      鹹   
  五声:しゃべり方
        呼      笑      歌      哭      呻   
  五律:どこを主に用いて発音をしているか。
        牙      舌      喉      歯      唇  
        カ行   タ・ナ・ラ行   ア行     サ行     ハ・マ行
  五液:作用を補完する体液
        涙      汗      涎      涕      唾  
  五音:音程
        角      徴      宮      商      羽  
        ミ      ソ      ド      レ       ラ



Q.経落治療・漢方鍼治療に用いる「気・陰陽・五行」の理論とは何ですか?

A.この「気・陰陽・五行」という考え方は、古代中国で産まれ発展してきた自然界のすべての振る舞いを論理的に解釈しようとする理論で、我々の携わる医学は勿論のこと、天体運動や気象現象の自然科学や熱エネルギーや物質の性質などに関する物理学や人間を含めたすべての生命現象などを網羅する理論であり、現在の最先端の科学分野においても「東洋的思考」として重視されてきています。医学上の個別の事象について一つ一つ詳しく説明をしていては限りがありませんので、ここでは「気」「陰陽」「五行」についてそれぞれ基礎となる法則性に関する部分の概略を説明することにしましょう。

【気】
 現在でも我々が普段使っている言葉の中にも「元気がある」「魂気がない」「気分が良い」「気になる」「気配がする」「物の気」・・・というように「気」という文字を数多く見るごとができますが、どうでしょう? どの言葉も実際には形として見たり、触ったりできないものばかりだということにお気づきですか? ここで例としてあげた言葉は「気」がもっている三つの要素の特徴のうちの「エネルギー的な要素」と「性質的情報的な要素」について表したものです。
 「エネルギー的な要素」とは、一つの目的を果たすために必要となる力・能力の源泉という意味であり、元気・魂気などが足りないとか、有り余るとか表現されるような、質量が多少するという性質を持った要素ということができます。
 それに対して、「性質的情報的な要素」とは、「陰気な人」「和気あいあい」「狂気じみた」などの精神状態を表すような性質的なものと、「殺気を感じる」「人気が無い」など空間的広がりの中での他者との関係性、「気を回す」「いやな気がする」などの時間を超えた不安感など性質という情報を交流するという働きをする要素として捉えたものです。 それでは残りの三つ目の要素が何かというと、「形体的要素」、つまり物体そのもののことです。人にとっては、見たり触ったり味わったりすることのできる状態を提供することのできる要素ということができます。
 この3要素が一体となって一個の「気」という、最小単位としてこの世界を構成しており、それぞれの要素のバランスの違いによって様々な物性を内包しつつ複雑なこの世界を構成していると考えています。簡単ないい方をすればこの世のすべては「気」によって構成されており、そしてこの世の様々な現象は更に「気・形・質」と呼ばれる「エネルギー的な要素」「形体的要素」「性質的情報的な要素」の3要素に収斂することができるといって良いでしょう。
 漢方医学では、人体もまた[気]によって構成されていると考え、更に「気・形・質」の3要素は、「精・気・神」という名称で表現され用いられています。しかし取り上げるテーマによって用いられる理論の種類や使用する目的に合わせて名称はそれぞれ異なりますが、その本質は変わることなく、ここで説明をしたとおりです。


【陰陽】
 「陰陽」とは、太陽の光と熱があたるところとあたらないところという意味ですが、空間の広がりに時間の経過と共に移り行く様々な変化を解釈するための考え方です。つまり「気」の3要素が空間と時間という条件下でどのような性質ををもっているか、どんな振る舞いをするかを説明をする考え方です。そのうち特徴的な要素を幾つか取り上げて説明することにしましょう。

