第4回
「流転」
「そらそら、道をあけやがれぇ!!」
ジェイク・スレイヤー少尉は雄たけびをあげながら、敵機の密集している所へ機体を突っ込ませた。
前回の作戦でジェイクが受領した連邦軍初の量産型MS「ジム」、ジェイクはそれに今回の作戦前にいくらかのチューンアップを施した。
その甲斐あってか、機体の動作は軽快そのもの。初めて使った前回に比べて、機動性は大幅にあがっている。
(これなら、イケルぜ!)
ジェイクは心の中で快哉を叫ぶと、フットペダルを大きく踏み込んだ。
増設されたスラスターが咆哮し、機体はさらに加速する。一機のザクがジェイクの突進をいなしきれずにバランスを崩した。
「JackPot!」
そこに出来た隙を見逃すほどジェイクはお人よしじゃない。
すかさず右手に装備したビームサーベルを胴体めがけて突き刺す。
高エネルギーの牙はザクの装甲をやすやすと食い破り、その中にいた有機体ごとコクピットを焼き尽くした。
「悪ぃな、相手にしてる時間が短くてよ!」
そう吐き捨てると、機体を別の目標に向け、ろくに照準も定めずビームスプレーガンを放つ。
当てる気はない、牽制だ。発射したビームを追いかけるように再び加速する。
次の目標はリックドム。ビームは案の定避けられる、しかし、目的は間合いを詰めるためだ。
回避が終了した頃にはすでに白兵戦の間合い。ジェイクの一番得意な距離だ。
「遅ぇんだよ!」
加速の勢いをそのままに、ジェイクの機体とリックドムが交錯する。
すれ違った瞬間、リックドムのバズーカを構えた腕が飛んだ。ジェイクの機体は背後に回っている。
しかし、ドムが慌ててヒートサーベルを抜きながら振り向いた先に、ジェイクの機体はいなかった。
「Kill with Power、ってな。昔、手前等に味あわされたあの気持ち、そっくりそのままお返しするぜ……」
「眠りな、……Die……」
そのリックドムのパイロットは、最後にそんな接触通信が入ってきたことに気がついただろうか。
声が聞こえるのとほぼ同時に、背後からこれもコクピットを串刺しにされ、リックドムは機動を停止した。
「2つっと、しかし、先行したあいつは大丈夫かよ……」
ジェイク達イエローウィザーズは今、月をジオンの勢力から解放するための独立作戦に参加している。
周囲では他のメンバーや、他の独立部隊に所属している機体がジオンの機体相手に激戦を繰り広げていた。
しかし、思ったよりもジオンの抵抗は激しく、先ほど撤退命令が下された。
ジェイクの視界からも友軍機が少しずつ減っていく。イエローウィザーズのメンバーも撤退を開始した。
「ま、結構ダメージは与えただろ。引くか」
ジェイクはそう呟くと、正面から執拗に追いすがってくるザクに、ビームスプレーガンの照準を合わせた。
「悪いが、パーティーはお開きだ。12時の鐘が鳴っちまった」
そう言って不敵な笑みを浮かべると、ジェイクはトリガーを引き絞った。
そして、放たれた一条の閃光は狙い過たず、ザクの動力炉を貫いた。
ザクの最後の煌きが、ジェイクのジムを照らし出す。
その赤と黒に塗り分けられた姿が、さながら死神のように、宇宙空間に浮かび上がった。
ジェイクの周囲はそろそろ敵機によって包囲されかけている。
どういう風に撤退しようか、そう考えた始めた頃、旗艦のヤンから通信が入った。
『ジェイク君〜。そろそろ引き上げるよ。殿よろしく〜』
「っちょ、待て。俺一機でかよ!」
『まさか。他にもいるから安心してよ。ただ、この戦域は君だけ、かな?』
戦場にはひどく似つかわしくない、のほほんとしたいつもの口調で、きつい事をさらりと言ってくる。
ジェイクは一瞬呆然として、それから低く笑い出した。
「食えねえオッサンだぜアンタ。……了解、あんた達が脱出するまで、破軍のケツを守ってりゃいーんだろ?」
『オッサンとは失礼だね。私はまだ三十路前だよ。……任務に関してはそれでいいよ。死なない程度でよろしく』
「OK」
そこで通信が切れた。ジェイクの視界に、ヤンの乗るペガサス級強襲揚陸艇の姿が入ってきた。
その後から、数体のMSが追いすがっている。
