第5回
「作戦名・星一号」
そして、とうとう星一号作戦が発動される日がやってきた。
しかし、ヤンが祈った甲斐もなく、二人の間には溝があるままだった。
ジェイクは何度となくあの時のことを詫びて、自分の本心を言おうとした。だが、その度にアイスに冷たくあしらわれた。
アイスはジェイクと極力顔を合わせないようにしていた。ジェイクと顔を合わせて、自分の決意が揺らぐのが恐かったからだ。
そして、今。イエローウィザーズの駐屯地では出撃前のあわただしさが一面を支配し、二人がゆっくりと話し合う時間などなかった。
「おい! そっちのケーブルこっちにまわせ!」
「3番レンチだ。早くもってこい!」
「時間がねぇ、10分で仕上げろぉ!」
「無理ですよぉ!」
「じゃかしい! 泣き言言ってる暇があったら手ぇ動かせ!」
格納庫は戦場もかくやと言う喧騒で満ちている。
無理もない、この作戦が成功すれば戦争はほぼ終わるのだから。全員が戦争を終わらせようと必死だった。
そんな中で、ジェイクはようやくアイスを捕まえることに成功した。
「アイス、ちょっと待て!」
「離して下さい、スレイヤー少尉。もうすぐ出撃です……きゃ!」
「いいから、ちょっとこっち来い!」
ジェイクはアイスの腕をつかんで、そのまま格納庫の隅へと強引にひっぱていく。
そして、逃げられないように壁を使って挟み込んだ。
「アイス、俺の話をちゃんと聞けよ!」
「……何も聞くことはありません。スレイヤー少尉、これ以上邪魔するなら、上官に対する反抗を罪に問いますよ?」
「アイス!」
「私は貴方より年下ですが、階級は上です。きちんと姓と階級で呼んでください」
「…………」
取り付く島がない。とはこのことだ。ジェイクが何を言おうとしても、アイスは目をそらして避けつづける。
やがて、ジェイクも諦めたのか、アイスの肩をつかんでいた手を緩めた。
アイスは何も言わず、その手を振り解いて、足早に自分の機体の元へと行こうとした。
「アイス!」
その背に向かってジェイクは叫んだ。
アイスの足が止まる。そして、深くため息をつくと、ゆっくりと振り向いた。
その目は悲しげな光を宿してジェイクを見据えていた。
「まだ、何か用があるんですか……?」
アイスの声は何の感情も浮かべていなかった。
だが、ジェイクはそのことには何も言わず、自分の首に手をやると、いつもつけていたネックレスをはずし、アイスに向かって投げた。
「え……あ……」
思わずそれを受け取り、アイスはジェイクのほうを見た。
ジェイクも真剣そのものの表情で、アイスを見詰める。
あの日以来、初めて二人が目を合わせた瞬間だった。
ジェイクはアイスがネックレスを手に取ったのを見て、ぶっきらぼうに言った。
「持ってろ」
「何で……」
「いいから、持ってろ!」
返そうとするアイスを半ば怒鳴りつけるようにして制止し、ジェイクはアイスを見詰め続けた。
アイスも、視線をそらさず、ジェイクを見詰め返す。
そして、そのままほんのわずかな間、二人は黙って見詰めあった。
出撃を指示するサイレンが辺りに響くまでのほんのわずかな間。
サイレンが鳴り響き、やがて収まりかけたとき、ジェイクは静かに口を開いた。
「この作戦が終わったら、お前に話しておくことがある。絶対に、逃げんなよ」
「私には……話すことなんて……ない……です」
「お前になくても、俺にはある。そのネックレスは約束の証の代わりってことだ」
「勝手……すぎます……」
「うるせぇ、がたがた言うな! いいな。俺は絶対生きて帰ってくる! お前も戻って来い!」
「……わかりました。約束します……約束、守ってくださいね?」
「ああ。当たり前だ」
ジェイクは最後の一言を言うまでアイスの目から自分の目をそらそうとはしなかった。
アイスも、ジェイクの最後の言葉を聞くまで、目をそらさなかった。
そして、二人はそれぞれの機体に乗って、戦場へと向かった。
1年以上にも渡って続いたこの戦いに、決着をつけるべく。
ジェイクにとって、この戦争は、最初は生きるための戦争だった。
生きる。自分の生命を維持するために戦う。それはジオンのMSに恐怖したことから始まった戦いだった。
だが今は違う。
今は、護るための戦いだ。自分の大切な人を護るために、ジェイクは戦う。
アイスにとって、この戦争は、最初は惰性で戦っていた戦争だった。
自分の才能が戦争に適合していたから戦う。それは矛盾した自分を生み出す戦いだった。
だが今は違う。
今は、一緒に歩くための戦いだ。自分の大切な人とともに歩くために、アイスは戦う。
「ジェイクさん。今回の出撃の音楽はなんですか?」
ジェイクに、クルス・クリス少尉が問い掛けた。
ジェイクはそ知らぬ顔で手元のリモコンを操作する。
程なくして、足を踏み鳴らす音、手拍子を打つ音、そんなイントロで始まる曲がドック中に流れ始めた。
体が自然と揺り動かされる、そんなリズム。
ジェイクが不敵に笑った。
「こういう時にゃあコイツで決まりだぜ………『We Will Rock You!』!!」