第3回
「イエローウィザーズの日常」
「さて。どうしようかな……」
自室から追い出されたヤンは、自分の体が命じるままに士官食堂「Over Sea Room」へと足を運んだ。
ここはいつ来ても隊に関わる誰かがいる。そしてそんな人たちを相手にするためにほとんど24時間の間、
料理を出せるようになっているのだ。
今は正午を少し回った辺り。即ち、お昼時の最も人の多い時間だった。
人のざわめきと、食堂を切り盛りする通称「おばちゃん」の怒鳴り声が周囲に満ちている。
「うわぁ……とてもじゃないけど座れそうにないねぇ……」
ヤンは目の上に手をかざして周囲を見た。当然の事ながらどのテーブルも一杯でとても座れそうにない。
そんな中、ヤンはあるテーブルの一角がやたらに賑わっていることに気がついた。
「? 何であそこは人だかりができてるんだ?」
ヤンが疑問に思った瞬間、その人だかりの中から聞き覚えのある声が飛んできた。
「おう! 隊長じゃねえか! アンタもアイスに追い出されたのかい?」
人だかりがすっと割れて、その隙間からジェイク・スレイヤー少尉の姿が見て取れた。
その前には彼1人で平らげたのだろうか。おびただしい量の皿が積み重ねられている。
「まあ、そんなところだね。……そこあいてるかい?」
「ん? ああ。ちょっとばかし狭いかもしんねえけど、それでいいなら空けるぜ」
そう言うとジェイクは自分の前の皿の類を横に寄せ、ヤンのためのスペースを作った。
それでも、少し狭いように感じたのはヤンの気のせいではない。
「それで? あいつ、アンタの部屋で何しようってんだ?」
「あー……。私の部屋を徹底的に掃除するんだっていって聞かなくてねぇ」
「アンタもか……」
「アンタもってことは……」
ヤンの問いかけには答えず、ジェイクは無言で料理を口に運んだ。それだけで、通じるものもある。
「お互い、大変だねぇ……」
「まったくだぜ……」
男二人はそろってため息をついた。
「しかし、よく食べるね。いつもそんなに食べてたかな?」
「あ? ああ、いや。今日はちょっとな」
「ちょっと?」
「……いーじゃねーか。ヤケ食いしたい時だってあるだろ?」
そう言うとジェイクはまた料理を口に運ぶ。料理は相当のスピードで消えていく。
なるほど。確かにヤケ食いと呼ぶにふさわしい。
「ヤケ食い、ね。しかし、それにしたって理由があるだろう?」
「……」
「そこで黙らないでほしいなぁ。気になるじゃないか」
「……だよ」
「え?」
ボソリと言われたジェイクの言葉をヤンは聞き逃してしまった。
だから聞き返したのだが、そのことがジェイクの癇に障ってしまったらしい。
ジェイクはすさまじい勢いで料理を平らげ、手近にあった水を飲み干すと、不機嫌そうに息をついた。
「負けたんだよ、アイスに! あいつはコアブスーター、俺はジムでだ!」
「あー。そう言えば出撃前に賭けをしてたね。それに負けたせいかい?」
「……それだけじゃねーよ……」
また声のテンションが下がる。今度は先程とは違い、本気で悔やんでいる。
だからヤンは、そこを抉るようなマネはしない。
「で? どれだけの差をつけられたんだい?」
「1機だよ。あいつが4機、俺が3機」
「へえ。そんなものか」
ヤンの何気ない一言は、またジェイクの機嫌を悪化させたらしい。
ジェイクは非常に険悪な目でヤンを睨みつけた。
「そんなもの?! そんなものだって! たった1機でも、俺は負けるわけにはいかねーんだよ! あいつにだけは!」
「……何でだい?」
「…………」
ジェイクは黙り込み、決まりが悪そうにヤンから視線をはずす。
その口が小さく動いたが、その声はヤンまで届くことはなかった。
だが、言わんとするところはヤンには伝わっていた。ヤンは微笑すると、空になったトレイをもって立ち上がった。
「まあ、あんまり無理はしないことだよ。アイス君を守りたい気持ちはよくわかるよ。けど、君に何かあったら彼女も辛いだろうしね」
「な……!」
「ふふふ。結構鋭い人なら今のやり取りで君の気持ちは見抜けると思うよ?」
顔を真っ赤にして再び黙り込むジェイクを暖かい目で見て、ヤンは食器を返そうと食堂の中をカウンター目指して歩き出した。
その先に展開されている光景は、ヤンの想像を超えていることに、彼はまだ気がついていない。