第5回
「作戦名・星一号」
その日、ヤン・ユージン少佐の自室兼司令室に一人の士官が来訪した。
「……以上がジャブローからの指令であります。なにか不明な点などはありますでしょうか?」
まだ若い士官は生真面目な表情で目の前の男を見た。
何を考えているのか今ひとつ読み取れない飄々とした表情。軍人の鋭さが最初から存在しないような雰囲気。
軍服もどこか似合わない、軍人らしからぬ軍人。
それが、かの悪名高き第211独立特攻部隊『イエローウィザーズ』隊隊長。ヤン・ユージン少佐その人なのだ。
そう知っていても、若い士官は今ひとつ納得がいかなかった。
連邦軍の中でも選りすぐりの問題児ばかりを集めた、寄せ集めの部隊というイエローウィザーズの前評判は聞いている。
その隊長を勤めている男だ。きっと、力――単なる腕力のみならず、知力、政治力ほかさまざま意味の力で――で押さえているに違いない。
士官は初め、そう考えていた。
だが、今自分の目の前に座っている男には、そんなに恐ろしい雰囲気はない。
だから、彼が隊長だと名乗ったときに、奇妙な表情をしてしまった。
そんなことを思い出していると、ヤンが口を開いた。これも軍人らしくない穏やかな調子だ。
「いやいや。よく分かる説明でした。不明な点など一つもありませんよ」
「そ、そうですか。では……」
「了解しました、とお伝えください。ただ、捨て駒にしようとしたら即座に逃げるよ」
「は?! に、逃げるとは一体……?」
士官は思わず自分の耳を疑った。
連邦上層部からの指令。それを了解するのは当然だ。しかし、条件付とはいえ、逃げると明言するとは。
この男は一体何を考えているのか。まさか……。
疑念と不信、それが顔に出てしまったのだろう。目の前のヤンの表情が苦笑に変わる。
「あ〜申し訳ない。別に上層部に逆らおうと言うわけじゃないんですよ」
「では、一体どういった意味なのでしょう」
「ああ、それはですねぇ……」
苦笑が一転し、鋭い光がその目に宿る。その光を見た瞬間、士官は凍りついたように動けなくなった。
士官学校を出たばかりの若きエリート候補生は、このとき初めてこの軍人らしくない男の持つ『恐ろしさ』を肌で感じ取っていた。
「私はあくまで独立部隊の指揮官。部隊の維持運営が困難になるほどに被害を拡大させたくないのですよ」
「は、はい」
「しかし。時として軍と言うものは、あえてそういう状態に追い込んだりもする……大抵は私たちのような厄介者を、ね」
ヤンの目は一瞬たりとも士官の目から離されることはなかった。
士官は一瞬ごとに自分が目の前にいる男に圧倒されていくのがわかった。
「まあ、当然と言えば当然です。戦争とは味方の少ない損害で、いかに効率よく敵戦力を減らすか、それに尽きるわけですから。
……これを言い換えれば、いかに効率よく味方を殺すか、と言うことになる。そして、正規軍よりは扱いにくい独立部隊のほうが、
上層部のほうにとっては都合がいい……」
「そ、そのようなことは……」
「ま、考えていないでしょうがね」
ヤンの表情が元の穏やかなものに戻る。それに伴い、士官はようやく心理的な圧迫から逃れることが出来た。
「まあ、そういうことです。私らの意思に反して死地に赴けと言う命令には従いかねますとだけ、お伝えください」
「は、はい。了解しました……それでは」
「ええ、第211独立特攻部隊『イエローウィザーズ』、確かに『星一号作戦』の右翼所属の任、承りました」
ヤンの表情は再び引き締まったものに変わり、一分の隙もない敬礼を士官に向けて送る。士官もそれに返礼し、部屋を退出した。
一人部屋に残されたヤンは、パイプに火をともすと深深と紫煙を吸い込み、そして大きく吐き出した。
「……宇宙における連邦軍の反抗作戦、『星一号』。成功すればジオンを止められる。いや、止めるにいたらなくても、
大きく力を削ぐことは出来る。正念場、だな……」
そう独り言ちると、ヤンは渡された作戦資料をめくり始めた。
イエローウィザーズはこの作戦において、どのような役回りを要求されるのか。
それを見出し、確実に遂行し、あわよくばそれ以上の戦果をたたき出す。
そのためにはどうすればよいか。ヤンはしばしの間時間を忘れて資料と格闘することになった。