我家写真2

 

 

 

 

 

 

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その2  

明治の面影が残る六角通り

 

 

数々の遊びごとの一つに、若い頃から喜代楠は義太夫を習いに通っていて、

素人としては相当上位にランクされる腕前だったらしい。

蛸薬師柳馬場に玄人の三味線引きがいて、時々家に来て喜代楠の練習の相手を勤めていた。

ある時、家の下座敷を全部使って、舞台と座席をこしらえ、

浄瑠璃会を開いて大勢のお客が聞きに来たこともある。

浄瑠璃会

 

 

私の父喜一郎は尋常高等小学校を卒業するとすぐ、店の手伝いをさせられ、

喜代楠や番頭に代わって北海道の得意先回りをするようになった。

やがて喜一郎に嫁取りの話が持ちあがり、日取りも決まって、いよいよ婚礼が近づくと、

北海道への注文取りの役目は米太郎の方にお鉢が回ってきた。

初めのうちは見習いのため兄が付いて回ってくれた。

 

 

若き日の喜一郎と米太郎

 

喜一郎の結婚式は寺町四条の大神宮さんで挙げ、

宴席は自宅の奥座敷から店の間までの部屋を四部屋ブチ抜いて、

約五十人の親戚縁者と番頭女中頭が列席して盛大にお披露目した。

寺町通り四条下るに今もある「大神宮さん」