(1)陰陽相反・・・熱エネルギー=熱と寒、エネルギー質量=膨張と収縮、運動方向=昇降、地球の自転による太陽からの光と熱の時間変化=昼夜、人類における性=男女というように一つのテーマに対して相反する性質や振る舞いをすることをいいます。
(2)陰陽不可分・・・一つのカテゴリーにおける相反する要素として、一応陰陽をここが陽とかこれは陰とかいうことはできますが、必ず陰陽は、二つでワンセットで存在しているので、磁石のN極とS極を個別に取り出したりすることができないように、陰陽もまた単独で存在することはできません。
(3)陰陽相生・・・陽の属性が発揮するとその結果として陰が生み出され、陰の属性が発揮されるとその結果として陽が生み出されます。これはどういうことかというと、熱という陽の属性が、陰の属性を持つ物質とに作用すると膨張という陽の属性を持つ現象を起こしますが、この膨張によって内部の熱エネルギーは希釈され、陰の属性である温度低下を起こすというように、陰陽それぞれが発揮されるとその反作用として逆の属性が生み出されるということ意味しています。
(4)陰陽抑制・・・それぞれの属性が暴走しないように互いに抑制し合うことをいいます。
(5)陰陽不定・・・それぞれの属性は一定量で停止することは決してなく、常に陰から陽に陽から陰にと属性のパワー・バランスは周期的にあたかも振り子のごとくに揺れ動いて留まることはありません。
(6)陰陽反転・・・陰が極まれば陽に転じ、陽が極まれば陰に転じるという性質をいいます。振り子や円運動のベクトルのように、一定の値を超えると逆の属性に反転するという性質のことです。
(7)陰陽無限・・・陰の属性の中にも更に陰陽二つの属性を内包し、更にというように際限なく繰り返す階層構造的なものと球体の表裏のように任意の点や観測者の位置や時間などの要素によって得られる解答が無限に存在するものの二通りがあります。これは一つの物質や現象であっても、どのようなカテゴリーによって分類されているかに注意をしなければ、単純に陰陽の属性を当てはめようとしても、正確な解答を得ることができないことをも意味しています。






※陰陽の属性:カテゴリー   陽            陰
       空間密度    空・粗・軽・気体     実・密・重・固体
       エネルギー   明・熱・速・騒・盛    闇・寒・遅・静・衰
       ベクトル    遠心・昇・膨張・出    求心・降・収縮・入
       空間位置    天・上・外・表      地・下・内・裏
       物性      柔・張・弾        剛・緩・凝
       時間周期    日・昼・年前半      月・夜・年後半
       人体      男・気・腑・精神     女・血・臓・肉体


【五行】
 古代中国哲学による自然観では、時間の流れとともに空間に繰り広げられる全ての現象について、それぞれの事象に内包される陰陽の属性のバランスの違いに基づいて「木・火・土・金・水」というエレメントをシンボルとして5項目のカテゴリーに分類することができ、さらにその五つのエレメントが、各々その属性を発揮しながら相互に密接な関係性を保ちつつ一つのシステムを構成していると捉えています。したがって、五行の分類に当てはめることによって、個々の物性の詳細について把握していなくとも性質・機能・変化などを簡単に事前に予測することも可能となり、何か複数個の事象の関係性において解答を得たい問題があるときにあたかも方程式のように必要なデータを代入すれば単純化された手順で両者の関係性を理解することができるようになっています。そのうち特徴的な要素を幾つか取り上げて説明することにしましょう

(1)五行の個性・・・全ての事象を内包する陰陽の徳性から「木・火・土・金・水」というエレメントに分類する事ができます。詳細は五行の色体表を参照してください。
(2)五行の構造・・・前述のように性質の違いによって分類された五行の一行一行は単独で存在し機能するのではなく、あるカテゴリーにおいて完成されたシステムがある場合、五つのセクションに分かれてそれぞれの能力を発揮することによって、全体としての一つの機能を営むために互いに協力し合い抑制し合いながら有機的に結びついています。
(3)五行の循環・・・「五行」とは本来「五つが巡る」という意味の言葉で、時間の経過と共に 木→火→土→金→水→木・・・ と、主催する個々のエレメントの性質に合わせて、その働きを順次変化させるということと、その移行が絶え間なく繰り返されることをも意味しています。
(4)五行のパワーバランス・・・
・相生関係:循環する五行の中である一行から他の行を見たときに、母【−】→子【+】      木→火→土→金→水→木・・・と一つ前の行を母・次の行を子と親子関係に      なぞらえて、母は子を育み、子は母から貪るというような二通りの勢力関係・相剋関係:祖【0】→孫【−】 木→土→水→火→金→木・・・:その二つ前の行から      抑圧を受け、二つ後の行に抑圧を加える勢力関係
 五行論では各行の盛衰に伴って複雑に錯綜した種々の現象を、この「相生・相剋関係」を駆使することで紐解いて行くことになります。

Q.漢方医学で言う時間と空間とは何ですか?

