相原黄蟹
<施療経絡経穴の選択>は、四診法・弁証法によって導き出される訳だが、その際、病因(内外)・病位(表裏)・病性()寒熱・病勢(虚実)を特定し(病症の証)、単純に陰陽の拮抗補完作用に基づいて治療方針(治療の証)が立てられるのではなく、主邪・客邪や臓腑の生理活動の盛衰・関係性など時間要素による区別が極めて重要な役割を占めている点を見逃してはならない。
これは、各時間に割り当てられたそれぞれの役割があるからであり、それらの目的が順次完遂されて初めて一連のサイクル(歳月)が完成されることを意味するからである。
つまり一例を挙げると、春期には昨年より継承された先天を今年の事業を営むために必要な形態的・空間的条件を展開すること(縄張りの確保)に傾注する目的のために各五臓が特有の生理活動を発揮しなければならない。 当然他の季節における五臓の生理活動とは異質なものとなる。
更に、この条件を踏まえた上で実際の気象条件(風雨・寒暑・霧露)に対する生理活動の適応(恒常性)を細密な時間属性に基づいて適宜補完調整する要素が健全な生命活動を維持するために必須となる。 これらの条件として<天文>の絶対五行(365日 73日05刻)と<地理>の相対的陰陽四時五行(360日 90日)が持つ目的と意義を理解し把握する必要がある。
絶対的五行作用としての<天文>としては、生長化収蔵と旺相死囚休によって春夏長夏秋冬の各季節における五行属性の役割を理解することができる。 これは、普遍性な法則ではあるものの不変的であるため、臓腑の生理活動の関係性に直接適応させるのは不向きであり、死病などの予後に用いられるに限られる。 ただし、ある程度緩い傾向としての背景として認識する必要はある。
それに対し実際上臓腑の生理活動の関係性と時間との関係性を理解説明するのに有益なのが<地理>の陰陽四時五行である。 この陰陽四時五行とは、天の時間(四季・四時)と地の空間(四正・四隅)を統合した理論で、二十四節気・土用とその論拠を一にする。
各時間単位における五行属性並びに五臓の生理活動がどのような役割を果たすかを論ずる前に各五臓がどのような生理機能を有しているか、またそれらの機能がどのような関係性の元に機能しているかについて論ずることにする。
生体の生理活動は、構成要素である<三宝>(精気神)によって説明することができる。
三宝(要素) | 性質 | 特徴 |
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<精>(精神) | 形 | 構造を維持する形態的要素 |
<気>(精気) | 気 | 流動・増減・供給消費されるエネルギー的要素 |
<神>(神気) | 質 | 機能・目的・意義たらしめる性質的な要素 |
更に<精神>・<精気>・<神気>の要素は、それぞれ対を成して性質や能力別に<気血>という二元論へと単純化される。
五臓の生理機能を気血二元論で展開する前に、それぞれの機能を主りから単純化して概説する。
五臓 | 肝 | 心 | 脾 | 肺 | 腎 |
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官名 | 将軍 | 君主 | 倉廩 | 相傅 | 作強 |
主り | 神明・血脈 | 謀慮・血蔵 | 運化・統血 | 気化・治節 | 精蔵・技巧 |
総括 | 血 | 神 | 栄 | 気 | 精 |
※生理活動を気血の陰陽によって区別する。
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これは、気血二元論の運用においては、論点の如何によって示唆する内容が異なることを意味する。 <血>は、血液に代表される生命の源タル実体であると共に、神聖な儀式や祭事に鮮血が用いられるように実体のない心霊的意味合いをも有している。 それに対し(気)は、無形で推力の源であり伝播する情報でもある。そして両者は、有形の大地からの水穀と天からの無形の気によって撫育されている。
一例を挙げれば、肝臓の謀慮は、状況に応じた対応処理の性格であるためその過程を直接視認することはできないので無形の気に該当するが、この働きは天与の七神の一つである魂の作用によって発揮されるもので心霊的な血の性質でもある。 また肝臓は血を貯蔵するが、この血は形態的実体を持つものの、各組織器官が生理活動を行うためのエネルギーとしてその必要、つまり無形な神気に応じて調整されている。 当然、他四臓それぞれについても同様な視点で認識把握することが重要となる。
次に、各臓の関係生理について概略を論ずる。
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・ | keyword | 精神 | 精気 | 神気 | 補記 |
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肝臓 | 血 | 分配貯蔵 | 肝気・魂気 | 謀慮・欲望・防衛 | 外界の変化に対応する陽性 |
心臓 | 循環器系 | 心気・神気 | 感情・外交 |
肝臓と心臓の関係生理つまり共通点を示すキーワードとして<血>を挙げることができる。
