第3回
「イエローウィザーズの日常」
今日は連邦軍第211独立特攻部隊『イエローウィザーズ』に出撃命令は下っていなかった。
戦時中には珍しくも無い、一日だけの休日。しかも突然の出撃がいつあるともしれない。
そんな不安定なお休みでも、兵隊にとっては嬉しいものだ。
「うぅん……」
ヤン・ユージン少佐はベッドの暖かさにその幸せを感じていた。
お世辞にもやわらかいとは言えない士官用ベッドでも、ゆっくり眠れることの幸せの前には文句も言えない。
最後にこれだけ寝たのはいつだろう? ヤンは半ば夢の中でそんなことを考えていた。
結論はすぐに出た。対ジオン戦が始まる前だ。戦争が始まってからはこの部隊の設立やら何やらで、ろくに眠れていない。
(私は、ナポレオンじゃあないんだけどねぇ……)
気持ちよさそうな寝顔のなかで、僅かに口の端が自嘲気味に歪み、それは苦笑となった。
しかし、それも一瞬で消えてしまい、また幸せそうな寝顔に戻る。
ちなみに、時刻は正午も回ろうかと言うところである。
目覚ましは2時間ほど前に無駄な抵抗をやめて静まっていた。
(一日3時間の睡眠でどうやって生きていけるって言うのかな……)
日がな一日寝てすごす。これはある意味ヤンの理想の生活だった。
しかし、運命の神はヤンにこれ以上幸福を与える気は無いようだ。
音もなく、ヤンの部屋のドアが開いた。人影が一つ、暗い部屋に入ってくる。
人影は、ヤンの枕もとに立つと、すうっと息を吸い込み、そして
「ヤン隊長! いつまで寝てるんですか! もうお昼ですよ!」
怒鳴った。そして怒鳴るだけでは済まさず、すかさず布団を引き剥がす。
部屋の少し冷たい空気がヤンの幸せな気持ちを一気に冷却した。
侵入者は布団を引き剥がすと、すばやく部屋の明かりをともす。
そこにいたって、ようやくヤンは自分を現実に引き戻した人物を確認できた。
「アイス君……。たまの休みなんだ、気の済むまで眠らせてくれたっていいじゃないか……」
「そうはいきません。いかに休みとはいえ、いつ出撃命令が出るかわからないんですから」
イエローウィザーズ隊員のアイス・アンセロット中尉は、そう言いながらもてきぱきと布団をたたみ、
何処から持ってきたのか古めかしい箒とはたきを持ってきた。
「え〜っと……アイス君。一つ、質問をしてもいいかな?」
「はい? 何でしょう?」
「君はそれを使って何をする気かな?」
「決まってます。隊長のお部屋のお掃除です」
「……」
「こんな日でもないと、隊長もジェイクさんもお部屋の片づけしてくれませんから」
「…………」
にこにこと笑うアイスの顔を見ながらヤンは頭を抱えたくなるのを必死でこらえた。
どうやら、すでにジェイク・スレイヤー少尉も餌食になっているようだ。
そしてややしばらくの間を置いて、無駄と知りながらも最後の抵抗を試みた。
「いや、私もこうして起きたことだし。掃除は私に任してくれないか? この部屋のことは私が一番よく知っているしね」
答えは即座に、そして完璧に予想通りに帰った来た。
「そうはいきません。隊長に任せたらおざなりに本の山をどけてそれでおしまいですから……今日は私が徹底的にやります」
「はぁ、そうですか……」
「それで、隊長はここにいらしてもかえって邪魔ですので、食堂に行ってご飯でも召し上がっていてください」
そう言うとアイスは早速ヤンの領土の検分から取りかかった。ものの数分で段取りはついたようだ。本棚の付近に陣取ると、
近くにあった本を丁寧に分別、整理していく。
そこで、またふとヤンの方をむいた。
「どうかしましたか? 隊長」
「いや、私って扱い悪くないかな? 隊長として」
ヤンの問いに対して、アイスはにこりと笑って即座に答えた。
「気のせいです」
その間僅かに1秒。
あまりの即答に、ヤンは一瞬言葉に詰まったが、それでも何とか言葉をひねり出す。
「そ、そうかな?」
なおも食い下ろうとするヤンに対して、アイスはヤンの言葉が消えるか消えないかのタイミングで断言した。
その顔には満面の笑みをたたえている。
「はい」
「わかった……」
何処か釈然としないものを抱えつつ、ヤンは自分の私室から追い出された。
部屋から出ると、ヤンの腹が自分の今置かれた状況を的確に知らせてくる。
「しょうがない。遅目の朝食にしようかな」
そう呟き、ヤンは肩越しに自室の扉を見た。中からはアイスの楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。
また自分の腹が自己主張をする。ヤンは情けない顔をして、ため息を一つつくと、士官食堂の方に向かって歩き出した。
そのとぼとぼと歩く後姿に、隊長としての威厳は、ない。