第4回
「流転・前編」
ヤン・ユージン少佐がその報せを受けたのは、部隊初の合同作戦に向けて、各隊員の行動を考えているときのことだった。
ヤンの私室に部隊の経理なども担当するアイス・アンセロット中尉が入ってきて、折り目正しく敬礼する。
何度も気楽にやってくれと頼んでいるものの、こういうときの生真面目さが彼女からなくなることはない。
その敬礼に返礼を返すと、アイスはきびきびと報告を開始した。
「隊長。先日のスカウトの件ですが」
今日の報告は、先だってからヤンが計画していた新規人材の獲得のことらしい。
部隊のパイロットはヤンたちの努力の甲斐あって、徐々に伸びていき、前回の作戦終了時には14人を超えている。
しかし、戦況が停滞しつつある近頃ではその数は少し心もとないものだった。
戦況が停滞すれば必然的に戦争は長引く。戦争が長引けばそれは兵の損耗につながり、そして部隊の戦力が低下する。
ヤンたちのような少数精鋭の独立部隊にとって、戦力の低下は死活問題といえる。
なぜなら、少数による強硬偵察、強襲が主な任務の『イエローウィザーズ』において、彼我の戦力差に開きが生じると、
そこから物量によってなし崩し的に押し切られてしまう可能性がないとはいえないからだ。
それゆえに、ヤンは少しでも部隊を補強しようと、正規軍の余剰人員を回してもらったり、部隊の中で埋もれている才能を発掘しよううと、
アイスにも手伝ってもらい、方々に手を回していた。
その中に一人、ヤンがどうしても自分の部隊に入れておきたい人材がいた。
依然、ルナ2の駐屯地で出会った女性兵だ。短く言葉を交わしただけだったが、強い決意を持った瞳が印象に残っている。
と、言っても向こうはこちらのことなど覚えてはいないだろうが。
「ん? ああ。あの女の子のことだね。彼女はいいセンスを持ってると思うんだけど」
「はい。それは確かにそのようです。初陣でムサイを一隻、撃沈しています」
アイスが差し出した書類には、『アオイ・ラザフォード准尉に関するレポート』と表記されている。
一枚目には身体情報などと一緒に、まだ子供っぽい容姿の女性兵の写真が、緊張した表情をヤンの方に向けている。
以下、戦歴や戦果、好む戦い方や性格、家族構成にいたるまで、事細かに書き込まれていた。
それをめくるうちにヤンの目に真剣な光が宿ってくる。
「ふむ。たいした戦果だね。しかし、それにしても昇進が早いな……」
「どうやらある仕官が作為的に昇進させているようです。ですが皮肉なことに、当人は軍に入った目的は昇進ではないようです」
「へぇ? すると……」
ヤンが顔を上げると、アイスはその瞳にやや悲しげな光を宿していた。
表情もどことなく沈痛なものだ。
ヤンはそこで初めて、アオイの出身に気が付いた。
「……そうか。彼女、サイド1出身なんだな……」
「……はい。ジオンに対して相当な恨みがあるようです」
「……嫌な時代だよねぇ……こんな子が帰るところと家族を一瞬で奪われるんだから……」
「……はい」
ヤンとアイスの間に少しの間空白の時間が流れる。その少し重たい空気を散らすように、ヤンは話し出した。
「まぁ、見た所相当優秀なパイロットのようだね。この間の予感は間違っていなかったわけだ」
「ええ。ですが、一つ困ったことがあります」
「? なんだい?」
「現在、アオイ・ラザフォード准尉は、所属部隊駐屯地において身柄を拘束中です」
「……はい?」
「さらに、上官に暴行を振るった罪に問われ、軍法会議を待つ身だそうです」
「…………なんだってえ?!」
アイスの言葉を受けて、ヤンは少なからず驚愕した。その驚きの大きさは、手から落ちたレポートと思わず上げた声が表している。
ヤンはわが耳を疑った。これだけ優秀な戦果を上げているパイロットが拘束されている。しかも、罪状は暴行。
一体、何があったのか。
それを知るべく、ヤンはすぐさまアオイが所属している部隊の駐屯地へと赴いた。