A.私たちが普段空間という言葉を用いる時は、大地から星々の瞬く天空までの三次元的な広がりを意味することが多く、時間という言葉を用いる時は、イメージとして時計のように不特定多数の人間での共通した瞬間としての時刻を意味する場合と年・表やカレンダーのような人の一生や季節の移ろいなどの歳月を意味する場合とがあります。この時間に対する認識はいずれも時の流れという点では同じなのですが、前者は空間の位置と結びついて用いられるのに対して、後者は空間の物性の変化という形で結びついて捉えられています。このように学問的には時間と空間とにそれぞれ分けて考えることができますが、実際に私たちが現象として両者を体感する場合には、空間における天球の星々の位置の変化や、枝葉の成長やつぼみの開花など形態の変化によって始めて時間の経過を知ることができるのであって、渾然一体となっている両者を個別に切り離して理解することはなかなか困難であり、この点においては洋の東西に違いはないようです。古代中国ではこの世界の現象は時間と空間という二つの要素に分けられると考え、目にすることができる天地の間の広がりを空間、そこに存在する形や位置の変化を時間として捉えています。さらに私たちの眼前で地上で繰り広げられる形有る物の変化は母なる大地である地球の働きによるものであり、その地上の現象に生長・変化・収蔵などのリズムを与え、基準となる時間の物差しとして作用するという働きを天体の運行が果たしていると捉えています。したがって漢方医学では、時間=天文=生命リズム&サイクル、空間=地理=物性の盛衰という二つを統べる法則によって、生老病死という人の一生やそれに関わる全ての自然現象は、整然とした秩序の中で営まれていると考えています。


Q.時間のリズムやサイクルは、どのような現象を地上に引き起こすのですか?

A.ここでは、リズムやサイクルを産み出す要素とその媒介とその作用について説明しましょう。
 私たちが生活をして行く中でのリズムやサイクルは、太陽・月・惑星・星座の動きを基準としているのは、ご存知の通りです。古代中国哲学では、この四者を「日月星辰」と呼び、太陽は光と熱を与える陽の代表の「火」の精として、月は陰の代表として形態に盛衰を及ぼす「水」の精としてそれぞれ直接的にその影響を地上の全てに与えるのに対して、星辰は運気と呼ばれる占星術的な悠久の時間の海を旅するための航海図的な役割を果たすものとして解釈されています。太陽からの光と熱は、地球の自転により1日の昼夜という陰陽のリズムを繰り返し、公転により一年の四季という陰陽のリズムを繰り返します。月の公転周期は見掛け上の満ち欠けに同調して地上の水気に作用して潮の満ち干に代表される28日の盛衰という陰陽のリズムを1年におよそ12回のサイクルで繰り返します。また1日の太陽が朝、東の地平線から昇り、天高く南中し、西の地平線に没し、夜間地球の裏側北を巡って東へ・・・というように巡るサイクルは、地球の回転軸の傾きによって1年の内に真東から昇り真西に没する春分秋分、最も南から昇りそして没する夏至、そして最も北から昇り没する冬至、そしてそれぞれの中間に位置する立春・立夏・立秋・立冬という二至二分四立という四季四時というサイクルを産み出します。このように太陽からの恵みによる地上の変化は、1日も1年もそして人の一生も同じ陰陽変化のイメージとして認識されています。
 太陽からの光と熱は地球上の全ての自然現象の根源であり、寒暖の差が空気の循環を現出させ、水は大海→雲→雨→川→海という循環を現出させ、生物もまたその体内の水分含有量を増減させて大地から生まれ出で、成長という膨張とやがて大地に帰る枯死という収縮の循環を現出させています。
 このように太陽からの光と熱が直接的に現象主体となるのに対して、月からの水気に作用する重力という働きは個々の現象、特に生命現象の場合、生理機能に客体としてその影響を及ぼしています。特に女性の妊娠出産や体液に関る病変などにおいて顕著にその影響を現すことはご存知のとおりです。


Q.漢方医学では時間と空間を区別して考えているのですか?