ジェイクはジムのスラスター出力を上げると、揚陸艇とMSの間に機体を割り込ませた。
右手にビームサーベル、左手にビームスプレーガン。二つの武器を別々の目標に向けながら、ジェイクはコクピットでうそぶいた。
「へっ、早速のお出ましってわけかい。いいねえ。いくらでもこいよ。……一機も通してやんねぇけどよ」
(あいつが、無事に帰るまではな)
心の中で一言付け足す。脳裏に浮かぶのは一人の女性。
そして、ちょうどそのとき、ジェイクの言葉が聞こえているかのように、先頭の一機が襲い掛かって来た。
……それから、数時間後、ジェイクはルナ2駐屯地の自室に戻ってきていた。
シャワーを浴び、戦場の狂気から意識が解放される。その瞬間、ジェイクはいつも安堵感にもにた感覚を味わう。
戦場で戦うときにやってくる、すべての恐怖をすり潰す、あの狂気に身をゆだねるのも悪くはないが、
この安堵感はそれよりいいかもしれない。
(はっ。俺は何を考えてんだか。あの時の恐怖を感じなくなるんだ。狂気だろうがなんだろうが、かまやしねぇよ)
口には出さず、自嘲気味に顔をゆがめる。
開戦当時は、その狂気に意識的に身を任せた。そうすることによってジェイクは誰よりも無謀な戦いが出来た。
しかし、今では無意識のうちに狂気が体を支配している。それはやはり間違っているのではないか? そう問い掛ける自分がいる。
こんな戦い方を続けたら、そのうち取り返しのつかないことになるかもしれない。密かに思うこともある。
しかし。
「なんだよ? 何弱気になってんだよ。らしくねぇ……俺が死んでも悲しむのは姉貴くらいだろ……」
実際に口からでたのは、自嘲の言葉だった。しかし、心の中ではもうひとリ、悲しんで欲しいと思う人がいる。
そして、その人を悲しませたくないと思う自分がいる。
(っとに、なに考えてやがるんだ、俺は。どうかしてるぜ……)
軽く頭をふり、水滴とその考えを振り払って、ジェイクはシャワールームから自室へと戻った。
部屋に備え付けの通信機が点滅している。誰かが通信を申し込んでいるらしい。
「めんどくせぇなぁ……ちょっと待てや……」
無造作にパネルを操作して回線を開く。そこに現れたのは同僚のクルス・クリス少尉だった。
「あ、ジェイクさん。部屋にいたんですね……って、なんて格好してるんですか!」
「あぁ? 男同士だ、気にすんな」
クルスが目を丸くするのも無理はない。
ジェイクの格好は上半身は裸、下半身に軽くタオルを巻きつけただけと言う、ひどく簡単な格好だからだ。
「とりあえず、下くらいははいてくださいよ。ここ、食堂ですから女性の方もいるんですから」
「お前が頑張って隠せば問題なしだ。で、何の用だよ?」
あくまでマイペースなジェイクの言動にクルスは深深とため息をつく。
しかし、頭を一つ振ると、気を取り直したように話し始めた。
「わかりました、それじゃあ手短に用件だけ。新しく入隊したアオイさん、いるじゃないですか」
「おお」
クルスの出した名前を聞いて、ジェイクの脳裏に新隊員の女性兵の顔が思い浮かぶ。
青い髪でやたらと幼い顔立ちが印象的だった。出撃前に挨拶に来たとき、あまりに硬いんで、少しちょっかいを出したのを覚えている。
「あいつがどうかしたか? 別に死んだとかそんなんじゃねぇんだろ?」
「当たり前ですよ。縁起でもない……。えぇとですね。実は彼女の入隊を記念して、ちょっとした宴会をしようと言う話になりましてね。
そこで、ジェイクさんもいかがかな、と思って」
「なるほどね。わかった、そんじゃあ適当に着替えたらいく。食堂でいいんだな?」
「ええ。そうです。ユーリさんがまた料理を作ってくれてるらしいですよ」
「……隠し味は無しだろうな」
「…………さぁ」
「……まあいいや。んじゃまた後でな」
「はい、それじゃあ」
通信が途絶え、画面が灰色に変わる。
ジェイクは手早く着替えると部屋を出た。シャワーを浴びているときに浮かんだ疑問もすっかり忘れた様子で食堂へと歩いていく。
このときのジェイクに、この後食堂がどのような惨状を呈するのか、それを知るよしはなかった……。