・形態的要素(精神)としては、肝臓は状況に応じて血液流量を調整する作用を有し、心臓は血液循環の推力としてまたネットワークの管理の任に当たっている。
・エネルギー的要素(精気)としては、陽気として肝気と心気、陰気としては魂気と神気がそれぞれの能力の源泉となっている。
・情報・性質的要素(神気)としては、謀慮欲望と感情などの心の働きとして関係している。
また、外界の変化に対し内政反応を示す外交(血神)・防衛(血衛)の任にある陽の性質を有する。
・ | keyword | 精神 | 精気 | 神気 | 補記 |
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肝臓 | 栄 | 筋肉 | 肝気・衛気 | 消費展開 | 栄(精気)の受給がエネルギー代謝 |
脾臓 | 肌肉 | 脾気・栄気 | 供給安寧 |
肝臓と脾臓の関係生理つまり共通点を示すキーワードとして<栄>を挙げることができる。
・形態的要素(精神)としては、脾臓からの栄養(精気)の供給・肝臓の消費の多少や盛衰が外形的肥痩として現れる。
・エネルギー的要素(精気)としては、
陽気として衛気と栄気、陰気としては肝気と脾気がそれぞれの能力の源泉となっている。
・情報・性質的要素(神気)としては、
肝臓は消費展開・脾臓は供給安寧の性質を有する。両臓の間の精気の受給がエネルギー代謝の根幹をなす。
・ | keyword | 精神 | 精気 | 神気 | 補記 |
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肝臓 | 気 | 血・左 | 肝気・魂気 | 陽動展開 | 気(血気)の多少が生理機能の盛衰 |
肺臓 | 気・右 | 肺気・魄気 | 静粛正常 |
肝臓と肺臓の関係生理つまり共通点を示すキーワードとして<気>を挙げることができる。
・形態的要素(精神)としては、
肝臓の陽気(血)と肺臓の陰気(気)の推動作用の多少が外形的機能盛衰として現れる。
・エネルギー的要素(精気)としては、
陽気として肝気と肺気、陰気としては魂気と魄気がそれぞれの能力の源泉となっている。
・情報・性質的要素(神気)としては、
肝臓は陽動展開する性質をもって血を動かし、・肺臓は静粛整然とする性質をもって気を動かす。
両臓の気(血気)の多少が生理機能の盛衰を及ぼす。
・ | keyword | 精神 | 精気 | 神気 | 補記 |
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肝臓 | 衛 | 血・外 | 肝気・魂気 | 外襲防衛 | 衛(血精)の働きによって個種生命保存 |
腎臓 | 精・内 | 腎気・精気 | 次代継承 |
肝臓と腎臓の関係生理つまり共通点を示すキーワードとして<衛>を挙げることができる。
・ | keyword | 精神 | 精気 | 神気 | 補記 |
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心臓 | 営 | 血脈・面望 | 心気・神気 | 循環・感情 | 営により栄気(精気)の輸布・感覚意識 |
脾臓 | 肌肉・口唇 | 脾気・智(意)気 | 営気・意智 |
心臓と脾臓の関係生理つまり共通点を示すキーワードとして<営>を挙げることができる。
・形態的要素(精神)としては、
心臓は血液循環系を管理することで、
脾臓は消化器系によって得た栄気(精気)を全身の各組織器官に輸布することで
生理機能の物流面を担当している
・エネルギー的要素(精気)としては、
陽気として心気と脾気、陰気としては神気と智(意)気がそれぞれの能力の源泉となっている。
・情報・性質的要素(神気)としては、
心臓は血液循環系を通じて生理機能を安定管理し、
脾臓は栄気の輸布によって各種組織器官の活動を幇助する。
また、両臓の気(神意)の連関が自我の意識を生み、知性や情緒などの個性を醸成している。
・ | keyword | 精神 | 精気 | 神気 | 補記 |
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心臓 | 宗 | 血脈・面望 | 心気・神気 | 循環・感情 | 宗により血気(精気)の循環・能力発揮 |
肺臓 | 肌皮膚・気息 | 肺気・魄気 | 推力・気配(節) |
心臓と肺臓の関係生理つまり共通点を示すキーワードとして<宗>を挙げることができる。
・形態的要素(精神)としては、
心臓は血脈を通じて対外的な生体反応を表し、
肺臓は気の作用によって全身の各組織器官の生理活動を順行ならしめる能力を有する。
この能力の盛衰によって滑ショクの変化を現す。
・エネルギー的要素(精気)としては、
陽気として心気と肺気、陰気としては神気と魄気がそれぞれの能力の源泉となっている。
・情報・性質的要素(神気)としては、
心臓は血液循環系を通じて生理機能を安定管理し、
肺臓は気の作用によって各種組織器官の活動の推力となる。
またその宗気は、心臓がおおらかにして陽性であるのに対し、肺臓は精緻にして陰性である。