A.当然漢方医学においても、生理・病理・診断・治療など一連の分野において、時間は天の気を中心とした考え方に、空間は地の形を中心とした考え方にとそれぞれ異なる重要な基礎理論として区別して運用されています。しかし多くの場合古典の文章ではあらかじめ、ここは時間の考え方で、ここは空間の考え方でというように前提条件を明示することはなく、時間の考え方のときは昼夜・四季、例えば春は肝木・夏は心火・長夏は土脾・秋は肺金武・冬は腎水と表されたり、空間の考え方のときは、天地や方位、例えば東方は肝木・南方は心火・中央は脾土・西方は肺金武・北方は腎水というように表されたり、文章中に使用されている漢字の持つ意味合いを理解することによって初めてどのような考え方に基づいてその論が展開されているかが伺い知られるようになっています。
 このような表現形式は中国の古典に一貫して見られる特徴で、著者の真意を正しく理解するためには、表面上の文脈のみに目を奪われるのではなく、文章中に使用されている漢字の持つ意味やその配列に注意をしながら、その背景となる基礎理論を限定し、それらを充分に踏まえた上で、読み進めるという一連の作業が必要となります。


Q.天地人とは何ですか?

A.「天地人」とは、古代中国哲学の中核となる理論であって、その思想の影響は時を超え国を越えて様々な分野にまで伝播しており、歴史的にも文化的にも関りの深い日本においては、茶道・花道・俳諧・庭園などの文化芸術に、剣道・柔道などの武術にと、今なお様々な分野において使用されている言葉や根底に流れるものの考え方に深く浸透していることは、一度でも触れられたことのある方でしたならご存知のとおりです。
 この「天地人」という理論は、人とそれを取り巻く自然界を天文・地理・人事と言う三つのカテゴリーに分類整理して解釈しようとする考え方で、この分類整理された天文・地理・人事という三つのカテゴリーは隔絶して存在しているのではなく相互に影響しあいながら一つ一つの現象をこの世界に紡ぎ出しているのであって、三者の関係をクラシック音楽に例えるなら、各々の奏でるパートは本性というメロディーを響かせ、互いに共鳴し合いながら輻輳して緻密にして統制の取れた構成とダイナミズムは、あたかも世界最高水準のオーケストラが名演奏をした大作曲家の大交響曲を思わせる完成度の高い極めて興味深い考え方であるということができるでしょう。またこの「天地人」という理論を中国を代表する儒学では「天の時・地の利・人の徳」の三者が充足され調和の取れた状態を人生の歩みの理想としているなど、普段私達が生活して行く上においても身近で重要な考え方として取り入れられていると言えるでしょう。
 これら天文・地理・人事それぞれの領域における表現媒体は、「天の日月星辰」「地の自然環境」「人の心身と社会」というように異なるものの、いずれも同根の法則性に準拠しているので、それぞれの領域における個々の現象の中から性質や属性が相似しているものを対比させ、その構成要素・構造形態・活動用式という観点から分類整理された別のカテゴリーを加えることで、あたかも織物の縦糸横糸のように有機的な関係性を網羅的にしかも単純化された形で理論展開していくことができます。
 例えば存在する位置の持つ意味とその関係性を理解するために全体を「天の九宮」「地の九州」「人の九喬」というように相似的に9分割したり、それぞれの働きの主体と成る要素を陰陽・五行理論に基づいて、天の五色(青・赤・黄・白・黒)、五音(角・徴・宮・商・羽)、地の五気(?・焦・香・腥・腐)、五味(酸・苦・甘・辛・鹹)、人の五精〔気〕(魂・神・意智・魄・精志)、五臓〔血〕(肝・心・脾・肺・腎)というように分類整理することで、全体構造・部分要素間の関係性を単純化し、なおかつある条件を付加することによって複雑な諸現象に惑わされるごとなくその本質を比較的容易に解釈することが可能になっています。
 またこの共通した性質とは天の数(法則性)に依頼しているので、「天人合一」(先ず天定まった後に地定まる)などと言われるように、人や地は天の性質や活動を映したものであって、あくまでもその関係は天に従属したものとして解釈されています。
 ここでは、「天・地・人」三つのカテゴリー1つ1つを陰陽理論に基づいて「天と地」・「天と人」、「地と人」というように、両者を対比させてその関係を説明し、この理論が示す自然・宇宙認識の全体像を解釈していくことにしましょう。

