G−STRATEGY キャラクターSS

「それぞれの一年戦争」

 

第5

「作戦名・星一号」

 

 

 それから数十分後。アイスは部屋を出て、まっすぐにある場所へ向かった。

 隊長である、ヤンの自室へとである。その手には、部屋で書き終えた書類が握られていた。

 部屋のインターフォンを鳴らすと、中からヤンのいつも通りののほほんとした声が返ってきた。

 

「はいはい。どちら様かな?」

「アイス・アンセロットです。ヤン隊長……ご相談したいことがあります」

「何かな? とりあえず入っておいで。開いてるから」

 

 アイスは促されて、部屋の中に入る。

 ヤンの部屋は、いつものように本によって床という床が覆い尽くされていた。

 その本の山の向こうで、ヤンがなにやら書類の束を前に考え込んでいる。

 アイスが入ってきたのを確認すると、ヤンは顔を書類から上げて、アイスに微笑みかけた。

 

「珍しいね。アイス君のほうから相談事があるなんて。それで、何かな?」

「この書類を、受理していただきたいんです」

 

 そう言って、アイスは自室で書いた書類を、ヤンに向かって差し出した。

 書類を受け取ったヤンの顔が一瞬訝しげなものになる。

 

「アイス君、これは……」

「はい。私の……除隊願いです」

 

 ヤンの表情は訝しそうなもののままだ。

 アイスは書類を渡し、すぐにうつむいた。ヤンの目には絶対に非難の色があるに違いない。

 そう思ったら、ヤンの顔を見ていられなくなった。

 

「う〜ん。書類のチョイスミス、っていうのはアイス君に限ってありえないしなぁ……本気なのかい?」

「……はい」

「そうか……う〜ん、困ったなぁ……」

 

 ヤンの声に、非難の色はなかった。その代わり、本気で困っているような声だった。

 アイスが少しだけ顔を上げると、書類を見つめてヤンが「どうしたものか」という顔で悩んでいた。

 

「あのさ、アイス君。これ、この作戦終了後ってかいてあるけど、今すぐでなくていいのかな?」

「……それは、問題ありません。この作戦を私の最後の任務にしようと思います」

「……うん、まあ無理に引き止めるようなことはしないけど……理由、よかったら聞かせてくれないかな」

 

 ヤンが書類から顔を上げ、アイスの目を正面から見た。

 その目にはアイスが予想していた非難の色はなく、ただ、心配そうな光だけがあった。

 

「理由、理由は……私が、連邦軍にいる意味がなくなるからです」

「アイス君が連邦軍にいる意味、かい?」

「……はい」

「なるほど」

「……」

 

 ヤンの目はアイスからそらされることなく、じっと見つめている。

 まるで、まだ何か言うことがあるだろう、と言っているようにアイスには感じられた。

 だが、アイスは本当のことは絶対に言うまいと自分に言い聞かせていた。

 言えば、認められるわけがない。これが受理されなければ、自分は、どうすればいい?

 だからアイスは黙ってヤンの目を見つめ返した。

 やがて、ヤンは小さくため息をつくと、やれやれといった様子で首を振った。

 

「……本当のことは話してはくれないみたいだね」

「……はい」

 

 ヤンの言葉に、アイスは決意を滲ませる声で答えた。

 その返答にヤンがまたやれやれといった様子で首を振る。

 そこに、また来客があったことを告げるインターフォンの音がなった。

 

『ヤン隊長、コーヒーを淹れてきました。ご休憩されてはいかがですか……?』

 

 その声は、アオイ・ラザフォード准尉のものであった。

 ヤンは一瞬躊躇してから、アオイに向かって少し待っていてほしいことを言おうとした。

 しかし、それより早く、アイスが切り出す。

 

「それでは、書類の受理、よろしくお願いします……アオイさんを待たせてしまうと、かわいそうですから。これで失礼します」

「あ、ちょっと待っ……」

 