その反応変化は敏捷にして厳格であり、許容量を超せば死を意味する。
・ | keyword | 精神 | 精気 | 神気 | 補記 |
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心臓 | 神 | 拍動・体温 | 心気・神気 | 神明・情緒 | 七神の神精は生命の根幹のメンタル・フィジカル(現象は水火) |
腎臓 | 体格・眼望 | 腎気・精気 | 技工精志 |
心臓と腎臓の関係生理つまり共通点を示すキーワードとして<神>を挙げることができる。
・形態的要素(精神)としては、
心臓は血脈の拍動とその体温を通じて対外的な生命反応を現し、
腎臓は水気の作用とその実態によって生命体としての存在を現す。
この水火(熱)のバランスの盛衰が膨隆や枯縮などを惹起する。
・エネルギー的要素(精気)としては、
陽気として心気と腎気、陰気としては神気と精気がそれぞれの能力の源泉となっている。
・情報・性質的要素(神気)としては、
心臓は血脈を介して生命の炎熱で(神明)全身を照らして陽性にし、
腎臓は水気(津液)の作用を介してその寿命(精)を供給して陰性にする。
また、心臓は情緒や七神を主り、
腎臓は肉体の維持を主る。
・ | keyword | 精神 | 精気 | 神気 | 補記 |
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脾臓 | 太陰 | 皮膚・足 | 脾気・智気 | 地気を栄血に化成 | 太陰は天地の気を生命材料に化す |
肺臓 | 皮膚・手 | 肺気・魄気 | 天気を衛気に気化 |
脾臓と肺臓の関係生理つまり共通点を示すキーワードとして<太陰>を挙げることができる。
・形態的要素(精神)としては、
脾臓は地気の恵みを摂取して栄血を育みその反応は足に現れ、
肺臓は転記の恵みを呼吸して衛気を養いその反応は手に現れる。
・エネルギー的要素(精気)としては、
陽気として脾気と肺気、陰気としては智気と魄気がそれぞれの能力の源泉となっている。
・情報・性質的要素(神気)としては、
脾臓は地気を栄血に化成させ物性としての裏付けとなり
肺臓は天気を衛気に気化し性能の推力となる。
両臓の働きによって生理機能と形態が維持される。
・ | keyword | 精神 | 精気 | 神気 | 補記 |
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脾臓 | 精 | 五主・五華 | 脾気・栄気 | 後天の精の管理 | 生命の原資たる精気の長期短期の管理 |
腎臓 | 五官・生殖・加齢 | 腎気・精気 | 先天の精を管理 |
脾臓と腎臓の関係生理つまり共通点を示すキーワードとして<精>を挙げることができる。
・形態的要素(精神)としては、
脾臓は後天の精を管理して五主や五華の変化として現し、
腎臓は先天の精を管理して五官や生殖・加齢として現される。
・エネルギー的要素(精気)としては、
陽気として脾気と腎気、陰気としては栄気と精気がそれぞれの能力の源泉となっている。
・情報・性質的要素(神気)としては、
脾臓の後天とは精気を入出・供給消費の盛衰変化する現象そのものであるのに対し、
腎臓の先天とはこの過程を経て得られる次代への継承するべき精の蓄積であり、自分自身親より譲り受けた精(寿命)の消耗をも意味する。
両臓の働きによって短期的長期的精気が管理されている。
・ | keyword | 精神 | 精気 | 神気 | 補記 |
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肺臓 | 津液 | 皮膚の潤沢枯燥他 | 肺気・魄気 | 精緻で的確な生理活動の実行 | 生命の溶媒としての津液の管理 |
腎臓 | 五液・五官 | 腎気・精気 | 状況を許容・慣用 |
肺臓と腎臓の関係生理つまり共通点を示すキーワードとして<津液>を挙げることができる。
・形態的要素(精神)としては、
陽津の状態が、肺臓は皮膚の温暖潤沢枯燥などの変化として現れ
腎臓は五液の変化として現れる
陰液の状態は、肺は臓腑の保全、腎臓は骨や脳髄・五官の保全の可否として現れる。
・エネルギー的要素(精気)としては、
陽気として肺気と腎気、陰気としては魄気と精気がそれぞれの能力の源泉となっている。
・情報・性質的要素(神気)としては、
肺臓は津液によって精緻にして的確な生理活動を実行し、
腎臓は津液によって状況を許容し慣用する。
肺臓は下降・腎臓は上昇し、この両臓の働きによって津液は全身に行き渡る。
陽津は移動消費され変化に富んでいるのに対し、
陰液はほとんど移動変化をしない。
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<縦軸>は、構造体の精神に営きを合わせた実態であり、その状況は左右に分けられた血気の盛衰現象によって反映される。
<横軸>は、生理活動の構成要素血栄気盛衰過不足を主体としたもので、上下に二分された精神にその状況が反映される。
お問い合わせ ・ kikani@ae.wakwak.com