【天と地】
 「天と地」とは『時間と空間の項』で述べたように、人の知覚が及び得る空間全体を、生物を中心とした地上で繰り広げられる形のあるものの現象である陰と、上空で繰り広げられる天体運動や気象現象である陽との関係を表した考え方です。
 古代中国哲学では、天地つまり宇宙の創造は混沌とした世界から陰の働きによって気は重・濁・濃・密という性質を得て徐々に凝集していき、大地つまり地球を産出し、陽の働きによって気は軽・清・希・薄という性質を得て徐々に拡散し、天空つまり宇宙空間を産出したのだと考えています。また、天の火の精である太陽から放散される光と熱は水の惑星地球に降り注ぎ、寒熱という原初エネルギーとして作用して、あらゆる現象を引き起こしているのだと考えています。
 陰陽理論の特徴で述べたように、天と地それぞれの支配領域や働きについては、相対的な関係にあるので、定規で線を引いたようにきれいにはっきりと二分して解釈することはできません。イメージとしては、対極に星の瞬く天球と私達の足下に広がる地面を置き、その両者の及ぼす影響力は遠く離れるほどに減弱希釈され、あたかもその空間エリアは、ちょうど二つの色彩を重ね合わせてグラデーションを掛けたようになっていると想像して見て下さい。
 そして次にそのシステムの構造や働きを理解するために、個々のシチュエーションにおける主体と客体、作用と反作用の関係を対比させる相対的思考を付加することでさらにもう一段、陰陽階層を重ねて、「天から見た天地」、「地から見た天地」というように複層化させて解釈していきます。

  天 〜 天(作用):木・火・土・金・水 → 地(反応):風・熱・湿・燥・寒
  地 〜 天(恩恵):風・熱・湿・燥・寒 → 地(成果):木・火・土・金・水

というように解釈していくのですが、ともすると同じ文字や言葉を使用しているにも関らず正反対の意味を表しているのは一見矛盾しているように思われるかも知れませんが、このような戸惑いは古典を読み進めていくとしばしば遭遇することで、「あれ!?何で先の記述とは逆のことが書いてあるのかな?」というような文章を随所に散見することになります。これはつまり例え二つの別の文章中に同じ文字や言葉が使用されている場合であっても、それぞれその立脚する基礎理論が異なれば当然異なった意味あいで使用されているということであり、矛盾しているわけではありません。このように中国の古典の著者や編者の書き著し方としては、展開される論点の基礎となる諸理論の知識についてはすでに修得しているものとして綴られているので、著者や編者の意図を違えることなくできるだけ正確に理解するためには、文脈や使用されている言葉や文字の配列などの特徴から逆にその背景となる基礎理論を導き出すことが求められます。このような行間に隠された基礎理論を発掘しながら読み解いて行く一連の作業は、慣れない初学者にとってはなかなか容易ではなく、実際のところ何となく回り道のようで無駄なように感じるかも知れませんが、多くの先人が効を焦って安易な方法を選択した結果、志半ばにして挫折している事実を踏まえ、また解説書の助けを借りなくても他者の意見に惑わされることなく独力で漢文を熟読吟味できるようになることを考え合わせれば、このような読解手法を習慣づけるように心懸けるということは、本当の意味での理解への早道になるこそすれ、遠回りになることはありません。
 天から見た場合の天地の関係は、天球を巡る日月星辰の運行リズムによってもたらされる動力が、地上での万物に作用して全ての現象を引き起こす根源となっているのであって、特に太陽からの光と熱の周期的盛衰変化によって水と空気は循環し、地上では温暖、暑熱、湿潤、涼爽、寒冷、季節や風雨霧露などの気象現象などを現すと捉えています。それに対して地から見た天地の関係は、温暖、暑熱、湿潤、涼爽、寒冷、季節や風雨霧露などの気象現象などの恵に育まれて地上のありとあらゆる動植物は「旺・相・死・囚・休」「生・長・化・収・蔵」という木・火・土・金・水の性質を具現化していくのだと捉えています。現代的な物の見方をすれば、天から見た天地というのは宇宙の天体の物理現象が地球の自然環境に与える影響という観点から大別した考え方であり、地から見た天地とは地球における気象現象を起こす大気圏と人を中心とした地上に広がる生物圏と言いう観点から大別した考え方であるということができるでしょう。