 ヤンの制止を振り切って、アイスはヤンの部屋から退出する。

 ドアを開けると、目の前には何の前触れもなくドアが開いたことと、そこからアイスが出てきてことに驚いた様子でアオイが立っていた。

 

「あ、あれ? アイス大尉殿? どうかされましたか?」

「……いいえ、どうもしないです……それじゃあ」

 

 そういって、アイスは足早にその場を立ち去った。

 その後姿を、アオイは何か釈然としない様子で見送った。

 

「おかしいなぁ……? なんだか、とてもとても辛そうに見えたんだけど……」

 

 アオイは首をかしげながら、ヤンに呼ばれるまま部屋へと入っていった。

 

 

 ヤンがアイスの除隊願いを前にして、難しい顔をしていると、アオイが首をかしげながらやってきた。

 そして、机の上にコーヒーを置くと、ヤンに向かって問い掛けてくる。

 

「隊長……? 何か問題でもあったんですか?」

「問題? ああ……そうだねぇ……問題といえば問題だね。それも見ようによってはトビキリの」

 

 そう答えると、ヤンは深深とため息をつき、天井を仰いだ。

 アオイは、ヤンにどんな言葉をかけていいのかわからず、ちょっと困った様子だ。

 そんなアオイに、ヤンは天井を仰いだままの姿勢で問い掛ける。

 

「あのさ、アオイ君。君はこの作戦の終わったらどうする?」

 

 その問いかけに、アオイは少し考えてから答えた。と言うより問い返した。

 

「隊長はいかがなされるおつもりですか?」

「ん? 私かい? そうだなぁ……前線を離れて後方でのんびりさせてもらおうかなぁ」

「それなら、ボクもそれにお供します!」

 

 アオイがあまりに勢い込んで言うので、ヤンは思わず苦笑した。

 

「いいのかい? 私なんかについてきたって暇なだけだよ?」

「はい! 隊長となら、ボクはどこへでも行って見せます!」

 

 ヤンはますます苦笑を大きくすると、さらにアオイに問い掛ける。

 

「それは嬉しいね。でも、もしその私がアオイ君に軍を離れろといったら、どうする?」

「え……? ……それは……」

 

 さすがにアオイも言いよどんだ。ヤンは三度苦笑して、視線をアオイの方に向けた。

 

「はは、ごめんごめん。別にアオイ君を困らせようと思って聞いたわけじゃないんだ」

「え……?」

「うん……まあ、今の質問が問題の中身なんだよねぇ……」

「???」

 

 わけがわからない、と言った風のアオイを見て、ヤンは柔らかく微笑んだ。

 

「そう、この書類を出した子も、今、私がアオイ君に向けていったのと同じことを言われたのさ」

「もしかして、アイス大尉殿ですか?……あ、も、申し訳ありません。詮索するようなことを……」

 

 個人のプライベートに踏み込んでしまったことを恥じるかのように、小さくなったアオイに、ヤンはもう一度微笑した。

 

「まあ、その通りなんだけどね。問題は、アイス君がちょっと誤解しているってところなんだよねぇ……」

「え? 誤解、と言いますと?」

「ん……彼女の場合、ちょっと信じきれてない、というか、まだしっかり理解してないみたいだからねぇ……」

「???」

 

 やっぱりわけがわからないと言う様子のアオイを、ヤンは温かい目で見た。

 アイスが除隊届を出した理由はなんとなくわかっていた。おそらくは、彼と一悶着あったのだろう。

 だが、まさか。それで除隊まで行くとは……。

 

「まったく、男女の仲というのはままならないものだねぇ……」

「え? 隊長、何かおっしゃいましたか?」

「ん? ああ、いやいや。何も言ってないよ。あ、アオイ君、コーヒーありがとうね」

 

 こっそりともらしたつぶやきを、アオイに聞かれかけたヤンは、ごまかすようにコーヒーを手にとった。

 そして、やや冷めてぬるくなったコーヒーを含みながら、ヤンは祈らずにはいられなかった。

 

(どうか、ジェイク君がこの作戦が終るまでにアイス君の誤解を解いてくれますように……)