【天と人】
 「天と人」とは、文字どおり天文と人事の関係を示す理論であるのですが、ここで論述する関係は前述した「天と地」の項目のうちの「天から見た天地」と「地から見た天」の二つの考え方があることを初めに押さえておかなければなりません。ここでは天体運動が人体に対してどのような影響を与えるかということについて考える理論を中心に論述することにしましょう。
 天体運動の主役となるのは日月星辰ということになるのですが、彼らの果たす役割のうち先ず初めに時の流れの物差しに関する理論について述べることにしましょう。
 私達人類を含むあらゆる生物にとっての一番単純にして基本となる時間の尺度と言えば生と死ということができるでしょう。この生死とは、一個体として見ればこの世に産出され、やがて時を経て死没していくという極めて単純にして明快な事実に過ぎないのですが、
これを生物種という立場から見ると、生物はあえて自らを葬る個体死を選択し、世代交代を繰り返すことによって、新しい能力を付加する機会を増大させることができるようになり、その結果として生物種としての永続を危うくする生存環境の変化に対する順応性を確保することができるという、複雑にして非常に興味深い事実に突き当たります。つまり生物とは生死という限られた時間の中で、自らの成長老死を通じて次代の継承者を産み育て、親から子へ、子から孫へと遺伝子のバトンを営々とリレーしていく中で、個々の生物が生存していたその時の環境要素を情報として遺伝子に刻印し、有性生殖生物の場合は異性間で遺伝情報を交雑させることで、同種における個体のバリエーションを複雑化することによって変化に対する適応性を確保したり、数多くの変異体を産出すことによって新たなる生息圏を確保するための尖兵を送り出す機会をも作り出しています。
 このように一つの生と死が次の生を生み出し、さらに死が生を・・・という生と死の生命サイクルとリズムを時間という立場から見ると、生命とは無限とも言える時の流れの中で気というエーテルに満たされた空間に伝播していく波のようなものであり、また生命は一つ一つの小さなリングであり、生命種は時の流れに沿って連なる一本の鎖のようなものであるということができるでしょう。そしてまた別の見方をすれば、時の流れのサークルという同じ競技場のトラックの上を何人ものランナーがそれぞれ周回し、やがてその時を
迎えると次のランナーがバトンを受け継いで走り続け、永遠に繰り返されるという閉じた時間の輪として解釈することができます。
 この二つの思考方法は、自然現象のサイクルやリズムに人体の内部環境を同調させることが天寿を全うするための大原則となっている古代中国哲学においては、複数のカテゴリーを重ね合わせて説明する際に、図表として用いられることが多いので覚えておくと良いでしょう。前者は、縦軸(Y)に空間要素「気・形・質」増減値を取り、横軸(X)に時間経過を取ります。後者は、縦横2本の線分で十字形に画面を4分割し、4箇所の軸端の上下・左右に使用目的に合わせて、四方位(南北・東西)、四季(夏冬・春秋)、十二支(午子、卯酉)などの項目を付して、そのうえを時計回りに円を描いて1回転する事で、時間が1サイクル進行したことを意味しています。


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